命の対価

桜庭 葉菜

文字の大きさ
上 下
7 / 47

文化祭 4

しおりを挟む
 よくありがちなチケットと商品の交換制。

 しかしながら文化祭の販売システムは学校で長年受け継がれているよくできたシステムであると、本当に感心する。

 俺は最後に軽く会釈をしてから、タピオカを受け取りに行った。

 気だるげな男子にさっきもらったばかりのチケットを渡す。

 俺はそんなに身長が低いわけではないのだが、それでも今目の前にいる男子の方が俺よりも少し身長が高くて、なんだか年下には見えなかった。

「どうぞ」

 机越しにタピオカミルクティーとストローを渡され「ありがとうございました」という少し間延びした声を背に受けて、出口と書かれたドアへと歩いた。

 しかし、そのまま素直に教室の外に出ることはかなわず、丁度タピオカを堪能し終わった女子グループが行く先を塞いでいた。

 教室を出ようとはしているみたいだが、広がって話しながらゆっくり歩いているため、抜かすことが出来ず、同じスピードで後ろをついて行く羽目になった。

 一定の間隔を保ちながら無言で歩き、ようやく廊下に出る。

 廊下の空気がおいしく感じるほど、教室の中の空気は俺にとってあまりいいものではなかった。

 2人はどこにいるのだろうかと、辺りを見回す。

 すると1つ隣の教室の前でタピオカを飲んでいる2人が見え、俺はタピオカを一口だけ楽しんでから向かった。

「こうちゃん――」

 知らない人たちの会話が交互に耳に飛び込んでくる中、俺にはなぜかその言葉だけしっかりと聞こえた。

「こうちゃん!」

 知らない声で俺の名前が呼ばれている。

 いや、同じあだ名で呼ばれている人だっているはずだ。

 なのに俺は、どんどん近づいてくるその声のする方を向いてしまった。

「ひ、久しぶり。あの、私のこと、覚えてる?」

 目の前に俺とそんなに歳の変わらなさそうな女子。

 茶色く綺麗な瞳が真っ直ぐに俺のことを見つめていて、彼女の言う「こうちゃん」という人物が間違いなく俺だということを物語っていた。

 もしかしたら中学校や小学校の時の同級生かもしれないが、申し訳ないことに覚えていない。

「ごめん、誰?」

 素っ気ない返事になってしまったが口から音となって出てしまった言葉をもう一度やり直すことはできない。

「え、あー……」

 そんなに俺の言い方に傷ついたのか、彼女は口ごもってしまった。

「おーい、こーすけー?」

 裕貴が俺のことを見つけて呼んでいる。

 これ以上待たせると目当てのバンドの演奏が見られなくなってしまう。

「えーっと、ごめん、友達待たせてて……行くね?」

 何も言わなくなってしまった彼女に今度はできる限り優しく声をかけ、俺はその場からゆっくり立ち去った。

「何かあったのか?」

「いや、何も……」

 そう言ってから後ろを見たが、もう彼女の姿は見えなかった。

『こうちゃん』

 小学生の頃呼ばれていた俺のあだ名。

 でもさっきその名を呼んでいた人を俺は覚えていない。

 知らない人に、もう忘れかけていた懐かしいあだ名。

 俺を「こうちゃん」と呼んだ彼女の声と顔が頭に焼き付いて忘れられなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お見合いすることになりました

詩織
恋愛
34歳で独身!親戚、周りが心配しはじめて、お見合いの話がくる。 既に結婚を諦めてた理沙。 どうせ、いい人でないんでしょ?

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

トライアングル・エラー

月島しいる
恋愛
「ねえ、私たち付き合ってみない?」 幼少期から長い年月を過ごした三人。 いつまでも続くと思っていた関係は、ある時を境に呆気なく破綻した。

初恋の呪縛

泉南佳那
恋愛
久保朱利(くぼ あかり)27歳 アパレルメーカーのプランナー × 都築 匡(つづき きょう)27歳 デザイナー ふたりは同じ専門学校の出身。 現在も同じアパレルメーカーで働いている。 朱利と都築は男女を超えた親友同士。 回りだけでなく、本人たちもそう思っていた。 いや、思いこもうとしていた。 互いに本心を隠して。

【完結】貴方の望み通りに・・・

kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも どんなに貴方を見つめても どんなに貴方を思っても だから、 もう貴方を望まない もう貴方を見つめない もう貴方のことは忘れる さようなら

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

記憶の中の彼女

益木 永
青春
潟ケ谷(かたがや)市という地方都市に暮らす高校生の高野和也。 ある日、同じ高校に通う伊豆野凛という少女と知り合ってから、和也は何故か自分の記憶に違和感を覚える。 ずっと記憶に残っている思い出に突然今までいなかった筈の女性がいる事に気づいた和也はその不思議な記憶を頼りに、その理由を探していく。

処理中です...