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本編

堕ちる先が二人同じであれば良い

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あの後、わたしのメール通りにマンションの屋上へやって来て、紐なしバンジージャンプを決行した先輩は、駐車していた車がクッションとなり、一命を取り留めた。
結果だけ言うなら、先輩は生きていたのだ。
飛び降りの代価は全治三ヶ月の骨折で、脳などに損傷はなく、リハビリさえ済ませれば日常生活に支障はない程度の外傷らしい。
運が良かったのだ。
けれど、先輩は二週間ほど目を覚まさなかった。
お医者さん曰く、心の問題らしい。
寝坊助な先輩のせいでわたしは看護師さん達に、寝たきりになった彼氏の目覚めを待つ健気な彼女という認識をされていた。

自殺幇助をした立場からすると、非常にしょっぱい気持ちになる。
やりたくてやったわけではないけど。
先輩が自殺未遂をした日に、先輩のご両親が訪ねてきた。
先輩のお父さんは熟練と気品の動作が染みついており、富裕層の人間だと一眼でわかる。
先輩のお母さんは姉の同級生と言われた方が納得する非常に若々しい外見をしていた。
面識がなかったので最初はどちら様かと目を白黒させてしまったけど、先輩のお父さんの方が狼谷と名乗ったところで合点がいったのだ。
息子が飛び降り自殺を図った原因であるわたしに、先輩のご両親は何も言わなかった。
気づいていないわけではないと思う。
なんとなくだけど。

少なくとも飛び降りのときに一緒に居たことはバレている。
二言、三言社交辞令のように怪我の容態について会話をして、締めに「金は払うが、息子の面倒は見ない」という趣旨をわたしに話した。
先輩のご両親はわたしと先輩の関係を詮索することはなく、本当にただ自分達の要件を伝えに来ただけのようだった。
それから五分ほどすると先輩のご両親は病室を後にした。
先輩のお母さんの方は始終口を開かず、会釈もなかった。
先輩の病室にはうちの学校の生徒をはじめとする沢山の人間が来て、見舞い品は山のように積まれている。

それでも、毎日来るような物好きはわたしだけだった。
点滴に繋がれて眠り続ける先輩の横顔を眺めていると、逃げ続けるのはもう無理な気がしてきた。
そろそろ受け入れないといけないのかもしれない。
そんなことを考えていたら、眠りの王子と化していた先輩はぽかりと目を覚ましたのだ。
偶然だろうけど、図ったようなタイミング。
不機嫌をぶら下げたわたしと目が合うと、先輩は瞳を大きく見開いて、それから、へにゃりと眉尻を下げる。
「あーちゃん。勉強教えられなくてごめん」

わたしがナースコールをすると、看護師さんはすぐに来てくれた。
それからリハビリがスタートして、要領の良い先輩はあれよあれよという間に松葉杖を使いこなし、院内を自由に徘徊できるようになっていた。
「ねえ、コーラ買ってきてよ」
わたしが言うと、先輩はベッドの脇に置かれた松葉を掴んで、立ち上がる。
「わかった。すぐに買ってくる」
「アンタは犬なんだから、エレベーターじゃなくて階段を使いなさいよ」
「勿論。あーちゃんの言う通りにするよ」
松葉杖をつきながら病室から出ていく先輩の後ろ姿を眺め、もはや座り慣れたパイプ椅子に腰掛け足を組んだ。

窓から見える景色に緑はなく、靄がかった薄い水色は冬を感じさせる。
いっそのこと雪でも降ったら良いのに。
高校最初の冬は先輩のお見舞いで終わりそうだ。
今更、別に良いんだけどさ。
先輩は、わたしの為なら本当に死んでも構わなかったのだと言った。
好きな人の幸せの為なら、自分の生命だって喜んで差し出せる。それが本人の弁である。
先輩は頭がおかしい。
そして、わたしが思うよりずっと不器用なのかもしれない。
気づいてしまえば、あとはどうしようもなかった。

先輩は本当にどうしようもなくわたしのことが好きなだけなのだ。
そう考えたら、もう許して良い気がした。
いい加減に認めてしまえば良いのだ。
おいよせリスクが高すぎる、と冷静な自分が語りかけてくる。
そうは言っても仕方がないでしょう、と反論するのもわたしだ。
たしかに、先輩の愛情は異常で性癖もおかしい。
でもわたしが思った以上に、先輩は人間臭い寂しがり屋で、初恋に狂っただけの一人の男なのだ。

完璧人間とは程遠い。先輩のダメな部分をまるっと愛せる人間はきっとわたししかいない。
「あーちゃん。はい、どうぞ」
自動販売機は一番下の階にある。
先輩は、わざわざわたしの命令通りに一番下の階まで階段を使って移動したのだ。
松葉杖を使って階段の上下運動なんて、わたしなら絶対にやりたくない。疲れそうだもん。
わたしは先輩から差し出されるコーラを一瞥して、受け取らずに次の命令をする。
「いらない。やっぱり、ウーロン茶が良い」
「わかった」
先輩は嫌な顔一つせずに病室を出た。

わたしは両腕を組んで、目を瞑る。
可愛い人だな、と思ってしまったのだ。
眉間に深いシワを作って、りーちゃんの真似をする。
りーちゃんとは、再び連絡を取り合う仲になっていた。
元々、りーちゃんはわたしと縁を切るつもりなんてなく、転校のことは湿っぽい空気になるのが嫌でクラスメイト全員に黙っていたらしい。
電話口で説明されて、「てっきり、りーちゃんに捨てられたのかと思った」と言ったら、「ガハハ」とまるで海賊のような笑い声をあげていた。

仲直りというか、わたしの一方的な誤解は解けた感じだ。
委員会に関しては、風祭さんが色々とフォローしてくれたおかげで、なんとか孤立せずに済んだ。
というか、元よりそこまで親しい人間はいないので、前に戻っただけな気はする。
風祭さんはわたしにわざわざ頭を下げて謝罪をしてきたけど、イマイチピンと来ない。
よく考えたら繰り返し確認を取らなかったわたしに非がある気がするのだ。
なにより、先輩の飛び降りショックで胸に巣食っていたわだかまりは消えていた。
数ヶ月の間に色々なことがあり過ぎたのだ。

樋口くんは先輩が飛び降りた次の日にお見舞いに来た。
彼は寝たきり状態の先輩よりもわたしの精神状態を心配しているようだった。
わたしと樋口くんは友達という関係に落ち着いたのだ。
先輩と元サヤになったことは誰も驚かなかった。
わたしは先輩が買ってきたウーロン茶を飲みながら、お決まりのやり取りをする。
「ねえ、まだわたしのこと好きなの?」
「好きだよ。何されても良いって言っただろ」
「じゃあさ。高校卒業したら、海外に行こうね。二人で海外旅行しよう。わたしは馬鹿だから、英語喋れないけど」
「それなら、あーちゃんの分も全部俺がやるよ」



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