毒薬にもならない友人

おきた

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本編

連絡網ってなんだろう?

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「だからね。殺人鬼が彷徨いてるかもしれないし、危ないから外出は控えるようにって話らしいわよ」
聞き覚えのある声はクラスメイトのものだ。
白い受話器を耳に当てながら、ぼくは答える。
流石にダイヤル式の黒電話なんて時代錯誤なブツは所有していない。
「へえ、わざわざありがとう。家電に連絡網なんて久しぶりでびっくりしちゃったぜ」
「うふ、委員長ですから。あと、神戸さんの家の近くもマスコミ……いえ、マスゴミが徘徊してるだろうから気をつけて欲しいわね」
「辛辣な委員長のこと、ぼくは嫌いじゃないぜ。むしろ好き」

「うふふ。ありがとう。私も神戸さんのことは人並みに好きよ。それと、良い加減にスマホ持ちなさい。LINEが使えないのって不便じゃないかしら?」
「動画が見れないのは困るけど、ガラケーの方が楽なんだよね。ぼくの家ってノーパソはあるし」
「私利私欲に塗れてるわね。地獄に落ちるわよ」
「やだなー。委員長から直々に連絡網を回して貰えるのマジで感謝してますって。ぼく的には面倒なら家電じゃなくてメールで良いんですけど」
「うふふ、嫌よ。神戸さん如きが私のプライベートのアドレスを知りたいなんて刎頸(ふんけい)にも値するわよ。死になさい」

「委員長、もしかしなくてもだいぶ怒ってるな?謝るよ。ごめんて」
「うふふ。とにかく、そういうことだから。要件はきちんと伝えたわよ。感謝なさい」
「感謝感激雨あられ。ではでは」
言って、ぼくは電話を切った。
受話器から垂れるコードを指先にぐりぐりと絡めながら、溜息を吐く。
人死もとい殺人事件というのは、やはり一般的に関心が高いものなのだろう。
こんな田舎町で起きたことが電波にのって日本中に放送されると思うと不思議だ。
あまり現実味がない。
長方形のおぼんを片手に茶色い廊下を裸足でぺたぺた歩いて、二階へ続く階段を上る。

年季の入った木製は足で踏み締める度にギイギイと軋んだ音を立てた。
いつか床が抜けるんじゃないかとヒヤヒヤしてしまう。
手すりがあることが唯一の救いである。
何かあったら反射的に掴めば良いのだ。
支えになるものがあるというのは、人に安堵をもたらすのである。個人的見解です。
二階の廊下を通って襖を開けると、六畳一間のぼくの部屋があるのだ。
障子を閉め切った部屋はちょっぴり薄暗い。
押し入れを開けてみると、朝とまったく変わらない園原さんの姿があった。
体育座りで膝に顔を埋めながら、ぼくが貸してあげたCDウォークマンで音楽を聴いている。
ぼくに気がつくと、園原さんは美麗な顔をあげてイヤホンを外した。

園原さんは両腕を曲げて菱形を作りながら、掌で両耳を揉み解している。
CDウォークマンに付属していたイヤホンは少しサイズが大きくて長時間つけていると耳が痛くなるのだ。園原さんも例外ではない。
余談だが、CDウォークマンは三年前に販売が終了した為、ナウなヤングである園原さんが実物を見たのは初めてらしかった。
ホロリと涙が溢れそうになるね。
同級生のはずなのに、生きてる時代が数年ズレている気持ちになる。世界線がちげえんだわ。
両耳を押さえたまま、天敵に怯える野ウサギが穴から出てくるような慎重さで園原さんは押し入れから出てきた。
五百ミリリットルのペットボトルに入った麦茶は減っていたけど、ぼくが今朝用意したスナック菓子は開封すらされていない。

のりしお味は嫌いだったのかな。
ポテトチップスなら安牌という考えは慢心だったかもしれない。
きちんと園原さんの意見を聞いてから用意すれば良かった。反省。
「大丈夫?おにぎりなら食べられそう?お試しでひと口齧るだけでも良いよ。味の保証はするけど、ゲロ吐いたらぼくが掃除してやる。駄目そうなら無理強いはしないけど。味付けはソルトとサーモンだ」
「……ごめんね。ひとつ頂いても良いかな」
「おうよ。ひとつと言わず、食べたいならいくらでも、どうぞ。園原さんみたいなウルトラ美少女に食べられた方がおにぎりも喜ぶんだぜ」
おぼんで運搬されたお皿に乗るおにぎりは合計四個で、味付けは塩と鮭を二個づつである。

鮭フレークは偉大なのだ。なんたって美味しい。ぼくはツナマヨより古き良き鮭派である。祖父により慣れ親しんだ味なのだ。贔屓目はあります。
園原さんは鮭おにぎりを華奢な両手で取ると瞼をぱちくりさせた。
「すごい、おっきいね……」
「え?いきなり下ネタ?」
「へっ?」
「あ、ごめん。何でもない。やおいなんて無かった。穢れた煩悩が口から溢れ出たわ。すまねえ」
もしかしなくても、園原さんは天然なのではないだろうか。
無知と天然は通ずる部分がある気がする。

ぼくがいらねー知識を蓄え過ぎなだけかもしれないけど。
某動画サイトの常識汚染はえげつないのだった。
「そう?このおにぎりって、神戸さんのおばあちゃんが握ってくれたのかな。お礼を言えないのが残念……」
「さんくー。作ったのはぼくだぜ。お礼ありがとう。感激のあまりチュッチュしてあげたいレベル」
「えっ、そうなんだ!すごいね!神戸さんはこんなに大きいおにぎりが作れるんだ!」
「そんなにデカいか……?」
コンビニのおにぎりと同じくらいの大きさだと思うが、園原さんはコンビニのおにぎりを食べたことがないのだろうか。

なんとなく、しっくりきてしまった。
そもそも、園原さんは和食よりも洋食が好きそうである。
外見のイメージ的に、銀シャリよりもトーストを優雅に食してそうだ。
オプションは蜂蜜を溶かしたお紅茶である。
園原さんは膝と踵を畳にくっつけて、所謂女の子座りをしていた。
おにぎりをもきゅもきゅと咀嚼する姿はリスやハムスターなどの小動物を彷彿とさせる。
食事をしているだけなのに、滲み出る女子力の高さに戦いて仰け反りそうになった。
学園のお姫様がぼくの握り飯で空腹を満たしているというのも不思議な光景である。
中々にレアだ。もう二度とないかもしれない。

「食欲があるみたいで良かった。今朝渡したお菓子は嫌い?」
ぼくの問いかけに、園原さんは首を左右にふるふると振った。
なるほど、嫌いなわけではないのか。
「食べてる最中なのに沢山話しかけてごめんね。ぼくはちょっと本屋さんに行ってくるから。申し訳ないけど、食べ終わったらまた押し入れに隠れて貰っても良いかな?」
顎を上下に三回振って、園原さんは了承の意を示した。
案外、言葉なんてなくても意思疎通は図れるものなのだな。
勉強になってしまった。
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