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第1章 大聖女は宰相をまだ信じない
第5話 宰相は本音を漏らす
しおりを挟む頭の上に腕が置かれる。宰相の息が頬にかかるほど近い。触れられたのだって初めてなのに、こんなに接近されたらどう逃げたらいい。
押し倒された女がなにをされるか、さすがにその知識はあった。教皇様にけして行ってはいけないと禁じられたからだ。
「やめて、セオドア。離れて」
覆い被さる宰相の胸板を押すがびくともしない。これが男か。
「嫌です」
少し前まではなぜか浮ついた心地だったが、こいつの話を聞けば聞くほど心が冷え切っていく。
なのに、そんな私を置いて、セオドアは語りをやめない。
「きっと貴方は考えたこともないんでしょう。僕は、自身の欲望のためなら、他者を犠牲にしますよ。その手段がもっとも最適なら迷いません」
セオドアが多くを重ねても、耳を通り過ぎていくだけだ。
「犠牲にするってッ、この外道……!」
宰相が何を言っているかわからない。
とにかく言い返さないと、腹黒のペースのまま進んでしまう。
罵ったのに、セオドアは涼しい顔をしていた。
「人でなしで結構。貴方の命を守るためなら、どんなことだってします。どこかの村が魔物に襲われようと構わない。魔王討伐なんて、他に任せればいい。それこそ、勇者でも、聖騎士団にでも、人材は豊富ですから」
そんなの他人任せだ。私には、大聖女にはできない、許されない。
「堕落してる……」
口から声が漏れる。失望しきった声音が他人事のように聞こえた。
「魔物にも劣る醜さだよ……なんて恐ろしいことを」
何から何まで、信じられない。呆然としてしまう。
宰相は冷酷だったけど、ここまで神の意志に背くやつじゃなかった。
「なんで……そんな風に変わっちゃったの……。私達、ケンカはしてたけど、魔王を討伐するってことでは協力してたじゃん」
「ええ、国を挙げて協力していましたよ。討伐方法が、……貴方の命を必要とすると知るまでは」
教会の老害どもめと、セオドアは舌打ちする。
教皇様達をバカにされたと気がついて、言い返す。
「みんなやりたくてやるわけじゃないんだよ。私に謝って、それでもやってほしいって頼まれたんだから」
「それは貴方の無知さとお人好しさにつけ込んでいるにすぎません」
「無知なんかじゃない、わたしはあんたより世界を旅してきたし、聖書だって全部覚えてる!」
ムキになって叫んだ。精一杯睨み付ける。
そしたら、セオドアの表情が痛ましそうに歪む。
……もしかして、少しぐらいは罪悪感とかある?
そうひらめく。
セオドアは私のせいで追い詰められているんだろう。愛してるとか、好ましいとか言ってたけど、疲れすぎて頭がおかしくなってるのかもしれない。
一国の宰相となれば、責任もあるはずだし。大聖女には劣るだろうけど。
うんうん、と一人納得して頷く。
優しさを心掛けて、唇で弧を描く。瞳には慈悲を込めるように、そっとまなじりを和らげた。
「いいから私を解放しなさい、今なら寛大な大聖女が許してあげましょう」
今世紀最大の慈愛を込めた微笑みだったはずだ。
なのに、セオドアが顔を逸らす。視線をナナメに流して、ずれてもないモノクロを動かす。
「は……、かわい、」
声が小さすぎて聞こえない。
「いえ、いいえ、いいです、そういう聖女ぶったのいりません」
が、そのあとのセオドアの声はいっそ清々しいぐらい突き放す響きを持っていた。
「貴方を説得できないことは想定していました。死ぬまで、僕が貴方を保護します」
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