5 / 15
第1章 大聖女は宰相をまだ信じない
第4話 宰相は大聖女を押し倒す
しおりを挟む
愛していますと言った発音が、頭の中で反響する。
「え……っ、え……、」
セオドアが、私に告白した……?
政敵で、周りからは犬猿と言われてるのに?
宰相は私のことが、好き?
「ここまで直接的に言えば、あなたに届きますか?」
逆光になって、セオドアの顔色は暗い。
だけど眼差しには、普段の鋭さも厳しさもなかった。
「僕は……驚くべきことですが、ずっと貴方を好ましいと考えていました」
「こ、この、ましい……?」
頭に言葉が入ってこなくて復唱すると、宰相は嫌そうな顔をした。
「…………分かりやすく表現すると、ずっと片思いしていたということです」
「は、はぁい……」
うそだ……、腹黒。
あれだけ議会で教会の案を否決しては、言い負かしてきたのに?
私が魔物退治しようとする度、監視に来てたのに?
想像もしてなかった告白に、パニックだった。
なのに、宰相は私に問いかけてきた。
「なら、僕が魔王討伐を諦めろと言った理由も理解できるでしょう?」
ど、どうしよう、話についていけない。
すぐ傍にセオドアがいるってことに気を取られて、頭がふわふわする。触れられている部分が、体温以上に熱を持つ。
「愛する人に死んでほしくないんです。生きてほしいんです」
こいつらしくない懇願が、耳を打つ。
多分緊張のせいで、持ち上げられた顎にかすかな力が篭った。
「どうか、僕の思いに答えてください、ルチア」
低くも柔らかく、名を呼ばれる。言い慣れないせいか、音の輪郭が硬かった。
その祈りに似た呼びかけが、――聞き慣れた言いつけを思い出させた。
――ルチア、大聖女ルチア
――恋は堕落に繋がる悪しきものです。けして誑かされないように。
脳裏に、教皇様のお言葉が蘇る。
「は、離して……!」
金縛りがとけ、指先を振り払う。ぱちんと高い破裂音がして、ひりひりと手の平が痛んだ。
「……信じられない。私にそんなことを言うの」
セオドアが知らないわけない。聖女は恋をしてはいけないのだ。
ぷかぷかしていた頭が冷たくなっていく。なのに、目の奥が熱い。きっと、傷ついたように、宰相が唇を一文字に結ぶからだ。
誤魔化すように、必死に口を動かす
「私は、大聖女ルチア。他の聖女達とだって違うんだよ」
聖女は神と婚姻している。だから恋をしてはいけない。神以外の誰か一人を愛してはいけない。多くある戒めの一つ。
「大聖女たる私は神と同じように、世界の全てを平等に愛さなくてはいけない」
そう決まっているのだ。教皇様に拾って頂いたときから、そう定められた。
「だとしても、僕は愛してしまったんです。信仰に殉じようとする愚かな貴方を」
全身から、溢れそうなぐらい感情が伝わる。押さえ込もうとしているのに、しまい込み切れないなにかが、セオドアを動かしている。
だけど、……悪魔だ。どれだけ弁明を重ねても、その思いは大罪だ。
「愛する人に死んでほしくないって……、なら世界が滅んでもいいの?!」
否定して欲しくて、声を荒らげる。
返答を告げようとする唇が、スローモーションに見えた。天蓋が遠ざかる。私の視界が一変する。ぽすんと柔らかいものに頭が当たった。影が全身にかかる。見上げた先にあったのは、セオドアの顔だけ。
「はい」
端的な返事が脳に届いた。
押し倒されたと認識したとき、セオドアは無表情で宣言する。
「愛するものを失うぐらいなら、貴方でないと救えない世界なら、滅びてしまえ」
「え……っ、え……、」
セオドアが、私に告白した……?
政敵で、周りからは犬猿と言われてるのに?
宰相は私のことが、好き?
「ここまで直接的に言えば、あなたに届きますか?」
逆光になって、セオドアの顔色は暗い。
だけど眼差しには、普段の鋭さも厳しさもなかった。
「僕は……驚くべきことですが、ずっと貴方を好ましいと考えていました」
「こ、この、ましい……?」
頭に言葉が入ってこなくて復唱すると、宰相は嫌そうな顔をした。
「…………分かりやすく表現すると、ずっと片思いしていたということです」
「は、はぁい……」
うそだ……、腹黒。
あれだけ議会で教会の案を否決しては、言い負かしてきたのに?
私が魔物退治しようとする度、監視に来てたのに?
想像もしてなかった告白に、パニックだった。
なのに、宰相は私に問いかけてきた。
「なら、僕が魔王討伐を諦めろと言った理由も理解できるでしょう?」
ど、どうしよう、話についていけない。
すぐ傍にセオドアがいるってことに気を取られて、頭がふわふわする。触れられている部分が、体温以上に熱を持つ。
「愛する人に死んでほしくないんです。生きてほしいんです」
こいつらしくない懇願が、耳を打つ。
多分緊張のせいで、持ち上げられた顎にかすかな力が篭った。
「どうか、僕の思いに答えてください、ルチア」
低くも柔らかく、名を呼ばれる。言い慣れないせいか、音の輪郭が硬かった。
その祈りに似た呼びかけが、――聞き慣れた言いつけを思い出させた。
――ルチア、大聖女ルチア
――恋は堕落に繋がる悪しきものです。けして誑かされないように。
脳裏に、教皇様のお言葉が蘇る。
「は、離して……!」
金縛りがとけ、指先を振り払う。ぱちんと高い破裂音がして、ひりひりと手の平が痛んだ。
「……信じられない。私にそんなことを言うの」
セオドアが知らないわけない。聖女は恋をしてはいけないのだ。
ぷかぷかしていた頭が冷たくなっていく。なのに、目の奥が熱い。きっと、傷ついたように、宰相が唇を一文字に結ぶからだ。
誤魔化すように、必死に口を動かす
「私は、大聖女ルチア。他の聖女達とだって違うんだよ」
聖女は神と婚姻している。だから恋をしてはいけない。神以外の誰か一人を愛してはいけない。多くある戒めの一つ。
「大聖女たる私は神と同じように、世界の全てを平等に愛さなくてはいけない」
そう決まっているのだ。教皇様に拾って頂いたときから、そう定められた。
「だとしても、僕は愛してしまったんです。信仰に殉じようとする愚かな貴方を」
全身から、溢れそうなぐらい感情が伝わる。押さえ込もうとしているのに、しまい込み切れないなにかが、セオドアを動かしている。
だけど、……悪魔だ。どれだけ弁明を重ねても、その思いは大罪だ。
「愛する人に死んでほしくないって……、なら世界が滅んでもいいの?!」
否定して欲しくて、声を荒らげる。
返答を告げようとする唇が、スローモーションに見えた。天蓋が遠ざかる。私の視界が一変する。ぽすんと柔らかいものに頭が当たった。影が全身にかかる。見上げた先にあったのは、セオドアの顔だけ。
「はい」
端的な返事が脳に届いた。
押し倒されたと認識したとき、セオドアは無表情で宣言する。
「愛するものを失うぐらいなら、貴方でないと救えない世界なら、滅びてしまえ」
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。

ひとりぼっちだった魔女の薬師は、壊れた騎士の腕の中で眠る
gacchi
恋愛
両親亡き後、薬師として店を続けていたルーラ。お忍びの貴族が店にやってきたと思ったら、突然担ぎ上げられ馬車で連れ出されてしまう。行き先は王城!?陛下のお妃さまって、なんの冗談ですか!助けてくれた王宮薬師のユキ様に弟子入りしたけど、修行が終わらないと店に帰れないなんて…噓でしょう?12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる