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第1章 大聖女は宰相をまだ信じない

第3話 宰相は愛を告白する

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「沈黙は肯定と捉えますよ、大聖女」


 冷たい緑が黙った私を急かす。
 吐き捨てるような響きはなくなったものの、声には苛立ちが込められていた。


 教会最大の秘密をどうやって嗅ぎつけたかは知らないけど、否定しても無駄だろう。


 この男が動くのは、きまって全ての手筈が整ったときだ。その細やかな裏工作で、教会が何度邪魔されてきたか。


「そうだよ」


 仕方ない。薄暗いところはないので、同意する。


「私は、私の信仰のためにこの身を尽くすの。魔王を討伐して、この世界に平和をもたらす。それが大聖女としての使命だから」


 すらすらと口が動く。何百回、何千回と宣言してきた台詞だ。教皇様に教わったのだから、間違えるわけない。


「…………っ、」
 宰相が小さく唸る。なぜか、瞳の険がとれていた。
 というより、なんか…………泣きそうだ。


 え、なんで??
 どうしちゃったの、泣く子も黙る宰相様??
 こいつに詰問されれば、年配の軍人さえも根をあげると言われてるような野郎でしょ??


「あなたは、馬鹿だ……」


 振り絞るように、セオドアに罵倒された。


「本当に馬鹿だ、何も分かっていない」


 いつもなら語彙力抜群に、あらゆる方向性からチクチク刺してくるのに、今日はキレがない。
 椅子に座ったまま、力なく首を横に振る。


「どうして、そんな風に言うんですか、言えるんですが」


 質問さえ、求めるものが曖昧だった。


「えっと……大丈夫?」


 大っ嫌いな相手だけど、落ち込んでいるのは可哀想。
 そう思って、慰めを口にした。


「…………僕が何に悩んでるかも分からずに、口先だけで慰労しないでください」


 …………やっぱり、こいつ嫌いだ。


「はいはい、すみませんでしたー」


 やけっぱちになって、ベッドに座る。
 雑な謝罪をしたのに、セオドアから追撃が来なかった。


 どうやら、私の発言にかなりショックを受けているみたいだ。
 理由はわからないけど、あれぐらい言い返せたら、こいつにも勝てるんだ。


 そう学習した私は気分があがって、自然とニコニコしてしまう。
 やった! 初めて、不信仰者を言い負かした!


 そうウキウキしていると、宰相が面を上げる。


「……笑わないでください、」


 落ち込みタイムが終わったのかと思ったら、酷いことを言われた。
 え、監禁されてる挙句に、理不尽すぎない??


 あまりの横暴に、目をぱちぱちさせた。


 セオドアは、また面立ちに冷ややかな色を乗せる。


「美しい言葉で誤魔化さないでください。あなたが言っているそれは、欺瞞だ。上辺を取り繕っているだけです」

 そう口火を切ってから、宰相が堰が切れたように言葉を連ねていく。


「ようは、あなたは魔王討伐のために死にに行くんだ」
「大聖女なんかに祭り上げられて、貴方はただの生贄だ」


「尊い殉教だと、教会の老害どもは誉めそやすでしょう。利用するだけ、利用して、地位も名声も我がものにする」
「教会に対する侮辱は許さない」


「なら、あなたを慕う民は? 民衆はあなたを悼み、嘆き、そして忘れ去るでしょう」
「それが平和になるってことだよ」


 問答を重ねても、セオドアの表情は晴れなかった。


「……貴方は愚かだ。自分が鎖で繋がれていることにも気がついていない」


「鎖で繋いでるのはあんたでしょ。私は自分の意思で、魔王を討伐するって決めた。私がどうしようと、セオドアには関係ないでしょ」


 私は大聖女だ。大聖女は、魔王討伐をしなくてはいけない。大聖女にはこの世界を救う責任がある。 


 当たり前のことが、なぜわからないんだろう? なんで、いつもいつも突っかかってくるんだろう?


「関係ないって……、ははっ」


 まったく伝わってなかったんですね、と掠れた声が続いた。
 腹黒がふらりと立ち上がる。こっちに歩いてきて、影が被さる。


 逃げようと、確かに思った。
 なのにこいつの瞳が、愛おしいものを見るように柔らかくて、動けなかった。急展開に思考が止まる。


「関係大ありですよ、何しろ僕は、」


 セオドアの指が、私の顎を優しく持ち上げる。
 硬くなった指先は、壊れた物に触れるようで。

 耳を塞ぐ間もなく、熱の篭った声が落ちてくる。


「ルチア、貴方を愛しています」


 男に触れられるのは、初めて、だった。

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