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第1章 大聖女は宰相をまだ信じない

第1話 大聖女は唐突に監禁される

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 目が覚めたら、豪勢な部屋のベッドに繋がれていた。


 さらにいうと、政敵である腹黒宰相が私の顔を覗き込んでいる。



「は……??」
「……起きましたか、ルチア」


 咳払いをしてから挨拶してくるのは、いけ好かない野郎だ。
 大聖女である私でさえ、目の前の光景がわからない。
 おかしい。昨日は、魔王討伐の旅に出るために、早めに寝たのに。もちろん、自分の部屋で。


 モノクル越しの緑瞳が、言葉を失っている私に向く。
 いつもなら、私を視界に入れた途端、目を逸らすくせに。
 孤児の聖女なんて、見るに値しないと言いたげに。


 なのに、腹黒は膝に置いた本よりも、私を見ている。ずっと、無言を貫いて変化もない私を。


 居心地が悪くなって、身を起こす。
 いつまでも、陰湿な男――セオドアをを見ているわけにはいかないからだ。
 掛け布団を捲り、絨毯に足をつける。うん、ふかふか。いい生地を使ってる。


 数歩足踏みをすれば、鎖がちゃらちゃら鳴るのが邪魔だ。これじゃあ、ベッドから五歩も離れられない。
 足を引っ張ってみるが、鎖が伸び切るだけで切れる気配はなかった。


 ……筋力でだめなら、


「先に言っておきますが、それには魔力封じの呪文が刻まれています」


 私が息を吸い込むのを止めるように、冷ややかな補足が入る。


 魔力で、足ごと輪を破壊しようとしていたのが、なんで分かった。


「……ご親切にどうも」
「愚かなことは考えないように。魔法がなければ、あなたは普通の女性と変わりませんから」


 いちいち上から目線の物言いが腹立つ。
 自分は賢いですよって主張しないといられないの?
 

 そう思いながら、さすがに口には出さなかった。この野郎に口論で勝ったことがない。

「ねえ、ならこれ外して」


 代わりに、ほぼ確定で首謀者である腹黒へ、ストレートに要求した。


「………………はぁ……?」


 私の堂々たる姿に感動したんだろう。
 セオドアは口の片端をぴくぴくさせて、こめかみを押さえた。


「……監禁してるのに外すと思いますか? 馬鹿なんですか?」


「馬鹿じゃないから、遠回りしないで済むように頼んだんでしょ」


 つとめて目尻を釣り上げる。
 私は世界を救う大聖女として、こんなところで立ち止まっていられない。


 だから、かなり、ものすごく嫌だったけど、卑怯者にお願いしたのだ。


「ここから出して。私、魔王討伐に行かなきゃいけないの」


 使命を口に出せば、ますます焦ってしまう。
 わたしは、この命にかえても魔王を倒さなくてはいけない。


 胸に吊るした十字架を握しめる。
 神は、我らが父は私に命じたのだ。
 だって、教皇様が常にそう仰っている。


「そのために、わたしは生きてるの、だから……っ!」


 両手を振るって、訴える。
 部屋に反響するぐらいの大声を上げたのに、返答は消えそうなぐらい小さかった。


「…………あなたは、そんなことを……」


 口から漏れたような言葉が途切れる。それからセオドアは、忌々しそうな、苦々しいような顔をした。


 こんなに分かりやすく表情を変えるのは珍しい。
 いつもは凄腕詐欺師みたいに、いつも薄笑いを浮かべているのだ。
 なのに、まるで何かを悔いているように、宰相は唇を浅く噛んだ。


「話があります、大聖女……いえ、ルチア」


 数秒息を吐いて、取り繕うようにモノクルを上げる。


「魔王討伐は諦めてください」


 世界から、セオドア以外の音が消えたみたいだった。


「あなたは永遠にここに監禁されるんです」


 ………………は?
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