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その3分間で救われた。

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「ねえ神様、神様なら最後の3分間どうしますか」
 私の足元に座った、ちっぽけで痩せた少女が、 私にそう問いかけた。

 ふふ。私もかつて、こんなふうに先代の神様に問いかけたものだ。昔の私と何も変わらないのかもしれない。それはそうか。この儀式はずっとずっと、ずっと繰り返されてきた。古代から今の今まで、ずっとずっと。何代もの神様が受け継いできた儀式なのだ。

 私は今日、人間を滅ぼす。


 私は神だ。この世界を司る、唯一無二の存在である。
 私は女神と呼ばれる。人間たちは皆、私を崇拝していた。それこそ、この人間たちが生まれる時から、最初の人間を私が生み出した時から。人間は成長し、文明が発達し、……自然は破壊され、また今まで何度も繰り返されてきた終わりを迎える。

 私は神であり、この世界を生み出した者であり、この世界を終わらせる者だ。人間のゆく末を見守り、健やかなるもの望み、──悲しい世界を終わらせる。

 そう、今日、人間たちは滅びるのだ。

 ……私が悲しむことではない。ずっと繰り返されてきた。神に課された儀式である。

「そうね最後の3分間、何をしましょうかしら」

 滅ぼすと言っても、神はそこまで残酷ではない。降臨した私は、人間たちに猶予を与えるのだ。3分間だけ。

 世界が終わるまでの3分間、それを楽しみなさいと、私が世界中の人間たちに伝える。
 その時最も、その人間個人の本性が現れるのだ。

 3分間、泣きわめく者、怒り叫ぶ者、膝を付け祈る者、家族の元に走る者、恋人の手を握る者、最後まで日常を果たそうとする者。多種多様な人間たちは、最後の3分間を己の衝動のまま生きるのだ。

 上から覗く私は、それを恋しいと思うだろう。 先代の神様が、その混乱を愛おしそうに認めて見つめていたのと一緒で。懐かしいと、 羨ましいと、そう思ってしまうのだろう。

「それよりも、あなたは私を止めなくていいの?」
 そう聞き返せば、パサついた髪を斜めに滑らせた。こてんと、彼女はか細い首を傾けたのだ。

「あなたのいた世界、壊しちゃうわよ。あなたのお父さんも、あなたのお母さんも、あなたの友達も、あなたがいた場所も、全部ぜーんぶ私がなかったことにしてしまうのよ」

 改めてそう脅せば、少しは態度も変わるだろうと思ったのに、彼女はじっと私を見つめた。

「……いいの、そういうもの、なんでしょ? わたしが神様にやめてって言っても、やめてくれないんでしょ」
 大きな目が私を見上げて、ローブを掴む、
「次の神様にするために、私を攫ったのだから」
 その眼差しは真っ直ぐ澄んでいた。澱みなく、ただ透明に。この子は、私と出会ったときからそうだった。

「……恨んでないの?」
 この子があっさりしているのに、私の心臓のほうがうるさかった。この子と生活するようになって、いつもこんな風になってしまう。

 私は、この世界とともに死ぬ。作った世界と、存在を共にするのが女神の役割だ。だから、次の女神が必要なのだ。
 次の候補は、滅ぼされる人間の中から、女神によって選ばれる。

「感謝してる。もうすぐ死んじゃうわたしを助けてくれたのは神様だから」

 ようやく出来るようになった笑顔を浮かべてくれた。
 ああ、もっと手入れをしてあげたかった。もっといっぱいご飯を食べさせてあげたかった。

 これから彼女は、人間を捨てて、神になって、何百年、何千年と一人で生きなければならない。その業を私は、背負わせるのだ。

 言葉が出なかった。彼女は立ち上がった。
「私も、最後の3分間もらうね」
 そう言って、彼女は私を抱き締めた。足りない腕を必死に回して、腰に頭を擦り寄せた。

「今まで、一人でがんばったね」
「ひとりが寂しいのは、わたしがよく知ってる」
「神様、わたしを選んでくれてありがとう」

「神様の最後には、わたしがいるから」

「だからね、泣いていいんだよ」


 ようやく手に入れる、存在の終わり。最後の3分間、わたしは自分よりも遥かに小さな女の子に縋って泣いた。泣いて泣いて、世界を滅ぼした。
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