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第一章 バネッサ・リッシュモンは、婚約破棄に怒り怯える悪役令嬢である
第二十五話 メイド、悪役令嬢と反省する
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バネッサは唇をつんと尖らせて、膝を抱きかかえる。
ボリュームたっぷりなドレスが集まって、花束のようだ。
「でも、………だって、殿下が好きなんですもの………」
ほのかな吐息とともに打ち明けるさまは、いじらしい乙女だ。
瞳に涙を溜めて、うるうるとマリーを見つめる。
同性であっても、長い付き合いであっても、ドキッとした。
公爵令嬢たる彼女は、愛らしき薔薇なのだから、仕方がないことである。
だが、メイドは職務意識から、甘やかしへの誘惑を撥ね除けた。
「『だって』じゃありませんよ、言い訳は禁止です」
「思いが止められないのです、お前だって恋をすれば分かりますよ」
脳内が恋愛一色な主を、チクリと皮肉を刺す。
「でしたら、一生無理ですね。世話する主が大変手の掛かる方なので」
「恋をすると、好きな相手以外、何も見えなくなるんですの」
「ではヴェイル家の令嬢にも好意が? 見えていたから突き飛ばしかけたんですよね」
バネッサは小首を傾げて、不思議そうに言葉を紡いだ。
「もしも、殿下が他の女の手を取ったら………。………八つ裂きしてやります、女の方を」
「………はい、お嬢様………」
話はずれているが、バネッサにとってその仮定が皮肉の答えなのだ。
会話が通じなくなるほどの強い意志を感じて、メイドは薄ら寒くなる。
中身が激重バイオレンスでなければ、スムーズに結婚できたのだろう。
そうひしひしと感じるので、悲しくもなってくる。
――うちのお嬢様が、ぽんこつなのに、こういうところだけは悪役令嬢なせいで………。
――いえ、こんなお嬢様だからこそ、私がしっかり再教育して差し上げねば。
「あのですね、バネッサ様。あの事故も未来の妃としては致命的なのですよ」
メイドはガンと言う。ほかのメイド達が腫れ物に触るようにして言えなかったことを、言ってやったのだ。
「う、う………!! 分かっていますもの………今では失敗してしまってよかったと思っています」
子犬が前足で顔を隠すみたいに、バネッサは膝を抱えてしまった。
「これでも反省しようとは思っていますの………誰かに謝った経験がないので、どう告げればいいのか、分かりませんけれど………、………殿下ならきちんと謝意を表わすことができるんでしょうね………」
殿下は謝罪したというよりも大金を積んだだけである。
メイドは実情を密偵から聞いているから、眉間を親指で揉んだ。
落ち込む主には聞こえないよう、自分の思考を整理する
「ヴェイル家の懐柔や社交界への情報統制は完璧…………あの堅物殿下の溺愛がここまでだとは……」
いくら公爵令嬢とて暴力が許されるほど、王国の法は崩壊していない。
貴族だからこそ、国民感情や体面を考えなければならないのだ。
バネッサが大した罰を受けていないのは、殿下の裏工作のおかげなのである。
メイドは先ほどのいちゃつきで彼の執着を確信したのだった。
もっとも、それを感じ取るべき令嬢は、怒りと恨みと嫉妬と後悔でそれどころではなかったのだが。
ボリュームたっぷりなドレスが集まって、花束のようだ。
「でも、………だって、殿下が好きなんですもの………」
ほのかな吐息とともに打ち明けるさまは、いじらしい乙女だ。
瞳に涙を溜めて、うるうるとマリーを見つめる。
同性であっても、長い付き合いであっても、ドキッとした。
公爵令嬢たる彼女は、愛らしき薔薇なのだから、仕方がないことである。
だが、メイドは職務意識から、甘やかしへの誘惑を撥ね除けた。
「『だって』じゃありませんよ、言い訳は禁止です」
「思いが止められないのです、お前だって恋をすれば分かりますよ」
脳内が恋愛一色な主を、チクリと皮肉を刺す。
「でしたら、一生無理ですね。世話する主が大変手の掛かる方なので」
「恋をすると、好きな相手以外、何も見えなくなるんですの」
「ではヴェイル家の令嬢にも好意が? 見えていたから突き飛ばしかけたんですよね」
バネッサは小首を傾げて、不思議そうに言葉を紡いだ。
「もしも、殿下が他の女の手を取ったら………。………八つ裂きしてやります、女の方を」
「………はい、お嬢様………」
話はずれているが、バネッサにとってその仮定が皮肉の答えなのだ。
会話が通じなくなるほどの強い意志を感じて、メイドは薄ら寒くなる。
中身が激重バイオレンスでなければ、スムーズに結婚できたのだろう。
そうひしひしと感じるので、悲しくもなってくる。
――うちのお嬢様が、ぽんこつなのに、こういうところだけは悪役令嬢なせいで………。
――いえ、こんなお嬢様だからこそ、私がしっかり再教育して差し上げねば。
「あのですね、バネッサ様。あの事故も未来の妃としては致命的なのですよ」
メイドはガンと言う。ほかのメイド達が腫れ物に触るようにして言えなかったことを、言ってやったのだ。
「う、う………!! 分かっていますもの………今では失敗してしまってよかったと思っています」
子犬が前足で顔を隠すみたいに、バネッサは膝を抱えてしまった。
「これでも反省しようとは思っていますの………誰かに謝った経験がないので、どう告げればいいのか、分かりませんけれど………、………殿下ならきちんと謝意を表わすことができるんでしょうね………」
殿下は謝罪したというよりも大金を積んだだけである。
メイドは実情を密偵から聞いているから、眉間を親指で揉んだ。
落ち込む主には聞こえないよう、自分の思考を整理する
「ヴェイル家の懐柔や社交界への情報統制は完璧…………あの堅物殿下の溺愛がここまでだとは……」
いくら公爵令嬢とて暴力が許されるほど、王国の法は崩壊していない。
貴族だからこそ、国民感情や体面を考えなければならないのだ。
バネッサが大した罰を受けていないのは、殿下の裏工作のおかげなのである。
メイドは先ほどのいちゃつきで彼の執着を確信したのだった。
もっとも、それを感じ取るべき令嬢は、怒りと恨みと嫉妬と後悔でそれどころではなかったのだが。
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