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〈8/21〉
しおりを挟む〈8/21〉
今日も上司2人は出勤の日。お互い様だと思うが、顔も見たくない心境だ。
でももう、シフトに関してはパートの私にどうこう出来る権限は無いし、それなりに訴えもしたし、相手の言い分も聞いた。
あとは上司Sにお任せして、ダメならダメで辞めるなり、録音もしているので労働基準局へ訴えるなり、その時になったら自分の気が済むように行動すればいいだけだ。
そう考えると、結果がダメな方が、私の気は楽になるんじゃないかとも思える。
けれど、物事には順番がある。
直属の上司がダメならその上、その上がダメなら社長、社長がダメなら労働基準局。ほんの数年だが、この会社でお世話になってきた身だ。何があろうとこの程度の順番を守るのは会社への礼儀だと私は考えていた。
労基へ訴えるのは、もう少し先。今の私の精神状態では冷静に状況説明もできないだろう。
その時が来ないことを祈るが、良い結果が出てこのままここで働くにしろ、ダメになって転職するにしろ、ダメになって社長や労基に訴えるにしろ、もう少し心身を整えなくてはならなかった。
今朝。
同僚に来月のシフトの事で昨日上司Tと話したが、変える気は無いみたいだと悩みを打ち明けた。
それをきっかけに、同僚も今上司Tの事で悩んでいると私に打ち明けた。彼女は全くと言っていいほど職場で愚痴を聞いても自分はこぼさない人なので、とても珍しい事だった。
このような内容だった。
◦配膳前の検品チェック時に、上司Tも検品したのに、ミスが判明すると他人事、または人のせいにする。
◦朝食調理完了時間が早く、通常は6時半から盛り付けなのに、6時には盛り付けが始まる(別の同僚も言っていた)ので、それに合わせるのが大変。
◦カゴに入った乾燥済みの皿から、上司Tが盛り付け皿を出して作業台に並べてくれていたので、お礼を言ったが、よく見たら上司Tが使う分のみ用意していて、あとはほったらかし。
などなど、自分に甘く、2人一組で行う作業中でも相手に無配慮なエピソードばかりだ。
自分だけが頭を悩ませているワケじゃない事が分かって少し気が楽になった半面、改めて腹立たしくなった。
日中。
思い切って上司Sから連絡は来たか、シフトの件はどうなったのかを、上司Tに何度か聞いてみようと試みたが、常に威圧感を漂わせて言い出せるような空気じゃないので諦めた。
上司Tが弁当を盛り付ける前に、昼食の主菜であるハヤシライスが入った大鍋を作業台へそのまま置いておいた。すると、
「これからはバットに移して下さい。あと大鍋洗って下さい。」
と言いながら、苛ついた様子で自らバットに移して、大きな音を立てて大鍋を流しに置いた。
「ダメだろこれじゃあ・・・。」
などと独り言も。
次は、ハヤシライス用のスプーンが準備できてないのに腹を立てて、
「これ、スプーン用意してないけどいいのね!?」
と大きな声で圧をかけてきた。
なんてバカバカしい事ばかり口にする人なんだろう。
大鍋からバットに移したら洗い物が増えるばかりか、何度も別の器に移すことで、菌が付着する確率が高まる。アルコール消毒すれば死滅する菌ばかりじゃない。他人様に提供するものなのだから少しでもリスクは避けるべきだ。私達は大鍋のまま問題なく盛りつけ出来た。バットに移さなくては盛り付けづらいと自分の事ばかり考えて、ダメなのはどっちだよ。
スプーンに関しては用意出来てない事に気づいたなら、大した数じゃないんだから自分で用意せぇや。甘ったれ。
退勤前。
更衣室へ着替えに行くと、先程の同僚と遅番専門の同僚がいた。
そして、先程悩みを打ち明けてくれた同僚が、私達に[退職を決めた]と告げた。
上司Tの事がある前から考えていたが、上司Tとの事をきっかけに退職を決めたらしい。せっかく調理業務に従事しているので、資格を取ってからという、非常に計画的で前向きな退職スタイルで、淋しい気持ちは大きいが、それ以上に応援したくなった。
今朝私に伝えようと思ったが、自分が辞めると告げたら、私も辞めてしまうんじゃないかと思い、打ち明けられなかったようだ。
[それも有りだね!]と冗談と言って、[気にしないで大丈夫。私は私のタイミングで辞めるから。]と告げて、私は更衣室を出た。
厨房を通り、返事など返ってこないことを知りながら、[お先に失礼しまーす]と挨拶すると、上司Tは黙りだが、遅番担当の同僚から返事が返ってきた。
下駄箱へ行くために事務所を通り、上司Hの姿があったので挨拶すると、返事はあったが声がいつもと違った。よく見たら、目を手で抑えて静かに泣いていた。
目撃してしまったので、流石に無視できず、私は事務所に寄った。
「どうしたの?具合悪いの?」
と聞くと、黙って顔を横に振った。
「何かあったの?」
と聞くと、
「上司Sさんに、厳しいこと言われた・・・。」
と泣きながら答えた。私の件だとピンときた。
「そっかぁ・・・。なに、どんな風に言われたの?」
と聞くと、顔を横に振る。鬼が泣いてる姿を見ていて、何だか罪悪感が忍び寄ってきて、全てを台無しにする言ってはならない一言がつい口をついて出てしまった。
「なんか・・・ごめんね。」
今までで1番バカな謝罪を口にしてしまった。せっかく上司Sが従業員のために灸を据えてくれたのに、私が折れてどうする。
上司Hは何も話してこないし、これ以上いても仕方が無いし、慰めるつもりもないので、自分がまた涙に騙され何言い出すか分からないので、私は退勤した。
仕事で泣くのを認めない人間が泣いた。少しは人の傷みを思い知ったか、ざまーみろだ。
その日のうちに上司Sに連絡し、上司Hが泣いていた事を報告するついでに、自分がどんなに馬鹿にされようと怒らない気の優しい上司Sが、どんな事を上司Hに伝えたのかが気になって聞いてみた。[今まで俺がどれだけ庇ってきたか分かってるか。みたいな事を、厳しめに伝えました。]と言っていた。
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