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森戸創一~森戸集落~

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『森戸創一~森戸集落~』

森戸創一、13歳。

創一は、母親と共に森戸集落で暮らすことになった。
岸辺村長からの電話があった数日後、再び連絡が来た事がきっかけだった。

「どうですか?御家族の様子は。」

「ええ、おかげさまで何とか平穏な生活を取り戻せました。」

「そうですか。それは良かった。」

「・・あの、岸辺さん。具体的には、どんな対処を?」

「ああそれは、知らない方がいいでしょう。」

「・・はぁ。」

母親は、岸辺村長からあまり宜しくないものを感じ取った。

「実は、あれからもう少し調べさせていただいたのですが、創一くんは以前からそちらで大変な目に遭われていたようですね。学校のウサギが殺された時に、両手を赤く染めた不審者を目撃したとか?幼い時分に、さぞ怖かったでしょうに。その不審者が、今回の事件の絞殺体だったようです。」

「やっぱり、そうだったんですか。でも、創一はもう立ち直っておりますので。」

「そのようですね。しかし、創一くんは肺の病に冒された後から、原因不明の発作を起こす事があるようですねぇ。痛ましいことです。」

「・・そんな事まで・・・何故です?」

「お気を悪くされたなら、申し訳ない。情報管理はしっかりといたします。」

「・・・・・・・。」

「森戸さんは、私にとって命の恩人なんです。出来ることがあれば力になりたい。その一心で調べさせていただいたまでですので、どうぞご安心下さい。」

「こちらは、もう充分助けていただきました。何が狙いか存じませんが、力になりたいのなら、命の恩人本人に直接どうぞ。」

「いやいや、流石あのお転婆の銀子さんですな。相変わらず、気がお強い。」

「母親譲りなもので。人にある事ない事詮索されるのが嫌いなんです。」

「これは失礼しました。そんなつもりはないんです。実は、森戸さんのお力になりたく、今まさにその真っ最中なんですよ。」

「・・どういう事です?」

「今回の件で、森戸さんはかなり御家族の身を案じているようです。村へ戻ってくれば、力になれるのに・・・と。」

「・・なるほど。そういう事ですか。」

「いかがでしょう?創一くんは来年小学校を卒業。雅紀くんも中学を・・・」

「お断りします。」

「おや。」

「2人とも、街で生まれ育ちました。あんな酷い事件はありましたが、それよりも息子達には大切な友人がいます。そちらの都合で引き離すのは、大人の勝手以外の何者でもありません。」

「そちらの都合と言いますと?」

「村の都合という意味です。父もかなりいい年です。岸辺村長は、後継ぎ問題をお考えなのでしょう?」

「あら、バレちゃいました?」

「父は、村を出たいという私の意志を理解して、尊重してくれました。今回の事で心配はかけてしまいましたが、村へ戻るようあなたを介して説得しようなんて小細工はしません。岸辺村長、ある事無いこと仰ると、後々体の毒となりますよ?以後お気をつけ下さいね?」

「いやぁ・・一本取られました。どうもお見それいたしました。森戸さんに似て、なかなかの洞察力をお持ちで。ですが、あなたが村をお出になってから、長い月日が経ちました。人はね、変わるんですよ。あなたの前では理解を見せても、本音はどうなんでしょう。それに、息子さん達に話したらどんな答えが返ってくるのか、聞いてみないと分からないものです。」

「・・・・・・・・。」

「1度、御家族で話し合ってみてはいただけませんか?村の空気は、きっと創一くんの体に悪くないと思います。村は、いつでも歓迎しますので。良い返事をお待ちしております。」

そして、結果こうなった。
卒業式を終え、母親と創一は先に村へ。父親が手がけている仕事が一段落つくまでの間は、父親と雅紀は街で暮らすことに。
意外にも、息子2人は乗り気だった。父親も街で育ったが、田舎は嫌いじゃない。だが、母親が街へ来た理由を知っているので、大きく賛成はしなかった。
里帰りと称し、お試しで子供達を村へ連れて来た時には、村長が役場に指示して、村の空き家を改築した住居を既に用意させていた。
創一が、林道沿いにあるその家を偉く気に入り、村への引っ越しを今日まで心待ちにしていた。
軽自動車で林道を上がり、村長が用意させた、森戸家の新居へ到着。
中へ入ると、既に家具は定位置に運ばれていて、後は段ボールの中の物を収納して片づけは完了する段階だった。
母親は台所を片づけ、創一は2階へ上がり、3部屋ある内の一番手前にある部屋の襖を開けて、一目散に窓へ張りついた。
窓を開けると、まだ少し肌寒い温度の森から抜ける風と、数キロ先にある海風が入り込んできた。
その新鮮な空気を、創一は味わうように吸い込んで、深く吐いた。それから部屋を眺め、既に街から運びこまれている家具をチェックしながら、[創一]と書かれた段ボールの上に置かれた紙袋を開く。中には、これから必要になる中学1年の教科書が入っていて、まずはそれを机の引き出しにしまう。
次に、段ボールを開けて、前の家で使っていた私物や、捨てられなかったタロの首輪やおもちゃを眺めた。
創一は、街で起きたあの事件について、まだ心の整理がついてなかった。
あの男の手、あの男の声。一度すれ違っただけで、あとは木や柵、庭の石塀を挟んで何度か会話した。
記憶の中の姿形は、もう実際の男とはかけ離れているかもしれない。けれど、創一の頭の中に、心の隙間に深く刻まれていた。
何よりも、タロが自分の膝の上で苦しむ姿は、そう簡単に忘れられるものじゃない。
家族は気づいてないかもしれないが、あれからずっと、タロが暮らしていたあの庭に入ってなかった。
あの家には、良い思い出の数の方が圧倒的に多い。しかし、ほんの束の間に起きた悪夢のような出来事に、あの家は塗りかえられてしまった。皆、取り戻そうと今まで通りに、いやそれ以上に明るく振る舞った。少なくとも、創一にはそんな事では平穏は取り戻せないと思った。
もしかしたら、あの家の庭に、タロは元気な姿を取り戻して、今もいるのかもしれない。
けれど、あの石塀の向こうに、あの男が張りついて今も自分を・・・。
母親から、引っ越しの話を持ちかけられ、創一は救われた。
雅紀も、創一に続いて引っ越しを賛成した。高校で、本気で野球に打ち込む予定だったにも関わらず、[どこに行っても野球は出来るけど、山の一軒家は山じゃなきゃ作れないからな!]と、ワケの分からない事を言って笑わせてもくれた。本当は街の高校へ通いたいのに、やせ我慢して創一に合わせたのだ。
創一も、薄々それは感づいていた。

創一と母親が片づけを始めてから1時間ほど経った頃、そろそろ昼食の時間が近づいていた。
母親は台所用品の収納を完了し、予め米をといで炊飯ジャーにスイッチを入れておいたので、居間の片づけに取り掛かりながら、昼は軽くおにぎりで済ませようと考えていた。
すると、車のエンジン音が近づいてくるのを聞きつけ、創一が下へ降りてきた。

「母さん、お爺ちゃんだよ。」

「あれ、店はどうしたんだろ?じゃあ、お膳と座布団を先に出しとこうね。」

白い軽トラが上がってきて、庭に乗り入れて停車した。
運転席から、甚平姿の老人が降りて、荷台に乗せてきた荷物を降ろす。

「お爺ちゃん!」

「おぉ、創一。これ、いいか?」

「うん。これなに?」

「引越し祝いだ。昼飯食ったか?」

「まだだよ。」

「なら丁度良い。お母さんに渡してくれ。」

「分かった。」

創一は、大きな手提げの紙袋を両手で抱えて、小走りで家の中へ入った。
その背中を見送り、祖父は開けっぱなしの運転席のドアを振り返り、

「おーい。」

と声をかけると、中から大きな雑種犬が降りてきた。
それを確認し、祖父が家の中へ入ると、犬は玄関先に寝そべり、番をするように、静かに辺りを見ていた。

3人は、塩むすびと祖父が持ってきた引越し祝いのハム3種を開けて、一緒に昼食を済ませた。

「ごちそうさま~。お爺ちゃんハム美味しかったよ。」

「おう。なんだもう終わりか?」

「うん。まだ片づけ終わってないから。」

「いいじゃないか。間に合わなきゃ、また明日やればいい。」

「でも、布団が敷けるくらいにはしとかないと・・・」

「別にいいんだよ?ここで寝ても。」  

「そっか。僕と母さんだけだしね。」

「そうだそうだ。せっかく会ったんだ。少し話そうや。な?」

「うん。」

創一は、一度立ち上がったが、再び腰を下ろすと、箸でもう1枚ハムをつまんだ。

「食欲、あるみたいだな。」

「うん。」

「あ、そうだ。タツが玄関で待ってるんだ。水と何か軽くやってくれるか?」

「うん、分かった。」

創一が返事をすると、

「銀子、頼む。」

祖父は母親を指名した。

「ん・・・?」

創一と母親は顔を見合わせ、

「あいよ。」

母親は言われたとおりにした。
タロのお骨が鎮座する棚に供えてある水皿を借りて、新しい水を入れ、タロのお供え用のドライフードを持って、玄関へ出て行った。

「タツ、来てたんだね。大人しいから分からなかった。」

「ああ。タツも大分年だからな。」

「いくつ?」

「さぁ。拾った時からもう成犬だったしな。12・3以上か?」

「・・そう。」

「・・寂しいか。」

創一は、黙って頷く。

「・・心配してるぞ、お前のこと。」

「・・・・・・・!?」

「後ろに座って、心配そうに見てる。」

「タロ・・いるの?僕と一緒に?」

「ああ。もう苦しくないから、大丈夫。ボクのことは忘れてほしくないけど、あの時のことは・・・早く忘れたほうがいいとよ。」

「・・・・・・・。」

創一は、今にも泣きじゃくりそうになり、胸を強く掴んで堪える。

「酷い死に方ではあったが、恨みつらみに呑み込まれず、元気な姿取り戻して、育った家を捨てて、お前と一緒にこの村へやってきた。しっかり愛情を注いでいた証拠だ。」

「元気・・なんだ。ぅ・・・良かった。」

「今日ここへ来たのはな、それをお前に伝えるためだ。この前村へ来た日、タロがワシの所まで来て、伝えろ伝えろと責っ付いてきてな。折を見て伝えると、約束していたんだ。」

「・・・でも、タロはあの家にいたかったんじゃないかな。あの家の庭が、タロの家だったから。」

「あの庭は好きだが、お前達がいないのなら、自分の家はあそこじゃないと思ってるみたいだ。」

「・・・・・・・。」

「お前達がいる場所が、タロの家なんだ。」

堪えきれず、創一は涙を流した。けれど、嬉しそうに笑っていた。

「良かった・・・本当に良かった・・・。」

「お骨は、埋めてやるなら庭の桜の木の根元に埋めてやるといい。あそこは日当たりが良い。土に帰してやれば、この土地がタロの家そのものになる。お前達家族とずっと一緒にいられる。」

「埋めたら・・消えちゃう?」

「それは関係ない。今お前の傍にいるのは、お前が心配だから。この世に心残りがあるからだ。埋めても変わらない。だが、せめて遺骨だけでも眠らせてやるのが、飼い主の務めなんじゃないか?」

「・・・そうだね。」

「すまないな。まだ辛いのに、蒸し返すようなことを言って。」

「ううん、違うよ。お爺ちゃんは、僕とタロを助けたいから言ったんでしょ?」

「・・分かってくれたか。お前は気持ちを汲むのが上手い。」

「タロのお骨は、父さんと兄ちゃんがこっちへ来てから、皆で埋めるよ。その方がきっと、タロも喜ぶから。」

「ああ、そうしてやりな。」

祖父は目を潤ませながら、痛む腰を押さえながら立ち上がる。

「さて、そろそろ店へ戻るよ。」

「お爺ちゃん。」

「ん?」

「お爺ちゃんのお店、今度見てみたい。」

「おぉ、いつでも来い。まぁ、金魚すくいと、おでん・スイカ・アイスくらいしかないけどな。」

「へぇ、面白そう!」

「こっから歩いたら、本道下って1時間かからんだろ。調子が良けりゃ、散歩がてら1人でも歩いて来れる。昼間に来いよ。傍に崖があるから危ない。」

「うん、分かった。」

「それと、創一に1つ頼みがある。」

「なに?」

「もし、街で見たような動物達を、この村で1匹でも見ることがあったら、ワシにすぐ教えてほしい。これは、家と店の電話番号だ。」

「・・うん・・・。」

歯切れの悪い返事を聞き、祖父は創一の両肩に手を置いて、優しいながらも強い眼差しで見つめる。

「時間は気にしないでいい。必ず連絡してくれ。いいか?絶対に、1人で抱え込むんじゃないぞ?」

これはお願いではなく、気遣いだと創一は受け取り、涙を拭いて、

「分かった。約束する。」

としっかり返事をして笑顔を見せた。

その後、祖父は店へ戻る前に、自宅へ寄った。
先程、娘や孫の前で見せた優しい表情は消え去り、タツを助手席に待たせ、軽トラを下りた足取りも重い。腰痛は確かにあったが、それが原因とは思えない顔つきで、祖父は母屋を通り過ぎて、敷地の奥にある小さな離れへと向かった。
母屋と大差ない程古いが、今のところ地震や台風が来ても被害はない。
扉には、外からしか開けられないよう大きな錠前が付いている。
ポケットから鍵を取り出し、祖父は錠前を外して扉を開けた。

「おい、起きてるか?」

「あれぇ~?おじさんだ!」

二間だけの離れの奥で、掛け布団にくるまっていた中年の男が、布団を脱ぎ捨てニコニコしながら、小走りで祖父のもとへ来た。

「おじさんは、昼と夜はお店にいる!おじさんは、昼と夜はお店にいる!」

「・・そうだ。お前に伝えておく事があって戻ってきたんだ。」

「え~なになに!?」

「ワシと同じ力を持った者が、村へ帰ってきた。ワシの、娘と孫だ。気をつけろ?孫は、お前がしてきた悪事を見ることが出来る。絶対に、ここから出るなよ?」

「・・うん!ボクここから出ない!出ないし出られない!」

「何度か脱走してるだろ。まぁ、路は塞いだが。今度見つかったら、これ以上庇いきれん。その時は、お前は豚箱行きだ。」

「ぶたばこ!ぶたばこぉぉっ!」

中年の男は、子供のように無邪気に笑う。
祖父は溜め息をついて、

「いいか?ワシは伝えたぞ。伝えたところで・・・お前には分からんだろうが。じゃあ、店へ戻る。」

「いってらっしゃ~~い!」

大きな手を上にあげて、ブンブン振り回して、中年の男は祖父を見送った。
扉を閉め、錠前をつけて、車まで戻っていく足音を聞いて、中年の男は扉に凭れ掛かり、ニヤニヤと笑う。

「へぇ~、村にねぇ。たしか・・・あの子は、創一って言ったか・・・?へぇ~・・・。」


それから、数ヶ月後。
創一は中学校生活にも慣れて、友達も出来た。村の学校は生徒が少なく、小・中学生は同じ学校へ通う。小・中それぞれ、およそ1クラス分の人数しかいない。
休み時間や、給食の時間は小・中学生が一緒に過ごす。創一は、それが新鮮で楽しく思えた。
高校生の雅紀は、村に学校が無いため、バスと電車で2時間かけて高校へ通っている。最初はうんざりしていたが、その内慣れてきて、道のりが長い分、途中にある駄菓子屋で買い食いが出来ると分かり、1つ楽しみが出来た。
母親は、時々祖父の店を手伝いに。父親は手に職があるため、役場に頼まれて、集落の住民宅の故障部位など諸々の修繕・修理をして生計を立てている。そのおかげで、住民とは早くに馴染むことが出来た。
皆それぞれ、村に居場所を見つけていた。
そんなある日のこと。
放課後、創一は先生に頼まれて近々開催される納涼祭に使う機材を倉庫から運動場へ運ぶ手伝いをした。生徒が少ない分、教員も少ない。創一以外に数人中学生が残って協力した。
全て運び終え、雨風を凌ぐために機材にビニールシートを被せた頃には、まだ夕方5時だというのに、辺りは真っ暗だ。
創一は途中まで友達と帰り、分かれ道で別れた。ここから家まで、まだ歩いて20分ほどかかる。
おまけに林道だ。創一は、まだ慣れない。林道は、今歩く畑道よりずっと暗い。熊除けの鈴は常備してるので、獣の心配はない。創一が問題としているのは、

「・・・・・・・はぁ~。」

車1台通れる分の細道、それ以外は背の高い樹木だけ。それが、夜になるとザワザワと音を立てるだけで、真っ暗で何も見えない。
つまり、獣以外の何かが出そうで怖いのだ。
こうして、林道を目の前に佇んでいると、暗闇の向こうから誰かが見ているような・・・。

「創一ぃ~・・・。」

その時、林道から黒い人影が自分の名前を呼びながら向かってきた。

「うわああぁっ!!」

創一は、叫びながらその場に四つん這いに倒れ込んだ。

「おわぁい・・・っ!?な、何だよ!」

聞き慣れた声に反応して、創一が顔を上げると、そこには雅紀がいた。

「に、兄ちゃん・・・?」

「脅かすなよ・・・。心臓が・・・。」

「それ、こっちの台詞なんだけど。」

「遅いから、母さんが迎えに行けってよ。何かあったのか?」

「学校でお祭りの準備頼まれたんだ。はぁ・・・ビックリした。」

「悪い悪い!労働して腹減っただろ?早く帰ろうぜ。」

「うん。」

驚かされたが、雅紀が迎えに来てくれて、創一はとても有り難く思った。
2人で林道を歩きながら、他愛ない会話を交わした。

「兄ちゃん、懐中電灯持ってこなかったの?」

「持ってこなかった。なんで?」

「道、見えにくくない?」

「別に?普通に見えるし。お前見えないの?」

「うーん・・・何とか見えるけど。」

創一の目が泳ぐのを見て、雅紀は悟る。

「怖いってか?」

「・・・・・・・。」

「え、図星か。今夏だし、鈴つけてりゃ平気だって母さんが言ってたろ?懐中電灯なんか付けたら、虫が寄ってきて鬱陶しくないか?」

「あ、確かに。」

「だろ?お前視力弱かったんだな。知らなかった。」

「1.0だから、普通だよ。兄ちゃんが良すぎるんじゃない?」

「いや。問題は、視力じゃねぇな。」

「なに?」

「暗いのが怖いのか。それとも、熊が出そうで怖いのかだ。」

「・・・どっちも違う。と思う。」

「じゃあ何が怖いんだよ。」

「・・なんかさ、ここ出そうじゃん。」

「何が?」

「霊とか。」

「は?」

「え?」

「そりゃあ、いるだろ。普通に。」

「え!?」

「うぉっ!でかい声止めろってぇ~。」

「な・・なんで?兄ちゃん見えるの?」

「まさか。見えたらこんな冷静に歩いてないって。」

「じゃあ・・・どうしてそう思うの?」

「家族にいるからだよ。母さんもお前も、見える人だろ?」

「・・・・あぁ~、そっかぁ。」

「今まで見てきて、今更何が怖いんだ?」

「確かに。なんか・・・凄く納得がいったよ。ありがとう兄ちゃん。」

「はははっ!何だそれ!」

「でも、人は見たことないんだ。お爺ちゃんはどっちも見えるのかな?」

「どうだろな。今度聞いてみれば?」

「うん、そうする。」

「そういえばさ、爺ちゃんの店行ってきたのか?」

「あ、うん。この前の日曜日にね。スイカもらって食べたよ。」

「おわぁ~食いてぇ~!」

そんなふうに、2人で騒ぎながら家路を歩いている内に、創一は暗闇の中の視線を感じなくなっていた。
翌日も、その翌日も、祭りの準備で遅くなってしまった。
雅紀は文句も言わず、連日林道手前で待ってくれていたが、流石に悪いので、創一はペンライトを用意し、今日は1人で帰ると伝えた。
山の日暮れは本当に早い。畑道を歩いている内に、夕日は沈んで闇が訪れた。
林道に近づいてきたので、創一はリュックから、ペンライトと帽子を取り出す。以前雅紀がくれた野球帽を深く被って視界を狭くし、ペンライトを点けて足もとだけを照らす。

「よし。」

これなら平気と、自己暗示をかけて、創一は本道から林道へ続く脇道へ曲がろうとした。その時、

「うわぁ~っ!」

大きな声を上げて、何者かが背後から肩にぶつかってきた。

「わっ!なに!?」

創一はよろめきながら振り返る。

「た、大変だ!大変だ!」

自分より大きな体の中年の男が、辿々しい口調でパニックを起こして声を上げている。
創一も驚いてはいたが、相手がパニック状態なので、かえって平静になれた。

「ど、どうしたんですか?」

「来て!こっちこっち!」

パニック状態の中年男が小走りで本道を引き返すのを、創一は躊躇いなく走ってついていく。
林道近くの本道沿いには、人家はあるが過疎化が進んで住人がいない。この近くで何かあった場合は、1人ではどうしようもない時、道端で見かけた人に協力を求めるのは当然のことだからだ。
中年の男は、息を切らして左手に現れた脇道へ曲がる。その先は、何もないただの空き地だ。所有者は不明で、全く手入れがされておらず、雑草が生い茂っている。樹木がない分、林道よりは明るい。
創一は、中年男の後を追って雑草をかき分けていく。
空き地の中央付近で座り込んで、地面を見下ろす姿を見て、歩いて近寄る。

「これこれ!」

「なんです・・・?」

中年男が見下ろすそれを、頭上越しに創一も覗き込む。
そこには、怪我をした瀕死状態の猫が倒れていた。

「・・・・・・・!!」

創一は、反射的に胸を抑える。猫は出血が酷く、傷口は野生の獣などに襲われたものではなく、刃物で切られたようだったからだ。
よく見ると、中年男の両手が血で染まっている。

「・・もしかして・・・」

創一は、怒りの目で中年男を見下ろす。
中年男は、おどおどしながら、大きな両手を傷口に当てる。

「ど、どどどどうしよっ!いっぱい出てくる!いっぱい!いっぱい!」

その光景を目にして、創一は我に返る。
中年男は、瀕死の猫を発見して、今みたいに傷口に手を当てて血を止めようとしていた。だから手が赤い事と、辿々しい口調なのはパニック状態のせいではなく、脳に障害を持っていて簡単な言葉しか記憶できてないという事に気づく。
少しでも疑いの目を向けてしまった自分を恥じながら、創一は中年男の隣りにしゃがみ込み、

「ちょっと、怪我をみせてくれますか?」

「うん!うん!君、お医者さん?」

「違うけど、助かるかどうか位は分かるかも。」

中年男は手を離して、顔に銃でも突きつけられたみたいに両手を上げている。
創一は、切り裂かれた腹部にペンライトを当ててみる。酷い出血は、あちこちの臓器を損傷しているせいだ。猫の顔にライトを向ける。もう、虫の息でいつ死んでもおかしくない。

「・・・この子は、助からない。」

「え~?」

まるで子供のようなリアクションが返ってきて、創一は小さい頃に傷だらけの犬を見た時を思い出した。幼すぎて全く状況が分からず、死んでもなお苦しそうな犬を見て、ただただ可愛いと思って撫でる真似をした。
創一は立ち上がり、回りをフラフラと歩きながら、地面にライトを当てる。

「なにしてるの~?ねぇ~?」

創一は、自分の拳より少し大きいサイズの石を見つけて拾い、瀕死の猫の元へ戻る。

「・・なにするの?」

石を見て、中年男の目が大きく開く。

「もうどうすることも出来ないから、これで早く楽にしてあげます。」

「・・死んじゃうよ?」

「どのみち、死んじゃいます。なら、苦しいのは短い方がいい。向こう向いてて下さい。」

「うう・・・死んじゃう。」

「向こう向いて。」

「う、うん・・・。」

中年男は泣きそうな顔をして、創一に背を向ける。
創一は、ペンライトを地面に置いて、少し猫の顔が見えるように調整して、しっかりと右手で石を握りしめる。
久しぶりに、胸が苦しい。

「・・ごめん。」

そう呟いて、創一は思いきり振りかぶって、大きな石を猫の頭に命中させた。猫は、動かなくなった。

「ハァ・・・ハァ・・・。」

石を捨てると、創一は四つん這いになって、久しぶりの発作に耐える。

「すごい・・すごい・・・。」

背後で、中年男が何か言ったが、創一は苦しくてそれどころじゃない。

「君は・・勇敢だ・・・僕とちがう。」

「・・・・・・?」

「でも・・・これで共犯だね。」

「・・・え・・・?」

振り返ると、中年男はニヤニヤと創一を見て笑っていた。

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