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理由
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月明かりに照らされた崖の上で、野球帽を被った少年が、波立つ海原を静かに見つめている。隣りには、中型サイズの柴犬に似た雑種と思われる犬が、四肢をついて少年をじっと見上げている。
いつからいたのか。気づかなかった自分に舌打ちし、裕貴はゆっくり少年に近づいていく。
犬の耳が裕貴の足音に反応し、素早く顔を向ける。そして、裕貴に対して低く唸る。
すると、少年が慌てて振り返る。
「来るな!」
叫んで後ずさる足が、崖の縁に近づくのを見て、裕貴は歩みを止める。
相手の警戒心を解くために、作り笑顔で釣り竿を肩に乗せる。
「こんばんは。大丈夫、怪しい者じゃないよ。僕はただ釣りに来ただけだから。」
「・・・嘘だ。」
「空が晴れていて、月がよく見えて綺麗だ。」
お気楽な台詞を吐いているが、裕貴は少年の足元が崖に近すぎて、気が気でない。
月を背にして立っているため、逆光で少年の顔がよく見えない。声色からして、かなりの焦りはみえている。
少年の不安が伝わるのか、犬は少年を庇うように前に立ち、姿勢を低くして裕貴を威嚇する。
犬は、裕貴に何も訴えてこない。それだけじゃない。この犬が生きているのか死んでいるのかすらも分からない。この感じは初めてだ。
どちらなのか確かめるために、裕貴は少年の反応を見ることにした。
「君の友達は、僕が嫌いみたいだ。」
「・・・・・・・?」
「柴犬に似てるけど、ちょっと違うかな。すごく勇敢だ。君を僕から守ろうとして。教えてくれないか?この子の名前。」
「・・・聞いてないの?母さんから。」
「・・・・・・・?」
「僕は知ってるよ、裕貴のこと。」
少年の声が、落ち着いた声色に変わる。
「・・・・・・・!!」
「それと、心配してくれなくても僕なら平気だよ。[すくいや]さん。」
「・・・君は誰なんだ?なんで・・・」
「母さんから聞いたほうがいいよ。」
「分かった。じゃあお母さんの名前を教えてくれ。」
「ずっと悔やんでるんだ・・・ずっと。助けてあげて、裕貴。」
「いいよ。僕に出来ることがあるなら、協力する。」
「うん、お願い。」
少年は少しずつ下がっていき、踵が崖の縁にかかる。
「だから止まれ!」
咄嗟に裕貴は制止する。
「どうして?」
「君のお母さんを助けるためだ。君の力も必要になる。絶対に。」
「そうだよね・・分かってる。でも僕は、罪を償わなくちゃいけないんだ。」
少年の体が、ゆっくり崖へと傾いていく。
裕貴は、少年に向かって駆け出す。
顔も体も、逆光となって影でしかないにも関わらず、少年の色白の両手だけは、唯一肉眼で捉えられる。裕貴は、その両手を掴まえるため両腕を伸ばす。
その掌は、血で染まっている。
かまわず裕貴は両手を少年の右手に向けて伸ばしたが、少年は右手を引いて拒否した。
その時、裕貴は思った。
あと、ほんの数センチで、少年の手に触れられた。
あと、ほんの数秒早く駆け出していれば、少年の手を掴むことが出来た。
それ以前に、少年が崖へ来たことにもっと早く気づいていれば・・・・。
「もっと早く気づいていれば・・・。母さんも、同じ事を言ってたな。」
「待て!駄目だ、行くな!」
少年の体は、暗く無慈悲な崖下へと落ちていった。
「うううわああああああァァァ~~~~っっ!!」
裕貴の絶叫がこだまし、少年の犬は哀しげな悲鳴にも似た鳴き声をだけを残し、いつの間にか姿を消していた。
『理由』
「おい、遅えーぞ。」
「うん・・・ごめん。」
「飯は。」
「店で食べる。」
裕貴は、老婆が作った食事をタッパーに詰めて、最低限の身支度を手早く済ませて、車に乗り込む。
酷い夢を見た。見たには見たが、裕貴は殆ど覚えていない。
「なぁんて面してんだ。そりゃ閉店後の面だぞ。」
「ちょっと・・嫌な夢見ちゃって。」
「夢だぁ?どんな。」
「・・・忘れた。」
「あ?」
「覚えてないんだ。ほとんど。」
「夢を見た。でも覚えてねぇ・・・。よく寝た証拠だ。何を終わっちまったみてぇな面して。」
「・・少年が、崖から身投げする夢だったんだ。手を伸ばしたけど、間に合わなかった。」
「・・・ほう。」
「あんな夢、初めて見たよ。でも、ただの夢だから。」
そう言って、裕貴はキーを差し込みエンジンをかける。
老婆は、思案するような表情で、窓の外の若葉を生やし始めた木々と、その間で慎ましく花を咲かせる山桜を眺める。
裕貴は車を発進させて、庭から林道へ出て下り始める。冬場より、自信を持って運転しているのが走る速さに出ている。
「・・・どうかね。」
「なに。」
「その夢。何かの暗示かもしれないよ。」
「・・・そうかな。」
「思い出してみな。思い出せるだけ。何でも。」
「・・・崖は、店の傍にある崖だった。夜で、空が晴れていて月が綺麗だった・・・あ、野球帽。」
「ん?」
「崖に立ってる少年が野球帽被ってた。逆光で顔は見えないのに、手だけはハッキリ見えて・・・」
「その少年、いくつだい。」
「え・・顔見えなかったし、体も影になってて、半袖シャツに長ズボンっぽいもの着てるくらいしか分からなかったからね。」
「なら身長は。」
「ああ、身長・・・あの身長なら平均年齢は13・14くらいかな。」
「・・・・・・・。」
「・・これが暗示だとして、僕はどうすればいいのかな。」
「・・・この集落に子供はもういねぇ。崖に現れたのは、余所から来た身捨ての子。服装はよく見えないのに、野球帽を被ってるのは分かったんだろ?なら、それが鍵なのかもしれないね。」
「野球帽を被った中学生。今日は土曜だから、学校は休みだね。」
「・・念の為、土日の夜は見張りを強化しとくか。」
「うん。」
店に着くと、裕貴はまず崖へ向かう。
人がいる気配も、人がいた形跡も無い。
崖下を覗いても・・・荒波と岩しか見えない。
「はぁ・・・相変わらず血迷ったことを平然と。」
老婆が少し離れた場所から裕貴に声をかける。
「地獄のぞきしてる間に、背後を襲われたらどうするつもりだい。道連れを謀る身捨てもおるからな。」
「ちゃんと確認済みだよ。」
「おーい!来て早々どうしたんだぁ!?」
「あー、今日はゴンだったか。」
老婆と裕貴は、店から出て来た見張り番のベテラン巡査の権三のもとへ行く。権三が見張り番の時は、店主になりすまして私服で番をする。
「よう、見張り番ご苦労さん。」
「どうかしたのかい。銀さん。」
「ん、ちょいと春の海風が浴びたくなってな。」
「ならいいが・・・。」
そう言って、権三は裕貴に目をやる。
裕貴は作り笑顔で頭を下げる。
「お疲れ様です、権三さん。」
「おう・・・なんだ、寝不足か?」
「ははは、その逆です。よく寝たんですけど、何だか寝足りなくて。」
「いい陽気だからなぁ。いいなぁ若モンはよく眠れて。なぁ、銀さん。」
「あたしもよく寝れとるよ。仲間に入れないどくれ。」
「なんだ、俺だけか?はっはっはっは!」
「それより、変わりなかったかい。」
「ああ、無いよ。ここいらは雑草は生えても、花見が出来るような上等な花は咲かねぇから、花見客も来ねぇ。だからといって油断は出来ねぇがな。」
「あっちはどうなってる。」
「ん?」
「ほら、あれだ・・・ピコピコの方だよ。」
そう言って、老婆は両手を前に出し、ピアノを弾くように指を動かして見せる。
「あー、インターネットかい!」
「・・・・・・・。」
裕貴は、ピコピコって・・・と心の中で思う。
「プロがしっかり張っとる。ぬかりはねぇよ。ネットにここの情報を載せようモンなら、エラーが起きて消えるよう仕掛けをしてあるそうだ。その上、ソイツの住所・名前・口座など諸々の情報が割れ、その筋のモンが直接行って[警告]するとかしないとか・・・。」
「そうかい。わりと若モンの身捨てが来るからね、てっきりあっちに穴でもあるんじゃねぇかと思ってな。まったく、どこで調べてくるのやら・・・。」
「こうなると、人伝ってのが濃厚だな。」
「ああ。今まで来た身捨ての中に洩らしている奴がいるのか。元身捨てから聞き出して言い触らしとる馬鹿がいるのか・・・。」
「・・いたな、そんな奴。」
「え?」
「ここの話じゃねぇが、自殺志願者のフリをして、自殺願望のある人間に近づいては、自殺の名所やら死に方やら情報提供して焚きつけ、心中を仄めかして相手が自殺するよう促す輩がいるんだよ。」
「ほら、店に貼ってあるだろ。指名手配犯のリストに載ってる、カリビトっつー下らない名前の似顔絵さ。」
「捕まってないの?」
「なにせ名前は通り名で、顔も割れちゃいない。あの似顔絵は、たまたま数多くいる被害者の中の数人が答えた犯人の特徴に共通点が見つかって載せただけなんだ。他は皆、特徴がバラバラでな。複数犯の可能性もあるが、なかなか進展しないまま、お蔵入りになっちまっとる。」
「あたしは単独と睨んでいるんだがね。あの似顔絵、犯人が警察に一般公表させるために意図的に仕向けたような気がしてならねぇ。わざと被害者数人の前に同じ容姿で現れたか、もしくは・・・催眠術で被害者の視覚を操ったか。撹乱させるために
な。」
「銀さん、そりゃあまりにもナンセンスだよ。」
「散々あたしらを見てきて、まぁだそんな事ぬかすかぁ?あたしらを特別視し過ぎだぞ。」
「いやぁ・・そうだが。」
「あたしらみたいなのが存在するってこたぁ、他にも妙なモンがいるかもしれねぇってことだ。柔軟にもの考えねぇといつまでも捕まらんぞ。」
「・・・・若モンの見解はどうだ?」
「え・・さぁ。」
「[さぁ]かいっ。」
権三は、ずっこけるフリをする。
「僕は探偵でも刑事でも無いので。それに、自分の力ですら完璧に知り尽くしてるわけでもないですし。僕の意見なんて宛てになりませんよ。」
「銀さんの孫にしちゃあ、慎重な物言いだな。」
権三はつまらなそうに言った後、宙を漂う今の発言を掻き消そうとするように、右手をヒラヒラと振る。
「いやいや、何も悪いと言っとるんじゃないぞ?」
「はい。気にしてませんから、大丈夫です。」
「別に言い当てろってんじゃないんだ。あたしら高齢者が考えも及ばない事を思いついてるかもしれんだろ。」
「そうだなぁ・・・。お婆ちゃんが言うように、催眠術を使える単独犯が崖の情報を広めているなら、かなり厄介だと思う。でも、その力も完璧じゃない。被害者の視覚を誤魔化すことは出来ても、頭の中まで操作できない可能性があるから。」
「・・つまり、どういうことだ?」
「自殺志願者のフリをして接触したり、自殺の誘導や場所の情報提供をして説得するって事は、催眠術で簡単に相手を自殺させる力は無いってことかもしれない。あと、自殺志願者ばかりを狙うのは、カリビトさんの拘りなのかもしれないけど、もしかしたら精神的に不安定で付け入る隙がある人間にしか催眠の効果が発揮出来ないんじゃないかな。」
「・・・・・・・。」
2人は黙り込む。変な空気が漂うのを裕貴は感じ取り、間を埋めるように付け加える。
「まぁ、お婆ちゃんの仮説のそのまた仮説だけどね。」
「仮説じゃない。勘だよ。」
「ふっ、銀さんの勘は良く当たるからな。それにしても、なかなか鋭いじゃないか。参考にさせてもらうよ。じゃあ、あとよろしく。ご協力どうも。」
権三は、老婆と裕貴に軽く敬礼して店の裏へ回り、自家用車に乗りこみ帰っていった。
老婆は、権三の車が見えなくなるまで見送った。
裕貴は車のトランクから荷物を取り出して、店内へ運ぶ。ついでに、黒電話の傍に貼ってある指名手配犯のポスターを眺める。カリビトのポスターは他のポスターに比べて比較的紙が新しい。20代~30代男性と書かれている。似顔絵の人物の顔は、自分より少し若く、誰かに似ているような気がする。
「若いだろ。」
知らぬ間に、老婆が背後に立っていた。
「あ、うん。」
「・・どんな理由があって、身捨ての背中を押すような真似するんだろうねぇ。」
「そうだね。[生きる苦しみからの解放]、[人の不幸が快楽]、[自殺志願者に対する憎しみ]。」
「・・・会ってみなくちゃ分からねぇな。」
「もう会ってたりして。」
裕貴は冗談っぽく老婆に言う。老婆は驚いて目を剥いて裕貴を見る。
「心当たりでもあんのか?」
「全然。ただ、ここも一応自殺の名所だから、姿を現してないとも限らないかなって。お婆ちゃんの言うとおり、この似顔絵は一般公表させるための偽の顔なら、もっと違う顔してるはずでしょ?もしかしたら、男でもないかもしれない。」
「確かにな。さ、推理はそのくらいにして、開店準備すんぞ名探偵。あたしらには、あたしらの仕事がある。」
「了解。」
その日の日中は、誰も崖に訪れることはなかった。
裕貴は水槽を店へしまいこみ、閉店準備を進めながら、カウンター席に座ってうたた寝する老婆に問いかける。
「昼間は来なかったね。」
「んあ・・・土曜だろ。土日は統計的に少ないって言われてるしな。」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ多い日は?」
「月曜日。おそらく、日曜にいくらか休息をとったことで、精神に隙が生じる。月曜は次の日曜から1番遠い日だ。心を病んでいなくても、億劫に思う人間が多い。あたしは、月曜よりも日曜の夜から深夜が1番身捨てが不穏になりがちな時間帯とふんでるがな。」
「うん、何となく分かるかも。月曜の登校は気が重くて、日曜の夜が終わらなきゃいいのにって、子供頃思うこともあったし。」
「身捨ては、それ以上の負担を感じるんだろうな。」
「それで?土日の見張り強化って具体的に何をするの。」
「もう手配済みだよ。そろそろ来る頃合いだ。」
「・・・・・・・?」
その数分後、1台の車がやって来た。役場の公用車だ。そこから、紺のつなぎの作業着を着た中年女性が下りてきた。
「こんにちは~。お久しぶりです、銀子さん。」
「おう。相変わらずかい?美代子。」
「はい、おかげさまで。あ、こちらが噂の?」
「噂?」
「ああ、孫の裕貴だ。」
「はじめまして。」
「こちらこそ~どうぞよろしく~。ちょっと銀子さん、結構イケメンじゃない?」
「そうか?」
「それじゃあ~、私が手塩にかけて育てたイケメンも紹介しちゃいますね?」
そう言って、美代子はトランクを開けて、手を動かして指示を送ると、犬が飛び降りて出てきた。
「聴導犬のういろう君です。」
柴犬に似た犬は、精悍な顔つきで、美代子の足に寄り添うようにお座りする。
「美味そうな名前だね。すばるはどうした?」
「あの子は引退して、今は一般の家庭で余生を過ごしてます。」
「そうかい、もうそんな年か・・・。おい、ういろう。」
老婆が手を差し出すと、ういろうは1度美代子を見上げてから、尻尾を振って駆け寄ってきた。
老婆は屈んで、ういろうの顔を両手でわしゃわしゃと撫で回す。
「よ~しよし。2、3日世話んなるぞ。」
「もしかして、この子が見張り強化?」
「ああ、人が来たらあたしらよりずっと早くに気づいて知らせてくれる。」
「ういろうはね、保健所から来た子なんだけど、訓練施設の聴導犬トップ3に入る優秀な子なのよ?」
「へぇ~・・・。」
「裕貴、これから世話になるんだ。挨拶しな。」
「うん。すいません美代子さん、数日ういろうをお借りします。」
「いいえ~。」
「はあ?そうじゃねぇよ。耳借りんだから、ういろうに挨拶だろ。」
「あ、うん・・・。」
裕貴の表情が若干翳る。仕方なくゆっくり屈んで、老婆に甘えるういろうに手を伸ばして、声をかける。
「やぁ、ういろう。よろし・・・」
「ウゥ~~・・・。」
ういろうの目がガラリと変わり、裕貴に対して唸り声をあげる。
老婆と美代子も不思議そうな顔をする。
「おい、どうした?」
「おかしいわねぇ。保健所にいた頃から人懐っこい子なんですけど・・・。」
「ウウぅ~~・・・ワン!」
「・・駄目か。」
裕貴は悲しげに手を引いて、立ち上がる。ういろうの目が穏やかさを取り戻し、再び老婆に甘える。
「はっはっはっ!まだまだ未熟モンってこった。獣医がこれで良く務まったもんだよ。」
「あら、獣医さんなの?」
「はい。以前はそうでした。」
情けなそうに、裕貴は答えて、老婆とういろうを羨ましそうに眺める。
その数分後、美代子の車を見送り、老婆はういろうのリードを引いて店内へ入る。そしてカウンター席の足にリードを繋いで、その隣りの席に腰掛けて、遅れて店へ入ってきた裕貴に問いかける。
「見たところ、ういろうが初めてじゃねぇな?いつからだい。子供の頃は普通に飼ってたろ?公園に捨てられてたってあのワンコロは、お前さんに懐いてたよな。」
「まぁ、アカは子犬の頃から飼ってたからね。アカ以外の犬猫はわりと皆同じような反応を見せてたよ。昔から。引っ掻かれたり噛みつかれたり、生傷絶えなかったなぁ。」
「ほう・・・なのに獣医を選んだか。」
「もともと物事にあまり動じないタイプで手先も器用だから、お前は外科医に向いてるかもなって、高校時代担任に言われたことがあって、それで少し考えてみたんだ。動物を知って、接触している内に警戒されなくなるかもしれない。それに、動物を助けることが出来るって。それで勉強して、免許をとった。一応はね。でも、いくら接しても懐いてくれる兆しは0。大学で覚えた動物の保定法だけはどんどん磨きがかかって、どんな厄介な子でもお互い傷一つ付けずに保定出来るようになったよ。それで、余計嫌われるようになった。」
「はっはっは!だろうな。」
老婆は軽快に笑う。
「これはただの推測だが、きっとお前さんに懐かないのは、死後の動物達が見えることに関係してるかもしれないね。」
「うん。それは僕も何となくそんな気はしてたよ。確かめようがないから、何の根拠もないけどね。だとしたら、ずっと僕は生きてる動物と交流を図る事は出来ないって事かぁ~・・・。」
「根拠がねぇなら、日々努力すりゃあいい。その内日の目を見られるかもしれんだろ。」
「まぁね。」
「そんなワケで、ういろうの世話は裕貴の担当とする。」
「ぅ・・そうくるか。」
そう言って、いつものカウンター席に座ろうとして、ういろうと目が合い、裕貴はテーブル席の1番カウンターから遠い席に着く。
老婆は、足元にいるういろうの頭にぽんぽんと手を置いて宥める。
「だが・・・言ってみりゃ、お前さんはここへ来る前から[すくいや]だったんだな。動物達の治療をする事で、同時に飼い主を救ってきた。方法が違うだけで、今と同じ事をしてきた。」
「・・・ヒーローが弱者を救うなんて構図にはほど遠いものだよ。」
「勿論さ。救える命もありゃ、その逆だってある。あたしは別に綺麗事を言ってんじゃないよ。ただ、お前さんはずっと生き物と向き合ってきた。障害に阻まれても、身を引くこともなかったし、ぶつかっても倒れ伏すこともなかった。」
「・・勘違いしてるよ。僕はそこまで強くない。」
「どうかねぇ・・・。もしかすると、お前さんの方が勘違いしているだけなのかもしれんぞ?」
「・・そうやって、お婆ちゃんはいつも自分の勘を信じてるけど、今回は間違ってるよ。」
「ほう。何故そう言える?」
「だって、知らないでしょ?僕が去年の夏、どうしてここへ来たのか。」
「・・知ってるさ。」
「知るわけない。」
「おや、あたしの力をなめてんのかい。」
「じゃあ当ててみてよ。僕は、お婆ちゃんが暮らすこの村に、何をしに来たのか。」
「そんなモン、簡単さ。」
「なに。」
「死ぬために来たんだろ。」
「・・・・・・・。」
「・・・知らないわけないだろ。何十年お前さんの婆ちゃんやってると思ってんだい。」
「・・・だったら、分かるでしょ。僕は、障害に勝てなかった。」
「あのな、裕貴。勝つよりも、障害は乗り越える方が難しいんだよ。お前さんは勝ちたかったのか?打ち負かしたかったのか?一体何をだ?」
「・・・・・・・・。」
「・・・お前さんが何に絶望して、死を選択したのかは知らねぇ。だが、今生きとる。あたしに言わせりゃ、そりゃ勝ちだ。」
「・・・そうだよね。」
「やめろ。」
「・・・・・・?」
「物分かりの良いフリなんかすんな。お前がすり減ってなくなっちまう。」
「・・別にフリなんか・・・」
「ここへ来てから、ずっと猫被ってきやがったのは、一体何のためだ?」
「・・何のこと、ソレ。」
「この期に及んでまだ誤魔化すかい。婆ちゃんはそんなに信用できねぇか?言ったもんな?僕は人間なんか信用してないって。婆ちゃんはお前さんにとってそんなモンか。情けないったらないね。」
「それは違う。」
「嘘だね。あたしを欺こうったってそうはいかないよ。」
「何言ってんの?お婆ちゃんにそんな事するわけ・・・」
「あたしには無表情決め込んで、他人には作り笑い。いつまで続けてられっか黙って見てきたが、もう我慢の限界だ。」
「・・・・・・・・。」
「化けの皮ぁ剥がして、腹割って話さねぇなら、一緒にいるのはもう無理だ。出ていきな。」
「・・・そっか、分かった。で?この店どうするの。すくいやは。」
「お前さんの知ったことじゃねぇだろ。」
「・・そうだね、もう関係ないッ
。」
裕貴は音を立てて椅子を引いて立ち上がると、奥の部屋から自分のリュックを持ってきた。リュックの中の財布をチェックし、ズボンのポケットに入ったスマホも確認する。
その動作を、老婆は黙って見つめる。
「じゃあ、お婆ちゃん。元気でね。」
「・・・チっ。」
老婆は、眉間に皺を寄せて舌打ちした。裕貴が老婆に対して、最後の挨拶に作り笑いをして見せたからだ。
裕貴は出入り口の戸を開けて、外へ出る。
外はもう日が暮れて、崖の上に月が浮かんでいる。
「はぁ・・・。」
裕貴は、もう一度だけ店に目をやる。ガラス戸越しに見えるカウンター席には、老婆の姿はなく、ういろうがじっとこちらを見つめている。
ういろうから目をそらして、出入り口の上にあるはずの[すくいや]の看板を見上げるが、外は暗く、店から漏れる灯りのせいで看板が見えない。
「・・・・・・・。」
裕貴は歩いて車道へ出て、道を下り始める。
その足取りは、背を何かに掴まれて引き戻そうとされているような感覚に囚われ、どこか重く、ぎこちない。
それから数十分後、老婆は軽く食事を済ませるため、昼間に裕貴が煮込んだおでんを温め、器に盛ってカウンターに置く。
足元で、ういろうがジッと見上げている。
「なんだい・・・お前も食うか?おでん。」
「・・・・・・・。」
「違うわなぁ~?待ってな。ちゃんと美代子から飯預かってんだ。」
そう言って、老婆が奥の部屋へ向かおうとすると、ういろうは老婆のふくらはぎに前足を掛ける。
「ん?」
ういろうが、目と動作で老婆に知らせる。誰かが来ると。
「そうか、分かった。ありがとよ。」
老婆は、ういろうの頭を撫で、出入り口のガラス戸越しに外を眺める。しばらくすると、人影が車道からこちらの崖へ通じる脇道へ入り、歩いてくるのが目に入る。
影は長身で、頭の形からしてフードを被っている様子。しかし、外はもう暗く、それ以上の事は老婆には分からなかった。
ただ1つ分かるのは、裕貴ではないということ。裕貴より、その影は長身だからだ。
「・・ゥ・・・ウウゥ~・・・。」
カウンター席の下で、ういろうが低く唸る。
老婆は振り返り、ういろうの様子を窺う。
「・・・・・・・・。」
「ウウゥ~・・・ウウゥ~・・・。」
ういろうは、四肢に力を入れ、徐々に口を開いて歯を剥く。
老婆は訴えを理解し、ガラス戸へ向き直り、監視を続けようとした時、影は既にガラス1枚を隔てた目の前へやって来ていた。
そして、老婆が驚く間もなく、ガラス戸は開かれた。
「こんにちは。」
「ああ・・いらっしゃい。」
「明かりが付いていたので、寄ってみたんだけど。やってます?」
「やってるよ。といっても、アイスかおでんしか無いがね。」
「よかったぁ~・・・。ずっと歩き通しだったんですよ。やっと休めます。」
「そりゃ御苦労だったね。好きな所座って楽にしな。」
「どうも。」
影は軽く会釈し、老婆の横を通り、店内へ入る。男性で、声からして裕貴と大体変わらない年頃と老婆はふむ。
男は、黒いフード付きの薄手のジャンパーに、黒いズボンという姿で、フードを被ったまま、テーブル席に座る。
老婆は、出入り口のガラス戸を閉めながら、その後ろ姿を注意深く観察する。
「飲み物は、お茶かコーヒーだよ。どうする?」
「じゃあコーヒーで。それ、お婆さんの手作り?」
そう言って、男はカウンターにあるおでんを指さす。
「いや、あたしの孫だよ。食うか?」
「へぇ。今どこに?」
老婆は、質問に違和感を覚えながら、いつもの調子で答える。
「さぁね。手先は器用だが、誰に似たのか態度の悪い奴でね。ちょっと叱ったら出てっちまったよ。」
「なぁ~んだいないのかぁ~。残念だなぁ。」
そう言って、男は手足を投げ出して背もたれに体を預ける。
「ウウゥ~・・・ワンッ!」
「コレ、看板犬?」
「ああ。今日はご機嫌ななめなんだ。悪く思わんでくれ。じゃあ取り敢えず、コーヒーだね。」
老婆は、テーブル席を通り過ぎ、厨房へ向かう。
「・・やっぱいいわぁ~!」
男は天井を見上げて、突然大きな声をあげる。
その声に、ういろうはビクついて後ずさる。ういろうは唸るのをやめ、黙り込む。
老婆は立ち止まり、男を振り返ると、フードからやや大きく開いた口が覗いている。それを見て、この得体の知れない男の正体について、大体の見当が何故か老婆にはついた。
「そうかい。なら少し休んだら出てっとくれ。冷やかしはお断りだよ。」
「オッケー。」
フードから覗く大きな口は、何が可笑しいのかニヤニヤと笑う。
「じゃあお婆さん、少しの間話し相手してよ。」
「あ?そりゃコーヒーより高くつくぞ。」
「いいよ。ちゃんと金ならある。」
「ハッ・・・そんなモンで払えるかよ。」
「え~?じゃあ・・・体?」
「・・まぁ、それは悪くないね。」
「ヒャッヒャッヒャ!いや有り得ないっしょ~!」
「ああ、そうだ。そんなモンじゃダメだ。」
老婆の目が鋭く光り、フードで隠された男の目を射抜く。
老婆は男の向かいの席に腰を下ろす。
男は背もたれから体を離して、テーブルに肘をついて、頬杖をつく。
老婆と顔が近くなり、流石にフードの中身が見えるはずなのに、何故かニヤけた大きな口の上にあるはずのものに黒いモヤがかかり、どれだけ目を凝らしても、老婆の目には確認することが出来ない。
「まずは、礼儀ってモンを見せたらどうだい。」
「あれ、何かお婆さんの気に障るようなことしちゃった?」
「ああ、店ぇ入ってきてからずぅーっとだ。」
「んー・・・なんだろ。」
「何を白々しい。簡単なこった。フード取って顔出しな。」
「あーこれ?この上着気に入ってんだぁ。最初の戦利品でさ・・・」
「礼儀を知らん奴は嫌いだ。話があるなら、礼儀を示せ。」
「りょうかーい。」
男は素直に従い、フードを取り、後ろへ下げる。しかし、老婆の目には口角の上がった大きな口しか映らない。
老婆は、眉間に皺を寄せる。
「おい・・・おちょくってんのかい。」
「へぇ~。全く動じてないね。」
「何でか分かるか?こっちゃあもうお前が何モンか見当がついてんだよ。だがまず顔を拝ませろ。楽しい談話はそれからだ。」
「・・・オッケー、負けたよ。じゃあお婆さんの洞察力に免じて、特別に見せてあげるよ。」
そう言って、男は細く長い指で黒いモヤの部分を覆い、ゆっくりとその手を下ろしていく。
すると、黒いモヤが消え、老婆の目にも男の顔がハッキリと認識できるようになった。
「・・・・その顔・・・お前・・・・ッ。」
老婆は、言葉に詰まる。頭の中で、指名手配の似顔絵と、男が見せた顔が重なる。
「どう?これなら話しやすい?お婆さん。」
老婆は手を震わせて、男を睨め上げる。
「・・・どういうつもりだい。何故身捨てを狙う。よりによって・・・あたしの孫の顔でッ!」
男は更に嬉しそうに口角を上げ、老婆の形相を堪能する。
「フ・・ヒャヒャ・・・っ!やっぱ驚くよなぁ~?良かった。普通のお婆さんで。オレの噂は知ってるみたいだけど、アイツが言うほど怖くねぇじゃん。」
老婆は何とか怒りを腹におさめ、冷静に男を見据える。
「ほう・・随分余裕だねぇ。よっぽど自分に自信があるんだな。」
「だって、ここには俺とお婆さんしかいない。あ、それと看板犬かぁ。」
「・・・・・・・。」
男と目が合うと、ういろうは耳を伏せ、尻餅をつくようにペタンと腰を下ろす。尾も下がり、完全に怯えてしまっている。
「つまり、自分は優位な立場にあるってぇ算段かい。」
老婆は男の目を自分に向けさせるために、声を強めて話す。
「そうだよ。きっと今、お婆さん色んな事考えてるんだろうなぁ~。この場をどう切り抜けるか。もう1人の孫の蒼汰は無事なのか・・・。」
「・・・・・・・。」
老婆は無言で様子を窺いながら、密かに両手を握りしめる。
「あの似顔絵じゃあ1発で蒼汰の顔って分からないっしょ?何処にでもいそうな顔。それが狙い。顔が割れたら捕まっちゃうじゃん?まだ捕まる気ないし。顔見せたら、そいつ殺さなくちゃいけないし。面倒なんだよなぁ~、すげぇ汚れるから。」
「だから、身捨てを狙うのか。手を汚さず、説得に成功すれば死ぬ。」
「ちょうどいいでしょ?向こうは死にたがってる。こっちは人が死ぬ所を見たい。お互いの願いが叶うんだ。」
「一体どれだけの身捨てをたぶらかした。まぁ、そうそう成功したとは思えんがね。どんなに特殊な力を持っていようと、限りがあるからね。」
「へぇ・・なかなか鋭いなお婆さん。その通りなんだよ。せっかく説得してお膳立てしても、生還しやがんだよなぁアイツら。なんでかな?」
男は、老婆のもう1人の孫蒼汰の顔で、老婆を見下ろし、威圧を与える。
「教えてやろうか?」
「是非。聞かせてよ、お婆さん。」
「実はなぁ、今日は偶然にもお前の話題になったんだよ、この自殺の名所でな。なんでこの崖へ来る身捨てが後を絶たないのかって話しとったら、1人がお前の話を持ち出した。ソイツは言ったよ。なかなか捕まらないのは複数犯の可能性があると。だからあたしは言ってやった。あたしは単独と睨んでいるとね。あの似顔絵、犯人が警察に一般公表させるために意図的に仕向けたような気がしてならなかった。わざと被害者数人の前に同じ容姿で現れたか、もしくは・・・催眠術で被害者の視覚を操ったか。捜査撹乱のために。」
「へぇ~、すげぇなお婆さん。的中じゃん。」
「ハッ、そりゃあどうかね。」
老婆は鼻で笑いながら、言い捨てる。男の顔に若干力が入る。
「・・・は?」
「・・あの似顔絵、蒼汰に似せたどこにでもいるような顔を公表させるために、わざわざ細工したみてぇに言ったが、本当はそんな大層なモンじゃない。おそらく、お前がその力に目覚めた、あるいは気づいたのはここ数年の話だ。あの似顔絵は[狙い]じゃなく、当時あれが[限界]だった。自分が思い描く顔を相手の視覚へ明確に送り込むことが出来なかった。だから、どこにでもいるようで、どこにもいない顔になっちまった。本当は、自分の代わりに捕まってもらうつもりでやったんだろ。あの頃、立て続けに自殺の誘導に成功して、少し目立ち始めてしまったから。ニュースでよくやってたよなぁ?あれ、全部お前だったのか。」
男は、老婆を見てただニヤついて余裕を見せている。見せかけかどうかの判断は、老婆にはまだついていない。
「今日こうしてお前を見て分かったよ。あたしは少し買い被り過ぎてたようだ。でも、もう1人の意見は良い線いってたな。」
老婆は、誇らしげな笑みを浮かべる。
「気を悪くするだろうから、その話は伏せとくよ。」
「そこまで言っといてそりゃ無いっしょ。誹謗中傷なんかネット社会のあるあるだし。別に怒らないから教えてよ。」
「ん、そんなに聞きたきゃ教えてやるよ。そいつは、こう言った。自殺志願者のフリして接触、自殺の誘導や場所の提供までして説得するって事は、催眠術で簡単に相手を自殺させる力は無いってこと。そして、自殺志願者ばかりを狙うのは、カリビトさんの拘りかもしれないが、もしかしたら精神的に不安定で付け入る隙がある人間にしか催眠の効果が発揮出来ないんじゃないかってな。」
「ふ~ん・・・。」
「つまりだ、失敗が多いのは、お前が色々な意味で未熟モンだからだ。付け入る隙のある弱い人間を見くびってやがる。それと、もう一つ。」
「なに。」
「人殺しは最低だ。どんな理由があろうとな。」
「知ってるよ。その点の自覚はある。でも、最低の一言でまとめられる悪行が、世界中で毎日毎日行われてる。人はこの最低を憎み続けながらも、肯定もし続けている。殺人を法で裁く事は出来ても、[人を殺してはいけない]という法はない。そんな法律作れないよなぁ?古今東西、口じゃ解決できない事は殺し合いでおさめてきたんだから。大義名分を背負って行うか、個人的欲求を満たすために行うか。理由は大幅に違うけど、する事は同じ。だからオレは、この最低をやめるつもりはない。人が死ぬのを、楽しいと思える間はね。」
「・・全く、救いようのない野郎だ。」
呆れたように、溜め息混じりに言う。
「皆人殺してて面白れぇから自分もやってやろうってか?こぉんな愚かモンに、あたしは殺されんのか。あ~あ、もっと美味いモン食っとくべきだったなぁ。」
「あれ?もう諦めんの?」
「ばぁか、端からやり合う気なんざねぇよ。希望なんて持つから死に恐れを抱く。それに、こんなババァがお前みてぇなノッポ野郎に力で敵うわきゃねぇだろ。」
「それにしちゃあ結構ガンくれてたけど。」
「もともと血の気が多いもんでね。」
「じゃあ、ついカッとなって自分の息子絞め殺したワケ?」
「・・・・・・・・。」
老婆の顔色が変わる。男は、ニヤけ顔をやめ、真剣な眼差しで老婆を見る。
「オレに言わせれば、あんたも最低だよ。お婆さん。」
「ああ、そうさ。ずっと、ずぅーっと・・・何十年も忘れたことはねぇ。」
男はのぞき込むように、老婆の目を見る。
「・・・後悔してる?」
「・・いや、あれでよかった。誰にどう思われようと、あたしの判断に間違いはない。」
「・・じゃあ、息子は殺されて当然だったってこと?」
「ああ。あたしの手で殺せて、良かったんだ。」
「・・・・・・・・。」
男は、笑顔で頷き、右手で老婆の両目を覆う。
老婆の全身に緊張が走ると、それを察知して、ういろうが足を震わせながら立ち上がり、男に向かって噛みつかんばかりに吠えかかる。リードを繋ぐカウンター席の脚が、徐々にテーブル席へ近づいていく。
「ウウゥ~ワンッ!ワンッワンッ!!ハルルルゥ~~・・・ッ!!」
「目的から随分それたけど、収穫はあったよ。お婆さんのおかげでな。」
「・・・お代はしっかり貰うよ。」
「まだそんなこと・・・まぁいいや。お婆さんには、伝言役を頼むことにする。」
「あ?」
「蒼汰に伝えて。これ以上つきまとうなって。」
老婆の体から一瞬にして力が抜け、テーブルに突っ伏す。
男は立ち上がり、その場で店内を見回す。
そうしている内に、カウンター席がバランスを崩して倒れ、ういろうと男の距離が縮む。ういろうはチャンスとばかりに勢いよく跳びあがり、男の右膝に噛みついた。
「イィ・・・ツ!」
膝に激痛が走り、男は脚を振り回して、反射的にういろうをカウンターへ蹴り飛ばした。
ういろうは壁に背中を打ちつけ悲鳴を上げる。
「・・やんのか?クソ犬。」
ういろうは震えながらも立ち上がり、老婆の足下へ移動して、男を見上げる。
男は舌打ちし、膝の具合を確かめながら言う。
「安心しろ。まだ殺さねぇ。まだな。」
男は楽しそうに、老婆を見下ろした。
いつからいたのか。気づかなかった自分に舌打ちし、裕貴はゆっくり少年に近づいていく。
犬の耳が裕貴の足音に反応し、素早く顔を向ける。そして、裕貴に対して低く唸る。
すると、少年が慌てて振り返る。
「来るな!」
叫んで後ずさる足が、崖の縁に近づくのを見て、裕貴は歩みを止める。
相手の警戒心を解くために、作り笑顔で釣り竿を肩に乗せる。
「こんばんは。大丈夫、怪しい者じゃないよ。僕はただ釣りに来ただけだから。」
「・・・嘘だ。」
「空が晴れていて、月がよく見えて綺麗だ。」
お気楽な台詞を吐いているが、裕貴は少年の足元が崖に近すぎて、気が気でない。
月を背にして立っているため、逆光で少年の顔がよく見えない。声色からして、かなりの焦りはみえている。
少年の不安が伝わるのか、犬は少年を庇うように前に立ち、姿勢を低くして裕貴を威嚇する。
犬は、裕貴に何も訴えてこない。それだけじゃない。この犬が生きているのか死んでいるのかすらも分からない。この感じは初めてだ。
どちらなのか確かめるために、裕貴は少年の反応を見ることにした。
「君の友達は、僕が嫌いみたいだ。」
「・・・・・・・?」
「柴犬に似てるけど、ちょっと違うかな。すごく勇敢だ。君を僕から守ろうとして。教えてくれないか?この子の名前。」
「・・・聞いてないの?母さんから。」
「・・・・・・・?」
「僕は知ってるよ、裕貴のこと。」
少年の声が、落ち着いた声色に変わる。
「・・・・・・・!!」
「それと、心配してくれなくても僕なら平気だよ。[すくいや]さん。」
「・・・君は誰なんだ?なんで・・・」
「母さんから聞いたほうがいいよ。」
「分かった。じゃあお母さんの名前を教えてくれ。」
「ずっと悔やんでるんだ・・・ずっと。助けてあげて、裕貴。」
「いいよ。僕に出来ることがあるなら、協力する。」
「うん、お願い。」
少年は少しずつ下がっていき、踵が崖の縁にかかる。
「だから止まれ!」
咄嗟に裕貴は制止する。
「どうして?」
「君のお母さんを助けるためだ。君の力も必要になる。絶対に。」
「そうだよね・・分かってる。でも僕は、罪を償わなくちゃいけないんだ。」
少年の体が、ゆっくり崖へと傾いていく。
裕貴は、少年に向かって駆け出す。
顔も体も、逆光となって影でしかないにも関わらず、少年の色白の両手だけは、唯一肉眼で捉えられる。裕貴は、その両手を掴まえるため両腕を伸ばす。
その掌は、血で染まっている。
かまわず裕貴は両手を少年の右手に向けて伸ばしたが、少年は右手を引いて拒否した。
その時、裕貴は思った。
あと、ほんの数センチで、少年の手に触れられた。
あと、ほんの数秒早く駆け出していれば、少年の手を掴むことが出来た。
それ以前に、少年が崖へ来たことにもっと早く気づいていれば・・・・。
「もっと早く気づいていれば・・・。母さんも、同じ事を言ってたな。」
「待て!駄目だ、行くな!」
少年の体は、暗く無慈悲な崖下へと落ちていった。
「うううわああああああァァァ~~~~っっ!!」
裕貴の絶叫がこだまし、少年の犬は哀しげな悲鳴にも似た鳴き声をだけを残し、いつの間にか姿を消していた。
『理由』
「おい、遅えーぞ。」
「うん・・・ごめん。」
「飯は。」
「店で食べる。」
裕貴は、老婆が作った食事をタッパーに詰めて、最低限の身支度を手早く済ませて、車に乗り込む。
酷い夢を見た。見たには見たが、裕貴は殆ど覚えていない。
「なぁんて面してんだ。そりゃ閉店後の面だぞ。」
「ちょっと・・嫌な夢見ちゃって。」
「夢だぁ?どんな。」
「・・・忘れた。」
「あ?」
「覚えてないんだ。ほとんど。」
「夢を見た。でも覚えてねぇ・・・。よく寝た証拠だ。何を終わっちまったみてぇな面して。」
「・・少年が、崖から身投げする夢だったんだ。手を伸ばしたけど、間に合わなかった。」
「・・・ほう。」
「あんな夢、初めて見たよ。でも、ただの夢だから。」
そう言って、裕貴はキーを差し込みエンジンをかける。
老婆は、思案するような表情で、窓の外の若葉を生やし始めた木々と、その間で慎ましく花を咲かせる山桜を眺める。
裕貴は車を発進させて、庭から林道へ出て下り始める。冬場より、自信を持って運転しているのが走る速さに出ている。
「・・・どうかね。」
「なに。」
「その夢。何かの暗示かもしれないよ。」
「・・・そうかな。」
「思い出してみな。思い出せるだけ。何でも。」
「・・・崖は、店の傍にある崖だった。夜で、空が晴れていて月が綺麗だった・・・あ、野球帽。」
「ん?」
「崖に立ってる少年が野球帽被ってた。逆光で顔は見えないのに、手だけはハッキリ見えて・・・」
「その少年、いくつだい。」
「え・・顔見えなかったし、体も影になってて、半袖シャツに長ズボンっぽいもの着てるくらいしか分からなかったからね。」
「なら身長は。」
「ああ、身長・・・あの身長なら平均年齢は13・14くらいかな。」
「・・・・・・・。」
「・・これが暗示だとして、僕はどうすればいいのかな。」
「・・・この集落に子供はもういねぇ。崖に現れたのは、余所から来た身捨ての子。服装はよく見えないのに、野球帽を被ってるのは分かったんだろ?なら、それが鍵なのかもしれないね。」
「野球帽を被った中学生。今日は土曜だから、学校は休みだね。」
「・・念の為、土日の夜は見張りを強化しとくか。」
「うん。」
店に着くと、裕貴はまず崖へ向かう。
人がいる気配も、人がいた形跡も無い。
崖下を覗いても・・・荒波と岩しか見えない。
「はぁ・・・相変わらず血迷ったことを平然と。」
老婆が少し離れた場所から裕貴に声をかける。
「地獄のぞきしてる間に、背後を襲われたらどうするつもりだい。道連れを謀る身捨てもおるからな。」
「ちゃんと確認済みだよ。」
「おーい!来て早々どうしたんだぁ!?」
「あー、今日はゴンだったか。」
老婆と裕貴は、店から出て来た見張り番のベテラン巡査の権三のもとへ行く。権三が見張り番の時は、店主になりすまして私服で番をする。
「よう、見張り番ご苦労さん。」
「どうかしたのかい。銀さん。」
「ん、ちょいと春の海風が浴びたくなってな。」
「ならいいが・・・。」
そう言って、権三は裕貴に目をやる。
裕貴は作り笑顔で頭を下げる。
「お疲れ様です、権三さん。」
「おう・・・なんだ、寝不足か?」
「ははは、その逆です。よく寝たんですけど、何だか寝足りなくて。」
「いい陽気だからなぁ。いいなぁ若モンはよく眠れて。なぁ、銀さん。」
「あたしもよく寝れとるよ。仲間に入れないどくれ。」
「なんだ、俺だけか?はっはっはっは!」
「それより、変わりなかったかい。」
「ああ、無いよ。ここいらは雑草は生えても、花見が出来るような上等な花は咲かねぇから、花見客も来ねぇ。だからといって油断は出来ねぇがな。」
「あっちはどうなってる。」
「ん?」
「ほら、あれだ・・・ピコピコの方だよ。」
そう言って、老婆は両手を前に出し、ピアノを弾くように指を動かして見せる。
「あー、インターネットかい!」
「・・・・・・・。」
裕貴は、ピコピコって・・・と心の中で思う。
「プロがしっかり張っとる。ぬかりはねぇよ。ネットにここの情報を載せようモンなら、エラーが起きて消えるよう仕掛けをしてあるそうだ。その上、ソイツの住所・名前・口座など諸々の情報が割れ、その筋のモンが直接行って[警告]するとかしないとか・・・。」
「そうかい。わりと若モンの身捨てが来るからね、てっきりあっちに穴でもあるんじゃねぇかと思ってな。まったく、どこで調べてくるのやら・・・。」
「こうなると、人伝ってのが濃厚だな。」
「ああ。今まで来た身捨ての中に洩らしている奴がいるのか。元身捨てから聞き出して言い触らしとる馬鹿がいるのか・・・。」
「・・いたな、そんな奴。」
「え?」
「ここの話じゃねぇが、自殺志願者のフリをして、自殺願望のある人間に近づいては、自殺の名所やら死に方やら情報提供して焚きつけ、心中を仄めかして相手が自殺するよう促す輩がいるんだよ。」
「ほら、店に貼ってあるだろ。指名手配犯のリストに載ってる、カリビトっつー下らない名前の似顔絵さ。」
「捕まってないの?」
「なにせ名前は通り名で、顔も割れちゃいない。あの似顔絵は、たまたま数多くいる被害者の中の数人が答えた犯人の特徴に共通点が見つかって載せただけなんだ。他は皆、特徴がバラバラでな。複数犯の可能性もあるが、なかなか進展しないまま、お蔵入りになっちまっとる。」
「あたしは単独と睨んでいるんだがね。あの似顔絵、犯人が警察に一般公表させるために意図的に仕向けたような気がしてならねぇ。わざと被害者数人の前に同じ容姿で現れたか、もしくは・・・催眠術で被害者の視覚を操ったか。撹乱させるために
な。」
「銀さん、そりゃあまりにもナンセンスだよ。」
「散々あたしらを見てきて、まぁだそんな事ぬかすかぁ?あたしらを特別視し過ぎだぞ。」
「いやぁ・・そうだが。」
「あたしらみたいなのが存在するってこたぁ、他にも妙なモンがいるかもしれねぇってことだ。柔軟にもの考えねぇといつまでも捕まらんぞ。」
「・・・・若モンの見解はどうだ?」
「え・・さぁ。」
「[さぁ]かいっ。」
権三は、ずっこけるフリをする。
「僕は探偵でも刑事でも無いので。それに、自分の力ですら完璧に知り尽くしてるわけでもないですし。僕の意見なんて宛てになりませんよ。」
「銀さんの孫にしちゃあ、慎重な物言いだな。」
権三はつまらなそうに言った後、宙を漂う今の発言を掻き消そうとするように、右手をヒラヒラと振る。
「いやいや、何も悪いと言っとるんじゃないぞ?」
「はい。気にしてませんから、大丈夫です。」
「別に言い当てろってんじゃないんだ。あたしら高齢者が考えも及ばない事を思いついてるかもしれんだろ。」
「そうだなぁ・・・。お婆ちゃんが言うように、催眠術を使える単独犯が崖の情報を広めているなら、かなり厄介だと思う。でも、その力も完璧じゃない。被害者の視覚を誤魔化すことは出来ても、頭の中まで操作できない可能性があるから。」
「・・つまり、どういうことだ?」
「自殺志願者のフリをして接触したり、自殺の誘導や場所の情報提供をして説得するって事は、催眠術で簡単に相手を自殺させる力は無いってことかもしれない。あと、自殺志願者ばかりを狙うのは、カリビトさんの拘りなのかもしれないけど、もしかしたら精神的に不安定で付け入る隙がある人間にしか催眠の効果が発揮出来ないんじゃないかな。」
「・・・・・・・。」
2人は黙り込む。変な空気が漂うのを裕貴は感じ取り、間を埋めるように付け加える。
「まぁ、お婆ちゃんの仮説のそのまた仮説だけどね。」
「仮説じゃない。勘だよ。」
「ふっ、銀さんの勘は良く当たるからな。それにしても、なかなか鋭いじゃないか。参考にさせてもらうよ。じゃあ、あとよろしく。ご協力どうも。」
権三は、老婆と裕貴に軽く敬礼して店の裏へ回り、自家用車に乗りこみ帰っていった。
老婆は、権三の車が見えなくなるまで見送った。
裕貴は車のトランクから荷物を取り出して、店内へ運ぶ。ついでに、黒電話の傍に貼ってある指名手配犯のポスターを眺める。カリビトのポスターは他のポスターに比べて比較的紙が新しい。20代~30代男性と書かれている。似顔絵の人物の顔は、自分より少し若く、誰かに似ているような気がする。
「若いだろ。」
知らぬ間に、老婆が背後に立っていた。
「あ、うん。」
「・・どんな理由があって、身捨ての背中を押すような真似するんだろうねぇ。」
「そうだね。[生きる苦しみからの解放]、[人の不幸が快楽]、[自殺志願者に対する憎しみ]。」
「・・・会ってみなくちゃ分からねぇな。」
「もう会ってたりして。」
裕貴は冗談っぽく老婆に言う。老婆は驚いて目を剥いて裕貴を見る。
「心当たりでもあんのか?」
「全然。ただ、ここも一応自殺の名所だから、姿を現してないとも限らないかなって。お婆ちゃんの言うとおり、この似顔絵は一般公表させるための偽の顔なら、もっと違う顔してるはずでしょ?もしかしたら、男でもないかもしれない。」
「確かにな。さ、推理はそのくらいにして、開店準備すんぞ名探偵。あたしらには、あたしらの仕事がある。」
「了解。」
その日の日中は、誰も崖に訪れることはなかった。
裕貴は水槽を店へしまいこみ、閉店準備を進めながら、カウンター席に座ってうたた寝する老婆に問いかける。
「昼間は来なかったね。」
「んあ・・・土曜だろ。土日は統計的に少ないって言われてるしな。」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ多い日は?」
「月曜日。おそらく、日曜にいくらか休息をとったことで、精神に隙が生じる。月曜は次の日曜から1番遠い日だ。心を病んでいなくても、億劫に思う人間が多い。あたしは、月曜よりも日曜の夜から深夜が1番身捨てが不穏になりがちな時間帯とふんでるがな。」
「うん、何となく分かるかも。月曜の登校は気が重くて、日曜の夜が終わらなきゃいいのにって、子供頃思うこともあったし。」
「身捨ては、それ以上の負担を感じるんだろうな。」
「それで?土日の見張り強化って具体的に何をするの。」
「もう手配済みだよ。そろそろ来る頃合いだ。」
「・・・・・・・?」
その数分後、1台の車がやって来た。役場の公用車だ。そこから、紺のつなぎの作業着を着た中年女性が下りてきた。
「こんにちは~。お久しぶりです、銀子さん。」
「おう。相変わらずかい?美代子。」
「はい、おかげさまで。あ、こちらが噂の?」
「噂?」
「ああ、孫の裕貴だ。」
「はじめまして。」
「こちらこそ~どうぞよろしく~。ちょっと銀子さん、結構イケメンじゃない?」
「そうか?」
「それじゃあ~、私が手塩にかけて育てたイケメンも紹介しちゃいますね?」
そう言って、美代子はトランクを開けて、手を動かして指示を送ると、犬が飛び降りて出てきた。
「聴導犬のういろう君です。」
柴犬に似た犬は、精悍な顔つきで、美代子の足に寄り添うようにお座りする。
「美味そうな名前だね。すばるはどうした?」
「あの子は引退して、今は一般の家庭で余生を過ごしてます。」
「そうかい、もうそんな年か・・・。おい、ういろう。」
老婆が手を差し出すと、ういろうは1度美代子を見上げてから、尻尾を振って駆け寄ってきた。
老婆は屈んで、ういろうの顔を両手でわしゃわしゃと撫で回す。
「よ~しよし。2、3日世話んなるぞ。」
「もしかして、この子が見張り強化?」
「ああ、人が来たらあたしらよりずっと早くに気づいて知らせてくれる。」
「ういろうはね、保健所から来た子なんだけど、訓練施設の聴導犬トップ3に入る優秀な子なのよ?」
「へぇ~・・・。」
「裕貴、これから世話になるんだ。挨拶しな。」
「うん。すいません美代子さん、数日ういろうをお借りします。」
「いいえ~。」
「はあ?そうじゃねぇよ。耳借りんだから、ういろうに挨拶だろ。」
「あ、うん・・・。」
裕貴の表情が若干翳る。仕方なくゆっくり屈んで、老婆に甘えるういろうに手を伸ばして、声をかける。
「やぁ、ういろう。よろし・・・」
「ウゥ~~・・・。」
ういろうの目がガラリと変わり、裕貴に対して唸り声をあげる。
老婆と美代子も不思議そうな顔をする。
「おい、どうした?」
「おかしいわねぇ。保健所にいた頃から人懐っこい子なんですけど・・・。」
「ウウぅ~~・・・ワン!」
「・・駄目か。」
裕貴は悲しげに手を引いて、立ち上がる。ういろうの目が穏やかさを取り戻し、再び老婆に甘える。
「はっはっはっ!まだまだ未熟モンってこった。獣医がこれで良く務まったもんだよ。」
「あら、獣医さんなの?」
「はい。以前はそうでした。」
情けなそうに、裕貴は答えて、老婆とういろうを羨ましそうに眺める。
その数分後、美代子の車を見送り、老婆はういろうのリードを引いて店内へ入る。そしてカウンター席の足にリードを繋いで、その隣りの席に腰掛けて、遅れて店へ入ってきた裕貴に問いかける。
「見たところ、ういろうが初めてじゃねぇな?いつからだい。子供の頃は普通に飼ってたろ?公園に捨てられてたってあのワンコロは、お前さんに懐いてたよな。」
「まぁ、アカは子犬の頃から飼ってたからね。アカ以外の犬猫はわりと皆同じような反応を見せてたよ。昔から。引っ掻かれたり噛みつかれたり、生傷絶えなかったなぁ。」
「ほう・・・なのに獣医を選んだか。」
「もともと物事にあまり動じないタイプで手先も器用だから、お前は外科医に向いてるかもなって、高校時代担任に言われたことがあって、それで少し考えてみたんだ。動物を知って、接触している内に警戒されなくなるかもしれない。それに、動物を助けることが出来るって。それで勉強して、免許をとった。一応はね。でも、いくら接しても懐いてくれる兆しは0。大学で覚えた動物の保定法だけはどんどん磨きがかかって、どんな厄介な子でもお互い傷一つ付けずに保定出来るようになったよ。それで、余計嫌われるようになった。」
「はっはっは!だろうな。」
老婆は軽快に笑う。
「これはただの推測だが、きっとお前さんに懐かないのは、死後の動物達が見えることに関係してるかもしれないね。」
「うん。それは僕も何となくそんな気はしてたよ。確かめようがないから、何の根拠もないけどね。だとしたら、ずっと僕は生きてる動物と交流を図る事は出来ないって事かぁ~・・・。」
「根拠がねぇなら、日々努力すりゃあいい。その内日の目を見られるかもしれんだろ。」
「まぁね。」
「そんなワケで、ういろうの世話は裕貴の担当とする。」
「ぅ・・そうくるか。」
そう言って、いつものカウンター席に座ろうとして、ういろうと目が合い、裕貴はテーブル席の1番カウンターから遠い席に着く。
老婆は、足元にいるういろうの頭にぽんぽんと手を置いて宥める。
「だが・・・言ってみりゃ、お前さんはここへ来る前から[すくいや]だったんだな。動物達の治療をする事で、同時に飼い主を救ってきた。方法が違うだけで、今と同じ事をしてきた。」
「・・・ヒーローが弱者を救うなんて構図にはほど遠いものだよ。」
「勿論さ。救える命もありゃ、その逆だってある。あたしは別に綺麗事を言ってんじゃないよ。ただ、お前さんはずっと生き物と向き合ってきた。障害に阻まれても、身を引くこともなかったし、ぶつかっても倒れ伏すこともなかった。」
「・・勘違いしてるよ。僕はそこまで強くない。」
「どうかねぇ・・・。もしかすると、お前さんの方が勘違いしているだけなのかもしれんぞ?」
「・・そうやって、お婆ちゃんはいつも自分の勘を信じてるけど、今回は間違ってるよ。」
「ほう。何故そう言える?」
「だって、知らないでしょ?僕が去年の夏、どうしてここへ来たのか。」
「・・知ってるさ。」
「知るわけない。」
「おや、あたしの力をなめてんのかい。」
「じゃあ当ててみてよ。僕は、お婆ちゃんが暮らすこの村に、何をしに来たのか。」
「そんなモン、簡単さ。」
「なに。」
「死ぬために来たんだろ。」
「・・・・・・・。」
「・・・知らないわけないだろ。何十年お前さんの婆ちゃんやってると思ってんだい。」
「・・・だったら、分かるでしょ。僕は、障害に勝てなかった。」
「あのな、裕貴。勝つよりも、障害は乗り越える方が難しいんだよ。お前さんは勝ちたかったのか?打ち負かしたかったのか?一体何をだ?」
「・・・・・・・・。」
「・・・お前さんが何に絶望して、死を選択したのかは知らねぇ。だが、今生きとる。あたしに言わせりゃ、そりゃ勝ちだ。」
「・・・そうだよね。」
「やめろ。」
「・・・・・・?」
「物分かりの良いフリなんかすんな。お前がすり減ってなくなっちまう。」
「・・別にフリなんか・・・」
「ここへ来てから、ずっと猫被ってきやがったのは、一体何のためだ?」
「・・何のこと、ソレ。」
「この期に及んでまだ誤魔化すかい。婆ちゃんはそんなに信用できねぇか?言ったもんな?僕は人間なんか信用してないって。婆ちゃんはお前さんにとってそんなモンか。情けないったらないね。」
「それは違う。」
「嘘だね。あたしを欺こうったってそうはいかないよ。」
「何言ってんの?お婆ちゃんにそんな事するわけ・・・」
「あたしには無表情決め込んで、他人には作り笑い。いつまで続けてられっか黙って見てきたが、もう我慢の限界だ。」
「・・・・・・・・。」
「化けの皮ぁ剥がして、腹割って話さねぇなら、一緒にいるのはもう無理だ。出ていきな。」
「・・・そっか、分かった。で?この店どうするの。すくいやは。」
「お前さんの知ったことじゃねぇだろ。」
「・・そうだね、もう関係ないッ
。」
裕貴は音を立てて椅子を引いて立ち上がると、奥の部屋から自分のリュックを持ってきた。リュックの中の財布をチェックし、ズボンのポケットに入ったスマホも確認する。
その動作を、老婆は黙って見つめる。
「じゃあ、お婆ちゃん。元気でね。」
「・・・チっ。」
老婆は、眉間に皺を寄せて舌打ちした。裕貴が老婆に対して、最後の挨拶に作り笑いをして見せたからだ。
裕貴は出入り口の戸を開けて、外へ出る。
外はもう日が暮れて、崖の上に月が浮かんでいる。
「はぁ・・・。」
裕貴は、もう一度だけ店に目をやる。ガラス戸越しに見えるカウンター席には、老婆の姿はなく、ういろうがじっとこちらを見つめている。
ういろうから目をそらして、出入り口の上にあるはずの[すくいや]の看板を見上げるが、外は暗く、店から漏れる灯りのせいで看板が見えない。
「・・・・・・・。」
裕貴は歩いて車道へ出て、道を下り始める。
その足取りは、背を何かに掴まれて引き戻そうとされているような感覚に囚われ、どこか重く、ぎこちない。
それから数十分後、老婆は軽く食事を済ませるため、昼間に裕貴が煮込んだおでんを温め、器に盛ってカウンターに置く。
足元で、ういろうがジッと見上げている。
「なんだい・・・お前も食うか?おでん。」
「・・・・・・・。」
「違うわなぁ~?待ってな。ちゃんと美代子から飯預かってんだ。」
そう言って、老婆が奥の部屋へ向かおうとすると、ういろうは老婆のふくらはぎに前足を掛ける。
「ん?」
ういろうが、目と動作で老婆に知らせる。誰かが来ると。
「そうか、分かった。ありがとよ。」
老婆は、ういろうの頭を撫で、出入り口のガラス戸越しに外を眺める。しばらくすると、人影が車道からこちらの崖へ通じる脇道へ入り、歩いてくるのが目に入る。
影は長身で、頭の形からしてフードを被っている様子。しかし、外はもう暗く、それ以上の事は老婆には分からなかった。
ただ1つ分かるのは、裕貴ではないということ。裕貴より、その影は長身だからだ。
「・・ゥ・・・ウウゥ~・・・。」
カウンター席の下で、ういろうが低く唸る。
老婆は振り返り、ういろうの様子を窺う。
「・・・・・・・・。」
「ウウゥ~・・・ウウゥ~・・・。」
ういろうは、四肢に力を入れ、徐々に口を開いて歯を剥く。
老婆は訴えを理解し、ガラス戸へ向き直り、監視を続けようとした時、影は既にガラス1枚を隔てた目の前へやって来ていた。
そして、老婆が驚く間もなく、ガラス戸は開かれた。
「こんにちは。」
「ああ・・いらっしゃい。」
「明かりが付いていたので、寄ってみたんだけど。やってます?」
「やってるよ。といっても、アイスかおでんしか無いがね。」
「よかったぁ~・・・。ずっと歩き通しだったんですよ。やっと休めます。」
「そりゃ御苦労だったね。好きな所座って楽にしな。」
「どうも。」
影は軽く会釈し、老婆の横を通り、店内へ入る。男性で、声からして裕貴と大体変わらない年頃と老婆はふむ。
男は、黒いフード付きの薄手のジャンパーに、黒いズボンという姿で、フードを被ったまま、テーブル席に座る。
老婆は、出入り口のガラス戸を閉めながら、その後ろ姿を注意深く観察する。
「飲み物は、お茶かコーヒーだよ。どうする?」
「じゃあコーヒーで。それ、お婆さんの手作り?」
そう言って、男はカウンターにあるおでんを指さす。
「いや、あたしの孫だよ。食うか?」
「へぇ。今どこに?」
老婆は、質問に違和感を覚えながら、いつもの調子で答える。
「さぁね。手先は器用だが、誰に似たのか態度の悪い奴でね。ちょっと叱ったら出てっちまったよ。」
「なぁ~んだいないのかぁ~。残念だなぁ。」
そう言って、男は手足を投げ出して背もたれに体を預ける。
「ウウゥ~・・・ワンッ!」
「コレ、看板犬?」
「ああ。今日はご機嫌ななめなんだ。悪く思わんでくれ。じゃあ取り敢えず、コーヒーだね。」
老婆は、テーブル席を通り過ぎ、厨房へ向かう。
「・・やっぱいいわぁ~!」
男は天井を見上げて、突然大きな声をあげる。
その声に、ういろうはビクついて後ずさる。ういろうは唸るのをやめ、黙り込む。
老婆は立ち止まり、男を振り返ると、フードからやや大きく開いた口が覗いている。それを見て、この得体の知れない男の正体について、大体の見当が何故か老婆にはついた。
「そうかい。なら少し休んだら出てっとくれ。冷やかしはお断りだよ。」
「オッケー。」
フードから覗く大きな口は、何が可笑しいのかニヤニヤと笑う。
「じゃあお婆さん、少しの間話し相手してよ。」
「あ?そりゃコーヒーより高くつくぞ。」
「いいよ。ちゃんと金ならある。」
「ハッ・・・そんなモンで払えるかよ。」
「え~?じゃあ・・・体?」
「・・まぁ、それは悪くないね。」
「ヒャッヒャッヒャ!いや有り得ないっしょ~!」
「ああ、そうだ。そんなモンじゃダメだ。」
老婆の目が鋭く光り、フードで隠された男の目を射抜く。
老婆は男の向かいの席に腰を下ろす。
男は背もたれから体を離して、テーブルに肘をついて、頬杖をつく。
老婆と顔が近くなり、流石にフードの中身が見えるはずなのに、何故かニヤけた大きな口の上にあるはずのものに黒いモヤがかかり、どれだけ目を凝らしても、老婆の目には確認することが出来ない。
「まずは、礼儀ってモンを見せたらどうだい。」
「あれ、何かお婆さんの気に障るようなことしちゃった?」
「ああ、店ぇ入ってきてからずぅーっとだ。」
「んー・・・なんだろ。」
「何を白々しい。簡単なこった。フード取って顔出しな。」
「あーこれ?この上着気に入ってんだぁ。最初の戦利品でさ・・・」
「礼儀を知らん奴は嫌いだ。話があるなら、礼儀を示せ。」
「りょうかーい。」
男は素直に従い、フードを取り、後ろへ下げる。しかし、老婆の目には口角の上がった大きな口しか映らない。
老婆は、眉間に皺を寄せる。
「おい・・・おちょくってんのかい。」
「へぇ~。全く動じてないね。」
「何でか分かるか?こっちゃあもうお前が何モンか見当がついてんだよ。だがまず顔を拝ませろ。楽しい談話はそれからだ。」
「・・・オッケー、負けたよ。じゃあお婆さんの洞察力に免じて、特別に見せてあげるよ。」
そう言って、男は細く長い指で黒いモヤの部分を覆い、ゆっくりとその手を下ろしていく。
すると、黒いモヤが消え、老婆の目にも男の顔がハッキリと認識できるようになった。
「・・・・その顔・・・お前・・・・ッ。」
老婆は、言葉に詰まる。頭の中で、指名手配の似顔絵と、男が見せた顔が重なる。
「どう?これなら話しやすい?お婆さん。」
老婆は手を震わせて、男を睨め上げる。
「・・・どういうつもりだい。何故身捨てを狙う。よりによって・・・あたしの孫の顔でッ!」
男は更に嬉しそうに口角を上げ、老婆の形相を堪能する。
「フ・・ヒャヒャ・・・っ!やっぱ驚くよなぁ~?良かった。普通のお婆さんで。オレの噂は知ってるみたいだけど、アイツが言うほど怖くねぇじゃん。」
老婆は何とか怒りを腹におさめ、冷静に男を見据える。
「ほう・・随分余裕だねぇ。よっぽど自分に自信があるんだな。」
「だって、ここには俺とお婆さんしかいない。あ、それと看板犬かぁ。」
「・・・・・・・。」
男と目が合うと、ういろうは耳を伏せ、尻餅をつくようにペタンと腰を下ろす。尾も下がり、完全に怯えてしまっている。
「つまり、自分は優位な立場にあるってぇ算段かい。」
老婆は男の目を自分に向けさせるために、声を強めて話す。
「そうだよ。きっと今、お婆さん色んな事考えてるんだろうなぁ~。この場をどう切り抜けるか。もう1人の孫の蒼汰は無事なのか・・・。」
「・・・・・・・。」
老婆は無言で様子を窺いながら、密かに両手を握りしめる。
「あの似顔絵じゃあ1発で蒼汰の顔って分からないっしょ?何処にでもいそうな顔。それが狙い。顔が割れたら捕まっちゃうじゃん?まだ捕まる気ないし。顔見せたら、そいつ殺さなくちゃいけないし。面倒なんだよなぁ~、すげぇ汚れるから。」
「だから、身捨てを狙うのか。手を汚さず、説得に成功すれば死ぬ。」
「ちょうどいいでしょ?向こうは死にたがってる。こっちは人が死ぬ所を見たい。お互いの願いが叶うんだ。」
「一体どれだけの身捨てをたぶらかした。まぁ、そうそう成功したとは思えんがね。どんなに特殊な力を持っていようと、限りがあるからね。」
「へぇ・・なかなか鋭いなお婆さん。その通りなんだよ。せっかく説得してお膳立てしても、生還しやがんだよなぁアイツら。なんでかな?」
男は、老婆のもう1人の孫蒼汰の顔で、老婆を見下ろし、威圧を与える。
「教えてやろうか?」
「是非。聞かせてよ、お婆さん。」
「実はなぁ、今日は偶然にもお前の話題になったんだよ、この自殺の名所でな。なんでこの崖へ来る身捨てが後を絶たないのかって話しとったら、1人がお前の話を持ち出した。ソイツは言ったよ。なかなか捕まらないのは複数犯の可能性があると。だからあたしは言ってやった。あたしは単独と睨んでいるとね。あの似顔絵、犯人が警察に一般公表させるために意図的に仕向けたような気がしてならなかった。わざと被害者数人の前に同じ容姿で現れたか、もしくは・・・催眠術で被害者の視覚を操ったか。捜査撹乱のために。」
「へぇ~、すげぇなお婆さん。的中じゃん。」
「ハッ、そりゃあどうかね。」
老婆は鼻で笑いながら、言い捨てる。男の顔に若干力が入る。
「・・・は?」
「・・あの似顔絵、蒼汰に似せたどこにでもいるような顔を公表させるために、わざわざ細工したみてぇに言ったが、本当はそんな大層なモンじゃない。おそらく、お前がその力に目覚めた、あるいは気づいたのはここ数年の話だ。あの似顔絵は[狙い]じゃなく、当時あれが[限界]だった。自分が思い描く顔を相手の視覚へ明確に送り込むことが出来なかった。だから、どこにでもいるようで、どこにもいない顔になっちまった。本当は、自分の代わりに捕まってもらうつもりでやったんだろ。あの頃、立て続けに自殺の誘導に成功して、少し目立ち始めてしまったから。ニュースでよくやってたよなぁ?あれ、全部お前だったのか。」
男は、老婆を見てただニヤついて余裕を見せている。見せかけかどうかの判断は、老婆にはまだついていない。
「今日こうしてお前を見て分かったよ。あたしは少し買い被り過ぎてたようだ。でも、もう1人の意見は良い線いってたな。」
老婆は、誇らしげな笑みを浮かべる。
「気を悪くするだろうから、その話は伏せとくよ。」
「そこまで言っといてそりゃ無いっしょ。誹謗中傷なんかネット社会のあるあるだし。別に怒らないから教えてよ。」
「ん、そんなに聞きたきゃ教えてやるよ。そいつは、こう言った。自殺志願者のフリして接触、自殺の誘導や場所の提供までして説得するって事は、催眠術で簡単に相手を自殺させる力は無いってこと。そして、自殺志願者ばかりを狙うのは、カリビトさんの拘りかもしれないが、もしかしたら精神的に不安定で付け入る隙がある人間にしか催眠の効果が発揮出来ないんじゃないかってな。」
「ふ~ん・・・。」
「つまりだ、失敗が多いのは、お前が色々な意味で未熟モンだからだ。付け入る隙のある弱い人間を見くびってやがる。それと、もう一つ。」
「なに。」
「人殺しは最低だ。どんな理由があろうとな。」
「知ってるよ。その点の自覚はある。でも、最低の一言でまとめられる悪行が、世界中で毎日毎日行われてる。人はこの最低を憎み続けながらも、肯定もし続けている。殺人を法で裁く事は出来ても、[人を殺してはいけない]という法はない。そんな法律作れないよなぁ?古今東西、口じゃ解決できない事は殺し合いでおさめてきたんだから。大義名分を背負って行うか、個人的欲求を満たすために行うか。理由は大幅に違うけど、する事は同じ。だからオレは、この最低をやめるつもりはない。人が死ぬのを、楽しいと思える間はね。」
「・・全く、救いようのない野郎だ。」
呆れたように、溜め息混じりに言う。
「皆人殺してて面白れぇから自分もやってやろうってか?こぉんな愚かモンに、あたしは殺されんのか。あ~あ、もっと美味いモン食っとくべきだったなぁ。」
「あれ?もう諦めんの?」
「ばぁか、端からやり合う気なんざねぇよ。希望なんて持つから死に恐れを抱く。それに、こんなババァがお前みてぇなノッポ野郎に力で敵うわきゃねぇだろ。」
「それにしちゃあ結構ガンくれてたけど。」
「もともと血の気が多いもんでね。」
「じゃあ、ついカッとなって自分の息子絞め殺したワケ?」
「・・・・・・・・。」
老婆の顔色が変わる。男は、ニヤけ顔をやめ、真剣な眼差しで老婆を見る。
「オレに言わせれば、あんたも最低だよ。お婆さん。」
「ああ、そうさ。ずっと、ずぅーっと・・・何十年も忘れたことはねぇ。」
男はのぞき込むように、老婆の目を見る。
「・・・後悔してる?」
「・・いや、あれでよかった。誰にどう思われようと、あたしの判断に間違いはない。」
「・・じゃあ、息子は殺されて当然だったってこと?」
「ああ。あたしの手で殺せて、良かったんだ。」
「・・・・・・・・。」
男は、笑顔で頷き、右手で老婆の両目を覆う。
老婆の全身に緊張が走ると、それを察知して、ういろうが足を震わせながら立ち上がり、男に向かって噛みつかんばかりに吠えかかる。リードを繋ぐカウンター席の脚が、徐々にテーブル席へ近づいていく。
「ウウゥ~ワンッ!ワンッワンッ!!ハルルルゥ~~・・・ッ!!」
「目的から随分それたけど、収穫はあったよ。お婆さんのおかげでな。」
「・・・お代はしっかり貰うよ。」
「まだそんなこと・・・まぁいいや。お婆さんには、伝言役を頼むことにする。」
「あ?」
「蒼汰に伝えて。これ以上つきまとうなって。」
老婆の体から一瞬にして力が抜け、テーブルに突っ伏す。
男は立ち上がり、その場で店内を見回す。
そうしている内に、カウンター席がバランスを崩して倒れ、ういろうと男の距離が縮む。ういろうはチャンスとばかりに勢いよく跳びあがり、男の右膝に噛みついた。
「イィ・・・ツ!」
膝に激痛が走り、男は脚を振り回して、反射的にういろうをカウンターへ蹴り飛ばした。
ういろうは壁に背中を打ちつけ悲鳴を上げる。
「・・やんのか?クソ犬。」
ういろうは震えながらも立ち上がり、老婆の足下へ移動して、男を見上げる。
男は舌打ちし、膝の具合を確かめながら言う。
「安心しろ。まだ殺さねぇ。まだな。」
男は楽しそうに、老婆を見下ろした。
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