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第32話 願い

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 神殿を出ると、そこを包囲するように候爵の私兵が展開されていた。

「どうしました?」

 ラズール候爵が俺たちに問いかける。
 彼の傍らにはシエナとメイドがいる。

「シエナ、おいで」
「どうしたんですか?」

 シエナはこちらに駆け寄ろうとするが、候爵はシエナと繋いだ手を離そうとしない。

「…………その手を離してもらえますか?」
「なぜでしょう? シエナちゃんは私にも懐いてくれていますから、大丈夫ですよ?」

 俺はフェリシアとアデルに、何かあったときにすぐに対処できるよう目配せをする。

「奥の賊からあんたが黒幕だと聞いた」
「私が? はははは、私が自らの領民を攫う理由はなんですか? それに仮にそうだとしても、なぜ自ら帝国に救援を求めるのですか? 賊の妄言に惑わされないでください」
「…………」

 候爵の言っていることは正しい。
 だが死に際といえどそんな嘘をつくか?
 嘘だとしたらすぐにバレて全く意味をなさないような嘘だ。

「念の為に調査させてください。とりあえずシエラをこちらに戻してもらえますか?」
「くっくっく……」

 候爵は控えめに笑い声を上げる。
 その後に彼はシエラの手を離した。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん!」

 シエラはこちらに駆け寄る。
 俺たちはシエラを抱きしめる。

 次に候爵に向き直った時にぎょっとする。
 彼とメイドの姿が一変していたからだ。
 黒色の肌に変わり、二人とも頭に角を生やして服装も変わっていた。

「…………候爵?」
「候爵はもうこの世にいないよ。僕がこの世界に降り立って、使いやすそうな領地が欲しかったから消えてもらったんだ」
「…………お前は何者だ?」
「貴様ら頭が高い! この方は悪魔王デーモンキングのエルドナ様であるぞ!!」

 エルドナは、いいだかに宣言したシルヴィアに不満そうに視線を向ける。

「……もう、シルヴィア。これから少しずつ正体を明らかにして、そのやり取りを楽しもうと思ってたのにさぁ」
「も、申し訳ございません……」
「まあいいさ。悪気なく、僕の為にやってくれたんだもんね。それで何の話だっけ?」

 フェリシアとアデルはそれぞれ武器を構え、戦闘態勢に入っている。

「あんたが悪魔だとして、どうして帝国中央に救援を呼ぶような真似をしたんだ?」
「領民の失踪はすぐに中央に知れるよ。その時に領主が何も対策していなければ不信を買うだろ? まあ時間稼ぎができればそれでよかったんだけどね」
「時間稼ぎ?」
「うん、契約して魂を集める必要があった。悪魔の門デモンズゲートを開くためにはね」
悪魔の門デモンズゲートっ!?」

 フェリシアとアデルが目を見開く。

「知ってるの?」
「ええ……遥か昔にその門が開かれた時には、非常に多くの人命が失われたって。悲劇として後世に語り継がれているわ」
「そうだよ。またこの地上を僕たちの仲間と一緒に蹂躙するんだぁ」

 そう言うとエルドナニッコリと笑う。
 するんだぁ、じゃないよこの悪魔は。
 子供じみた所があってなんかやりずらい。

「その為に領民を?」
「そうだよ。彼らの願いを聞き入れて契約をしたんだ。僕の悪魔の権能はどんな願いでも叶えることができる。故に叶える願いは選ぶけどね。そこのシエナちゃんみたいに可愛い願いは大歓迎だけど」
「何っ!?」

 俺たちの視線はシエナに集中する。まさか――

「……シエナ、あいつに願い叶えてもらったのか?」
「うん。叶えてもらった!」

 シエナは屈託のない笑顔でそう返答した。
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