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第1章 貴族興亡編

第29話 王との謁見

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「面をあげよ」

 俺の目の前にはダガール国王と王妃、そしてあと一人国王の隣りに相談役のような年配の男が立っている。そして王の間の両サイドと王たちの背後には当然、衛兵たちが待機していた。

「この度は謁見の機会を与えて頂き、誠にありがとうございます」

 リディア王女はまだ8才とは思えないほど立派にその口上を述べる。いや、逆に8才で実の父にこんな口上を述べなければならないのは悲しいことなのかもしれない。彼女は王城までの行きの馬車の中で、メイドと執事に言い聞かせられていた今の台詞を必死に繰り返していた。隣にいる彼女が緊張から微かに震えているのが俺には分かった。
 
「そのものが例の新たに後援を行いたいというものか? 一体何の事業の後援を行うのだ?」

 王は自分の娘のその挨拶はスルーして用件にすぐに入る。

「恐れながら、陛下。そちらにつきましては私から説明させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「許す、説明してみよ」

 小難しい話は途中から俺が説明するという約束だった。

「私、レオンが経験値貸与というスキルを有しておりまして、自身の持つ経験値を貸与することが可能となります。その貸与した経験値の利息の金銭での支払という事業が一つ。後は普通に金貸しの事業となります」

「ふむ、経験値貸与か聞いたことがないのう。ユニークスキルじゃな。それでどれくらいの利益を上げられそうなのじゃ?」

 俺は強制執行に関する説明は省く。もし、俺について調査済みであればすでに知られていることだが、今のところその様子はない。

「献上させて頂く金額については初年度については年間で少なくとも白金貨で数枚程度は固いという試算が、別の街でも事業を試した結果出ております。次年度以降で事業を拡大していけばゆくゆくは白金貨で数百枚を超える事業となる可能性もございます」

「ほう数百枚か……」

 王族といえども単体の事業で白金貨で数百枚以上の利益を稼ぎ出せる事業はそう多くはない。王の興味を引けたようでその目の色が少し変わった。

「ふん! 陛下、リディアは所詮あの平民出の下賤な出身の女の娘ですよ? 王族として節度のある振舞いをして、後援としてその事業を導いていけるとは到底思えませんが?」

「お、恐れながら、リディアは精一杯頑張っていくしょぞんで……」

「黙りなさいッ!! 私が今喋っているのですよッ!!」

 王妃は大声でリディアに向かってヒステリックな叱りを入れる。リディアはその声にびっくりしてビクッとなって黙る。

「全く、目上のものが話しているときに割り込んではいけないなど、当然のこと。こんな礼儀も知らない小娘に後援など本気でお任せになるおつもりですか?」

「むぅう」

 王は唸りを一言上げた後に黙ってしまう。隣のリディアの震えは先ほどより強くなっていた。

「平民の血が入った娘が優秀であるわけがございません。みて下さいあの卑しい醜女を。平民特有の卑しさが顔に表れていますわ。いっそのこと、」

「恐れながら申し上げます」

 俺はまたヒステリックに怒鳴られる覚悟で声を上げるが、俺に対しては王妃は叱りの声を上げなかった。よっぽどリディアが気に入らないらしい。

「もし、我々の商会が利益を献上できなかった場合は、今授かっております私の伯爵という身分。廃嫡となっても構いません。それだけの覚悟と勝算を持って事業に当たります」

 王は一つ二つと無言で頷くと、
 
「よし、それではリディアよ、レオン商会の後援を許可する」

「そんな、陛下、あんな下賤な女の娘を、」

「黙っておれ、これはわしの決定事項じゃ!」

「…………」

 王妃は不快げに王にいわれてそれでようやく黙って引き下がった。王にとっては大金を運んでくるやもしれないものが目の前にいるという状況だ。失敗したところで王に痛みはなかったし、断る理由がなかった。

「それでは下がってよいぞ」

 その言葉で俺とリディア王女は片膝をついてひざまづいている状態から立ち上がり、一礼をしたのちに王の間を後にする。リディアは暗い顔をして俯いている。大丈夫だろうか?

 王城での待合用の部屋に通された。ここで帰宅の為の馬車が準備できるまで待たされる。リディアお付きの執事とメイドは今回同行を許されなかったため、部屋には俺とリディアの二人っきりだ。リディアの母親は在命だが、病弱でずっと寝込んでおり外出も難しいらしかった。

「えっ? …………王女殿下?」

 部屋についてその扉が閉まるなり、リディアは俺に抱きついてきた。俺は慌てる。万が一でもこれを他の誰かに目撃されて勘違いされたらたまったものではないのだが…………

「ぐすっ……うぐっ……ゔゔゔ……」

 リディアは泣いていた。それはそうか。実の父にあんな扱いをされ、それに加えてあの王妃だ。リディアは王女という立場はあるがまだ8才なのだ。辛いし、耐え難かったのだろう。だが幼いなりに彼女の肩には使用人たちの生活もかかっている。俺はリディアをそっと抱きしめた。リディアは最初はビクッとなるがすぐにそれを受け入れる。

「ぐぅうゔゔゔゔゔーーーっ」

 リディアは俺に抱きしめられて泣き止むのではなく、より一層大きな声を出して泣き出した。抑えている感情を一気に吐き出すように。甘えられる存在を見つけて泣きながらも甘えるように。リディアは俺がこの日の為に新調した一張羅のシャツが涙でぐしょぐしょになるまでよく泣いた。

 その後、リディアは帰りの馬車でもなかなか泣き止むことはなかった。俺はリディアを膝の上において優しく抱きしめてやる。リディアを前に持ってきていた俺の両手をギュッと掴んでいた。そうしてリディアの邸宅につくと、

「おかえりなさいませ、殿下。如何だったでしょう…………か? えっ涙? …………レオン伯爵これは一体どういうことですかッ!?」

 俺はリディアを迎い入れた執事とメイドに憤怒の表情で問い詰められる。メイドはすぐさまリディアを守るように抱きしめた。

「大丈夫ですわ。レオンは何も悪くないですことよ。それより王から後援の許可を頂けましたの! これでカールとセリオンにちゃんとしたお給金を支払えますことよ!」

 リディアは一転笑顔となって執事のカールとメイドのセリオンに報告する。

「それはよろしゅうございました、殿下。ささっお疲れでしょう。邸宅に入ってお休みになられて」

「それで……お金が入るようになったらお母さまにもっといいものを食べていただきますの。それに私も我慢しているおやつのクッキーを少し食べて……、それに……それに……ああ、やりたいことが一杯あって困りますわ」

 執事とメイドの二人はそういって話しかけてくるリディアとそれぞれ手をつないで優しい眼差しを彼女に向けて頷いていた。
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