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取り敢えず異世界へ

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 ため息を吐くと幸せが逃げると言うし、ここは我慢のしどころか。

 私は出てくるため息をグッとこらえて、条件について整理する。

 一つ、異世界転移した先は魔物がいる。
 二つ、異世界での行動は自由。
 三つ、現地での職業は「エスティナ教の神官」となる。
 四つ、現地では「エスティナ教」の神官として社会貢献をしなければならない。
 五つ、魔法は使えない。

 これって、異世界に行って何かのメリットがあるのだろうか。

「エスティナ様、今条件をざっと整理したのですが、我々が異世界に行くメリットってありますかね」

 カウンター掴みワナワナと震えていたエスティナ様が、えっと驚いた顔をして私の方へ顔を向ける。

「いえ、ですから、我々が異世界へ行く事のメリットですよ」

「メリット………異世界へ来たぜ!イヤッホゥ!……的な?」

 思わず、テーブルに頭を打ち付けそうになる。

「あ!あります!神の使徒になるので人に自慢できます!」

 ガン!テーブルに頭を打ち付けてしまった。

 メリット無しかぁ、いやまぁ、異世界に行けるんだ、それだけでも凄いことなんだ。

 そう自分に言い聞かせながら、自分でティーポットから紅茶を注ぎ一口啜る。

 ふぅ、美味い。

 改めて気を取り直して、気になっている質問をする。

「ふぅ、メリットがない事は理解できました。それで質問なのですが、この説明会を紹介していたサイトに書いてあった、ダブルワークOK、週1日からでも可と言うのは本当ですか?」

「えぇ、それは問題ないです。転移はご自宅の任意の場所に設置しますので、お好きな時にアリスへ来ていただいて構いません」

「それは何度でも可能ですか?」

「えぇ、毎日でも何度でも可能です」

「因みにアリスへ地球の荷物などを運んでも?」

「無論構いません。ただ、アリスに悪影響を与えるものは私の判断で転移できない様にします」

「荷物の大きさに限度はありますか?」

「そこは要相談で」

 ふむ、転移に関しては結構フリーなんだな。

「家族とか、他人を連れていく事は可能ですか?」

「私の方で人物査定をして問題がない方は可とします。但し、現地ではエスティナ教の神官若しくは、教徒として社会貢献をしていただきます」

 まぁ、そこは重要か。

「エスティナ教として、商売など金銭を稼ぐ行為は?」

「私の信仰が増えるのなら許容しますが、阿漕な事は……」

 そりゃそうだ。唯でさえ昔やらかしてる分、これ以上の悪い印象は避けたいよなぁ。

「最後に、アリスについて小説に書いても良いですか?」

「はい? 小説? 物語りですか?」

 エスティナ様が首を傾げる。

「えぇ、私がこの説明会に参加したのも、小説のネタを探してたのが事の発端でしたので」

「そういう事でしたら、別に構いませんわ。ただ、私の事を書くのは……」

「えぇ、そこは書きません」

 ネタ的にいい話なのだが、そこは大人としてしっかりと約束する。

 一通りの質問を終えたところで、チラリとカウンターを見ると5名からの変動なし。

 強者か好き者か、5名は異世界へ行く気になっているようだ。

「それで、その、井上恭介さん、アリスへの転移は如何でしょう?」

 体感時間で2時間程か、僅か2時間で250名も居た参加者が5名まで減った事がエスティナ様にとって予想外だった様で、当初の余裕もなく落ち込んだ様子で転移についての有無を聞いてきた。

「えぇ、折角ですし転移してみたいと思います」

「ほっ本当ですか!?」

「まぁ、仕事がありますので週末日帰りになると思いますが、折角ですしね」

 落ち込んでいたいたエスティナ様が顔をガバッと上げた姿に私はニコリと笑い、ティーポットからエスティナ様のカップに紅茶を注いだ。


◇◇◇◇◇◇

 
 結局、異世界へ転移する好き者はやはりと言うか、最後まで残っていた私を含めた5名のみとなった。

 どうも今回の様な異世界転移の誘致は、創造神様同士の話し合いで今後10年は出来ないらしく、結構切実だった様だ。

 まぁ、個人的にはあんな訳の分からない状況で、なお且つ、ガバガバの説明で5名も誘致出来たのだから、ある意味大成功では無いかと思っている。

 説明会の後、転移陣の設置場所に数日間悩み、準備をしてからエスティナ様に連絡(何故かメールのアドレスを持っていた)して転移陣を接地。

 他の参加者とは、エスティナ様経由で連絡先を交換し、ネット経由だが顔合わせも済んでいる。

 その際、初めて行ったオンラインミーティングで、全員苦笑いから始まったのは中々斬新だったが。

 ミーティングは自己紹介から始まり、異世界転移に関して何が必要なのかなど、向こうでの生活が上手く行く様に何度も話し合いを行った。

 その話し合いの結果、翌月の三連休に異世界に全員集合、顔合わせを行う事になり、本日これから異世界へ転移するのだ。

「帰りは明日の夕方ごろになると思うから、晩ご飯は先に食べていいからね」

 妻の幸枝に出かける旨を伝えてトレッキングシューズを履く。

「本当に大丈夫? 気を付けてね?」

 パタパタと台所から出てきた幸枝が心配そうな顔をして玄関まで送りにきてくれている。

「大丈夫、大丈夫、ベテランさんが先導してくれるから危なくないよ」

 幸枝にそう言いながら、リュックを背負ってドアノブに手を掛ける。

「それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 私は幸枝の声を背に受けながら玄関の扉を閉めた。


◇◇◇◇◇◇


 幸枝には登山系のクラブ活動に参加すると説明した。

 今まで趣味らしい趣味のなかった私が、急に登山を始めると聞いて驚いていた幸枝だが、趣味がある事はいい事と、心配しながらも賛成してくれたのはありがたい事だ。

 因みに、異世界系ラノベ大好きの息子には話していない。

 今は大学受験に向けて大切な時だ。大学受験が終わったら連れて行ってやろうと考えている。

 玄関を出た私は、駅に向かう振りをしながらそっと駐車場に置いてある2畳程の大きさのある物置へ足を運ぶ。

 転移陣を何処に設置するか悩んだ結果、物置の中に設置したのだ。

 これから向かう先は現代日本とは全く違う、モンスターが闊歩する異世界。

 何が必要になるかわからないし、着ている服なども汚れるだろう。

 車も必要になるかもしれないが、先ずは行ってみないとなんとも言えない。

 私はドキドキする気持ちを抑えつつ物置の扉をそっと開けて中に入る。

 物置の荷物は整理して端に寄せてある。

 音を立てない様に注意しながら扉を閉めた後、ダンボールを退かして隠しある転移陣に手を触れる。

 手を触れたところから蛍光グリーンの光がボゥと光だし、転移陣が薄っすらと光り出し、その光が徐々に身体を包み込む。

「おぉ……」

 思わず声が出てしまう程の神秘的な光に包まれた瞬間、目の前に説明会で見た草原が広がっていた。
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