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花火とわたあめと告白と

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"そういえば今日って隅田川の花火大会じゃん!あー、仕事早く終わらないかな~"

一人自分のデスクで昼食として用意していたコンビニのおにぎりを食べていると、新入社員の女子達が楽しそうに話をしていた。なんだか楽しそうだし若いっていいな、別に混じりたいとは思わないけど。

食事を終えて休憩室の自販機にコーヒーを買いに行く。それを持って人気の少ない会社の屋上に避難するのが職場での私の日課だ。
しかし今日は、真夏には誰も来ないはずの屋上に先客がいた。
隣の部署の…確か…、…名字が思い出せない…。みんなにいつも下の名前で呼ばれている私とは正反対の性格をしている男の人。
この人がそこにいるだけで、場の空気を明るくしてしまうので私は密かに"太陽さん"と呼んでいた。あまり近づきたくはないが、ベンチはその人の横にしかない…。
覚悟を決めて静かにベンチに近寄り腰をおろす。彼は電話中で、私の存在には気づいていないようだ。

音をたてないように缶コーヒーを静かに
開けて、横目で観察する。
…私、ストーカーみたいだな…。

電話が終わったのか、彼はため息をついて
柵にもたれ頭を抱えているようだ。
何かあったのか…?

「あーーー、面倒くさい!!!」

突然、天を仰ぎながら大声を上げた彼に驚き私は缶コーヒーを地面に落としてしまった。
缶が落ちた音に驚き、彼もこちらの存在に
気づく。…き、気まずい…!

「あ、いたのね…!隣の部署の子だよね?突然大きな声出してごめんね?ちょっと母親にムカつきすぎてさ…。」

『いえ、大丈夫です。』

「あ~、花火の準備してる!こっちきて見てみて?えっと、下の名前は?」

ん?名字ではなく下の名前?
ほとんど会話もしたことがないのにさらっと聞いてくるとは…人懐っこいとはこのことを言うのだな。

『…春香です。』

「春香!いい名前だね~!はるちゃんって
呼んでもいい?それより、見てよ!ほら!」

彼に呼ばれ、言われた方向を見てみると
花火を打ち上げる筒みたいなものを
取り付けているところだった。

「今日はここで、会社の奴等と仕事終わってから花火見るんだけど、はるちゃんもこない?」

確かにここからは花火がよく見えそうだ。
でも、無理!人見知りだし無理!

『…私、出店にわたあめを買いに
行きたいんで無理です!』

……自分でも情けない言い訳だ。
友達とお祭り行くのでとか何とでも
断る理由はあるのに、何故わたあめ!!

「へっ?断る理由がわたあめ?…はるちゃんわたあめ好きなの?も~!何その理由!可愛いすぎるから!!よし、じゃあ俺も一緒に行ってわたあめ食べる!仕事終わったら、前のコンビニで待ってるから絶対きてよね?あ、会議始まるから行くね!また後でね♪」

行ってしまった…。
行くとも言ってないのに…。
どうしよう……!

その後の仕事が手につかず、あっという間に
終業のチャイムがなった。
どうしよう、コンビニであの人が待っていたらどうしよう…。職場から駅に向かうには
必ず目の前を通るコンビニだしな…。
軽そうなノリの人だし、いないかもしれない!うん、きっといないはず…!

私服に着替えて、会社を出る。
"いませんように…いませんように!"

「あ、はるちゃーん!待ってたよ?
    私服姿も可愛いね~!!」

いた。先に出ていたとは…。

『すみません、お名前伺ってもいいですか?』

「あ、はるちゃん俺の名前知らなかった?
"稜"だよー!気軽に稜くんとか呼んでいいからね♪さて、わたあめに向かってレッツラゴー♪」

…レッツラゴー?
やはり逃げるべきか…。

突然増えてきた人の流れに飲み込まれ
河川敷を目指して歩いているが
毎年、百万人近い人が訪れるという
隅田川花火大会、さすがにこの時間から
そこまで行くのは難しそうだ。

「はるちゃん?俺の服掴んどいて?はぐれちゃったらイヤだし、人多いから危ないよ?あ、無理にとは言わないからさ?」

私の顔色を伺いつつ、気遣ってくれているようだ。この人、優しい人なんだろうな。
危ないところを通る時は、さりげなく自分が
そちら側に回り私を守ってくれているように思う。

「いや~、これだけ人いたらわたあめ屋探すのも一苦労ですね?はるちゃん大丈夫?疲れてない?」

『あ、はい大丈夫です。』

正直疲れてはいたが、何故か彼の隣に
居心地のよさを感じ始めていた。
途切れることなく一人で話し続けている彼に
私は、『はい』や『そうですね』と言った
単語でしか返事をしていない。
それでも嬉しそうに、会社の同僚のモノマネや自分の好きなことを話し続けて私を笑わそうとしている。
自分が口下手な分、お喋りな人に
憧れているのかもしれないな。

いつもは歩いて十分ほどの距離に
三十分ほどかかり、わたあめを買う間もなく
最初の花火が始まってしまった。

「あれ?花火始まっちゃったよ~!
はるちゃんどうしますか?」

『…一緒に見てもいいですか?』

「いや、当たり前じゃん!
終わるまで隣にいますからね?」

星の見えない東京の空を、昼のように明るく照らし続ける約二万発の花火。私は掴んでいた洋服を離し彼の小指を握ってみた。
彼は驚いた顔をしていたが、黙って私の手を自分の手でしっかりと握り直してくれた。それは、私が久しぶりに感じた人の温もり。

最後の花火が終わり、人が駅へと流れていく。私達は河川敷に残り、わたあめ屋さんを探すふりをした。
"見つからなければまだ一緒にいれる"
お互いにそう思っていたのだと思う。

数時間が経ち、後片付けを始めた屋台を確認し、私達は駅に向かい歩きだした。
わたあめも結局食べてはいないけれど
その日から私達の旅物語は始まった。
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