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最終章 決戦

【六十】切札(お千代)

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小太郎達と分かれ、私とお華は千鶴の救出に向かった。足場の悪い恐山を登る事数時間、頂上の手前あたりに、この辺りには似つかわしい朱色の大きな門が現れた。

「…近くに敵の気配がないな。いつもは見張りの兵を門の所にも立てておるはずだというのに…お華、気を引き締めて参るぞ。」

小門から中に入ると、朧朧と霞んだ本殿へと続く綺麗に整えられた参道とも呼べる道の両脇には不気味な仏像が並べられており、一体一体から視線を感じる気がする…。

『お千代様…ぶ、不気味ですね…』

前後左右を警戒しながら先へと進んでいくと建物の中から、長い黒髪の若い女が出てきた。

”晴明様がお待ちです、奥へどうぞ”

ニコリと笑うことも無く頭を一度下げて、踵を返した女の後をついていくことにした。もう、我々の行動は全てお見通しということだろう。長い廊下を歩き、広間に通された私は目を疑った。

「ち、千鶴!!お主、どうしたというのだ!」

奥の椅子に腰掛けた、安倍晴明の横には煌びやかな着物を着せられ、美しい化粧の施された千鶴の姿があった。その姿をみて、狼狽する私の姿を楽しそうに眺めている安倍晴明…。

『おやおや、随分と久しい顔ですねお千代殿。年月とは恐ろしいもの…あんなにも無敵の美を誇っていた貴方も老いには勝てませんでしたか。いやはや、残念です。私に従っていれば永遠の美を残して差し上げたというのに。人生とは選択の連続です、貴方はそれを間違えただけの事。何も悔やむ必要はありませんよ。おいで、千鶴?』

声をかけられた千鶴は、安倍晴明に近づき差し出された手の甲に口付けをした。

『ち、千鶴姉さん何故にそのような奴に…
もう、私…見てられませぬ…』

千鶴の姿を見て、お華も落ち着きをなくしてきたのか私の背中に隠れるようにして立ち様子を伺っている。それにしてもこの香り…どこかで…

ふと、遠い記憶が蘇ってきた、そうだあの日こやつが私に求婚をしに来た日。家の中で今まで嗅いだことの無い花のような、草のようなお香の香りが漂っていた。もしかすると、この匂いで人を操っておるのか…?千鶴の首元には今まで見たことの無い小さな首飾りがかけられており、膨らんだ麻の袋が縛り付けられていた。急いでお華に鼻を塞げと耳打ちをした。若いお華であれば、敏感に感じ取るかもしれない。二人とも持っていかれてはもうおしまいだ。とにかく、私が落ち着かねば全ては水の泡…

「おやおや、随分と懐かしい声じゃな。姿を若く偽っても醜い耳障りな声は変わらぬようじゃの。自分の欲しいものは、どんな手を使っても手に入れる。昔と何も変わっておらぬな、晴明よ。歳はとったが、お前への恨みは片時も忘れはせん。一つ言うておく、命ある者には必ずや終わりが訪れる。それが自然の流れというものじゃ。抗うお前の様な外道には天誅が下る事を忘れるなよ?私の可愛い子に手を出したら即刻切り捨てるからの。」

声を馬鹿にされた事が気に入らなかったのか機嫌を損ねた子供のように引きつった笑いを浮かべている安倍晴明。そして、もう一人いた側近らしき男に耳打ちをした刹那、後ろから全身黒ずくめの忍びが四名現れた。

「おやおや、たった四名で我々を倒せると思っておるとは…全く嘗められたもんじゃの?」

『ははははは、貴方方など二名で充分。残りの二名は千鶴の拘束用です。千鶴を殺されたくなければ、今すぐ暁国に再度現れた城主とやらについて語ってもらいましょうか?』

首にクナイを突きつけられ苦しそうにしている千鶴…またしても自分の家族を奪われることなどあってはならぬ…この手を早々に使うことになろうとは…私は隠し持っていた切り札を使うことにした。

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