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最終章 決戦

【五十九】登場(弥助)

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”才蔵達はきっとワシの洞窟におるじゃろう”という小太郎殿の見立て通り、現場に到着すると、洞窟前の広場は至る所に戦闘があったことを裏付ける血痕や刀傷で溢れていた。

『弥助!あそこに誰か倒れておるぞ!!』

左京が叫び、皆で近づくと倒れていたのは才蔵師匠であった…。まさか、近くに敵が…

『…おぉ…やっと来おった、みたいだな。遅いぞ弥助に左京よ…姫様と弥生も無事なようで、良かった…こ、小太郎殿、こやつらの子守りまでさせてしもうて、かたじけのうございます…』

「し、師匠、いったい何が起こったのですか?誰がこの様な酷い仕打ちを…!」

一度ならず二度までも師匠のこの様な姿を見ることになろうとは夢にも思っていなかった…必死に笑顔を作り肩で息を吸いながら話している様子を見て涙が溢れそうになる…

『お、お主達が、もう少し早く、来ていれば、この様に無様な、姿を見せずに済んだものを…なんてな、これもワシの力不足故じゃ。うっぅぅ…しかし、やつも虫の息のはず…弥助と弥生よ…ワシが戦っておったのはお主らの父親、猿飛佐助じゃ…この血痕を辿って、奴を追ってはくれぬか?幸景殿には隠れてもらっておるが、少し心配じゃ…洞窟の奥へ行き、奴を捕えこちらに連れて、きてくれんかの…?』


「師匠、私は今日まで心の底から人を憎んだ事など一度もありませんでした。弥生と二人、いかなる時でもです。しかし、今日初めて人を憎く思い、殺意を覚えました。たとえその相手が父であってもです。師匠の仇は我々が必ずとって参ります…だから、だから、まだ死なないでください…俺達にはまだまだ、師匠が必要なのです…。」

『そうですよ、才蔵師匠…!こんな所業をするような父など私にはおりませぬ。今も昔も、貴方が師匠であり父であると思っております…こんな所で死んでしまうなんて、弥生は絶対に許しませぬ!』

左京と姫様が佐助に接触するのは危険という判断からこの場に残り小太郎殿と共に才蔵師匠の手当てをお願いし、俺と弥生の二人で洞窟の中へと向かうことにした。

『弥助兄さん…私は…どうして良いかわかりませぬ…父親は死んでいると納得していたのに、あの日父親の話を聞いて…しかも父親が、私を育ててくれた国の滅亡に加担していた首謀者の一人…私は一体どんな感情で向き合えばいいのでしょうか…』

俺が小太郎殿より初めてその話を聞いた時の感情が思い出される。そして、どのような感情を持ち合わせていればいいのかという答えは未だに出ていない…
洞窟内に続く血痕の痕は小太郎殿の酒蔵のところで止まり、中に人の気配を感じた。

『…来たようだな、大きくなったお主達に会うのは初めてか…、弥助と弥生よ…別に今更父親づらするつもりもない故、そう固まらずともよい…』

どうやら、才蔵師匠同様に佐助も深い傷を負い瀕死の状態のように見受けられる。薄暗い酒蔵の壁にもたれて、話し始めた佐助の肩は上下に揺れ息をするのも苦しそうであった。

「貴様を父だと呼ぶつもりは微塵にもない。俺たちの父は才蔵師匠のみ、長々と話すつもりもない故、素直にこちらに来てもらおうか?今の貴様では相手にもならぬ。」

『ふふ、さすがは…我が血を引く…呪われた子。お主達の、母親を殺めたのは…拙者、まさかあの時の、我が子に自分の命を奪われることになろうとは…人生とは…面白いものだな…さっさと殺せ!』

母親を殺めたという言葉を聞き頭に血が昇った俺は無意識のうちに三日月を手に取り、佐助の首に刃を突きつけていた。

『や、弥助兄さん待って!!今殺してしまっては母上のことも何も聞けない、ここまできたら私は母上のことを知りたい…』

弥生の叫びが聞こえ、手を緩めた。
佐助の首筋からは新しい血が一筋流れ始めた。

『弥助よ…見事に三日月を、使いこなしているようだな、流石は猿飛だけでなく霧隠の血も引く忍びよ…完璧な状態で戦いたかった…』

切られたというのに、笑みを浮かべ嬉しそうに微笑んでいる佐助と言う男に寒気を覚えた。俺たちはこんな奴の血を引いているのか…

『うっ、うううぅ…や、弥助兄さん…弥生は弥生はどうしたらいいのでしょうか…』

『弥生殿…貴方は何も悪いことはしておりませぬ、弥助殿も同様です。全ては闇に捕らわれたこの男の所業というだけの事。仏様は全てを見ておられます故、大丈夫、心を落ち着けなさい。』

城側の通路から現れた幸景殿。
悟りを開いたお方の言葉は重みがあり、俺と弥生は自然と落ち着きを取り戻す事ができた。

『ま、まさか…ほ、本当に城主、が…?あ、有り得ない!!…あの時、拙者は右京に殺された城主の脈をみたのだ…』

胸を抑えながら、はぁはぁと息をしている佐助、相当に驚いている様子だ。

『…貴殿の中には、母上の亡霊が住み着いているように見受けられる…私が抑えて差し上げましょうか?』

『や、や、やめろ!近寄る…な……』

佐助はその場で意識を失ってしまった。
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