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第六章 真相

【五十七】亡霊(佐助)

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それから、直ぐに二人での生活が始まった。
お量の家から、任務に出て終わったら気まぐれに帰る。お量はお量で、何やら自分で商いをしており、お互いの生活について干渉することもない生活はとても気楽であった。

拙者は、自分の名前は伝えてはいたものの、”猿飛”という姓は明かさなかった。呪われた姓を伝えてしまうと、この穏やかな生活が終わるような気がしたのだ。そしてお量もまた、自分の姓を語ることはなかった。

我々は自然の流れで恋仲になり、出会って四年後には子供が産まれた。先に産まれた男児に弥助、その一年後に産まれた女児に弥生と名付け裕福ではないが、傍から見ると幸せそうなそれなりの生活をしていたと思う。

お量は弥生が生まれてから、元の性格に輪をかけて物事をハッキリというキツい性格になった。弥助だけの時はそれほどまでではなかったが、商いを続けながらの一人での慣れない子育てだというのに、拙者は任務に出ていつ帰るかもわからぬ状態。それなのに拙者はお量の心が悲鳴を上げているのを、見て見ぬふりしていた。

そして拙者はまたしても、過ちを犯した。
その日も嵐の夜だった。些細な事で口論となり、凄い剣幕で怒鳴りつけてきたお量に、突然母親の面影が重なり、”自分だけ幸せになろうなんて許さない、この罪人が!”という言葉が頭の中で響き渡る…。

「や、やめろ!やめろ!やめろ!お前はもう死んでるはずだ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!」

そこに居るのはお量のはずなのに、血だらけで薄気味悪く笑いながら手を伸ばしてくる母上の亡霊が重なる。あまりの恐怖に耐えられなくなった拙者は、ついに腰の剣を引き抜いてしまった。

『佐助、落ち着きなさい!しっかり現実を見て!貴方の前にいるのは、母親ではない!』

前にいる女の影が、口を動かして何か言っているのはわかる。しかし、頭の中の声が邪魔をしてその声が届くことはなかった。

そして気づいた時には、子を護るように横たわる虫の息のお量の姿があった。

「お量、お量!!拙者は拙者は……」

『…さ、佐助?これで、ようやく貴方の、中の母親は死、んだのよ…?もっと、喜びな、さい…。猿飛、佐助…私は貴方と過ごした、この数年間、本当に、し、幸せ、だったのよ?癪に触ることも、あったけど…ね。あ、暁国に、才蔵という、私の弟がいるの…。この子達をそこに…連れて、行って育ててもらいなさい。貴方に任せるのは不安だわ。最後くらい、私のお願い、聞きなさいよ、ね…』

そう言い残してお量は死んだ。
後ろでは、母を亡くした事を察知したかのように泣きじゃくる二人の子供…なんて事をしてしまったのだ……母上の時とは比べ物にならない後悔の念が身体中を駆け巡る。お量は拙者が猿飛一族だと分かっておったのに、一緒にいてくれ愛してくれたのか…きっと、母親殺しの噂は聞いておったはずなのに…

自分の愚かさに死んでしまいたい衝動に駆られた。しかし、後ろで言葉も喋れぬ子達が”自分だけ楽になろうなんて許さない”と言わんばかりに泣き叫んでいる…。

拙者はお量に才蔵の面影を感じ惹かれたのかもしれないと思った。離れてもなお、才蔵に迷惑をかけている自分に呆れかえる…
そして、遺言通り才蔵の元へ子達を連れて行き逃げるように暁国から離れた。そこで出会ったのが安倍晴明であった。



「才蔵よ、城の護衛任務を主とする貴殿が殺戮に明け暮れていた拙者に勝てると本気で思っておるのか?そんな判断も出来ぬ程に老耄ておるとは思えぬが。」

『なんじゃ?お主ワシの心配をしておるのか?暫く見ないうちに丸くなったようじゃのぉ。お主に心配される程腕も落ちておらぬ故、かかって来ぬようならこちらから行かせてもらうぞ!』

自分はどうしたいのか?
才蔵に殺されたいと思っておるのか?
戦いの最中だというのに自問自答を繰り返してしまう自分に戸惑う。才蔵は拙者の僅かな隙を見逃さなかった。
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