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第五章 準備

【四十四】幽霊(弥助)

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しまった、寝過ごしてしまった…外はすっかり明るくなっており、布団が綺麗に畳まれていることから、弥生とお華殿は既に起きて活動しているようだ。

『ようやくお目覚めですか!他の皆様は既に昼食を食べ始めていますよ?弥助殿も早く行かないと!』

襖を開けると廊下にお華殿が立っていた。奥の部屋からは小太郎殿の騒がしい声が聞こえている。

「おぉ、お華殿か。いや~参ったのぉ…眠りこけておったみたいだ…お華殿は食べないのか?」

『私は軽く頂きました。私の役目は此方へとお連れする事、名残惜しくはありますがこれにてお千代殿の元へ帰りますね。』

少し寂しそうに微笑むお華殿の顔を見て、胸の鼓動が速くなるのを感じた。

「そうか…さ、寂しくなるな。お華殿には本当に世話になった。お主が案内してくれなければ今頃はまだ途方のない旅をしておっただろう。また会えるのを楽しみにしておる故、どうか体には気をつけて。」

『あれ?弥助殿寂しいんですか!もぉ、お華は嬉しゅうございます!水月にてお戻りをお待ちしております故、無事に…帰ってきてください…ね?』

俺の手を握り別れを告げるお華殿を抱きしめたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢して代わりに手を強く握り返した。


「お、おはようございます…遅くなり申し訳ありませぬ!」

お華殿と別れ、食堂へと入り頭を下げる。
ズルズルズルズル…蕎麦をすする音が響き渡る室内。和気あいあいと食事をしている三人、いや四人!?

『おぉ、弥助、相変わらず寝坊助じゃのぉ。』

『師匠、そうなんですよ、弥助兄さんは昔から安全な場所だと分かると、何しても起きないんですよね!』

ん?師匠?小太郎殿…のことではないな、弥生は昨日が初見のはず…顔を上げ食卓を見渡してみる…

「えっええええええーーーー!!!」

驚きのあまり大声を上げ、部屋を飛び出す。

え?え?あのお姿は才蔵師匠?しかし師匠はあの夜に絶命したはず…幽霊…?いや、まさか幸景殿のように双子だったのか…?でも弥生は普通に接していたな…ど、どういうことだ???

『おい、小童よ、何を一人でぶつくさ言うとるのじゃ?折角の美味しい蕎麦が無くなるぞ?』

この声は、小太郎殿…
もう、何が何だか訳がわからぬ!!
もう一度部屋へ飛び込み、才蔵師匠らしき人物の元へと駆け寄った。

『どういうことですか!才蔵師匠が何故ここに!?俺は確かに息をしていない師匠をあの丘に埋葬したのです!!なのに…ぐぅぅぅ』

いい所で声を上げた我が腹…そういえば昨日、夜食を食べ損ねていたのだった…。空腹と予想外の展開に力が抜けて、床へと座り込んだ俺の両肩に手を置きポンポンと落ち着かせるように叩いている才蔵師匠。

『弥助よ、落ち着け。とにかく食べろ。空腹では話も頭に入ってこないじゃろ?』

『そうですよ、弥助兄さん!この才蔵師匠が打ったお蕎麦本当に美味しいんですよ~?ね、才蔵師匠!』

「弥生!お主は黙っていろ!!」

『もぉ、短気だなー?早く起きない弥助兄さんが悪いんですよ?』

バタバタと着席し、残っていた蕎麦を全て平らげ、弥生が入れてくれたお茶を飲み干した。ふぅ、腹の虫は納まったようだ。

「幸景殿、取り乱しまして申し訳ございませぬ…。」

『そうじゃぞ?いくら驚いたからといって、暁国の血をひく方を目の前にして取り乱すとは、まだまだ修行が足りんようじゃのぉ?』

「小太郎殿は黙っていてください!どうせ全部知ってて俺をからかうおつもりだったのでしょう?顔に出ておりますぞ!!」

口を覆う振りをしているが、堪えきれない笑いが顔中から溢れている。

『まぁまぁ弥助、そう怒るでない。悪いのはワシじゃからな。あの時は左京に追い詰められた故こうするしかなかった…敵を欺くには、まず身内から。忍の基本、そうじゃろ?』

そして、才蔵師匠はあの時の事を順をおって丁寧に説明してくれた。話を聴き終わった俺は涙が止まらなくなっていた。

「うぅ、ぅううう、師匠…本当によかった…それに左京も完全に裏切ったわけではなかったのですね…ほ、本当によかった…」

あの時の左京は、確かに別人のようであった。まさかそんな理由があったとは…左京も心底苦しんでいた事だろう。ここに来て本当によかった…。しかしこれで、真の敵は自身の父親であるということがはっきりした。弥生は父親の話も改めて聞き、酷く落ち込んでいる様子だ。俺と弥生の顔を見て、それまで沈黙を貫いていた幸景殿がゆっくりと口を開いた。

「これは、私の師から譲り受けた言葉、人とは生まれながらにして、善と悪の両面を持ち合わせておる。善は強き魂に宿り、悪は弱き人間の魂に棲みつく。陰として育てられた左京に弱気心が宿るのは必然。私自身も、陰の身として生きてきた故、左京の苦悩は痛いほどにわかる。しかしな、自分が望む限り、何度でもやり直せるのが人生というもの。諦めない心には、必ずや光が射す。お主達、皆が左京の光となるのだ。さすれば必ず道は開けるであろう。敵が誰であろうと、己の道を信じるのだ。」

なんと重い言霊なのだろうか。幸景殿の言葉を聞き、先程まで乱れていた心が沈まったのを感じた。涙も止まっている。そうだ、俺達が左京を信じ手を差し伸べるのだ。左京の光となろうではないか。

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