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第五章 準備

【四十三】驚嘆(弥助)

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「中々の距離を移動してきたというのに仕上げがこの石段とは…鍛錬には持ってこいだな!しかし…腹が…減った…」

『弥助殿?そんな緊張感のない顔をしていたらきっと、小太郎殿に叱られますよ?』

全く疲れた素振りも見せないお華殿…一体どのような修行をしているのだろうか…

「お華殿はともかく、弥生は大丈夫か?」

久しぶりの長距離移動に疲れたのであろう、弥生は”うんうん”と声を出さずに頷いている。

移動を始めてから、半日程走り続け到着した古寺。こんな山の中に隠された場所だったとは…きっとお華殿の案内がなかったら迷いに迷った挙句、辿り着けていないかもしれない。か細い月明かりを頼りに石段を登っていると、頂上付近で知っている気配を感じた。この気配…いや、そんなはずは無い…小太郎殿か。石段を慎重に登り、頂上までようやく到着。こんな夜更けに失礼かとは思ったが、日の明るいうちにここへと向かっているのを敵の忍に見られる可能性を考えると致し方ない。閉ざされた門を叩こうとした刹那、ゆっくりと門が開いた。

『おぉ、久しぶりじゃのぉ~弥助よ。美女を二人も従えるとはお主も中々やりおるな?』

「ははは、小太郎殿、相変わらず元気そうで嬉しゅうございます。妹の弥生と、ここまで案内してくれたお千代殿の部下でくノ一の、お華です。」

『くノ一…?そうか、とにかく中で話を聞こう。本堂にここの主がおるから、先に行って挨拶する事にしよう。暫く世話になるからな。』

「承知致しました。」

小太郎殿の後ろをついて本堂へと向かう。

『幸景殿、失礼致す。弟子の弥助とその連れが到着した故、挨拶させてもらっても構わぬか?おい、弥助こっちへこい。こちらがここの主である幸景殿じゃ。』

薄暗い本堂の中には巨大な阿弥陀如来像が鎮座しており、その前に幸景殿と呼ばれる方は座っておられた。俺はその姿を見て息を飲んだ。目の前の現実についていけず、冷や汗が出る。隣では弥生が小さな声で”え、な、なんで?”と呟いていた。

「と、殿!!生きておられたのですか!!」

俺は驚きのあまり大声を出した。すると、幸景殿は小さく首を横に振った。

『弥助とやら、生前は兄が世話になったようだな。私は暁国当主であった幸成の双子の弟なのだ。訳あって国を離れそれからここで僧として修行をしておる。もう夜も深けた。今日のところはお連れの皆様共々ゆっくりと休まれるがよい。話はまた明日。』

まさか、そんなことが…まさに瓜二つといった風貌に声色まで殿そのもの…才蔵師匠が恐山へと向かえと言っていた理由の一つはこれだったのか…

『ということじゃ、お主の妹も限界にきているようじゃぞ?今日の所は休むとしよう。』

昼間の弥生ではないが、突然思いもよらぬ形で現れた寺の主に卒倒しそうになるのを何とか堪え、綺麗に用意された寝床で久方ぶりに布団の温もりを感じ、深い眠りについた俺達。気づいた時には翌日の昼を迎えようとしていた。
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