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第五章 準備

【三十九】説得(才蔵)

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暫く本堂から離れ、日が沈み出した頃に戻ってくると、幸景殿はまだ阿弥陀如来像の前に鎮座されていた。本堂の入口に静かに近づくと、幸景殿はこちらに背を向けたまま口を開いた。

『才蔵よ少し考えてはみたが、やはり答えなどすぐには出ぬ。私は最景上人の意志を受け継ぎ、この寺を護らねばならぬ。しかし、何か出来ることはあるはず。もう、日も暮れてきたことだ、飯でも食べながら幸成の最期、そして私の甥と姪の話を聞かせてくれぬか?』

「かしこまりました。」

住居である離れへと移動し、一緒に夕食の準備をし食卓についた。一人に慣れている幸景殿は、久しぶり誰かと食べる食事を楽しんでくれている様子だった。

『才蔵、誰かと摂る食事というものはやはりいいものだな。最景様が存命の頃は二人、もしくはお千代殿がたまに来ては騒がしく食事をしていた事を思い出した。お千代殿も元気にされておるのか?』

「はい、こちらへ向かう途中に茶屋の方を覗いてきましたが、若いくノ一達に囲まれ元気そうでありました。あの方はまだまだ長生きされることでしょう。」

『ほほぉ、そうか。私もたまには集落に降りて会いに行かねばならぬな。』

城にいた頃とは違い、風貌も着物も全く異なるものではあるが、やはり顔の作りや声は亡くなった幸成様と瓜二つ。幼少期より殿と同じ教育を受けてこられたということもあり、所作が美しく、そこにいるだけで高貴な風格が体から溢れだしているように感じる。その上、長年の出家生活で身についたのであろう落ち着いた雰囲気を持ち合わせた幸景殿、この戦乱の世を治めるにはこの方しかいないと改めて思った。ここは何としても説得をして国を治めて頂きたい…。

「幸景殿、灘姫と左京の話をしてもよろしいでしょうか?」

茶を飲んでいた手を止め、ゆっくりと頷いてくれた幸景殿。自分と同じ境遇の左京に興味を持って貰えればいいのだが…

そして、自分が知る二人が産まれてから先日の城への襲撃までの話全てを聞いて頂いた。

「…という次第にありました。一番厄介なのは左京に封印された右京という人格…こやつがいる限り、姫と合流し国を建て直そうとしたとて、また裏切りにあうことでしょう。こちらの寺には古くからの古文書が保管されていると聞いております。何としても左京を助けてあげたいのです…そして、それにはどうしても幸景殿のお力が必要なのです…。」

『左京か…私も幼き日の苦しみは身に染みて分かる…才蔵よ、ここまで左京を育て見捨てなかったことに礼を言う。私も老い先は短い。国を建て直すというところまでは厳しいかもしれないが、左京の力になるくらいなら出来るやもしれぬ。灘姫の行方も気になるがそれはお千代殿に頼むといいだろう。今日はもう夜も深けた故、明日から古文書の解読に取りかかるとしよう。』

こうして、幸景殿の元で古文書を解読する日々が始まった。
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