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第五章 準備

【三十八】運命(幸景)

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同じ日に生を受けたというのに、先に母親から取り上げられたというだけで二人の運命は全く違うものとなった。ほんの数秒、世の中に出てきた順番が違っただけだというのに。

容姿も身体的特徴もほとんど変わらない私と幸成は、物心ついた時から国の後継者とその影武者として同じ教育を受け、武術や帝王学を学んだ。私の存在を知るものは亡き両親、それ以外には、その当時城に出入りをしていた風魔小太郎とその弟子才蔵という一部の者だけ。表に立つべきは幸成であり、私は不測の事態に備える為にだけ生かされている影の人間としてこれまでの人生を歩んできた。

だからと言って私は、自分の運命を心底呪っていたという訳でもない。幼少期の頃は、何故自分は幸成と違って自由に外で遊んだり他人と話すことが禁じられているのだろうかと悩んだりもした。しかしそれも、年齢を重ねる毎に諦めの気持ちへと変化し更にそれはあるお方との出逢いにより悟りへと変化したのだ。

私の人生の師である、最景上人に出会ったのは幸成と私が十六の誕生日を迎える前、幸成と奥方であるクシナ姫の結婚が正式に決まった頃だった。幸成が、不吉な存在とされていた双子である事をクシナ姫やその一族に隠しておきたかった両親は、婚礼の義を執り行う前に私を暁国から脱出させる為、風魔小太郎を呼びどこか安全に身を隠せる場所はないかと探させた。そして紹介されたのが現在も住むこの寺だった。

最景上人は、言葉数こそ少なかったが私が求めると的確な助言をくれた。いつも笑顔で絶対に他人を貶めるような言霊は発せず朗らかな空気に包まれた最景上人に対し、私はすぐに心を開いたように思う。影として歩んできた私に、生き場所を与え、これからは己の生きる道を自ら模索し幸福を掴むことを諦めてはいけないと諭してくれた。自我が芽生えた頃から自分の人生は太陽である幸成の影に隠れる月のようなものだと教えられてきた私にとって、その言葉は自分という人間を解放する大切な言葉となった。

それからの私は最景上人のように、仏に救いを求め訪ねてくる悩める民に安らぎや安堵、的確な助言を与えられる僧になる為、精一杯従事し努力した。

そして寺で従事を始めて数十年が経ったある日私の元へ驚愕の話が舞い込んできた。それは、幸成に子が産まれたと言う話。ついに世継ぎができ、国も安泰だと安心したのも束の間、その話には続きがあった。公にはなっていないが誕生したのが男女の双子であったという信じられない話…。

自分の時がそうであった様に、幸成もきっと両親と同じ選択をしなければならない。私はそれから毎日、見ず知らずの甥と姪を想い二人の幸福を願い続けた。

そしてまた数十年が経ち、甥姪の悪い噂を聞くこともなく、ようやく寺を訪れる民から信頼を得るようになった矢先、最景上人が亡くなった。老衰で命を全うした素晴らしき人生だった。師亡き後、寺に一人になった私はこれまで以上に修行に励んだ。もう、困った時に助けてくれる師はいない…。寺にあった全ての古文書に目を通し、更なる高みを目指した。この寺に救いを求めて訪れる人々の為にと修行に明け暮れていると、ある時期からこの寺へと階段を登ってくる人物の気配と悩みの吉凶が見えるようになったのだ。

そして才蔵の訪問。
凶の雰囲気が強かった為、それなりに覚悟はしていたつもりだったが、才蔵から話される言霊は私が予想していたよりも更に酷い内容のものだった。まさか、陽として産まれた幸成が私よりも先に亡くなってしまうなんて…
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