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第三章 覚醒

【二十一】告白(左京)

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先日の右京と呼ばれていた闇の自分との対話以降、もしかしたら突然右京が出てくるのではないか?という恐怖に苛まれ、落ち着かない日々を過ごしていた。
そして気がつくと明日の夜は新月…。佐助殿が城で盛大な催しを行うと言っていた事を思い出し、何か手がかりはないか?と自分の持ち物を調べていたところ、ある紙切れのようなものを見つけた。

「ん?こ、これは…」

城内の動線や警備が配置されている場所が事細かに記されており、その中には”姫生け捕り、奥方避難”と丸印で囲まれているのも確認できた。
これを書いたのはきっと、右京だろう。
俺は佐助殿の言葉を思い出した。

”才蔵と共に城を護るのも一興、我々と共に戦を楽しむのもまた一興。貴殿がどう動くのか楽しみにしておる。”

あの話を聞いてから、自分はどうするべきなのかという事をずっと考えてはいたが、そんな究極の選択を簡単に決められるはずもない。特にこれといった楽しい思い出が沢山ある訳でもないが、幼少期よりここまで過ごしてきた城を危機から救うべく戦うのか、はたまた近年になって突然現れ俺の苦しみを取り除いてくれた佐助殿に恩を報いるか…。恐らく容赦ない性格の佐助殿のこと、姫と奥方様以外は殺しても構わぬと指示を出していることだろう。そして、俺の中にいる右京…こいつもその話に乗っかり、手当り次第に殺戮を楽しむはずだ。

城の見える丘の上へと、外の風に当たりに行き雄大に聳える城を眺めてみる。俺はこの城の人々と共に学び育ってきた。その時間に偽りはない。しかし佐助殿と出会い、才蔵師匠とは違う修行の仕方や考え方に触れ、目から鱗が落ちるような衝撃を受けたのも事実…

『おや?ワシを呼んだかの?』

「さ、才蔵師匠!こ、こんなところで、
な、何をなさっているのですか?」

途方に暮れ頭を抱えていた俺の横には
いつの間にか才蔵師匠が座っていた。

『ワシがおったらまずい事でもあるのか?ここ半月ほど、お主の様子がおかしいと思って観察しておったのじゃが、今日はいつにもなく落ち着きがない様子だったからのぉ。心配事でもあるのか?話したくないなら無理にとは言わぬがな。』

城を眺めながら持ってきた酒をチビチビと飲んでいる才蔵師匠。まだ、昼間だというのに…城が危機に晒されているのに呑気なものだ!とも思ったが、城の人々にとって今日はいつもと変わらぬ何気ない一日であり、明日もその日常が続くと思っている。誰が城の危機を予想していようか。その姿を見て俺はこの城での生活をやはり護りたいと思った。

そして、佐助殿が現れてから今日までのこと、右京という人格のこと、明日決行される城への襲撃の話を打ち明けることにした。

『左京よ、よくぞ話してくれた。一人でそんなに多くのことを抱えておったとは…辛かったであろう…。もっと早くに気づいておればこんなことにはならずに済んだかもしれぬな…すまぬ…。しかし、ワシに話してくれたと言うことはお主は暁国を護りたい、という気持ちで固まったということじゃな?ワシはお主を裏切るようなことは絶対にしない。多少の犠牲は出るであろうが…城の皆は家族も同然。忍頭としての職務を全うするまでじゃ。左京よ、何か策はあるのか?』

「…才蔵師匠、ここは俺が佐助殿の思い描いた通りの行動に出て、完璧に自分の味方だと思い込ませた上での騙し討ちをしたほうが良いのではないでしょうか?佐助殿は、右京という存在を己に秘めた俺がまさか自分を裏切るはずがないと思って立ち回ると予想するのですが…佐助殿の最大の弱点は、俺という存在なのではないかと思います。しかし夕暮れと共に右京に体を乗っ取られ、自我を発揮するのは明け方まで難しいという大きな問題があります…」

『なるほどな……左京よ、お主の作戦も理解出来るが、右京とやらの存在があっては作戦通りに遂行することは難しい…。その右京とやらが出てきたら抑えることはできぬしな。とにかくワシは明日までに被害を最小限に抑える努力をする。他言もせぬ故、お主は佐助の指示通りに動くのじゃ。』

「才蔵師匠…どうかご無事で…」




怪しまれぬよう、丘で左京と別れた才蔵は、自身の師匠である風磨小太郎に事の経緯を説明しに行くことにした。

「……という訳でして、私に何かありましたら後のことはよろしくお願いします。」

小太郎師匠に話をつけると、急いで洞窟内の通路から城へと戻る。佐助に左京の裏切りを悟らせないように、城の者にはこの事態を一人を除いて伝えないことにした。
無傷では済まされない戦いが、始まる。
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