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第二章 修行
【十三】老婆(弥助)
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洞窟を出て、数週間が経とうとした頃、ようやく俺は小太郎殿との待合せ場所である恐山麓の大集落へと到達した。途中、幾つかの集落を回ってもみたが、姫様の情報は掴めなかった。
とにかく小太郎殿に言われた”水月”という茶屋に行ってみるとしよう。数多くの茶屋が立ち並んでいたが、指定された茶屋は集落の端にあり少し寂れた様相をしていた。店内に入ると受付台に老婆が座っていた。軽く会釈をし、話しかけようとすると、老婆が静かに口を開いた。
『 小太郎の客人かの?』
小太郎殿は既にここへと到達し、手筈通り話を通してくれていたようだ。
”はい”と伝えると、どこからともなく現れた美しい女性が廊下で手招きをしており、奥の部屋へと案内される。
『 少しお待ちくださいね。』
ニコリと笑うと、その女性は音もなく消えて行った。一人驚いていると次は音もなく襖が開き、受付にいた老婆が入ってきた。この数年で俺も必死に修行してきたつもりではあるが、全く気配を感じ取れないとは…俺は試されているのか?
「つかぬ事を聞くが先程のおなごの身のこなしといい、貴殿も唯の受付のお人には見受けられぬ、ここは茶屋ではないのか?」
表情を変えずこちらを見ている老婆。
その眼光は、老婆のそれではない。
『 さすがは小太郎の客人。良くぞ気付きましたな。表向きはただの旅人向けの茶屋じゃ。しかしここで働いておるのは皆、優秀なくノ一達。頼まれれば、くノ一を派遣して力を貸したりもしておる。ここまで美しく、力も申し分のないくノ一達は中々おらぬぞ?ワシも若い頃は才色兼備だったからのぉ、小太郎に良く言い寄られたものじゃ、ハハハ』
なるほど、ここはくノ一屋敷ということか。それにしてもこの老婆、小太郎殿のことを”小太郎”と呼び捨てておるが一体どのような関係なのだろうか。背が小さく穏やかそうな顔の老婆。一見するだけではくノ一達の長とは思えない雰囲気を持っている。顔に刻まれた皺は、小太郎殿ほどではないが首や手に刻まれた皺を見たところ小太郎殿と同じくらいの年齢か、少し上といったところだろうか。先を急がねばならぬのに、気になるところも多い。
「俺は一刻も早く、ある御方を助けださねばならない。小太郎殿の知り合いとならば、力になって頂きたいのだが…」
『大方の話は小太郎から聞いておる。あやつはここに寄って、もう一つ行くところがあると言ってすぐに旅立ってしまったがの。お主、暁国の姫を探しておるのじゃろ?既に居場所は特定済じゃ。事態は急を要する、今夜冥国の大名がこの集落に泊まるようだからな。奴らも、恐山へと向かうつもりであろう。少し待っておれ!』
部屋を出ていった老婆から聞かされた情報の数々に一筋の光が見えた気がした。この集落に姫がいる!ようやく運が巡ってきたようだ。老婆が部屋を出て数刻、先程部屋まで案内してくれたくノ一が美しい着物に着替え老婆と一緒に現れた。
『 おい、待たせたな。お華に案内させるから客として”四季”という茶屋に向かうのじゃ。そこで姫は働いておる。夕刻には大名も到着するはずじゃから、気を抜かぬようにな?』
装いが変わり、美しさの増した”お華”と呼ばれる、くノ一に目を奪われ言葉が出ない。
分かりやすい俺の狼狽にお華が笑顔を見せ、自分の顔が急速に赤くなるのを感じる。
な、なんと可愛いおなごなのだ…。
『 言っておくが、ウチのおなごに手を出したらワシがお主を襲いに行くからな!!』
「う、うるさい!!」
これ以上野次を飛ばされるのには耐えられぬ…お華の手を引くと、俺はそのまま店を飛び出した。
『 弥助殿?手が痛うございます…』
「おぉ、すまぬ!何故俺はこんな事を…」
『 ふふふ、面白い方ですね。私、弥助殿のこと嫌いじゃありませんよ?あ、着きました、ここです。私はここの従業員”お夏”のフリをしますので、弥助殿は客人として振舞ってください!怪しまれないように腕をお借りしますよ?』
くノ一とは思えぬ、無邪気な笑顔を浮かべながら、おどおどと頼りのない俺に的確な指示を与えてくれるお華殿。差し出した腕に絡められた華奢な腕の感覚に長らく会っていない妹の面影を感じ、思わず名前を呟いた。
「…弥生」
『弥生?違います、お華にございますよ?いきなり真顔で違うおなごの名前を呼んだりするなんて…これから任務が待っておりまする故、しっかりしてくださいませ!』
背中を叩かれて我に返る。さすがはくノ一、軽く叩いたつもりであろうが、俺を目覚めさせるには充分な威力だった。ここには長年探していた姫がいる!しっかりしなくては、師匠に示しがつかない。
「よし、お華殿参るぞ!!」
『 ふふ、はい!!』
冥国の大名が来るとあって、店の中は準備に追われていた。慌ただしく動き回る人々の中に姫様を探してみるが、気配は感じない。
『 旦那様、お夏にございます。お客様を連れて参りました。小座敷に入りますね。』
”おぉ、お客様本日はご来店ありがとうございます。慌ただしくしており、申し訳ありませぬ。お夏にしっかりと接客させますのでご緩りとお過ごしくださいませ。”
店主は早口で歓迎の言葉を述べると、ロクに顔を見ることもせず、足早にこの場を去ってしまった。こちらにとっては好都合だが。
『 さ、お客様こちらですよ?』
組まれていた暖かい腕を離されて、残念なような、少しホッとしたような複雑な気持ちになっている事は露知らずといった感じに、俺の前をスタスタと歩きだしたお華の後ろを進む。どうやら大名は、大座敷と呼ばれる一番奥の部屋に通されるようだ。俺の部屋は二つ隣、用心の為に間の部屋は使われないようだが、話を盗み聞きするのは難しそうだ。
「さて、これからどうするか…」
何から何までお華に頼ってしまうというのも情けなく感じてはいたが、新参者が下手に動き回るよりも、土地の者に従う方が上手くいくに決まっている。
『 私は、大名が店に入ってきた時点で姿を消します。弥助殿が探しておられる灘姫様は”お春”という源氏名で大名の接客に付かれるはずです。隙を見て接触してくださいませ!あ、もう来たみたい。それではご武運を!!』
既に気配の消えたお華。
襖を少し開けて、騒がしい店の入口のほうを覗いてみると、店主を中心にその横には女性陣が数名並んで大名を出迎えていた。
あの中に灘姫様がいるのか…?
とにかく小太郎殿に言われた”水月”という茶屋に行ってみるとしよう。数多くの茶屋が立ち並んでいたが、指定された茶屋は集落の端にあり少し寂れた様相をしていた。店内に入ると受付台に老婆が座っていた。軽く会釈をし、話しかけようとすると、老婆が静かに口を開いた。
『 小太郎の客人かの?』
小太郎殿は既にここへと到達し、手筈通り話を通してくれていたようだ。
”はい”と伝えると、どこからともなく現れた美しい女性が廊下で手招きをしており、奥の部屋へと案内される。
『 少しお待ちくださいね。』
ニコリと笑うと、その女性は音もなく消えて行った。一人驚いていると次は音もなく襖が開き、受付にいた老婆が入ってきた。この数年で俺も必死に修行してきたつもりではあるが、全く気配を感じ取れないとは…俺は試されているのか?
「つかぬ事を聞くが先程のおなごの身のこなしといい、貴殿も唯の受付のお人には見受けられぬ、ここは茶屋ではないのか?」
表情を変えずこちらを見ている老婆。
その眼光は、老婆のそれではない。
『 さすがは小太郎の客人。良くぞ気付きましたな。表向きはただの旅人向けの茶屋じゃ。しかしここで働いておるのは皆、優秀なくノ一達。頼まれれば、くノ一を派遣して力を貸したりもしておる。ここまで美しく、力も申し分のないくノ一達は中々おらぬぞ?ワシも若い頃は才色兼備だったからのぉ、小太郎に良く言い寄られたものじゃ、ハハハ』
なるほど、ここはくノ一屋敷ということか。それにしてもこの老婆、小太郎殿のことを”小太郎”と呼び捨てておるが一体どのような関係なのだろうか。背が小さく穏やかそうな顔の老婆。一見するだけではくノ一達の長とは思えない雰囲気を持っている。顔に刻まれた皺は、小太郎殿ほどではないが首や手に刻まれた皺を見たところ小太郎殿と同じくらいの年齢か、少し上といったところだろうか。先を急がねばならぬのに、気になるところも多い。
「俺は一刻も早く、ある御方を助けださねばならない。小太郎殿の知り合いとならば、力になって頂きたいのだが…」
『大方の話は小太郎から聞いておる。あやつはここに寄って、もう一つ行くところがあると言ってすぐに旅立ってしまったがの。お主、暁国の姫を探しておるのじゃろ?既に居場所は特定済じゃ。事態は急を要する、今夜冥国の大名がこの集落に泊まるようだからな。奴らも、恐山へと向かうつもりであろう。少し待っておれ!』
部屋を出ていった老婆から聞かされた情報の数々に一筋の光が見えた気がした。この集落に姫がいる!ようやく運が巡ってきたようだ。老婆が部屋を出て数刻、先程部屋まで案内してくれたくノ一が美しい着物に着替え老婆と一緒に現れた。
『 おい、待たせたな。お華に案内させるから客として”四季”という茶屋に向かうのじゃ。そこで姫は働いておる。夕刻には大名も到着するはずじゃから、気を抜かぬようにな?』
装いが変わり、美しさの増した”お華”と呼ばれる、くノ一に目を奪われ言葉が出ない。
分かりやすい俺の狼狽にお華が笑顔を見せ、自分の顔が急速に赤くなるのを感じる。
な、なんと可愛いおなごなのだ…。
『 言っておくが、ウチのおなごに手を出したらワシがお主を襲いに行くからな!!』
「う、うるさい!!」
これ以上野次を飛ばされるのには耐えられぬ…お華の手を引くと、俺はそのまま店を飛び出した。
『 弥助殿?手が痛うございます…』
「おぉ、すまぬ!何故俺はこんな事を…」
『 ふふふ、面白い方ですね。私、弥助殿のこと嫌いじゃありませんよ?あ、着きました、ここです。私はここの従業員”お夏”のフリをしますので、弥助殿は客人として振舞ってください!怪しまれないように腕をお借りしますよ?』
くノ一とは思えぬ、無邪気な笑顔を浮かべながら、おどおどと頼りのない俺に的確な指示を与えてくれるお華殿。差し出した腕に絡められた華奢な腕の感覚に長らく会っていない妹の面影を感じ、思わず名前を呟いた。
「…弥生」
『弥生?違います、お華にございますよ?いきなり真顔で違うおなごの名前を呼んだりするなんて…これから任務が待っておりまする故、しっかりしてくださいませ!』
背中を叩かれて我に返る。さすがはくノ一、軽く叩いたつもりであろうが、俺を目覚めさせるには充分な威力だった。ここには長年探していた姫がいる!しっかりしなくては、師匠に示しがつかない。
「よし、お華殿参るぞ!!」
『 ふふ、はい!!』
冥国の大名が来るとあって、店の中は準備に追われていた。慌ただしく動き回る人々の中に姫様を探してみるが、気配は感じない。
『 旦那様、お夏にございます。お客様を連れて参りました。小座敷に入りますね。』
”おぉ、お客様本日はご来店ありがとうございます。慌ただしくしており、申し訳ありませぬ。お夏にしっかりと接客させますのでご緩りとお過ごしくださいませ。”
店主は早口で歓迎の言葉を述べると、ロクに顔を見ることもせず、足早にこの場を去ってしまった。こちらにとっては好都合だが。
『 さ、お客様こちらですよ?』
組まれていた暖かい腕を離されて、残念なような、少しホッとしたような複雑な気持ちになっている事は露知らずといった感じに、俺の前をスタスタと歩きだしたお華の後ろを進む。どうやら大名は、大座敷と呼ばれる一番奥の部屋に通されるようだ。俺の部屋は二つ隣、用心の為に間の部屋は使われないようだが、話を盗み聞きするのは難しそうだ。
「さて、これからどうするか…」
何から何までお華に頼ってしまうというのも情けなく感じてはいたが、新参者が下手に動き回るよりも、土地の者に従う方が上手くいくに決まっている。
『 私は、大名が店に入ってきた時点で姿を消します。弥助殿が探しておられる灘姫様は”お春”という源氏名で大名の接客に付かれるはずです。隙を見て接触してくださいませ!あ、もう来たみたい。それではご武運を!!』
既に気配の消えたお華。
襖を少し開けて、騒がしい店の入口のほうを覗いてみると、店主を中心にその横には女性陣が数名並んで大名を出迎えていた。
あの中に灘姫様がいるのか…?
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