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第二章 修行
【十二】旅立(弥助)
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今宵は師匠を埋葬したあの悪夢のような夜とは違い、美しい満月が空に輝いていた。あの日崩れ落ちた城は瓦礫と外堀だけを残し無惨な状態で残されたまま。
…ん?これは何だ?
墓前に小太郎殿から拝借してきた酒を供えようと屈んだ俺の目に入ってきた紙切れのようなもの。月に一度はここを訪れているが、前回訪れた時にこの様なものを見た覚えもない。紙の状態から比較的最近置かれた物だと推測された。
紙を開いてみるとそこには、
”我、恐山にて待つ 左京”
という文字が記されていた。
左京?左京がここにきたというのか?確かにここは、左京と師匠三人で酒を飲んだこともある思い出の場所。墓の状態から、俺がここに来ていることを察知した左京がこの手紙を残したのか…?しかし、待つとはどういう事なのだ…
一体あの男に何があったのであろうか…
あの忌々しい夜から左京の裏切りで起きた一連の悲劇を思い出さない日など、一日たりともない。
俺の知っている左京は、人と接することに不器用ではあったが、仲間が窮地に立たされるような場面では率先して助けに行くような心優しい男だったように思う。
そんな俺の同志であった強い左京。修行により心を鍛えたつもりではあるが、左京の裏切りは今も俺の心に暗い影を落としている。
思えば左京は一人を好み、時折隠れて不可解な行動をとっていた事があった。
それは決まって新月の夜。俺がこの丘で夜風に当たっていると、一人何処かへと向かう左京の姿を見かけこっそりと追跡したことがあった。月明かりの無い暗い森の中に入ると、左京は空を見上げながら何やら言葉を呟いているのだ。最初はお経でも唱えているのか?と耳を澄ませてみるも、それとは異なるもの。たまに左京のものでは無い声も聞こえた気がするが、闇夜の所為、その人物の姿を確認することはできなかった。月のない真っ暗な夜に限り幾度となく見かけたあの光景を一度、師匠に相談したことを思い出した。
『……そうか、左京がそんな行動を…左京に関しての話を深く話すことは禁じられておる故、少しだけ教えてやる。左京の背中の左側には梵字で何やら封印されておるのじゃ。幼少期に陰陽師によって施されたものということは分かっているのだが、それが何かということはワシにもわからぬ。もしかすると国に災いを起こすやも知れぬということで、ワシが監視も含め預かっておる…という次第じゃ。今のところ国に害を及ぼしそうな行動は掴んではおらぬが…もしかすると左京に接触し何か企んでおる輩がおる可能性もあるな。お前も左京の行動で少しでも気になることがあったら、すぐに知らせてくれ。」
師匠の言葉を思い出した俺に、ある疑念が浮かび上がる。あの夜の左京の行動も、もしや背中にある封印らしきものに関係しているのではないのか?誰かに操られていたとしたら…俺は手紙を握りしめ、急いで小太郎殿の所へと向かった。
「こ、 小太郎殿! 大変です、 師匠の墓にこのような物が置かれておりました…」
大急ぎで洞窟に戻ると、 静かに酒を嗜んでいた小太郎殿の机の上に手紙を叩きつけるように置いた。
『なんじゃ、早々に帰ってきたと
思ったら騒々しい奴じゃのう?』
猪口を静かに置き、手紙を取ると小太郎殿は訝しげな顔をした。
『弥助よ… これは本当に
左京が書いたものなのか?』
突然の問に言葉を詰まらせる..
確かに… 見つけた時は左京という文字を見て興奮してしまい、名前の部分だけを見て左京が書いたと決めつけていた。
「手紙を見つけたことに興奮してしまい、観察を怠っておりました… すみません、よく見ると左京の筆跡とは違う…かもしれません。 しかし、違うとすれば一体誰が左京の名を語り、俺に接触してこようとしたのでしょうか?」
『 ワシも確信があるわけではないが…もしかするとアイツかも知れぬ…お主の父親だ。左京とやらを裏で洗脳し操っておったのは佐助の可能性があるとワシは踏んでおる。確か、左京の背中には梵字があると申しておったの?』
「…はい、そうです。」
まさか…世話になった国の滅亡に自分の父親が関係しているというのか…?自分と妹を捨てた挙句に、代わりに育ててくれた師匠を亡き者にし、何も関係のない城の人々までを巻き込んだ一連の騒動が自分の父親の所為で行われた事だとしたら…腹を斬ったくらいの事では罪滅ぼしなどできない…俺は産まれて初めて、他人を殺めたいという衝動に駆られた。しかもその相手が自分の血の繋がった父親とはなんたる由縁…
俺の並々ならぬ殺気を感じ取ったのか小太郎殿が心配したように語りかけてきた。
『 弥助よ、落ち着け。心を沈めるのじゃ。その様な殺気を出しておっては敵に居場所を知らせるようなものじゃぞ?これはただの推測…確定しておる訳では無い。とにかく佐助の事はワシに任せておけ。あやつを危険人物だと分かっておって野放しにしてきたワシにも責任はあるからな…。お主の役目は一刻も早く灘姫を探し出し恐山へと到着することじゃ。わかったな?』
「分かりました、小太郎殿は
どうなさるおつもりですか?」
『 うむ、助けてくれそうな人物に心当たりがあってな。お主は念の為、この付近の集落を回り、姫の痕跡がないかをもう一度確認してから恐山の麓にある大きな集落に向かってくれ。そこで落ち合うことにしようぞ。ワシは到着して一週間経ってもお主がこないようであれば、先に恐山へと行き準備を進めておこう。集落内に、”水月”という茶屋がある。お主はまずそこに行って「小太郎の置き酒が飲みたい」と店主に言え。お主が来たらわかるように話を通しておく故。』
小太郎殿と取り決めを交わし、いても立っても居られなくなった俺は最低限の荷物を抱え、数年間世話になった洞窟を後にした。
…ん?これは何だ?
墓前に小太郎殿から拝借してきた酒を供えようと屈んだ俺の目に入ってきた紙切れのようなもの。月に一度はここを訪れているが、前回訪れた時にこの様なものを見た覚えもない。紙の状態から比較的最近置かれた物だと推測された。
紙を開いてみるとそこには、
”我、恐山にて待つ 左京”
という文字が記されていた。
左京?左京がここにきたというのか?確かにここは、左京と師匠三人で酒を飲んだこともある思い出の場所。墓の状態から、俺がここに来ていることを察知した左京がこの手紙を残したのか…?しかし、待つとはどういう事なのだ…
一体あの男に何があったのであろうか…
あの忌々しい夜から左京の裏切りで起きた一連の悲劇を思い出さない日など、一日たりともない。
俺の知っている左京は、人と接することに不器用ではあったが、仲間が窮地に立たされるような場面では率先して助けに行くような心優しい男だったように思う。
そんな俺の同志であった強い左京。修行により心を鍛えたつもりではあるが、左京の裏切りは今も俺の心に暗い影を落としている。
思えば左京は一人を好み、時折隠れて不可解な行動をとっていた事があった。
それは決まって新月の夜。俺がこの丘で夜風に当たっていると、一人何処かへと向かう左京の姿を見かけこっそりと追跡したことがあった。月明かりの無い暗い森の中に入ると、左京は空を見上げながら何やら言葉を呟いているのだ。最初はお経でも唱えているのか?と耳を澄ませてみるも、それとは異なるもの。たまに左京のものでは無い声も聞こえた気がするが、闇夜の所為、その人物の姿を確認することはできなかった。月のない真っ暗な夜に限り幾度となく見かけたあの光景を一度、師匠に相談したことを思い出した。
『……そうか、左京がそんな行動を…左京に関しての話を深く話すことは禁じられておる故、少しだけ教えてやる。左京の背中の左側には梵字で何やら封印されておるのじゃ。幼少期に陰陽師によって施されたものということは分かっているのだが、それが何かということはワシにもわからぬ。もしかすると国に災いを起こすやも知れぬということで、ワシが監視も含め預かっておる…という次第じゃ。今のところ国に害を及ぼしそうな行動は掴んではおらぬが…もしかすると左京に接触し何か企んでおる輩がおる可能性もあるな。お前も左京の行動で少しでも気になることがあったら、すぐに知らせてくれ。」
師匠の言葉を思い出した俺に、ある疑念が浮かび上がる。あの夜の左京の行動も、もしや背中にある封印らしきものに関係しているのではないのか?誰かに操られていたとしたら…俺は手紙を握りしめ、急いで小太郎殿の所へと向かった。
「こ、 小太郎殿! 大変です、 師匠の墓にこのような物が置かれておりました…」
大急ぎで洞窟に戻ると、 静かに酒を嗜んでいた小太郎殿の机の上に手紙を叩きつけるように置いた。
『なんじゃ、早々に帰ってきたと
思ったら騒々しい奴じゃのう?』
猪口を静かに置き、手紙を取ると小太郎殿は訝しげな顔をした。
『弥助よ… これは本当に
左京が書いたものなのか?』
突然の問に言葉を詰まらせる..
確かに… 見つけた時は左京という文字を見て興奮してしまい、名前の部分だけを見て左京が書いたと決めつけていた。
「手紙を見つけたことに興奮してしまい、観察を怠っておりました… すみません、よく見ると左京の筆跡とは違う…かもしれません。 しかし、違うとすれば一体誰が左京の名を語り、俺に接触してこようとしたのでしょうか?」
『 ワシも確信があるわけではないが…もしかするとアイツかも知れぬ…お主の父親だ。左京とやらを裏で洗脳し操っておったのは佐助の可能性があるとワシは踏んでおる。確か、左京の背中には梵字があると申しておったの?』
「…はい、そうです。」
まさか…世話になった国の滅亡に自分の父親が関係しているというのか…?自分と妹を捨てた挙句に、代わりに育ててくれた師匠を亡き者にし、何も関係のない城の人々までを巻き込んだ一連の騒動が自分の父親の所為で行われた事だとしたら…腹を斬ったくらいの事では罪滅ぼしなどできない…俺は産まれて初めて、他人を殺めたいという衝動に駆られた。しかもその相手が自分の血の繋がった父親とはなんたる由縁…
俺の並々ならぬ殺気を感じ取ったのか小太郎殿が心配したように語りかけてきた。
『 弥助よ、落ち着け。心を沈めるのじゃ。その様な殺気を出しておっては敵に居場所を知らせるようなものじゃぞ?これはただの推測…確定しておる訳では無い。とにかく佐助の事はワシに任せておけ。あやつを危険人物だと分かっておって野放しにしてきたワシにも責任はあるからな…。お主の役目は一刻も早く灘姫を探し出し恐山へと到着することじゃ。わかったな?』
「分かりました、小太郎殿は
どうなさるおつもりですか?」
『 うむ、助けてくれそうな人物に心当たりがあってな。お主は念の為、この付近の集落を回り、姫の痕跡がないかをもう一度確認してから恐山の麓にある大きな集落に向かってくれ。そこで落ち合うことにしようぞ。ワシは到着して一週間経ってもお主がこないようであれば、先に恐山へと行き準備を進めておこう。集落内に、”水月”という茶屋がある。お主はまずそこに行って「小太郎の置き酒が飲みたい」と店主に言え。お主が来たらわかるように話を通しておく故。』
小太郎殿と取り決めを交わし、いても立っても居られなくなった俺は最低限の荷物を抱え、数年間世話になった洞窟を後にした。
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