上 下
6 / 68
第一章 喪失

【五】曲者(弥生)

しおりを挟む
「姫様はこちらに隠れてくださいませ!」

姫様を納屋に隠すと、急いで騒ぎのあった部屋の天井裏へと登り座敷の様子を伺う。
まさか姫様が接客中に、このような事態が起こるとは…私もくノ一として気を引き締め直さなければならない。

小さな隙間から見えたのは、剣を抜いた護衛三人に護られながら何やら声を上げている大名の姿と、曲者と呼ばれている男の後ろ姿。
部屋の入口付近には騒ぎを聞きつけた店主や店の護衛が到着し、物々しい雰囲気となっていた。

”物騒なことはおやめ下さい!”
お客様の前ということもあり、速やかに事を収めたい店主の小さな声は何の効力も発揮せず次第に他の座敷からも人が見物に出始めている。

大名の室内で”曲者”と言われている男は、剣を抜いて攻撃を仕掛けてきたり、何か要求をする訳でもなく、じっとガマガエルを睨みつけている。どこかの国の刺客なのか?いや、命を狙っているのであればこんなに騒ぎを大きくする必要はないはず…注意深く観察していると曲者の腰に見覚えのある物を見つけた。

…ん?あの刀の紋…それに刀から放たれる妖艶な雰囲気…まさか…あれは師匠の物ではないか?

不意に昔の記憶が頭の中を駆け巡る。

就寝前に、丁寧に手入れをしては、
”弥生?これを見てみろ!見事な三日月模様じゃろ?こうやって天にかざすとな月が二つ、空に浮かんでいる様に見えるのじゃ!”

自慢の刀を右手で握り締め、月夜に高く掲げては嬉しそうに笑顔を浮かべて話す師匠の顔が脳裏をよぎった。

暗闇に浮かぶ金色の三日月。
師匠と敵対し、その刃を目にした者は、誰一人として生きていた者がいないと謳われる、伝説の妖刀三日月。刀身こそ抜かれてはいないが、幼い頃から幾度となく見てきたその三日月紋が今まさに私の目の前で何かを語りかけるように輝きを放っている。

まさか…あれは師匠?
いや、それはありえぬ。
師匠は先の戦いで命を落とし
既にこの世にはいないはず。
なら何故?
…もしや、弥助兄さん?

"確かに柄の三日月はとても美しいものですが…三日月の刀身は真っ黒で不気味に光っているようにも見えます。どちらかと言うと私はその刀に畏怖の念を抱きます…。何故にその様な妖刀を大事にお持ちなのでありますか?"

師匠に刀の自慢をされる度に私が何度となく返した言葉が蘇る。確かに柄の三日月部分は金色に輝き、惹き付けるものがあった。しかし鞘から抜かれ姿を現した刀身の部分は闇夜を彷彿とさせるような漆黒で、幼少期よりそれを見せられる度に、私は恐怖を感じていた。

『この刀にはな、不思議な力が込められておるらしい。ワシも、我が師から受け継いだ刀である故、詳しい話は知らぬが…
"暗闇を切り裂くまばゆい光の如。
光は闇を嫌い、闇は光を恐れる。"
この三日月は持主が仕える国に危険が及んだ時こそ、真の力を解放するらしいが、ワシはまだこの刀の誠の力を見た事がない。それだけこの国が平和に保たれているという証ではあるがな。この先この老いぼれが居なくなり、この刀を受け継いだ輩が、真の力を目にするような日が来ない事を願うばかりじゃ。おい、弥助?酒が無くなったぞ?早く持ってこい!!』

曲者の腰の刀を目にした途端に次々と蘇る過去の記憶。やはり、あれは三日月なのか。だとすれば、持主は弥助兄さんの可能性が高い。師匠に付き合わされてよく酒を飲んでいた弥助兄さんならば、酒を呑みたくなって偶然この場所にきたということも有り得るのかもしれない。私はある作戦を思いつき、急いで自室に戻ると接客用の衣装に着替えて騒ぎの広間へと向かった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

信長最後の五日間

石川 武義
歴史・時代
天下統一を目前にしていた信長は、1582年本能寺で明智光秀の謀反により自刃する。 その時、信長の家臣はどのような行動をしたのだろう。 信長の最後の五日間が今始まる。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

証なるもの

笹目いく子
歴史・時代
 あれは、我が父と弟だった。天保11年夏、高家旗本の千川家が火付盗賊改方の襲撃を受け、当主と嫡子が殺害された−−。千川家に無実の罪を着せ、取り潰したのは誰の陰謀か?実は千川家庶子であり、わけあって豪商大鳥屋の若き店主となっていた紀堂は、悲嘆の中探索と復讐を密かに決意する。  片腕である大番頭や、許嫁、親友との間に広がる溝に苦しみ、孤独な戦いを続けながら、やがて紀堂は巨大な陰謀の渦中で、己が本当は何者であるのかを知る。  絡み合う過去、愛と葛藤と後悔の果てに、紀堂は何を選択するのか?(性描写はありませんが暴力表現あり)  

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

最後に言い残した事は

白羽鳥(扇つくも)
ファンタジー
 どうして、こんな事になったんだろう……  断頭台の上で、元王妃リテラシーは呆然と己を罵倒する民衆を見下ろしていた。世界中から尊敬を集めていた宰相である父の暗殺。全てが狂い出したのはそこから……いや、もっと前だったかもしれない。  本日、リテラシーは公開処刑される。家族ぐるみで悪魔崇拝を行っていたという謂れなき罪のために王妃の位を剥奪され、邪悪な魔女として。 「最後に、言い残した事はあるか?」  かつての夫だった若き国王の言葉に、リテラシーは父から教えられていた『呪文』を発する。 ※ファンタジーです。ややグロ表現注意。 ※「小説家になろう」にも掲載。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

浅葱色の桜

初音
歴史・時代
新選組の局長、近藤勇がその剣術の腕を磨いた道場・試衛館。 近藤勇は、子宝にめぐまれなかった道場主・周助によって養子に迎えられる…というのが史実ですが、もしその周助に娘がいたら?というIfから始まる物語。 「女のくせに」そんな呪いのような言葉と向き合いながら、剣術の鍛錬に励む主人公・さくらの成長記です。 時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦書読みを推奨しています。縦書きで読みやすいよう、行間を詰めています。 小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも載せてます。

処理中です...