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第一章 喪失
【五】曲者(弥生)
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「姫様はこちらに隠れてくださいませ!」
姫様を納屋に隠すと、急いで騒ぎのあった部屋の天井裏へと登り座敷の様子を伺う。
まさか姫様が接客中に、このような事態が起こるとは…私もくノ一として気を引き締め直さなければならない。
小さな隙間から見えたのは、剣を抜いた護衛三人に護られながら何やら声を上げている大名の姿と、曲者と呼ばれている男の後ろ姿。
部屋の入口付近には騒ぎを聞きつけた店主や店の護衛が到着し、物々しい雰囲気となっていた。
”物騒なことはおやめ下さい!”
お客様の前ということもあり、速やかに事を収めたい店主の小さな声は何の効力も発揮せず次第に他の座敷からも人が見物に出始めている。
大名の室内で”曲者”と言われている男は、剣を抜いて攻撃を仕掛けてきたり、何か要求をする訳でもなく、じっとガマガエルを睨みつけている。どこかの国の刺客なのか?いや、命を狙っているのであればこんなに騒ぎを大きくする必要はないはず…注意深く観察していると曲者の腰に見覚えのある物を見つけた。
…ん?あの刀の紋…それに刀から放たれる妖艶な雰囲気…まさか…あれは師匠の物ではないか?
不意に昔の記憶が頭の中を駆け巡る。
就寝前に、丁寧に手入れをしては、
”弥生?これを見てみろ!見事な三日月模様じゃろ?こうやって天にかざすとな月が二つ、空に浮かんでいる様に見えるのじゃ!”
自慢の刀を右手で握り締め、月夜に高く掲げては嬉しそうに笑顔を浮かべて話す師匠の顔が脳裏をよぎった。
暗闇に浮かぶ金色の三日月。
師匠と敵対し、その刃を目にした者は、誰一人として生きていた者がいないと謳われる、伝説の妖刀三日月。刀身こそ抜かれてはいないが、幼い頃から幾度となく見てきたその三日月紋が今まさに私の目の前で何かを語りかけるように輝きを放っている。
まさか…あれは師匠?
いや、それはありえぬ。
師匠は先の戦いで命を落とし
既にこの世にはいないはず。
なら何故?
…もしや、弥助兄さん?
"確かに柄の三日月はとても美しいものですが…三日月の刀身は真っ黒で不気味に光っているようにも見えます。どちらかと言うと私はその刀に畏怖の念を抱きます…。何故にその様な妖刀を大事にお持ちなのでありますか?"
師匠に刀の自慢をされる度に私が何度となく返した言葉が蘇る。確かに柄の三日月部分は金色に輝き、惹き付けるものがあった。しかし鞘から抜かれ姿を現した刀身の部分は闇夜を彷彿とさせるような漆黒で、幼少期よりそれを見せられる度に、私は恐怖を感じていた。
『この刀にはな、不思議な力が込められておるらしい。ワシも、我が師から受け継いだ刀である故、詳しい話は知らぬが…
"暗闇を切り裂くまばゆい光の如。
光は闇を嫌い、闇は光を恐れる。"
この三日月は持主が仕える国に危険が及んだ時こそ、真の力を解放するらしいが、ワシはまだこの刀の誠の力を見た事がない。それだけこの国が平和に保たれているという証ではあるがな。この先この老いぼれが居なくなり、この刀を受け継いだ輩が、真の力を目にするような日が来ない事を願うばかりじゃ。おい、弥助?酒が無くなったぞ?早く持ってこい!!』
曲者の腰の刀を目にした途端に次々と蘇る過去の記憶。やはり、あれは三日月なのか。だとすれば、持主は弥助兄さんの可能性が高い。師匠に付き合わされてよく酒を飲んでいた弥助兄さんならば、酒を呑みたくなって偶然この場所にきたということも有り得るのかもしれない。私はある作戦を思いつき、急いで自室に戻ると接客用の衣装に着替えて騒ぎの広間へと向かった。
姫様を納屋に隠すと、急いで騒ぎのあった部屋の天井裏へと登り座敷の様子を伺う。
まさか姫様が接客中に、このような事態が起こるとは…私もくノ一として気を引き締め直さなければならない。
小さな隙間から見えたのは、剣を抜いた護衛三人に護られながら何やら声を上げている大名の姿と、曲者と呼ばれている男の後ろ姿。
部屋の入口付近には騒ぎを聞きつけた店主や店の護衛が到着し、物々しい雰囲気となっていた。
”物騒なことはおやめ下さい!”
お客様の前ということもあり、速やかに事を収めたい店主の小さな声は何の効力も発揮せず次第に他の座敷からも人が見物に出始めている。
大名の室内で”曲者”と言われている男は、剣を抜いて攻撃を仕掛けてきたり、何か要求をする訳でもなく、じっとガマガエルを睨みつけている。どこかの国の刺客なのか?いや、命を狙っているのであればこんなに騒ぎを大きくする必要はないはず…注意深く観察していると曲者の腰に見覚えのある物を見つけた。
…ん?あの刀の紋…それに刀から放たれる妖艶な雰囲気…まさか…あれは師匠の物ではないか?
不意に昔の記憶が頭の中を駆け巡る。
就寝前に、丁寧に手入れをしては、
”弥生?これを見てみろ!見事な三日月模様じゃろ?こうやって天にかざすとな月が二つ、空に浮かんでいる様に見えるのじゃ!”
自慢の刀を右手で握り締め、月夜に高く掲げては嬉しそうに笑顔を浮かべて話す師匠の顔が脳裏をよぎった。
暗闇に浮かぶ金色の三日月。
師匠と敵対し、その刃を目にした者は、誰一人として生きていた者がいないと謳われる、伝説の妖刀三日月。刀身こそ抜かれてはいないが、幼い頃から幾度となく見てきたその三日月紋が今まさに私の目の前で何かを語りかけるように輝きを放っている。
まさか…あれは師匠?
いや、それはありえぬ。
師匠は先の戦いで命を落とし
既にこの世にはいないはず。
なら何故?
…もしや、弥助兄さん?
"確かに柄の三日月はとても美しいものですが…三日月の刀身は真っ黒で不気味に光っているようにも見えます。どちらかと言うと私はその刀に畏怖の念を抱きます…。何故にその様な妖刀を大事にお持ちなのでありますか?"
師匠に刀の自慢をされる度に私が何度となく返した言葉が蘇る。確かに柄の三日月部分は金色に輝き、惹き付けるものがあった。しかし鞘から抜かれ姿を現した刀身の部分は闇夜を彷彿とさせるような漆黒で、幼少期よりそれを見せられる度に、私は恐怖を感じていた。
『この刀にはな、不思議な力が込められておるらしい。ワシも、我が師から受け継いだ刀である故、詳しい話は知らぬが…
"暗闇を切り裂くまばゆい光の如。
光は闇を嫌い、闇は光を恐れる。"
この三日月は持主が仕える国に危険が及んだ時こそ、真の力を解放するらしいが、ワシはまだこの刀の誠の力を見た事がない。それだけこの国が平和に保たれているという証ではあるがな。この先この老いぼれが居なくなり、この刀を受け継いだ輩が、真の力を目にするような日が来ない事を願うばかりじゃ。おい、弥助?酒が無くなったぞ?早く持ってこい!!』
曲者の腰の刀を目にした途端に次々と蘇る過去の記憶。やはり、あれは三日月なのか。だとすれば、持主は弥助兄さんの可能性が高い。師匠に付き合わされてよく酒を飲んでいた弥助兄さんならば、酒を呑みたくなって偶然この場所にきたということも有り得るのかもしれない。私はある作戦を思いつき、急いで自室に戻ると接客用の衣装に着替えて騒ぎの広間へと向かった。
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