ふたりだけの革命戦争

理沙黑

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1章 旅立ちの前に

7話 言い訳無用の強制裁判

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「おはよぉー?」
「う……うーん……?」
「ティーパーティしてたらぁ、クラヴちゃん、急に寝ちゃうんだからぁ! お菓子も出してないのにぃ~! あ、食べる? 美味しいレモンパイが焼けたのよぉ~! 作ったのは侍女だけどぉ~」
「ん……? 俺そんなに?」
「うん! ぐっすりよぉ~! そんなに寝てなかったのぉー?」
 確かに最近は寝てなかった気がする。
 普段から寝つきが良くないせいで、野宿でしっかり休むことが出来ないからでもある。久しぶりに城に帰れて安心したからなのか。
「いま、なんじ……」
「もう八時よぉ~」
「八時」
「陛下はもう帰っていらっしゃるわよ」
 頭が痛い。ぐらぐらする。あぁ、でもなんだかスッキリしたような不思議な感覚だった。
 頭は痛いのに、軽くなったような……?
「……俺、父さんに話さなきゃいけないことがあったんだ。だから……行かなきゃ」
「あらそう。じゃあ、ボクが案内するわ。ついてきなさい」
「あ、うん」
 まだ寝ぼけている気がする。
「まぁだ、ねむい?」
「……うん」
「でもしっかり立たなきゃダメよ?」
 ウォル兄さんは、俺の肩を支えながら一言呟いた。何を言ったのかは分からなかったが、俺はなぜか「はい」と答えた。
 体がわたに包まれているようにふわふわ温かくて、なんとなく気分が良くって、脳が形を崩して甘いシロップにでもなったような感覚で、ウォル兄さんが耳元で囁く、何個かの質問に答えたりして……。
 なんの質問に答えて、自分がどんな答えを答えたのかはあんまりよく覚えていない。
 俺は、その時の記憶が全てない。


「クラヴィス・コロナ=デ=ファクト・ウーデンスマーテ。第8王子。王位継承順位は第13位。陛下を反逆しようとした罪で、本日処罰を与えます。王族は市民には裁けない。なので、今回は陛下直々に処罰を下してもらいます」
 迷える子羊は、さて何を思う?
 目を覚ましたら裁判が始まっている、国王陛下である自分の父親と、優しい姉と、胡散臭いと思っているものの信頼している兄。その誰もが皆、自分に注目している。
 それは絶望だろうか?
 はたまた、彼にとってはチャンスなのか?
「……ぁ」
 この状況を見て、頭のいい彼は確信する。これはまずい状態になった、――それを一瞬で判断できるほど、彼は聡い。
「え」
 記憶がないこと、自分が何をしたからここにいるのかということ、そして、それが自分にとってまずい状況にあること。
 裁判官である彼の姉は、冷たい声でこう告げるのだ。
「クラヴィス王子、王子だとしても処罰は受けてもらいます。ただ、市民なら即刻処刑の、この反逆罪を、王族に受けさせるわけにはいかないのです」
「……ま、間違いです! こ、これは何かの間違いでッ、俺はここに至るまでの記憶がありませんッ!」
 彼が動くと後ろに引っ張られた。
 彼は、両手に手錠をかけられ、後ろ手に拘束されている。跪く形になっているのもそのせいだ。彼は下から見上げている。我々は、上から見下ろしている。力関係は明確。
「いつ、どこで、そんなっ!」
「……クラヴィスくん」
 ああ、まぁ――、そんなことはどうでもよくて。
 薬は、彼の為に作らせた。ゆえに効果は抜群。眠らせるにはちょうどいい。眠っている間に記憶を抜き取った。これをダシに脅したならば、彼をコントロールすることが出来るだろう。
「君は覚えてないわよねぇ。この裁判は公平にしなければならない。あとで記憶は返してあげる。でもねぇ、ちょっとボクの従者が君の行動についておかしなことを言うからぁ、君がどんなことを考えているのか、少しチェックさせてもらったの。悪く思わないでね。でもぉ、最近のご時世、誰が王族殺しをしている犯人なのか、犯人は探さなくてはならないからぁ……。これ以上、王子や王女が減る事態にはなりたくないでしょう? 次に狙われるのは君かもしれないんだからぁ」
 こんな、都合の良い言い訳を盾にして――。
「――……くすっ」
 さて、俺の自己紹介をしよう。
 いきなり主人公の語りでなく、何者かもわからない男の自称に戸惑った人もいるだろう。そう、今回のお話は、俺が語り部である。水上の城塞、ミズガルド王国、ヴェルザ王城。この侵入不可能な楼閣に易々侵入するが俺――。
 俺は、現在、このウォルプタースという名前の第3王子に成り代わってここにいる。この男のこの城での地位が、あつらえ向きに都合よかったのだ。第3王子として、陛下の次に権力を持ち、城の裁判官も務めるなんてさ、本当に都合が良い。
 だから、俺は――。
 この男に成り代わって支配することにした。
「魔女や人狼。疑いが少しでもあるならば、害がある前に仕留めて仕舞えば良い」
 自分が作るシナリオの上で、役者を動かすことが出来るんだから。――全く、都合の良い話だ。
「……ウォルプタース王子、それ以上はおやめください。陛下の御前ですよ。それ以上クラヴィス王子を虐めると、貴方も彼の隣に来てもらいます」
「あらぁ、ごめんなさいねぇ」
 いけない、いけない。あまり目立った行動をすると、この第3王子の妹らしい彼女が目を光らせる。
 一つ気になることは、このウォルプタース、妹であるこの女から多大なるヘイトを受けている。妹からあいさつ代わりにアッパーカットを繰り出されることは四六時中。
 過去にどんなことをしたらそんなに恨まれるのか。
「弟いじめは私にとっても気分のいいものではありません」
 確か名前は「リングア」――あだ名は、
「あらぁ、リンちゃん、まじめぇ~」
「貴方が不真面目なだけです」
「リンちゃん、早く、進行してぇ」
「私はそのヘラッヘラとした貴方の顔が大ッ嫌いなんですよ。言葉を慎みなさい。兄と呼ぶのが、胃酸が煮え繰り返るほど屈辱です」
 なんとなく、仲が悪い理由は分かる。
 ウォルプタースという男はいつもへらへらしていて、掴みどころのない性格である。仕事は出来る方だが、それ以上はやらない。そのため、こう真似をするために俺は『飄々と常に他人事な』男を演じている。それに対してリングアは、真面目過ぎで仕事を頼まれたら全部きちっとやる。
 ――少し、俺の従者に似ている。
「貴方が処されれば、私は晴れてこの側近の地位に立てるのに。この大馬鹿兄上がいるせいで、私は側近補佐なんです。そしてこの仕事上、毎日貴方と顔を見せ合うのが、耐え難い苦痛だということが貴方には分かりますか? 分かりませんよね? 分かって欲しくもありません」
「リンちゃん、真面目だからぁ。……ほらぁ、肩の力抜いていこう? リラークス、リラーックス」
 こういうタイプは気負いしすぎて体を壊す。ウォルプタースの声で言っても彼女には伝わらないが、なんとなく俺の部下に似ているところに親近感は沸いてしまう。ほっておけない。
「触るなぁッ! 今、触ろうとしましたよね? ボディタッチとか……。セクハラで訴えますよ?」
 彼女の性格が毎日顔を見合わせていたウォルプタースのせいであることは骨身に染みて分かる。
「静粛に」
 黙っていた国王陛下が低い声で促す。
 やっと止めてくれたことに感謝しつつも、さっきから止めろと促していたのに止めてくれなかったことに腹は立つ。
 ――これ以上、続けていたらさすがにボロが出るぞ。
「何もなかったらぁ、解放してあげる。それと死罪はないわよぉ。気楽にねぇ」
 ここにクラヴィスを呼んだのは、ただの俺の気まぐれじゃないし、ちゃんと理由があるんだから。心配そうに顔を見上げるクラヴィスは、記憶がないこと、さっきの俺の台詞から察したように、自分にとってこれがまずい状態であると察しはついている。
 その上で取る行動も、おおよそ見当がついている。
「君は魔女探しをしていたわね?」
 彼は昨日、魔女に会ってきた。従者の調べ通り。
「……はい」
 王族は魔女を見つけたら必ず告訴しなければならない。魔女は王族にとって害である、だから消すのだ。
 それに矛盾があることに気付きながら――。
「これは、王族の業として?」
「そ、それは」
「では、なんのため?」
 彼は一人でこの国を出ることが出来ない。彼にとってこの国の外に出ることは自分自身を破滅に陥れる禁忌である。
 しかし、魔女といれば話は別になる。
「……答えることが自分の利にならないとしても話さなければなりませんか」
 彼は、魔女に力を借りてこの国を出なければならない。
 だから、彼は王族の業を破り、この国の王都に張り巡らされた結界の外にいる魔女に助けを求める必要があった。
「裁判中だもの。話さないことは、貴方の処罰が重くなるだけよ?」
 ここで彼は気づいたはずだ。裁判中に抜き取られていたと思っていた自分の武器が、腰にあるということを――。
「……っぁ」
 彼のラクリマという名の拳銃は、眠っている時に盗らないでおいた。彼をこう追い詰めれば、彼はこういう行動をとる。
「話しなさい」
 彼が正直に話すという選択肢はない。
 彼がもし話したならば――、俺は、この世界の神として、彼をこの世から追放する。
 それは、俺のシナリオには書いてない。







「――ッ」
 まず、彼は手錠を破壊する。
「我に示せ、我を阻む壁を、我の為に討ち滅ぼさん!」
 自分を阻む障害を撃ち滅ぼすために呪文。自分を拘束していた手錠を斬り、彼は走り始めていた。時が止まったかのようにゆっくりと時間が進む。彼の身を抑えている兵士を押しのけながら、この至近距離――。駆ける。駆ける。駆ける。そのままの勢いで、法壇をすり抜け玉座に座る国王まで――。
 駆け上がれ、主人公。
「はぁ、はぁ」
 ラクリマを手に構えて止まった。
 玉座に座る国王の喉元に銃口を突きつけて。
 トリガーには指をかけていなかったが、彼は自分のこめかみに当たるそれに気付いた時、彼はかけようとした指を引っ込めた。
「クラヴィスくん」
 お膳立ては完璧。
「ウォ……る、にぃっさ」
 それでこそ、俺が選んだ主人公だ。
「動かないでね。もし、その指を動かしたら、ボクは君を殺す。玉座を君の血で汚すわけにはいかないでしょ?」
 俺が指示すると、彼は兵士に無理やり後ろに下がるように引き摺られた。あらかじめ、彼が構える前に握っていた。
「陛下、判決を」
 ――だって、予測できるんだもん。
「俺はっ、最近の父さんのやり方は間違ってる! 昔はそんな人じゃなかったっ! 俺の話を、聞いてくれよ! 話せば分かるはずだ、どうか、どうか、お願いだから!」
 彼の叫びが広い空間に響く。
 兵士が彼の拘束をきつく、ギリギリと腕を締め上げる。
 もう二度と動けないように。
「……父さんっ、てばっ」
 ずっと王は黙っていた。裁判官の二人が喋っていた間も、クラヴィスが喉元に銃口を突きつけた時も。ずっと黙っていた。
「……クラヴィス」
 王はやっと口を開いた。王はクラヴィスを拘束する兵士を下げさせ、彼を自由にしたところで、目の前にしゃがんだ。
「……すまないな」
 彼の耳元で囁いたのは、謝罪の言葉だった。
「……え」
 リングアには聞こえていないな、俺が聴けるか聞けないかの小声で、未練がましくそう言うのか。
 おおかた、俺に聞いてほしくなかったんだろう。
「クラヴィス。お前には三日間の謹慎処分とする。地下牢で大人しくしていなさい。私に武器を向けたことは許そう。しかし、この場を収めるには、お前が罰を受けなければならない。お前を、……殺したくはないのだ」
 なんで謝ったんだ、と彼は聞かなかった。
 いやあれは、聞けなかったんだろう。ここで聞いたらわざわざ小声で話した意味がなくなる。王の計らいを無駄にする。
 クラヴィスは、聡い。
「……連れて行け。しばらく私の前に立つな。顔を見せるな。即刻出て行くのだ」
 王は次に、この場にいる全員に聞こえるように大声で命令する。右手の一振りで、兵士は彼の腕を掴んだ。
 なんで謝った? しかも、俺にしか聞こえないように? 俺にだけその言葉を伝えた? なぜ、王が警戒しているのか? なんのために。――誰を?
 ここに、――王族殺しをした人狼がいるのか?
 なんて考えが、彼の頭には駆け巡っているだろう。
「……っ!」
 彼が口をパクパクさせると、王は目を逸らした。ここで聞くのは不都合がある、そう言いたげに――。
 まぁ実際は、バレバレだけど。
「クラヴィス王子、行きますよ」
 クラヴィスに声をかけたのはリングアだった。手を握って出るように促す。俺は、王に付き添うようにして離れたように見せつつ、クラヴィスとリングアの会話に耳を傾けていた。
「おんぶしますか?」
「……いえ、立てます」
「国王陛下の慈悲です。三日間の謹慎だけで済むのですから、自分が王族に生まれたことに感謝しなさい」
 逆に考えれば、王族に生まれなければ、彼が犯した罪に対しての罰は死罪であり、それを避けられるのは、彼が王族だからなのだ。
「リンねぇちゃん」
「なんですか」
「……俺がもし、王族に生まれなかったらさ、リンねぇちゃんたちは、俺が大人になる前に呪い持ちの罪で殺すの」
「それは」
「ねぇ、どうなの」
 リングアがうまい具合に口ごもった。それを利用して話を遮る。強引かもしれないが、わざとらしくリングアの隣に座りこむ。
 それ以上、話されると俺にとって都合が悪いのだ。
「リーンちゃん、ちょっとクラヴちゃんを地下牢まで連れて行ってくれなぁい? 足場悪いしぃ、リンちゃんなら場所、分かるでしょう?」
「……殺す」
 案の定リングアの顔は、部屋の隅に放って置いたカピカピの雑巾を見るかのような顔だった。人を人と思っていない顔だ。おそらく、彼女にとって、ウォルプタースとは牛乳を拭いた後の雑巾くらいの認識なのだろう。
 そして、その勢いを一切殺さずに、まぁまぁ整っているウォルプタースの顔面に鋭く突き上げるようなアッパーを繰り出す。
「殺すって言う前にぃ、殴りかかってるじゃないのぉ? パンチ弱いのにぃ」
 予想が出来る。振り上げた拳を軽く叩いて勢いを逃す。
「そのツラを見せるな。あと触るな」
「あははぁー、リーンちゃんは相変わらずねぇ。じゃぁ、ボクはお仕事あるからぁ、よろしくねぇ」
 ああ、――演技って本当に疲れる。



 俺が書いたシナリオの通りに事は進まなければならない。この世界の過去も未来も、もちろん現在も。
 それが、魔導歴史書――『ロキの書』の役目。
 クラヴィス主人公がこの先に死ぬ未来は回避しなければならない。それは俺にとってもデメリットでしかない。
 主人公がめでたしめでたし、ハッピーエンド? なんて望んじゃいないが、ある程度は俺の思い通りに動いてもらわなきゃならない。それまではサポートはしよう。
 主人公に、死んでもらうには早すぎる。
「――じゃあ、そういうことだから」
 連絡を取る相手は、飄々とした掴みどころのない男。
 このロキの、協力者。
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