ふたりだけの革命戦争

理沙黑

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1章 旅立ちの前に

2話 反逆の王子

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「疲れた」
 倒れた丸太に腰を掛ける青年が一人。青年の後ろに仕える一頭の黒い馬。黒々とした毛並みの馬は、闇夜によく溶け込んだ。
「つっっっっかっっっれっっったぁっ……――」
 読みづらいその言葉はさて置いて、彼は大袈裟に頭を垂れさせる。彼にとっては大袈裟でもないようだが、少しばかりわざとらしさはある。
「ヴェイザー、慰めなんかいらない。俺は疲れたんだ。人が周りに見えない間に森に入った俺が悪いとは思うよ。分かってる。そんな事は重々承知だし、俺が勝手に城から出たのが、父うっ……いや、父さんの耳に入ったらどうなるよ。めんどくさくなるのは分かってるんだ。今頃、爺やは俺を死に物狂いで探しているだろうし、婆やは心配性で心臓が止まっているかもしれない」
 彼は自分の馬に話しかける。返事は返ってこないものの、彼はお構いなしに話しかけ続ける。
「わぁーたよっ! わかったってぇ!」
 彼の肩にぐりぐりと鼻先を押し付ける彼の従順な馬。
「決めたことは最後までやり通せって言うんだろ! そんなこと分かってるんだよぉ! 心が折れそうとか、俺がヘタレだっていうよりはなぁ! 方向が分かんないんだよぉ!」
 彼の嘆きは森の奥へと響いていく。





◇◆◇◆◇


 歩いて数時間。
 その家は、鬱蒼うっそうとした森を抜けた先にあった。歩いていた時、誰にもすれ違わなかった事からすると、だいぶ奥にあるのだろう。見上げると、ジメッと暗い雰囲気を漂わせる一軒家。月夜に照らされて薄っすらと影だけが見え、とがった屋根が黒く浮き出したように見える。壁にはつたが絡まり煙突まで届いていた。
 ヴェイザーを木の陰に隠した。少しの食料と、水を小さな器に入れて前に置く。そしてまた、一軒家を見上げる。
「……人はいるのか」
 煙突からは白い煙が…………いや、黒い。
「火事!?」
 煙突からは赤い炎らしいもの。
「……はぁ!?」
 慌てて家に駆け込む。
 玄関らしきドアを開けた時、そのドアが内側から開いた。引っ張った力と内側から押す力。それが上手いタイミングで重なり合い、中の人物は弾丸のごとくドアから飛び出す。





「げっほほほっ……失敗しちゃった……」
 中から飛び出して来た彼女は、外でドアを開けた彼の上に飛び出して……、押し倒す。ちょうど覆いかぶさるように、彼の上に彼女が乗るように。まだ、彼女はその体勢に気付いてはいない。
「なんか柔らかいものがクッションになったみたいでよかった……なんか置いといたっけなぁ……さすが私……」
 中から飛び出した彼女は、起き上がるために両手を地面について肘を伸ばす。
「ん?」
「おい」
 顔の距離は羊皮紙一枚。
「きゃぁっ!?」
 彼女は驚いて彼を両手で突き飛ばす。
「……きゃあ、じゃねぇ」
 突き飛ばされた彼は地面に押し倒され、身体を強く地面に打ち付ける。やれやれと地面についた背中を払う。歩き疲れてついた泥の他に、乾いた砂埃が少しついている。
「クッションが喋った!」
「俺はクッションじゃねぇ!」
「……貴方、人間なの?」
「なんだその……、俺が人間以外に見えるのかよ!」
 覆い被さられた彼は、上に乗っていた彼女をじっと見る。
 ここで初めてじっくり顔を見た気がする。そんなことを思いながら、自分に酷い仕打ちをした女に文句の一つでも言ってやろうと――。彼は半分、彼女を睨みながら観察する。
 彼女の髪は薄いピンク色をしていた。
「――……あ」
 薄いピンク色の髪の長さは肩につくぐらい。長いロングブーツに半袖のジャケット。ふわふわのチュニックスカート。
 瞳の色は薄い赤紫……。
「――……魔女・・
 人間か魔女か、見分けるポイントは一つだけ。
 魔女は必ず青紫か赤紫の瞳を持つ。その色が濃いほど魔力が強く、薄いほど魔力が弱い。青紫であればあるほど回復魔法が得意で、赤紫であればあるほど攻撃魔法を得意とする。
 つまり、瞳を見ただけで魔女の特性が分かるのだ。
「人間様がなんでここに?」
 魔女と呟いたのは聞こえなかったと思うが、彼女はこう聞いた。
「……貴方は私に害を与える人間? それとも、薬を買いに来たの? 泊まるなら残念ながら他を当たって。薬なら歓迎する」
「……俺は」
「と、とりあえず家に入って。さっきは、ごめんなさい……ね?」
 どうやら家の中にとりあえずは入れてもらえるらしい。彼女は家のドアを開けて迎えてくれた。頬が赤く染まっているのは、さっきの事態を思い出して今更恥じたからか。
 突き飛ばしたくせに、と思ったが、その場で赤面されても困っただろうから黙っておくことにした。
「……煙が出ていたけど」
「あぁっ! それは、薬を作っていたら失敗しちゃって……で、でも大丈夫だから! 私の薬は評判良いんだから!」
 どうやら薬を買いに来た客として見られているらしい。本当の目的は違うのだが、まずは家に入れてもらってからにしよう。
 しばらく歩いて疲れていたし……。
「入って」
 森の奥の一軒家。魔女が住んでいると言われ、王都でもその噂は聞いている。その魔女の容姿は噂によってまちまちで、若い女とも老婆とも少女とも聞いている。
 家の中は暖かかった。
 見たところそこそこ広いし、住むには十分だろう。通されたのは机の前に置いてあるカウチだった。そこに座るように促され、座ると、沸かしたミルクをカップに入れて出された。
「風邪薬は三トリット、お腹の薬は五トリット、四ミース……なんの薬を所望で?」
「……俺は」
 俺がここまで来た理由。
「俺はここに魔女に力を借りるために来た。俺にはどうしても、恐ろしい魔女の力が必要なんだ」
 どうしても来なければならなかった。
「この国を一回潰して作り直すために、俺はここに来た」
 そのために俺はここにいる。










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