3 / 9
1章 旅立ちの前に
2話 反逆の王子
しおりを挟む
「疲れた」
倒れた丸太に腰を掛ける青年が一人。青年の後ろに仕える一頭の黒い馬。黒々とした毛並みの馬は、闇夜によく溶け込んだ。
「つっっっっかっっっれっっったぁっ……――」
読みづらいその言葉はさて置いて、彼は大袈裟に頭を垂れさせる。彼にとっては大袈裟でもないようだが、少しばかりわざとらしさはある。
「ヴェイザー、慰めなんかいらない。俺は疲れたんだ。人が周りに見えない間に森に入った俺が悪いとは思うよ。分かってる。そんな事は重々承知だし、俺が勝手に城から出たのが、父うっ……いや、父さんの耳に入ったらどうなるよ。めんどくさくなるのは分かってるんだ。今頃、爺やは俺を死に物狂いで探しているだろうし、婆やは心配性で心臓が止まっているかもしれない」
彼は自分の馬に話しかける。返事は返ってこないものの、彼はお構いなしに話しかけ続ける。
「わぁーたよっ! わかったってぇ!」
彼の肩にぐりぐりと鼻先を押し付ける彼の従順な馬。
「決めたことは最後までやり通せって言うんだろ! そんなこと分かってるんだよぉ! 心が折れそうとか、俺がヘタレだっていうよりはなぁ! 方向が分かんないんだよぉ!」
彼の嘆きは森の奥へと響いていく。
◇◆◇◆◇
歩いて数時間。
その家は、鬱蒼とした森を抜けた先にあった。歩いていた時、誰にもすれ違わなかった事からすると、だいぶ奥にあるのだろう。見上げると、ジメッと暗い雰囲気を漂わせる一軒家。月夜に照らされて薄っすらと影だけが見え、とがった屋根が黒く浮き出したように見える。壁には蔦が絡まり煙突まで届いていた。
ヴェイザーを木の陰に隠した。少しの食料と、水を小さな器に入れて前に置く。そしてまた、一軒家を見上げる。
「……人はいるのか」
煙突からは白い煙が…………いや、黒い。
「火事!?」
煙突からは赤い炎らしいもの。
「……はぁ!?」
慌てて家に駆け込む。
玄関らしきドアを開けた時、そのドアが内側から開いた。引っ張った力と内側から押す力。それが上手いタイミングで重なり合い、中の人物は弾丸のごとくドアから飛び出す。
「げっほほほっ……失敗しちゃった……」
中から飛び出して来た彼女は、外でドアを開けた彼の上に飛び出して……、押し倒す。ちょうど覆いかぶさるように、彼の上に彼女が乗るように。まだ、彼女はその体勢に気付いてはいない。
「なんか柔らかいものがクッションになったみたいでよかった……なんか置いといたっけなぁ……さすが私……」
中から飛び出した彼女は、起き上がるために両手を地面について肘を伸ばす。
「ん?」
「おい」
顔の距離は羊皮紙一枚。
「きゃぁっ!?」
彼女は驚いて彼を両手で突き飛ばす。
「……きゃあ、じゃねぇ」
突き飛ばされた彼は地面に押し倒され、身体を強く地面に打ち付ける。やれやれと地面についた背中を払う。歩き疲れてついた泥の他に、乾いた砂埃が少しついている。
「クッションが喋った!」
「俺はクッションじゃねぇ!」
「……貴方、人間なの?」
「なんだその……、俺が人間以外に見えるのかよ!」
覆い被さられた彼は、上に乗っていた彼女をじっと見る。
ここで初めてじっくり顔を見た気がする。そんなことを思いながら、自分に酷い仕打ちをした女に文句の一つでも言ってやろうと――。彼は半分、彼女を睨みながら観察する。
彼女の髪は薄いピンク色をしていた。
「――……あ」
薄いピンク色の髪の長さは肩につくぐらい。長いロングブーツに半袖のジャケット。ふわふわのチュニックスカート。
瞳の色は薄い赤紫……。
「――……魔女」
人間か魔女か、見分けるポイントは一つだけ。
魔女は必ず青紫か赤紫の瞳を持つ。その色が濃いほど魔力が強く、薄いほど魔力が弱い。青紫であればあるほど回復魔法が得意で、赤紫であればあるほど攻撃魔法を得意とする。
つまり、瞳を見ただけで魔女の特性が分かるのだ。
「人間様がなんでここに?」
魔女と呟いたのは聞こえなかったと思うが、彼女はこう聞いた。
「……貴方は私に害を与える人間? それとも、薬を買いに来たの? 泊まるなら残念ながら他を当たって。薬なら歓迎する」
「……俺は」
「と、とりあえず家に入って。さっきは、ごめんなさい……ね?」
どうやら家の中にとりあえずは入れてもらえるらしい。彼女は家のドアを開けて迎えてくれた。頬が赤く染まっているのは、さっきの事態を思い出して今更恥じたからか。
突き飛ばしたくせに、と思ったが、その場で赤面されても困っただろうから黙っておくことにした。
「……煙が出ていたけど」
「あぁっ! それは、薬を作っていたら失敗しちゃって……で、でも大丈夫だから! 私の薬は評判良いんだから!」
どうやら薬を買いに来た客として見られているらしい。本当の目的は違うのだが、まずは家に入れてもらってからにしよう。
しばらく歩いて疲れていたし……。
「入って」
森の奥の一軒家。魔女が住んでいると言われ、王都でもその噂は聞いている。その魔女の容姿は噂によってまちまちで、若い女とも老婆とも少女とも聞いている。
家の中は暖かかった。
見たところそこそこ広いし、住むには十分だろう。通されたのは机の前に置いてあるカウチだった。そこに座るように促され、座ると、沸かしたミルクをカップに入れて出された。
「風邪薬は三トリット、お腹の薬は五トリット、四ミース……なんの薬を所望で?」
「……俺は」
俺がここまで来た理由。
「俺はここに魔女に力を借りるために来た。俺にはどうしても、恐ろしい魔女の力が必要なんだ」
どうしても来なければならなかった。
「この国を一回潰して作り直すために、俺はここに来た」
そのために俺はここにいる。
倒れた丸太に腰を掛ける青年が一人。青年の後ろに仕える一頭の黒い馬。黒々とした毛並みの馬は、闇夜によく溶け込んだ。
「つっっっっかっっっれっっったぁっ……――」
読みづらいその言葉はさて置いて、彼は大袈裟に頭を垂れさせる。彼にとっては大袈裟でもないようだが、少しばかりわざとらしさはある。
「ヴェイザー、慰めなんかいらない。俺は疲れたんだ。人が周りに見えない間に森に入った俺が悪いとは思うよ。分かってる。そんな事は重々承知だし、俺が勝手に城から出たのが、父うっ……いや、父さんの耳に入ったらどうなるよ。めんどくさくなるのは分かってるんだ。今頃、爺やは俺を死に物狂いで探しているだろうし、婆やは心配性で心臓が止まっているかもしれない」
彼は自分の馬に話しかける。返事は返ってこないものの、彼はお構いなしに話しかけ続ける。
「わぁーたよっ! わかったってぇ!」
彼の肩にぐりぐりと鼻先を押し付ける彼の従順な馬。
「決めたことは最後までやり通せって言うんだろ! そんなこと分かってるんだよぉ! 心が折れそうとか、俺がヘタレだっていうよりはなぁ! 方向が分かんないんだよぉ!」
彼の嘆きは森の奥へと響いていく。
◇◆◇◆◇
歩いて数時間。
その家は、鬱蒼とした森を抜けた先にあった。歩いていた時、誰にもすれ違わなかった事からすると、だいぶ奥にあるのだろう。見上げると、ジメッと暗い雰囲気を漂わせる一軒家。月夜に照らされて薄っすらと影だけが見え、とがった屋根が黒く浮き出したように見える。壁には蔦が絡まり煙突まで届いていた。
ヴェイザーを木の陰に隠した。少しの食料と、水を小さな器に入れて前に置く。そしてまた、一軒家を見上げる。
「……人はいるのか」
煙突からは白い煙が…………いや、黒い。
「火事!?」
煙突からは赤い炎らしいもの。
「……はぁ!?」
慌てて家に駆け込む。
玄関らしきドアを開けた時、そのドアが内側から開いた。引っ張った力と内側から押す力。それが上手いタイミングで重なり合い、中の人物は弾丸のごとくドアから飛び出す。
「げっほほほっ……失敗しちゃった……」
中から飛び出して来た彼女は、外でドアを開けた彼の上に飛び出して……、押し倒す。ちょうど覆いかぶさるように、彼の上に彼女が乗るように。まだ、彼女はその体勢に気付いてはいない。
「なんか柔らかいものがクッションになったみたいでよかった……なんか置いといたっけなぁ……さすが私……」
中から飛び出した彼女は、起き上がるために両手を地面について肘を伸ばす。
「ん?」
「おい」
顔の距離は羊皮紙一枚。
「きゃぁっ!?」
彼女は驚いて彼を両手で突き飛ばす。
「……きゃあ、じゃねぇ」
突き飛ばされた彼は地面に押し倒され、身体を強く地面に打ち付ける。やれやれと地面についた背中を払う。歩き疲れてついた泥の他に、乾いた砂埃が少しついている。
「クッションが喋った!」
「俺はクッションじゃねぇ!」
「……貴方、人間なの?」
「なんだその……、俺が人間以外に見えるのかよ!」
覆い被さられた彼は、上に乗っていた彼女をじっと見る。
ここで初めてじっくり顔を見た気がする。そんなことを思いながら、自分に酷い仕打ちをした女に文句の一つでも言ってやろうと――。彼は半分、彼女を睨みながら観察する。
彼女の髪は薄いピンク色をしていた。
「――……あ」
薄いピンク色の髪の長さは肩につくぐらい。長いロングブーツに半袖のジャケット。ふわふわのチュニックスカート。
瞳の色は薄い赤紫……。
「――……魔女」
人間か魔女か、見分けるポイントは一つだけ。
魔女は必ず青紫か赤紫の瞳を持つ。その色が濃いほど魔力が強く、薄いほど魔力が弱い。青紫であればあるほど回復魔法が得意で、赤紫であればあるほど攻撃魔法を得意とする。
つまり、瞳を見ただけで魔女の特性が分かるのだ。
「人間様がなんでここに?」
魔女と呟いたのは聞こえなかったと思うが、彼女はこう聞いた。
「……貴方は私に害を与える人間? それとも、薬を買いに来たの? 泊まるなら残念ながら他を当たって。薬なら歓迎する」
「……俺は」
「と、とりあえず家に入って。さっきは、ごめんなさい……ね?」
どうやら家の中にとりあえずは入れてもらえるらしい。彼女は家のドアを開けて迎えてくれた。頬が赤く染まっているのは、さっきの事態を思い出して今更恥じたからか。
突き飛ばしたくせに、と思ったが、その場で赤面されても困っただろうから黙っておくことにした。
「……煙が出ていたけど」
「あぁっ! それは、薬を作っていたら失敗しちゃって……で、でも大丈夫だから! 私の薬は評判良いんだから!」
どうやら薬を買いに来た客として見られているらしい。本当の目的は違うのだが、まずは家に入れてもらってからにしよう。
しばらく歩いて疲れていたし……。
「入って」
森の奥の一軒家。魔女が住んでいると言われ、王都でもその噂は聞いている。その魔女の容姿は噂によってまちまちで、若い女とも老婆とも少女とも聞いている。
家の中は暖かかった。
見たところそこそこ広いし、住むには十分だろう。通されたのは机の前に置いてあるカウチだった。そこに座るように促され、座ると、沸かしたミルクをカップに入れて出された。
「風邪薬は三トリット、お腹の薬は五トリット、四ミース……なんの薬を所望で?」
「……俺は」
俺がここまで来た理由。
「俺はここに魔女に力を借りるために来た。俺にはどうしても、恐ろしい魔女の力が必要なんだ」
どうしても来なければならなかった。
「この国を一回潰して作り直すために、俺はここに来た」
そのために俺はここにいる。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ひだまりを求めて
空野セピ
ファンタジー
惑星「フォルン」
星の誕生と共に精霊が宿り、精霊が世界を創り上げたと言い伝えられている。
精霊達は、世界中の万物に宿り、人間を見守っていると言われている。
しかし、その人間達が長年争い、精霊達は傷付いていき、世界は天変地異と異常気象に包まれていく──。
平凡で長閑な村でいつも通りの生活をするマッドとティミー。
ある日、謎の男「レン」により村が襲撃され、村は甚大な被害が出てしまう。
その男は、ティミーの持つ「あるもの」を狙っていた。
このままだと再びレンが村を襲ってくると考えたマッドとティミーは、レンを追う為に旅に出る決意をする。
世界が天変地異によって、崩壊していく事を知らずに───。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる