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1章 旅立ちの前に
1話 魔女の森
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「……着いた」
その森は、王都の中心から離れた場所にある。
馬を走らせて数時間。だいぶ王城は見えなくなった。
「――」
名のない森、星ふる森、魔女が住まう森……。人々が噂をする、人気のない、真っ暗な森。大人が子供に戒める。決して入ってはならない森。絶対に近づいてはならない森。人々は口々にこういう。『入ったら二度と出られない、闇が包み込んだ森』と――。
親が子に戒め、育った子が親となり、また子に戒める。元はいつだったのか誰にも分からず。しかし、その噂だけが残っている。
その長い間、この森に入って出てきた者はいない。
「アウリッシュの森――」
本当の名前は、今やだれも呼ばない。
光は生い茂った木々で遮られる。
ついてきた自分の部下は怖気づいて、一人残らず逃げてしまった。王国の騎士が情けない。どうせ、ついてきたのは面白みもない、建前だったろうから、元々信用などしていなかった。
「父上、俺は……」
自分の為ではない。自分の為になにかをしてくれる者など、自分を庇ってくれる者など、自分を守ってくれる者など――。
この世にはいない。
「よし」
首にかけていたペンダントを握り、覚悟を決める。馬から降り、数時間も唯一ついて来てくれた馬の手綱を取ってやる。すべて外すと、馬の尻を叩いた。
鳴き声があたりに響く。
「いいよ、お前はここでお帰り? 王都に帰るでもいい。俺について来る理由なんてないよ。どこへでも行けばいい。ほら、早く」
声をかけたが、彼の馬はその場を動かない。
「ヴァイザー、早く行きな」
名を呼んでも変わらず動かない。森の入り口で一人の青年と、一頭の馬はしばらく足を止めていた。ヴァイザーと呼ばれた馬は、青年にうるうるとした瞳を向け、砂と泥で汚れた彼の足をなめていた。
「いいよ。お前は頑固だな」
嬉しそうな甲高い鳴き声。
「共に歩こう」
彼は持っていた手綱を森の茂みに投げ捨てる。従順な彼の馬は、彼の後ろに寄り添うようについて来る。
「早く行こう、夜も近いから」
精神を統一させる。風の流れを読むように、空気がこの身にいっぱいになるのを想像する。静かに、集中しろ。
「――……」
魔法は神さまから与えられる祝福だ。魔法は生まれた時に与えられ、その者の生を祝う。与えられし者は、神に感謝することでその力を使うことが出来る。よって、魔法を使うものは、誰しもが神さまの信者でなければならない。
「光を与えたまえ、光は我らの鍵」
しかし、魔法が使えないものもいる。生まれながらに神さまにその力を使わなくても良いとされたもの、祝福されなかった者と古来は言われたが、彼らは魔法が使えないことを諦めたわけではなかった。
「光の女神よ、我に力を与え、この世の闇を滅ぼしたまえ」
呪文や魔導書、魔法円など、何かを媒体にして、魔法を独自に作り出す。そうしてできた「魔法もどき」を、彼らは『魔術』と呼んだ。
魔法使いが多かった古来。それから魔法を使うものは段々とその数は減らし、今では魔術を使うものの方が多い。むしろ、魔法を使うものは『魔女』と呼ばれて蔑まされる。
人間というものは、脅威を怖がる。
自分より優れている者を、自分に脅威をもたらす者を、怖がり排除しようとする。呪文を使わない神の祝福者を、迫害することも人々は厭わない。
そこに『悪』があるなど――、誰も思わない。
「よし」
手に持っていた黄色いキャンドル。それに灯った光はぼんやりと辺りを照らす。荷物の中から小さなカンテラを取り出した。そのキャンドルをそのカンテラの中に入れる。
媒体になるものはなんでもいい。
今回はこの黄色いキャンドルと一枚の紙。紙には小さな魔法円が描いてある。簡単なもので、持っていた黒炭で描いた物だ。ここれをキャンドルに近づければ、さらに焔は強くなる。
媒介にするものはなんでもいい。なんでも媒介にできる。
ただ一つ、人の命だけは賭してはならない。
四国が協定を結んで出来た条約では、人の命を媒介に魔術を行うことは禁忌とされているからだ。
「行くぞ」
もう、辺りは暗くなっていた。
その森は、王都の中心から離れた場所にある。
馬を走らせて数時間。だいぶ王城は見えなくなった。
「――」
名のない森、星ふる森、魔女が住まう森……。人々が噂をする、人気のない、真っ暗な森。大人が子供に戒める。決して入ってはならない森。絶対に近づいてはならない森。人々は口々にこういう。『入ったら二度と出られない、闇が包み込んだ森』と――。
親が子に戒め、育った子が親となり、また子に戒める。元はいつだったのか誰にも分からず。しかし、その噂だけが残っている。
その長い間、この森に入って出てきた者はいない。
「アウリッシュの森――」
本当の名前は、今やだれも呼ばない。
光は生い茂った木々で遮られる。
ついてきた自分の部下は怖気づいて、一人残らず逃げてしまった。王国の騎士が情けない。どうせ、ついてきたのは面白みもない、建前だったろうから、元々信用などしていなかった。
「父上、俺は……」
自分の為ではない。自分の為になにかをしてくれる者など、自分を庇ってくれる者など、自分を守ってくれる者など――。
この世にはいない。
「よし」
首にかけていたペンダントを握り、覚悟を決める。馬から降り、数時間も唯一ついて来てくれた馬の手綱を取ってやる。すべて外すと、馬の尻を叩いた。
鳴き声があたりに響く。
「いいよ、お前はここでお帰り? 王都に帰るでもいい。俺について来る理由なんてないよ。どこへでも行けばいい。ほら、早く」
声をかけたが、彼の馬はその場を動かない。
「ヴァイザー、早く行きな」
名を呼んでも変わらず動かない。森の入り口で一人の青年と、一頭の馬はしばらく足を止めていた。ヴァイザーと呼ばれた馬は、青年にうるうるとした瞳を向け、砂と泥で汚れた彼の足をなめていた。
「いいよ。お前は頑固だな」
嬉しそうな甲高い鳴き声。
「共に歩こう」
彼は持っていた手綱を森の茂みに投げ捨てる。従順な彼の馬は、彼の後ろに寄り添うようについて来る。
「早く行こう、夜も近いから」
精神を統一させる。風の流れを読むように、空気がこの身にいっぱいになるのを想像する。静かに、集中しろ。
「――……」
魔法は神さまから与えられる祝福だ。魔法は生まれた時に与えられ、その者の生を祝う。与えられし者は、神に感謝することでその力を使うことが出来る。よって、魔法を使うものは、誰しもが神さまの信者でなければならない。
「光を与えたまえ、光は我らの鍵」
しかし、魔法が使えないものもいる。生まれながらに神さまにその力を使わなくても良いとされたもの、祝福されなかった者と古来は言われたが、彼らは魔法が使えないことを諦めたわけではなかった。
「光の女神よ、我に力を与え、この世の闇を滅ぼしたまえ」
呪文や魔導書、魔法円など、何かを媒体にして、魔法を独自に作り出す。そうしてできた「魔法もどき」を、彼らは『魔術』と呼んだ。
魔法使いが多かった古来。それから魔法を使うものは段々とその数は減らし、今では魔術を使うものの方が多い。むしろ、魔法を使うものは『魔女』と呼ばれて蔑まされる。
人間というものは、脅威を怖がる。
自分より優れている者を、自分に脅威をもたらす者を、怖がり排除しようとする。呪文を使わない神の祝福者を、迫害することも人々は厭わない。
そこに『悪』があるなど――、誰も思わない。
「よし」
手に持っていた黄色いキャンドル。それに灯った光はぼんやりと辺りを照らす。荷物の中から小さなカンテラを取り出した。そのキャンドルをそのカンテラの中に入れる。
媒体になるものはなんでもいい。
今回はこの黄色いキャンドルと一枚の紙。紙には小さな魔法円が描いてある。簡単なもので、持っていた黒炭で描いた物だ。ここれをキャンドルに近づければ、さらに焔は強くなる。
媒介にするものはなんでもいい。なんでも媒介にできる。
ただ一つ、人の命だけは賭してはならない。
四国が協定を結んで出来た条約では、人の命を媒介に魔術を行うことは禁忌とされているからだ。
「行くぞ」
もう、辺りは暗くなっていた。
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