40 / 76
第2章
11.3日目の夜
しおりを挟む
次の日。ユリアはヘルマンの腕の中で目覚めた。
うわ……!
ユリアは目の前で寝息を立てて眠っているヘルマンの顔を間近で見て、歓声をあげそうになるのをなんとか堪えた、
彫刻のような整った顔だ。朝からいいものを見た。
ヘルマンが寝ているところは非常に貴重だ。
ふと視線をうつし、ユリアはヘルマンが上半身裸なのに気づいた。
太い腕を枕にして寝ていたから、目の前に胸が見える。
え、すごい筋肉……。え、こんなに……?
着痩せするのだろうか。
ユリアはそっと手を伸ばした。
盛り上がった胸に触れ、堪能してからお腹の方へ手を滑らせる。
割れている。
力持ちだとは思っていたが、こんなに鍛えているとは知らなかった。
え、うわ、力入れてないのに固い……。
押してみて、その硬さに驚く。
「――ユリア?」
呼ばれてハッと視線をやる。
ヘルマンがまだ眠そうな目でユリアを見つめていた。
「ご主人様。おはようございます」
「こういう起こし方をされると……襲いたくなるだろう」
「えっ、あ、す、すみません!」
つい。そこに筋肉があったから。
そんな言い訳を考えつつ、ユリアは体を起こそうとして――ヘルマンに抱きしめられる。
「早起きだな。もう少し寝ていればいいのに」
「外は明るいですよ」
「夏だからな」
ユリアはガウンのようなものを着せられていた。体もベタベタしていない。
「体、きれいにしてくださったんですね」
「ああ」
ヘルマンは目を閉じて、寝ようとしながら返事をした。
「すみません」
「これは、私の趣味のようなものだ。気にするな」
「僕の体…傷だらけだったでしょう」
実はもうみられているだろうな、とは思っていたが。自分で見ても時々驚くほどの傷である。驚かせてしまったのではないかとヘルマンを見た。
ヘルマンはまだ目は閉じていたが、抱きしめる手に少し力が入った。
「ああ……でも、陶磁器のようになめらかで、手に吸い付くような――」
言いながらヘルマンの手はガウンの前を割って、ユリアの首、胸と侵入してきた。
「素晴らしい体だ」
「ちょ、く、くすぐった……」
「君も先程、十分触っただろう?次は私の番だ」
体のあちこちをヘルマンの手が移動して、ユリアはくすぐったくて身を捩った。
丸くなったユリアの頭にヘルマンはキスを落とす。
「今度、またゆっくり見せてほしい」
「や、ふふ……え。傷ですか?」
「ああ。君の傷を癒すことはできないかもしれないが……痛むことがないように、全部舐めたい」
ユリアはどきりとしてヘルマンを見上げた。
ヘルマンの青い瞳は、穏やかにユリアを見ている。
「今は……痛まないですよ?」
「それでも」
ちゅ、と今度は唇にキスをされる。
ヘルマンはユリアの肌を堪能し終えたのか、そっと手を引き抜いてもう一度抱きしめてくれた。
そのままヘルマンは再び寝てしまい、ユリアは腕から抜け出せないまま、小一時間ベッドでごろごろとして過ごした。
頬を撫でる感触に目を開ける。
いつの間にか二度寝してしまっていたようで、窓から入る日差しがすっかり強くなっていた。
薄いカーテンが引かれていて、自分を起こした人を見上げれば、柔らかな表情のヘルマンがベッドに腰かけていた。
「服……着たんですね」
寝る前の体を思い出してふと呟く。
「君がそんなに裸が好きだとは思わなかった」
いつもどおり、しっかりとシャツとベストを着てタイまで着けている。
「誤解です……」
そんなつもりはなかったのに。ユリアはゆっくりと起き上がった。
いい香りがする。
においのもとをたどるとテーブルに朝食が用意されていた。
「お腹は空いていないか?」
ヘルマンが手を差し出してくれたので、それにつかまって立ち上がる。
「朝摘みのベリーがたくさんとれたと言って、シェフが張り切って用意した。食べよう」
見れば、湯気の上がるふわふわのスフレにベリーのソースがたっぷり乗っている。その横にはカリカリに焼かれたベーコン、黄色い卵。
「うわあ……」
思わず歓声を上げてしまった。
ルイスにも食べさせてやりたい。
「顔を洗ってきなさい。服はそこにある」
「あ、はい!すぐに支度します」
ユリアが戻ってきた時にはヘルマンはシャツの袖をめくって、紅茶を入れてくれていた。
「ご主人様、僕がやりますよ」
「いいから食べなさい。――君はもっと太らないといけない」
「食べているんですけどね……なかなか。縦にも伸びなかったですし」
「じゃあせめて横に大きくなりなさい」
「そんな無茶な……」
ありがたく朝食を食べることにする。シェフが張り切ったというだけあって、朝食は絶品だった。
量は食べられないからお替わりはできなかったが、完食した。
「よく食べたな」
ヘルマンがほめてくれた。
「ジャムを土産に持ち帰ろう。ルイスが喜ぶだろう」
「ありがとうございます」
ルイスの喜ぶ顔を思うと自然と笑みがこぼれる。
食器を片付けようとしたがヘルマンに止められた。ベルを鳴らして使用人を呼んで片付けさせる。
主人の寝室に泊まっている立場としては少し気恥しいが、そこはプロである。
主人が男娼を呼ぼうが、補佐官と一夜を過ごそうが、一々反応しない。下手に噂をしたら首が飛ぶ。公爵家に仕えるというのはそういうものだ。
城にも本邸と同じように使用人は多くいるが、本邸より複雑で管理が難しいようにも思う。全員通いで交代して城に詰めている。
質の高い使用人を雇い、複雑な城の維持費だけでも膨大になりそうだが、そこは公爵領の事なので、成り立つのだろう。
そのまま二人は執務室に移った。城の執務室は本邸とほとんど見た目も置いている参考書も変わらない。行き来しても仕事がしやすいように同じようしているらしい。
「報告書は出そろっているな」
「はい」
ヘルマンに教えてもらいながら、修繕箇所の予算について話し合う。
今回はあくまで大まかに見ているだけなので、細かく決める必要はないという。それでもわからないことだらけで、何を決めるにも質問して苦労した。
ヘルマンは根気強く答えてくれた。
「――いいんじゃないか」
ヘルマンからおおまかな了解を得たのは、夕方に近い時間だった。
休憩を挟みながらだったが、集中してやり続けてしまった。
「ありがとうございます。ずっと付きっきりで」
「あとはフェルナンドと詰めたらいい」
「はい」
これで今回の視察の目的が終わったかと思うと、ほっとする。
書類を片付け、一つ伸びをする。
ヘルマンを見ると、同じように首を鳴らしていた。
「肩、お揉みしましょうか」
「それもいいが……ちょっと体を動かしてくる」
今日はまだだったから。ヘルマンはそう言ってジャケットを脱いだ。
「部屋に持って行っておいてくれ。ユリアもゆっくりしていなさい」
「はい」
おそらく鍛錬に行くのだろう。ほぼ毎日欠かさずに身体を動かしている。一緒に行きたいところだが、ユリアには壊滅的にセンスがない。
十二歳までの基礎教育に当然剣術もあったが、やるたびに怪我をするのでほとんど型を真似るだけで終わった。走るのも下手をしたらルイスより遅いし、何もないところで躓くこともあるし。
ユリアは大人しく、ヘルマンの上着を部屋にかけ、書斎で本を借りてきて読書に耽った。
仕事が終わったのを察して執事がお茶を持ってきてくれた。それにお礼を言って、お茶を飲みながら本をぱらぱらとめくっていく。
静かな時間だった。
やがて窓の向こうに夕日が沈んでいく。
執事が灯りを持って訪れた。
「お茶を換えましょうか」
「いえ、大丈夫です」
それだけ言って去ってくと、また、静寂。
少し寂しいような気もするが、こんなに静かに過ごすことも久しぶりなので貴重な時間だ。
夢中になって読んでいて、ふと影が差す。
見ると、ヘルマンが風呂上りなのか少し濡れたまま立っていた。
「あ、お帰りなさい」
「集中していたな」
ユリアは本を閉じる。辺りはすっかり暗くなっていた。
「ゆっくりしていました」
「それはよかった」
二人で食堂へ行き夕食を食べる。
明日はもう少し足を延ばして史跡のある所を見に行くことにした。
観光地にもなっているらしい。
歓楽街と史跡。セットで観光するんだろうか。
ユリアは今日はついにお酒を飲ませてもらえなかった。
まあ、毎日飲むものでもないかなと思うので今日は我慢する。
ユリアがお休みなさい、と言って別れようとするのでヘルマンはその腕をつかんだ。
「一緒に寝ないのか」
「えっ、い、一緒にですか」
「お酒を飲んだときには誘ってもいないのに私のベッドまで来たのに」
「それは……はい、すみません」
「あと少しだから」
そう言われて、ユリアはそれもそうだなと思った。
本邸に帰れば、こんなに気軽にヘルマンと二人きりで過ごす事もなくなる。
ユリアはヘルマンに抱き着いた。
「そう言われると、寂しいです……」
「そんな声を出すな。別れるわけではないのだから」
そうだけれど。
旅先というのは、少し寂しい気分にさせるものなのだ。
いつも一緒だったルイスから離れて、一人で過ごしていたからだろうか。
何やら頼りないような気がしてしまう。
胸のなかに穴が開いたような。
ユリアは腕に力をこめ、ヘルマンの胸に顔をうずめた。
「――どうした。酔っていないのに」
ヘルマンはふっと笑ってユリアを抱き上げた。
ふわりと、軽く抱き上げられてユリアは目を丸くする。子どものようで恥ずかしいが、広い肩にもたれると、安心感があった。
ヘルマンの首に手を回して頬を摺り寄せた。
「部屋まで連れて行ってくれますか」
「ユリア……君は……いつも急にとんでもなく――」
その先は聞き取れなかった。ヘルマンはさっさと歩き出して部屋へとユリアを運び、部屋に入ってドアを閉めるなり、ユリアをそのままドアに押し付けるようにして口づけた。
「――っ、ん」
ドアとヘルマンに挟まれるような形になり、急に塞がれた唇にユリアは声を漏らした。
身体は抱き上げられたままで、逃げ場がない。いつもとは違ってユリアの方が見下ろすような態勢ではあったが、ヘルマンの舌は侵入した途端荒々しくユリアの口内を貪った。
ユリアも離れたくなくて、必死でそれにこたえる。
深く口づけを交わしてお互いが離れるころには、ユリアはすっかり息が上がっていた。
興奮して頬が紅潮している。それを見てヘルマンの青い瞳に炎が灯ったようだった。
ちゅ、ちゅ、とユリアの首筋に口づけをする。
くすぐったいだけではないぞくぞくとした快感に、ユリアはヘルマンの腕の中で体を震わせた。
「あ、はあっ……だめ、それ……」
首にキスをされただけで達しそうになって、ユリアは必死で身体をよじった。
思わず首筋を抑える。
「ご主人様……それ、だめです。こんなところで、僕――」
何を言いたいのかわかっているようだ。ヘルマンはにやりと笑って、そのユリアの手の上からまた口づけを落とした。
「何度でもいけばいい」
「――い、嫌です。僕ばっかり。――あ!今日は、約束しましたよね。僕がご主人様のを咥えるって」
ヘルマンははたと目を見開いた。
「ユリア。そんな約束はしていないし、その言い方……」
「え――」
ヘルマンはユリアをベッドに運んだ。
「情緒……いや、恥じらいが足りない」
ゆっくりとベッドに下され、ユリアはヘルマンを見上げた。
当然そのまま抱きしめてくれると思い手を伸ばしたのに、ヘルマンは動かなかった。
「ユリア。今日はすこし、恥ずかしいことをしてもいいか」
「は、恥ずかしいこと……?」
いつもしてるじゃないですか。と言いそうになった。
ヘルマンは椅子を一つ運んできて、ベッドの横に置いた。そしてそれに座る。
「ご主人様?こっちに来ないんですか」
「ユリア。昨日言っていただろう。服を脱いで、全部見せてほしい」
ユリアは驚いて辺りを見た。手際のよい執事のおかげで、部屋に戻ってきた時には灯りがしっかりと灯っている。本も読めるほどの明るさだ。
「ここで……僕だけですか」
「ああ」
「ご主人様が脱がせてくれる、のかと」
「――それもいいが……ユリア。私は見たいんだ。どうしようもなく恥ずかしくても、私のためなら頑張って見せてくれるところが」
そうはっきりと言われると、ユリアも頑張らねば、という思いになる。
何をやりたいか言ってくれと言ったのはユリアだった。
しかし……。
恥ずかしい。
ヘルマンはじっとこちらを見ている。
ユリアができるかどうか見ている。
そして、できたらすごく喜んでくれるんだろう。興奮してくれる。
そう思うと、ユリアは唾を飲み込んだ。
「やります」
うわ……!
ユリアは目の前で寝息を立てて眠っているヘルマンの顔を間近で見て、歓声をあげそうになるのをなんとか堪えた、
彫刻のような整った顔だ。朝からいいものを見た。
ヘルマンが寝ているところは非常に貴重だ。
ふと視線をうつし、ユリアはヘルマンが上半身裸なのに気づいた。
太い腕を枕にして寝ていたから、目の前に胸が見える。
え、すごい筋肉……。え、こんなに……?
着痩せするのだろうか。
ユリアはそっと手を伸ばした。
盛り上がった胸に触れ、堪能してからお腹の方へ手を滑らせる。
割れている。
力持ちだとは思っていたが、こんなに鍛えているとは知らなかった。
え、うわ、力入れてないのに固い……。
押してみて、その硬さに驚く。
「――ユリア?」
呼ばれてハッと視線をやる。
ヘルマンがまだ眠そうな目でユリアを見つめていた。
「ご主人様。おはようございます」
「こういう起こし方をされると……襲いたくなるだろう」
「えっ、あ、す、すみません!」
つい。そこに筋肉があったから。
そんな言い訳を考えつつ、ユリアは体を起こそうとして――ヘルマンに抱きしめられる。
「早起きだな。もう少し寝ていればいいのに」
「外は明るいですよ」
「夏だからな」
ユリアはガウンのようなものを着せられていた。体もベタベタしていない。
「体、きれいにしてくださったんですね」
「ああ」
ヘルマンは目を閉じて、寝ようとしながら返事をした。
「すみません」
「これは、私の趣味のようなものだ。気にするな」
「僕の体…傷だらけだったでしょう」
実はもうみられているだろうな、とは思っていたが。自分で見ても時々驚くほどの傷である。驚かせてしまったのではないかとヘルマンを見た。
ヘルマンはまだ目は閉じていたが、抱きしめる手に少し力が入った。
「ああ……でも、陶磁器のようになめらかで、手に吸い付くような――」
言いながらヘルマンの手はガウンの前を割って、ユリアの首、胸と侵入してきた。
「素晴らしい体だ」
「ちょ、く、くすぐった……」
「君も先程、十分触っただろう?次は私の番だ」
体のあちこちをヘルマンの手が移動して、ユリアはくすぐったくて身を捩った。
丸くなったユリアの頭にヘルマンはキスを落とす。
「今度、またゆっくり見せてほしい」
「や、ふふ……え。傷ですか?」
「ああ。君の傷を癒すことはできないかもしれないが……痛むことがないように、全部舐めたい」
ユリアはどきりとしてヘルマンを見上げた。
ヘルマンの青い瞳は、穏やかにユリアを見ている。
「今は……痛まないですよ?」
「それでも」
ちゅ、と今度は唇にキスをされる。
ヘルマンはユリアの肌を堪能し終えたのか、そっと手を引き抜いてもう一度抱きしめてくれた。
そのままヘルマンは再び寝てしまい、ユリアは腕から抜け出せないまま、小一時間ベッドでごろごろとして過ごした。
頬を撫でる感触に目を開ける。
いつの間にか二度寝してしまっていたようで、窓から入る日差しがすっかり強くなっていた。
薄いカーテンが引かれていて、自分を起こした人を見上げれば、柔らかな表情のヘルマンがベッドに腰かけていた。
「服……着たんですね」
寝る前の体を思い出してふと呟く。
「君がそんなに裸が好きだとは思わなかった」
いつもどおり、しっかりとシャツとベストを着てタイまで着けている。
「誤解です……」
そんなつもりはなかったのに。ユリアはゆっくりと起き上がった。
いい香りがする。
においのもとをたどるとテーブルに朝食が用意されていた。
「お腹は空いていないか?」
ヘルマンが手を差し出してくれたので、それにつかまって立ち上がる。
「朝摘みのベリーがたくさんとれたと言って、シェフが張り切って用意した。食べよう」
見れば、湯気の上がるふわふわのスフレにベリーのソースがたっぷり乗っている。その横にはカリカリに焼かれたベーコン、黄色い卵。
「うわあ……」
思わず歓声を上げてしまった。
ルイスにも食べさせてやりたい。
「顔を洗ってきなさい。服はそこにある」
「あ、はい!すぐに支度します」
ユリアが戻ってきた時にはヘルマンはシャツの袖をめくって、紅茶を入れてくれていた。
「ご主人様、僕がやりますよ」
「いいから食べなさい。――君はもっと太らないといけない」
「食べているんですけどね……なかなか。縦にも伸びなかったですし」
「じゃあせめて横に大きくなりなさい」
「そんな無茶な……」
ありがたく朝食を食べることにする。シェフが張り切ったというだけあって、朝食は絶品だった。
量は食べられないからお替わりはできなかったが、完食した。
「よく食べたな」
ヘルマンがほめてくれた。
「ジャムを土産に持ち帰ろう。ルイスが喜ぶだろう」
「ありがとうございます」
ルイスの喜ぶ顔を思うと自然と笑みがこぼれる。
食器を片付けようとしたがヘルマンに止められた。ベルを鳴らして使用人を呼んで片付けさせる。
主人の寝室に泊まっている立場としては少し気恥しいが、そこはプロである。
主人が男娼を呼ぼうが、補佐官と一夜を過ごそうが、一々反応しない。下手に噂をしたら首が飛ぶ。公爵家に仕えるというのはそういうものだ。
城にも本邸と同じように使用人は多くいるが、本邸より複雑で管理が難しいようにも思う。全員通いで交代して城に詰めている。
質の高い使用人を雇い、複雑な城の維持費だけでも膨大になりそうだが、そこは公爵領の事なので、成り立つのだろう。
そのまま二人は執務室に移った。城の執務室は本邸とほとんど見た目も置いている参考書も変わらない。行き来しても仕事がしやすいように同じようしているらしい。
「報告書は出そろっているな」
「はい」
ヘルマンに教えてもらいながら、修繕箇所の予算について話し合う。
今回はあくまで大まかに見ているだけなので、細かく決める必要はないという。それでもわからないことだらけで、何を決めるにも質問して苦労した。
ヘルマンは根気強く答えてくれた。
「――いいんじゃないか」
ヘルマンからおおまかな了解を得たのは、夕方に近い時間だった。
休憩を挟みながらだったが、集中してやり続けてしまった。
「ありがとうございます。ずっと付きっきりで」
「あとはフェルナンドと詰めたらいい」
「はい」
これで今回の視察の目的が終わったかと思うと、ほっとする。
書類を片付け、一つ伸びをする。
ヘルマンを見ると、同じように首を鳴らしていた。
「肩、お揉みしましょうか」
「それもいいが……ちょっと体を動かしてくる」
今日はまだだったから。ヘルマンはそう言ってジャケットを脱いだ。
「部屋に持って行っておいてくれ。ユリアもゆっくりしていなさい」
「はい」
おそらく鍛錬に行くのだろう。ほぼ毎日欠かさずに身体を動かしている。一緒に行きたいところだが、ユリアには壊滅的にセンスがない。
十二歳までの基礎教育に当然剣術もあったが、やるたびに怪我をするのでほとんど型を真似るだけで終わった。走るのも下手をしたらルイスより遅いし、何もないところで躓くこともあるし。
ユリアは大人しく、ヘルマンの上着を部屋にかけ、書斎で本を借りてきて読書に耽った。
仕事が終わったのを察して執事がお茶を持ってきてくれた。それにお礼を言って、お茶を飲みながら本をぱらぱらとめくっていく。
静かな時間だった。
やがて窓の向こうに夕日が沈んでいく。
執事が灯りを持って訪れた。
「お茶を換えましょうか」
「いえ、大丈夫です」
それだけ言って去ってくと、また、静寂。
少し寂しいような気もするが、こんなに静かに過ごすことも久しぶりなので貴重な時間だ。
夢中になって読んでいて、ふと影が差す。
見ると、ヘルマンが風呂上りなのか少し濡れたまま立っていた。
「あ、お帰りなさい」
「集中していたな」
ユリアは本を閉じる。辺りはすっかり暗くなっていた。
「ゆっくりしていました」
「それはよかった」
二人で食堂へ行き夕食を食べる。
明日はもう少し足を延ばして史跡のある所を見に行くことにした。
観光地にもなっているらしい。
歓楽街と史跡。セットで観光するんだろうか。
ユリアは今日はついにお酒を飲ませてもらえなかった。
まあ、毎日飲むものでもないかなと思うので今日は我慢する。
ユリアがお休みなさい、と言って別れようとするのでヘルマンはその腕をつかんだ。
「一緒に寝ないのか」
「えっ、い、一緒にですか」
「お酒を飲んだときには誘ってもいないのに私のベッドまで来たのに」
「それは……はい、すみません」
「あと少しだから」
そう言われて、ユリアはそれもそうだなと思った。
本邸に帰れば、こんなに気軽にヘルマンと二人きりで過ごす事もなくなる。
ユリアはヘルマンに抱き着いた。
「そう言われると、寂しいです……」
「そんな声を出すな。別れるわけではないのだから」
そうだけれど。
旅先というのは、少し寂しい気分にさせるものなのだ。
いつも一緒だったルイスから離れて、一人で過ごしていたからだろうか。
何やら頼りないような気がしてしまう。
胸のなかに穴が開いたような。
ユリアは腕に力をこめ、ヘルマンの胸に顔をうずめた。
「――どうした。酔っていないのに」
ヘルマンはふっと笑ってユリアを抱き上げた。
ふわりと、軽く抱き上げられてユリアは目を丸くする。子どものようで恥ずかしいが、広い肩にもたれると、安心感があった。
ヘルマンの首に手を回して頬を摺り寄せた。
「部屋まで連れて行ってくれますか」
「ユリア……君は……いつも急にとんでもなく――」
その先は聞き取れなかった。ヘルマンはさっさと歩き出して部屋へとユリアを運び、部屋に入ってドアを閉めるなり、ユリアをそのままドアに押し付けるようにして口づけた。
「――っ、ん」
ドアとヘルマンに挟まれるような形になり、急に塞がれた唇にユリアは声を漏らした。
身体は抱き上げられたままで、逃げ場がない。いつもとは違ってユリアの方が見下ろすような態勢ではあったが、ヘルマンの舌は侵入した途端荒々しくユリアの口内を貪った。
ユリアも離れたくなくて、必死でそれにこたえる。
深く口づけを交わしてお互いが離れるころには、ユリアはすっかり息が上がっていた。
興奮して頬が紅潮している。それを見てヘルマンの青い瞳に炎が灯ったようだった。
ちゅ、ちゅ、とユリアの首筋に口づけをする。
くすぐったいだけではないぞくぞくとした快感に、ユリアはヘルマンの腕の中で体を震わせた。
「あ、はあっ……だめ、それ……」
首にキスをされただけで達しそうになって、ユリアは必死で身体をよじった。
思わず首筋を抑える。
「ご主人様……それ、だめです。こんなところで、僕――」
何を言いたいのかわかっているようだ。ヘルマンはにやりと笑って、そのユリアの手の上からまた口づけを落とした。
「何度でもいけばいい」
「――い、嫌です。僕ばっかり。――あ!今日は、約束しましたよね。僕がご主人様のを咥えるって」
ヘルマンははたと目を見開いた。
「ユリア。そんな約束はしていないし、その言い方……」
「え――」
ヘルマンはユリアをベッドに運んだ。
「情緒……いや、恥じらいが足りない」
ゆっくりとベッドに下され、ユリアはヘルマンを見上げた。
当然そのまま抱きしめてくれると思い手を伸ばしたのに、ヘルマンは動かなかった。
「ユリア。今日はすこし、恥ずかしいことをしてもいいか」
「は、恥ずかしいこと……?」
いつもしてるじゃないですか。と言いそうになった。
ヘルマンは椅子を一つ運んできて、ベッドの横に置いた。そしてそれに座る。
「ご主人様?こっちに来ないんですか」
「ユリア。昨日言っていただろう。服を脱いで、全部見せてほしい」
ユリアは驚いて辺りを見た。手際のよい執事のおかげで、部屋に戻ってきた時には灯りがしっかりと灯っている。本も読めるほどの明るさだ。
「ここで……僕だけですか」
「ああ」
「ご主人様が脱がせてくれる、のかと」
「――それもいいが……ユリア。私は見たいんだ。どうしようもなく恥ずかしくても、私のためなら頑張って見せてくれるところが」
そうはっきりと言われると、ユリアも頑張らねば、という思いになる。
何をやりたいか言ってくれと言ったのはユリアだった。
しかし……。
恥ずかしい。
ヘルマンはじっとこちらを見ている。
ユリアができるかどうか見ている。
そして、できたらすごく喜んでくれるんだろう。興奮してくれる。
そう思うと、ユリアは唾を飲み込んだ。
「やります」
27
お気に入りに追加
367
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる