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番外編2 アスラという少年
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二人の浄化は少しずつ、少しずつ慣れていった。
「アスラ。触れても、いいか」
「はい」
「口づけをしても・・・?」
「はい」
浄化の過程でどうしていつもこの人はたどたどしく触れてくるのだろう。
アスラはいつもそう思っていた。
それでもジュリアスの遠慮がちな手や唇は、不快ではなかった。
口づけを交わし、舌を絡めあうと自然と体温が上がり呼吸も荒くなる。
それは体液交換の副産物であり、しばらくすれば収まるので、お互い浄化が終われば速やかに離れている。
アスラはその興奮も嫌いではなかった。
問題はジュリアスの我慢が、いい加減限界だというその一点だ。
いかに剣術で発散しようと、城郭を走り込もうと、冷水を浴びようとも。
このアスラの、普段白く表情の変わらない冷徹な美貌が、浄化の後は上気して少し赤らんだ顔になる。荒い呼吸。赤い唇から、息をするたびに蠱惑的な舌がのぞく。
そうするとジュリアスはその舌の動きを妄想せずにはいられなかった。アスラを目の前にして下半身が痛いほど張りつめてしまう。
これではいけない。
浄化してもらっている立場で、こんな邪な。
10代の頃に比べれば、アスラを気遣う余裕は出てきたと思う。それでもやはり、ギリギリの精神力で耐えている気分だ。
している行為は回数を追うごとにゆっくりとエスカレートせざるを得ないが、ジュリアスの遠慮とアスラの人付き合いの難しさから、心の距離は出会った時からほとんど近づいてはいなかった。
その日は嵐が吹き荒れていた。
首都の結界の外に魔獣が現れたと知らされ、ジュリアスが騎士団と共に討伐に当たった。
天災のようなものなので魔獣が現れるのは仕方がない。しかし今回は悪天候、出現場所、魔獣の種類と悪条件が重なった。
騎士団の被害が大きく、ジュリアスは決断を迫られた。
迷っている暇はなかった。
ジュリアスは自分の魔力の中でも特に深淵に近い部分の魔力を練って使った。そこから一気に闇に体が侵食され、身体は重く、血はどろどろとし沸き立つような、これまでにないひどい穢れを身に背負った。
ほとんど自分の足で歩けないままにジュリアスはアスラのもとに運び込まれた。
「どうか、至高の君のお力でお救いくださいませ」
突然前触れもなく表れたかと思ったら、黒い魔力に覆われたジュリアスが寝台に横たえられた。
「わかった。下がっていて」
アスラはすぐに浄化にかかった。
目の前に澱みに苛まれたジュリアスがいればそれを浄化するのは至極当然のことだった。
「ジュリアス、触ります」
いつもはジュリアスから尋ねてくる確認。アスラは淡々と肌を合わせ、手を重ねた。そしてそのまま唇を重ねる。
体を動かすのがつらいであろうジュリアスに変わってアスラの方が覗き込むように舌を差し入れた。わずかにジュリアスの手が動揺する。
小さな舌を差し入れ、体液を交えるようにゆっくりと、ジュリアスの舌を絡め取っていく。舌の先、中、裏も、全て味わうように這わせていった。
「ア・・・スラ、もうーー」
ジュリアスは声を出せるほどに回復した。しかしその代わり、息も荒く目は充血し、己の欲望まで体の中で暴れ回っていた。澱みがひどいせいで自制心がいつも以上に効かない。
「ーーーっうう」
低い獣のような唸り声が上がる。
「ジュリアス、まだ浄化が足りない。離れないで」
あくまで目的は浄化であるというものの、アスラの息も荒くなっている。掠れたような声が余計欲情を駆り立てた。
ジュリアスは両手でアスラの顔を固定し、自分に引き寄せる。貪るようにジュリアスの方から舌を入れて動かした。あまりに前のめりになるから、どんどんと上体は起きて行く。アスラがその圧に押されて少し下がる分。
これほど粘膜の接触をしても浄化が先へ進まない。
ジュリアスは縋るような、それでいて獣のようにギラついた瞳でアスラを見た。アスラの瞳は相変わらず青く澄んで冷たく感じたが、小さく頷いたのを見逃さなかった。
がばりと上下を逆にして、ジュリアスはアスラの体をベッドに縫い付けるようにして覆い被さった。
重なった下半身で、お互いの怒張したものを感じる。アスラのものを感じ、ジュリアスの理性の糸は完全に切れた。
呼吸もできないほど舌を絡ませ、お互いの唾液を交換する。
服をいつ脱いだのかも覚えていない。アスラの服はほとんど破るようにして脱がせていた。
アスラは何も言わなかった。何をされても、それは自分の役目なのだとわかっていたから。
「アスラ・・ああ、アスラ」
熱に浮かされたうわごとのように自分の名前を呼ばれるのだけが、何やら落ち着かなかった。
うつ伏せにされ、大きなざらついた手が顎を掴む。その手で首が痛いほど後ろを向かされ、また深い口づけ。それと同時にアスラの尻のくぼみに、恐ろしく熱く猛ったジュリアスのものがあてられた。それはすでに十分すぎるほど滑りを持っており、ずる、ずるとジュリアスの卑猥な動きで押し付けるように上下にしごかれている。すぐにジュリアスのもう一方の手が下りてきてアスラの前を触った。
アスラのそこもジュリアスと同じく固く興奮している。それがジュリアスの手にすっぽりと収まり、くちゅ、と恥ずかしい水音をさせながら強弱付けて握りこまれる。
「あ、ああっ・・・ジュリアス、わたしは、いい・・・しないで!」
浄化にアスラの快感は関係ない。体液交換により受け入れやすくなればそれでよいのだ。しかしアスラのどんな声も、ジュリアスには届いていないようだった。
いつもあれほど慎重にアスラにつらくないか、大丈夫かと聞いていたジュリアスはどこにもいなかった。ただ、目の前の欲望に突き動かされているだけ。
自分よりよほど大きな男に背後から乗られ、性急に快感を求められている。アスラは初めて恐怖を感じた。熱が上がっているはずなのに、どこか怖かった。
「あ・・・いやだ」
アスラは無意識に呟いていた。
「いや、嫌だ・・・いや、いやいや――」
ビクン、と身体がはねた。一度目の絶頂はあっさりと、無理やりに到達させられたような気分だった。
その余韻に浸る間もなく、ジュリアスの手はアスラの後ろへと回った。片手で腰を支えられ、脱力し力の入らない足を軽々と支えられる。そしてまだ触られていないというのに十分に熟れた後ろに、ジュリアスの恐ろしく太いものがぴったりとあてられた。
「ひっ」
アスラは恐怖で全身を固くした。それは今まで経験したことのない、未知の恐怖だった。どうなってしまうのかわからない。でも絶対に、とんでもないことになる。
ジュリアスは待たなかった。
「う。うぐぅっぅぅ―――っ」
口づけから解放されたため、アスラは握りしめていた拳を必死で噛んだ。その痛みで何とか自分を保たねば、気を失うか狂うかすると思った。
痛みはさほどなかったが、あまりの圧迫感に呼吸をするのも難しい。
ジュリアスが激しく抜き挿しを繰り返すたび、アスラの小さな体は全身が揺れた。
ジュリアスの先走りが更に滑りをよくし、それがまた快感を上塗りさせる。
「ぐっ、う、ふ、あっ・・・」
疲れるたびに、悲鳴というよりは低く唸るような音しか出ない。噛んだ拳からは血が出ている。呼吸はほとんどできなかったがジュリアスの絶頂は幸いすぐに訪れた。
最奥にそれが放たれた時、アスラの視界に星が散らばった。
アスラはあっさりと意識を手放した。
初めての快感はもはや暴力ともいえる凶暴さで駆け抜けていった。
アスラは翌朝になっても起きなかった。
突然膨大な量の魔力を浄化したのに加えて、なんといっても初めての交わりである。
身体的な負担は相当なものだった。
引き換えジュリアスは正気に戻れ、身体は軽く、いたって健康。
気を失い血の気のないアスラを腕の中で見て、ジュリアスは大いに慌てた。
記憶がないわけでない。
アスラが頷き先へ進もうと言ってくれたから始めた行為。だが、アスラは恐怖に慄いていなかったか。無理もない。アスラにとっては初めての事だった。もうじき成人とはいえ、まだ未成熟な部分もあるだろう。それなのに、あんなに性急に獣の様な交わりをしてしまった。
ジュリアスは長年思い描いていたあらゆる初夜の想像が音を立てて崩れていくのを感じた。自分の足も震えている。
アスラの声が頭でこだまする。
『いや、嫌だ、いやいや・・・』と。アスラは確かに嫌がっていた。声を震わせ悲鳴を上げていた。
それを自分は、無理矢理。
ジュリアスは血の気が引く、というのを初めて経験した。足元に地面がないような、世界が回っているような感覚だった。
「私はなんということを・・・」
腕の中で、今は安らかに寝息を立てているアスラを見る。首筋、腰、いたるところに赤い痣も見える。手からは血が出ていた。唇も切れている。鍛え上げたジュリアスの力では、よほど繊細に扱わなければ細いアスラの肌はいとも簡単に跡が残る。
一番大切にしたい人を傷つけてしまった。
ジュリアスは震える手で呼び鈴を鳴らした。
やってきた侍従に命じてアスラの身体を清め、急いで医師を呼んだ。
ジュリアスの慌てように何事かと駆けつけた医師ではあったが、診察を終えると安心したようににこりと笑った。
「ジュリアス殿下。ご心配には及びません。突然の浄化量に気力を養うため眠っているだけでございます」
「しかし、こんなに傷が」
「――軟膏をお出ししましょう。体格差もありますし、多少傷がつくのは仕方のないことかと。その他に傷はありませんし、今後の浄化にも影響はありませんよ」
ジュリアスの心配と違って、医師の見立ては何も心配することはない、というものだった。
すれ違うものを感じたが、深くは追及しなかった。
この医師はあくまで王宮の医師である。もちろん優秀であり、様々な患者を診る。しかし最も優先すべきは王族の健康。ジュリアスの浄化を首尾よくアスラが行った。アスラは任務を全うした。その結果多少の傷はあろうとも、最も重要である浄化が行えている。それだけなのである。
この医師にアスラを中心にもっと考えろと言うのは無駄な話であるとジュリアスもわかっている。
ならば、自分がアスラを大切にするしかないということも。
いつかアスラを第一に考えてくれる医師、使用人をアスラにはつけたいが、自分にはまだその権限はなかった。
ジュリアスはアスラの世話をとりあえず侍従に任せ、目覚めればすぐに呼ぶよう言い置いてから身なりを整えに自室に一旦帰った。
アスラに許しを請わねばならない。
そして、感謝を伝えたい。
さらに愛を・・・。
いや、急いではいけない。順を追って、まずは謝罪と感謝。許してもらってから愛を伝えよう。
交わりを交わしたのだ、できるだけ早急に愛を受け入れてもらい、二人で暮らしたい。
高鳴る胸を落ち着けようと部屋を無駄にウロウロしながらそこまで考え、衣服を着替えてから、ジュリアスは頭を抱えた。
アスラに何を贈れば喜んでもらえるだろうか。
初めて贈った花は庭に捨てられた。なんでこんなことをするのだという目から、花を手折るのが嫌いなのかと思った。あの時は贈ったことを激しく後悔した。
その後は慎重になり事前に聞いて、宝石を贈ろうとしたら、装飾品は嫌いだから必要ないと言われた。
貴重な書籍を見つけたので渡したら、次に会った時に読みました、と返される。
何が好きか、欲しいものがないか、聞いてもいつも明確な答えはなかった。
ジュリアスから見たアスラの印象は、淡々としている、である。
神経質なところがあるとか、難しい人と聞いてはいたが、ジュリアスの前でその片鱗も見たことはない。アスラはただジュリアスを「浄化の対象」としか見ていないのだと思った。
仕事相手である。何も望まない。
だから今日まで距離を縮められずにいた。急ぐこともないと思っていた。アスラが成人するまで待とうと思っていたのだ。
何度目かのため息が漏れたとき。
性急に部屋をノックする音が鳴った。
「どうした」
「お戻り後すぐで申し訳ありません。結界にほころびが」
「・・・すぐ行く」
自分を呼ぶということはよほど大きな穴が開いたのだろう。早急に対処しなければ取り返しのつかないことになる。
ジュリアスは取るものも取らず現場へと向かった。
アスラが目覚めたとき、辺りは真っ暗だった。
全身の気怠さとのどの渇き、あちこちの痛みに眉を寄せた。
身を起こせば侍従が静かに寄ってくる。
「お目覚めでございますか。ご気分はいかがでしょうか」
この侍従はいつも機械的に接してくる。近しくなることもないので不興を買うこともなかった男だ。今はそれが気楽だった。
「水」
「こちらに。――1日眠っておいででした」
「そう」
記憶をたどる。恐ろしくてつい逃げてしまいそうになったあの交わり。駆け抜けていった激情。
思い返しても、あれは、あまりに強烈だった・・・。静まり返った夜闇が頭を冷やしていった。
「ジュリアスは」
「一度衣服を整えに。目覚めればすぐに呼ぶよう申し付かっております。お伝えしてまいります」
そう言って侍従が下がったので、アスラはまたベッドに横になった。
これまで遠いところにいたジュリアスが一気に中まで入ってきたような妙な感覚だった。
浄化の対象でそれ以上でも以下でもないジュリアス。そのはずだった彼の熱のこもった、自分を呼ぶ声がずっと耳にに残っている。
「アスラ・・・アスラ」
昨夜だけで何度呼ばれただろうか。
あの声を思い出すと妙に胸がざわつく。
あの瞬間。あれほどの充足感を感じたことが今まであっただろうか。魔力の融合だけではない。抜けていた穴に何かが埋まっていった気がした。
あの声で、もう一度私を呼ぶのだろうか。
ジュリアスはもうすぐ来るのだろうか。一体どんな顔をして会えばいいのだろう。
戸惑いとは裏腹に口元が弛んでいるのを自分でも自覚している。
アスラは何度も寝返りを打った。身体はそのたびにきしんだが、それを不快とは思わなかった。
ふと、空が白んでいるの見て、アスラは自分が寝ていたのだと気づいた。
確か侍従はジュリアスを呼びに行ったのではなかったのか。
部屋の中を見ると先ほどと何も変わっていない。ただ明るくなってきているだけだ。
そいえば、ジュリアスは来るとは言っていなかった。目覚めれば知らせるように、と言い置いただけだ。
考えてみればわかるじゃないか。浄化が終わった器に何の用があるというのだ。
あの人は来ない。
「はっ」
自分でも驚くほど乾いた笑いが出た。
痛い。胸が痛い。体全部が痛い。
アスラは息苦しくてたまらない胸を強く掴んだ。そうしたところで痛みはやわらぎはしないというのに。
気づかないうちに涙が流れていた。
「アスラ。触れても、いいか」
「はい」
「口づけをしても・・・?」
「はい」
浄化の過程でどうしていつもこの人はたどたどしく触れてくるのだろう。
アスラはいつもそう思っていた。
それでもジュリアスの遠慮がちな手や唇は、不快ではなかった。
口づけを交わし、舌を絡めあうと自然と体温が上がり呼吸も荒くなる。
それは体液交換の副産物であり、しばらくすれば収まるので、お互い浄化が終われば速やかに離れている。
アスラはその興奮も嫌いではなかった。
問題はジュリアスの我慢が、いい加減限界だというその一点だ。
いかに剣術で発散しようと、城郭を走り込もうと、冷水を浴びようとも。
このアスラの、普段白く表情の変わらない冷徹な美貌が、浄化の後は上気して少し赤らんだ顔になる。荒い呼吸。赤い唇から、息をするたびに蠱惑的な舌がのぞく。
そうするとジュリアスはその舌の動きを妄想せずにはいられなかった。アスラを目の前にして下半身が痛いほど張りつめてしまう。
これではいけない。
浄化してもらっている立場で、こんな邪な。
10代の頃に比べれば、アスラを気遣う余裕は出てきたと思う。それでもやはり、ギリギリの精神力で耐えている気分だ。
している行為は回数を追うごとにゆっくりとエスカレートせざるを得ないが、ジュリアスの遠慮とアスラの人付き合いの難しさから、心の距離は出会った時からほとんど近づいてはいなかった。
その日は嵐が吹き荒れていた。
首都の結界の外に魔獣が現れたと知らされ、ジュリアスが騎士団と共に討伐に当たった。
天災のようなものなので魔獣が現れるのは仕方がない。しかし今回は悪天候、出現場所、魔獣の種類と悪条件が重なった。
騎士団の被害が大きく、ジュリアスは決断を迫られた。
迷っている暇はなかった。
ジュリアスは自分の魔力の中でも特に深淵に近い部分の魔力を練って使った。そこから一気に闇に体が侵食され、身体は重く、血はどろどろとし沸き立つような、これまでにないひどい穢れを身に背負った。
ほとんど自分の足で歩けないままにジュリアスはアスラのもとに運び込まれた。
「どうか、至高の君のお力でお救いくださいませ」
突然前触れもなく表れたかと思ったら、黒い魔力に覆われたジュリアスが寝台に横たえられた。
「わかった。下がっていて」
アスラはすぐに浄化にかかった。
目の前に澱みに苛まれたジュリアスがいればそれを浄化するのは至極当然のことだった。
「ジュリアス、触ります」
いつもはジュリアスから尋ねてくる確認。アスラは淡々と肌を合わせ、手を重ねた。そしてそのまま唇を重ねる。
体を動かすのがつらいであろうジュリアスに変わってアスラの方が覗き込むように舌を差し入れた。わずかにジュリアスの手が動揺する。
小さな舌を差し入れ、体液を交えるようにゆっくりと、ジュリアスの舌を絡め取っていく。舌の先、中、裏も、全て味わうように這わせていった。
「ア・・・スラ、もうーー」
ジュリアスは声を出せるほどに回復した。しかしその代わり、息も荒く目は充血し、己の欲望まで体の中で暴れ回っていた。澱みがひどいせいで自制心がいつも以上に効かない。
「ーーーっうう」
低い獣のような唸り声が上がる。
「ジュリアス、まだ浄化が足りない。離れないで」
あくまで目的は浄化であるというものの、アスラの息も荒くなっている。掠れたような声が余計欲情を駆り立てた。
ジュリアスは両手でアスラの顔を固定し、自分に引き寄せる。貪るようにジュリアスの方から舌を入れて動かした。あまりに前のめりになるから、どんどんと上体は起きて行く。アスラがその圧に押されて少し下がる分。
これほど粘膜の接触をしても浄化が先へ進まない。
ジュリアスは縋るような、それでいて獣のようにギラついた瞳でアスラを見た。アスラの瞳は相変わらず青く澄んで冷たく感じたが、小さく頷いたのを見逃さなかった。
がばりと上下を逆にして、ジュリアスはアスラの体をベッドに縫い付けるようにして覆い被さった。
重なった下半身で、お互いの怒張したものを感じる。アスラのものを感じ、ジュリアスの理性の糸は完全に切れた。
呼吸もできないほど舌を絡ませ、お互いの唾液を交換する。
服をいつ脱いだのかも覚えていない。アスラの服はほとんど破るようにして脱がせていた。
アスラは何も言わなかった。何をされても、それは自分の役目なのだとわかっていたから。
「アスラ・・ああ、アスラ」
熱に浮かされたうわごとのように自分の名前を呼ばれるのだけが、何やら落ち着かなかった。
うつ伏せにされ、大きなざらついた手が顎を掴む。その手で首が痛いほど後ろを向かされ、また深い口づけ。それと同時にアスラの尻のくぼみに、恐ろしく熱く猛ったジュリアスのものがあてられた。それはすでに十分すぎるほど滑りを持っており、ずる、ずるとジュリアスの卑猥な動きで押し付けるように上下にしごかれている。すぐにジュリアスのもう一方の手が下りてきてアスラの前を触った。
アスラのそこもジュリアスと同じく固く興奮している。それがジュリアスの手にすっぽりと収まり、くちゅ、と恥ずかしい水音をさせながら強弱付けて握りこまれる。
「あ、ああっ・・・ジュリアス、わたしは、いい・・・しないで!」
浄化にアスラの快感は関係ない。体液交換により受け入れやすくなればそれでよいのだ。しかしアスラのどんな声も、ジュリアスには届いていないようだった。
いつもあれほど慎重にアスラにつらくないか、大丈夫かと聞いていたジュリアスはどこにもいなかった。ただ、目の前の欲望に突き動かされているだけ。
自分よりよほど大きな男に背後から乗られ、性急に快感を求められている。アスラは初めて恐怖を感じた。熱が上がっているはずなのに、どこか怖かった。
「あ・・・いやだ」
アスラは無意識に呟いていた。
「いや、嫌だ・・・いや、いやいや――」
ビクン、と身体がはねた。一度目の絶頂はあっさりと、無理やりに到達させられたような気分だった。
その余韻に浸る間もなく、ジュリアスの手はアスラの後ろへと回った。片手で腰を支えられ、脱力し力の入らない足を軽々と支えられる。そしてまだ触られていないというのに十分に熟れた後ろに、ジュリアスの恐ろしく太いものがぴったりとあてられた。
「ひっ」
アスラは恐怖で全身を固くした。それは今まで経験したことのない、未知の恐怖だった。どうなってしまうのかわからない。でも絶対に、とんでもないことになる。
ジュリアスは待たなかった。
「う。うぐぅっぅぅ―――っ」
口づけから解放されたため、アスラは握りしめていた拳を必死で噛んだ。その痛みで何とか自分を保たねば、気を失うか狂うかすると思った。
痛みはさほどなかったが、あまりの圧迫感に呼吸をするのも難しい。
ジュリアスが激しく抜き挿しを繰り返すたび、アスラの小さな体は全身が揺れた。
ジュリアスの先走りが更に滑りをよくし、それがまた快感を上塗りさせる。
「ぐっ、う、ふ、あっ・・・」
疲れるたびに、悲鳴というよりは低く唸るような音しか出ない。噛んだ拳からは血が出ている。呼吸はほとんどできなかったがジュリアスの絶頂は幸いすぐに訪れた。
最奥にそれが放たれた時、アスラの視界に星が散らばった。
アスラはあっさりと意識を手放した。
初めての快感はもはや暴力ともいえる凶暴さで駆け抜けていった。
アスラは翌朝になっても起きなかった。
突然膨大な量の魔力を浄化したのに加えて、なんといっても初めての交わりである。
身体的な負担は相当なものだった。
引き換えジュリアスは正気に戻れ、身体は軽く、いたって健康。
気を失い血の気のないアスラを腕の中で見て、ジュリアスは大いに慌てた。
記憶がないわけでない。
アスラが頷き先へ進もうと言ってくれたから始めた行為。だが、アスラは恐怖に慄いていなかったか。無理もない。アスラにとっては初めての事だった。もうじき成人とはいえ、まだ未成熟な部分もあるだろう。それなのに、あんなに性急に獣の様な交わりをしてしまった。
ジュリアスは長年思い描いていたあらゆる初夜の想像が音を立てて崩れていくのを感じた。自分の足も震えている。
アスラの声が頭でこだまする。
『いや、嫌だ、いやいや・・・』と。アスラは確かに嫌がっていた。声を震わせ悲鳴を上げていた。
それを自分は、無理矢理。
ジュリアスは血の気が引く、というのを初めて経験した。足元に地面がないような、世界が回っているような感覚だった。
「私はなんということを・・・」
腕の中で、今は安らかに寝息を立てているアスラを見る。首筋、腰、いたるところに赤い痣も見える。手からは血が出ていた。唇も切れている。鍛え上げたジュリアスの力では、よほど繊細に扱わなければ細いアスラの肌はいとも簡単に跡が残る。
一番大切にしたい人を傷つけてしまった。
ジュリアスは震える手で呼び鈴を鳴らした。
やってきた侍従に命じてアスラの身体を清め、急いで医師を呼んだ。
ジュリアスの慌てように何事かと駆けつけた医師ではあったが、診察を終えると安心したようににこりと笑った。
「ジュリアス殿下。ご心配には及びません。突然の浄化量に気力を養うため眠っているだけでございます」
「しかし、こんなに傷が」
「――軟膏をお出ししましょう。体格差もありますし、多少傷がつくのは仕方のないことかと。その他に傷はありませんし、今後の浄化にも影響はありませんよ」
ジュリアスの心配と違って、医師の見立ては何も心配することはない、というものだった。
すれ違うものを感じたが、深くは追及しなかった。
この医師はあくまで王宮の医師である。もちろん優秀であり、様々な患者を診る。しかし最も優先すべきは王族の健康。ジュリアスの浄化を首尾よくアスラが行った。アスラは任務を全うした。その結果多少の傷はあろうとも、最も重要である浄化が行えている。それだけなのである。
この医師にアスラを中心にもっと考えろと言うのは無駄な話であるとジュリアスもわかっている。
ならば、自分がアスラを大切にするしかないということも。
いつかアスラを第一に考えてくれる医師、使用人をアスラにはつけたいが、自分にはまだその権限はなかった。
ジュリアスはアスラの世話をとりあえず侍従に任せ、目覚めればすぐに呼ぶよう言い置いてから身なりを整えに自室に一旦帰った。
アスラに許しを請わねばならない。
そして、感謝を伝えたい。
さらに愛を・・・。
いや、急いではいけない。順を追って、まずは謝罪と感謝。許してもらってから愛を伝えよう。
交わりを交わしたのだ、できるだけ早急に愛を受け入れてもらい、二人で暮らしたい。
高鳴る胸を落ち着けようと部屋を無駄にウロウロしながらそこまで考え、衣服を着替えてから、ジュリアスは頭を抱えた。
アスラに何を贈れば喜んでもらえるだろうか。
初めて贈った花は庭に捨てられた。なんでこんなことをするのだという目から、花を手折るのが嫌いなのかと思った。あの時は贈ったことを激しく後悔した。
その後は慎重になり事前に聞いて、宝石を贈ろうとしたら、装飾品は嫌いだから必要ないと言われた。
貴重な書籍を見つけたので渡したら、次に会った時に読みました、と返される。
何が好きか、欲しいものがないか、聞いてもいつも明確な答えはなかった。
ジュリアスから見たアスラの印象は、淡々としている、である。
神経質なところがあるとか、難しい人と聞いてはいたが、ジュリアスの前でその片鱗も見たことはない。アスラはただジュリアスを「浄化の対象」としか見ていないのだと思った。
仕事相手である。何も望まない。
だから今日まで距離を縮められずにいた。急ぐこともないと思っていた。アスラが成人するまで待とうと思っていたのだ。
何度目かのため息が漏れたとき。
性急に部屋をノックする音が鳴った。
「どうした」
「お戻り後すぐで申し訳ありません。結界にほころびが」
「・・・すぐ行く」
自分を呼ぶということはよほど大きな穴が開いたのだろう。早急に対処しなければ取り返しのつかないことになる。
ジュリアスは取るものも取らず現場へと向かった。
アスラが目覚めたとき、辺りは真っ暗だった。
全身の気怠さとのどの渇き、あちこちの痛みに眉を寄せた。
身を起こせば侍従が静かに寄ってくる。
「お目覚めでございますか。ご気分はいかがでしょうか」
この侍従はいつも機械的に接してくる。近しくなることもないので不興を買うこともなかった男だ。今はそれが気楽だった。
「水」
「こちらに。――1日眠っておいででした」
「そう」
記憶をたどる。恐ろしくてつい逃げてしまいそうになったあの交わり。駆け抜けていった激情。
思い返しても、あれは、あまりに強烈だった・・・。静まり返った夜闇が頭を冷やしていった。
「ジュリアスは」
「一度衣服を整えに。目覚めればすぐに呼ぶよう申し付かっております。お伝えしてまいります」
そう言って侍従が下がったので、アスラはまたベッドに横になった。
これまで遠いところにいたジュリアスが一気に中まで入ってきたような妙な感覚だった。
浄化の対象でそれ以上でも以下でもないジュリアス。そのはずだった彼の熱のこもった、自分を呼ぶ声がずっと耳にに残っている。
「アスラ・・・アスラ」
昨夜だけで何度呼ばれただろうか。
あの声を思い出すと妙に胸がざわつく。
あの瞬間。あれほどの充足感を感じたことが今まであっただろうか。魔力の融合だけではない。抜けていた穴に何かが埋まっていった気がした。
あの声で、もう一度私を呼ぶのだろうか。
ジュリアスはもうすぐ来るのだろうか。一体どんな顔をして会えばいいのだろう。
戸惑いとは裏腹に口元が弛んでいるのを自分でも自覚している。
アスラは何度も寝返りを打った。身体はそのたびにきしんだが、それを不快とは思わなかった。
ふと、空が白んでいるの見て、アスラは自分が寝ていたのだと気づいた。
確か侍従はジュリアスを呼びに行ったのではなかったのか。
部屋の中を見ると先ほどと何も変わっていない。ただ明るくなってきているだけだ。
そいえば、ジュリアスは来るとは言っていなかった。目覚めれば知らせるように、と言い置いただけだ。
考えてみればわかるじゃないか。浄化が終わった器に何の用があるというのだ。
あの人は来ない。
「はっ」
自分でも驚くほど乾いた笑いが出た。
痛い。胸が痛い。体全部が痛い。
アスラは息苦しくてたまらない胸を強く掴んだ。そうしたところで痛みはやわらぎはしないというのに。
気づかないうちに涙が流れていた。
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魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。
甘々ハピエン。
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モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
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【完結】人形と皇子
かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。
戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。
性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。
第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
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信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……
鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。
そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。
これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。
「俺はずっと、ミルのことが好きだった」
そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。
お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ!
※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています
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恐怖症な王子は異世界から来た時雨に癒やされる
琴葉悠
BL
十六夜時雨は諸事情から橋の上から転落し、川に落ちた。
落ちた川から上がると見知らぬ場所にいて、そこで異世界に来た事を知らされる。
異世界人は良き知らせをもたらす事から王族が庇護する役割を担っており、時雨は庇護されることに。
そこで、検査すると、時雨はDomというダイナミクスの性の一つを持っていて──
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