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後日談2
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その日、ジュリアスは夕食に来なかった。
俺はこの世界に来て初めて1人でご飯を食べた。給仕のメイドはそれこそ口を拭おうとするなど行き過ぎなくらい、それはよく世話を焼いてくれたが、やはり1人で食べるご飯はなんとも味気なかった。
夜になってもジュリアスの訪れはなく、熟睡してスッキリした朝を迎える。
怠さも何もない体調が妙な感覚だった。
別邸の執事という年配の男性が常に控えているので特に不自由はない。ジュリアスとすれ違うこともなくまた1日が過ぎていく。
昨日のやりとりを思い出すたび心にしこりのようなものが残っている。それを解消するのにどうしたらいいのかわからず、悶々として過ごした。
そうして次の日の昼過ぎ。執事が手紙をもって訪ねてきた。
蝋で封をされ、王家の印章が押されている手紙だった。開け方がよくわからない俺に、執事は気を利かせて開けましょうか、と来てくれた。
もちろん文字も読めないので読んでもらう。
「本日のディナーに招待したい。楽しい時間を共に過ごそう」
ということらしい。
「ジュリアスも行くかな」
「お伺いしてまいります」
久しぶりだ、とちょっと胸が高まるのを感じていたというのに。しばらくして戻ってきた執事の返事は、
「ご都合がつかないとのことでございます。お一人で行くのであれば、どうか楽しんでこられますように、と」
であった。
一昨日までとの接し方と差がありすぎるんじゃないか。
怒りやら、悲しいやら。
自分でもこの感情が何なのかわからない。
一緒にいればまたああいう雰囲気になっても困るから、これは俺の望んだ形なんだと思う。でも・・・。先日のやり取りを思い出すと、どうにも気持ちが落ち着かない。
「一緒にって言ってたのに」
一人呟いて、思わず首を振る。
一人で行くのはちょっと、結構緊張するけど。いつまでもここに一人でいるのも寂しいし。一人でご飯食べなくていいなら、あの優し気なヴィクトーと食べるのも悪くないかなと思える。
「行くよ。支度してもらってもいいかな。俺、よくわからないから。作法とか・・・」
「承知いたしました。陛下は、そのままでお越しくださいと仰せでございますので、お気になさることはないと思います。とはいえ、衣服は少し改めてもよろしいかと」
「うん。よろしく」
俺はお言葉に甘えて全部任せて、1時間後には出発した。
国王の居所は歩いて15分ほどのところにあった。意外と近い。騎士が3人ついてきてくれた。
10歩離れてる。律儀だ。
選んでくれた上品な服は白い上着に、なんかキラキラした金銀の装飾がついている。肩章とモール紐というものがついた上着だ。正装として見たことある気がするが、紐は青で瞳の色に合わせました、となぜか衣装担当さんが嬉しそうだった。
ごめんねいつもシャツで。
ジャケットが白?と思ったが、髪色が黒ですので、と言われそういうものなのかと思う。装飾も重くなくそこまで多くはないし、スラックスは黒で、どちらも肌触りがとてもいい。あまり格式ばったのは困るなと思ったけど、あくまで家族の食事という雰囲気と思うといわれ、安心して出かけられた。
前を先導する案内人について行けばチェックを受けることなくたどり着く。政治が行われている宮殿の方とはまた違った場所のようだ。以前レイブンのところに行った時には通らなかった道で、すれ違う人もメイドや従僕などの使用人ばかりだった。
別邸とは違い、豪華な調度品だらけの廊下だ。一つ一つがどんなものなのか俺にはわからないが、埃一つなく全部存在感がすごい。ここだけで美術館みたいだ。オープンで巨大な階段のあるホールを抜け、応接室に通される。
「お掛けになってお待ちくださいませ」
そう言われ、座ったソファは赤くてふかふかだった。
どれくらい待つのかな、と思い部屋を見渡すとすぐに扉がノックされた。
「アスラ!来てくれて嬉しいよ」
ヴィクトーだ。会うのは2回目だというのに非常に友好的に、笑顔いっぱいで入ってきてくれる。
少し緊張していた気持ちがほぐれて、俺は立ち上がってそっちを向いた。
ヴィクトーは両手を広げて歩いてくる。あ、これってあれかな。
戸惑いながら、ハグ。ぎゅっと力を込めて親愛を示されて、おお、と思う。力強い。慣れないなこれ。握手もそうだけど、みんな強めだ。日本にいたときにそういう習慣なかったから。
「ここに来るまで困らなかった?兄上が来ないって聞いてびっくりしたけど、今日はせっかくだから羽を伸ばすつもりで過ごしてくれ」
お互いソファに座ると、すぐにお茶が運ばれてきた。
「それにしても、よく兄上が送り出したよね。その恰好を見て、何も言われなかった?」
「この格好・・・変ですか?」
「いや、とても綺麗だよ」
さらりと言われると照れる間もない。
「ただでさえ美しいのに、正装するとその美貌が引き立つね。天から舞い降りた神の使いかと思ったよ。その青く澄んだ瞳で見つめられたらきっと呼吸をするのも忘れるよ。とはいえ、君の美貌の前では衣装の方が霞んでしまうね。縫い付けられたダイアモンドの細工が恥ずかしそうにしているよ」
「ヴィ、ヴィクトー様・・・お願い、もうやめて」
国王ともなるとここまですらすらとお世辞が言えないとだめなのか。
「アスラ?」
「いえ、その。褒めすぎです」
照れ隠しにコホンと咳払いして気を取り直す。
「あの、ご招待ありがとうございました。実は俺、手紙もらったの初めてで・・・嬉しかったです」
「はあっ」
ヴィクトーは頭を抱えた。
もう慣れてきたぞこの反応。
「初めてになれて光栄だよ。ふふふ・・・兄上に自慢しよう。悔しがるところが目に浮かぶなあ」
ジュリアスにこんな風に言えるのはヴィクトー様くらいなんだろうな。
「よくあっさりと送り出してもらえたね。正直びっくりしたんだ」
「ジュリアスには会ってないんですけど、楽しんでおいでって言われました。会わずに出たので、この格好は見せてないんで」
「え、見送りもなし?」
「はい」
「ふうん・・・何かあったの?」
「何かって、言うほどの事じゃ・・・」
ヴィクトーはふむ、と控えている人たちに合図を送った。音もなくみんな下がって、部屋には二人だけになる。
「ああ、気にしないでね。話したくなければ無理に聞こうと言うわけじゃないんだ。ただ、話したいことがあれば、話したらいいし、相談に乗ってよければ聞かせてほしい。一応君より長く生きているしね。大切な家族として、心配しているんだ」
「ヴィクトー様・・・」
家族。そういってもらえてちょっと感動した。
ジュリアスはもちろん身近な人だったけど、心細いこの世界で、家族と言ってくれて、実際こうして食事にも招いてくれて。国王って忙しいだろうに、全力で助けになろうとしてくれている。
今朝から冷めかけていた心にぽっと温かみが差した気がした。
「ありがとうございます。ただ・・・なんて言っていいか。何が悪かったのか、俺にもわからなくて」
「うん」
「俺、ジュリアスの力になれるのは嬉しいんです。浄化も、初めはびっくりしたけど・・・ジュリアスは力を国のために使ってて。それを手伝えると思ったら、俺も嬉しい。だから俺、覚悟を決めて。一緒に生きていきたい、って思った」
そう、それは本当だ。流されただけじゃなくて、俺なりに覚悟があって、役目を果たしたいと言う気持ちもある。
沈黙を、ヴィクトーはちゃんと待ってくれる。
「気になって、聞いてみたんです。浄化の頻度。そしたら、週に1回くらいって聞いて。なのに、その・・・ジュリアスは毎日――」
言っていて、とんでもなく恥ずかしいことを相談してるんじゃないか、って今更自覚した。
ちらりとヴィクトーを見ると、いや、めっちゃにやにやしてるじゃん!
何これ、俺、家族に夜の相談してるんじゃ。――しかも会って2度目の人に。
かーっと顔に熱が集中する。
「あ、あの・・・その・・えっと」
「かーわいい、真っ赤だよアスラ」
成人男性の揶揄うような低音ボイス、なんかすごい威力だな。
あえてそうやって茶化してくれて。いたたまれなさが半減する。本当にいい人だ。
「すみません。こんなことを言いたいんじゃなくって。その、ジュリアスを傷つけたかも知れなくて。俺・・・謝りたいんだけど、何を言っていいかわからなくて。でもジュリアスも俺を避けてるんじゃないかって」
「ふむ。要するに、やりすぎだって言ったら、兄上が傷ついた?そんなことで傷つく人かなあ。うーん」
俺より長い付き合いのこの人がそう言うのならそうなのか?でも、この世の終わりみたいな顔してた。
「何で傷つけたかわからなくて。でも、ひどい顔してたから。あんな顔させたいわけじゃなかったのに・・・」
あの時のジュリアスの言っていたことを思い出す。
俺は頻度を減らそうとか言ったと思う。ジュリアスは――。
「そういうの、好きじゃないのかって。その、浄化が。――好きか嫌いかで聞かれてびっくりして。答えられなかったんです。そしたら、自分は間違えたって・・・」
そうだ。間違えたと言っていた。
間違いってなんなんだろう。
「なるほど、わかった」
え、わかったの?
すごいな。さすが兄弟だな。
「うーん、アスラと兄上の間でものすごい温度差があるみたいだね」
温度差。それはかなりあると思う。ジュリアスはいつもアツい。
「まあ、時間をかけて話し合えば解決すると思うんだけど。見た感じ、アスラも兄上を大事にしてくれてるし。人の気持ちはどうこうできるものでもないしね」
時間って。
恥を偲んで相談した結果にしてはちょっと頼りないアドバイスだ。
不満が顔に出ていたとは思えないんだが、ヴィクトーは仕方ない、というように続けてくれた。
「アスラ。君もある程度は聞いていると思うんだけど・・・以前の兄上との関係のこと」
「はい」
「拒絶されていたけど、兄はずっと君を想っていたからね。それを渡すことができなくて、実は膨らんだ愛が破裂寸前だったんだよ」
確かに、愛しい、愛してる、そう言いながらジュリアスはそれを言うこと自体が本当に幸せでたまらないと言ったようだった。その顔が俺は好きだったんだ。
「まあ言わば初恋をさ、こじらせてここまで来てるから。本来あるべき手順を飛ばしてしまっていることに気づいてなかったんだよね。舞い上がって。――行為が先にあったから仕方ないところもあるよね。特殊な関係だから」
そう、初対面があれで。魔力の相性もあれで。
「今まで拒絶一択だったアスラが受け入れてくれたから、それ即ち愛も受け取ってくれている、となったんだろう。対して、アスラはあくまでお役目と思っていた、と」
そう言われると嫌々やってるみたいに聞こえるが、そうじゃないからな・・・ここは訂正がいるよな。
「あの、俺たち魔力の相性が良過ぎて・・・」
「ああ、そうだったね。それも厄介だよね。キスも迂闊に出来ない。キスすれば乗ってくるし、今まで冷たくされてたその美しい顔で優しく笑われたら、勘違いするのも無理はないかなあ」
ははは、と笑われても。
「魔力の相性がよくて乗ってしまうのは仕方ないからねえ。そこは、兄上が悪いな」
うーん、とヴィクトーはいつのまにか苦笑を漏らしながらアスラの横に座り直した。
「あのね。アスラには、本当に感謝してるんだ。混沌の闇の中にあった兄上を救ってくれた。それだけでもう、私は君に感謝してもしきれない」
「いえ、そんな」
「だから、本当に嫌なら必要最低限、でも、君が負い目を感じることは何もないんだよ。――兄が傷ついたとかは考えなくても大丈夫。行為への抵抗をなくすための体液交換だ」
必要最低限?それは、以前のアスラとジュリアスのように、ということか。澱みが溜まれば連絡が来て、ジュリアスが訪れ、訳がわからないように体液を交換して終わったら去っていく。
「急いで結論を出す必要はないよ。だから少し、アスラ自身の気持ちを考えて欲しいな。――兄上と、どんな関係を築きたいのか。なんなら本宮で暮らしてもいいんだからね」
ぽん、と肩を叩くと、時計を見てヴィクトーは立ち上がった。
「とにかく夕食にしよう。妻と子供たちが待っているし、お腹が空いたからね。よかったら泊まっていくといい」
ヴィクトーに促され、ディナーに向かった。
奥さんは朗らかな方で、俺と同じくらいの背の美人だった。視線から2人がとてもいい夫婦なのだとよく分かった。ジュリアスとヴィクトーのお母さんは早くに亡くなったから、その関係でジュリアスと共に幼馴染みのように育った関係らしい。
7歳と5歳の王子と、3歳の王女が可愛らしく挨拶をしてくれてた。俺よりよっぽど上手なテーブルマナーで、食事しながら、今何をして遊んでるとか、何を学んでいるとか教えてくれて、みんな可愛かった。
子供達と楽しく話してボードゲームに誘われて遊んで、遅くなったので泊まっていくよう勧められ。お言葉に甘えて泊まることにした。昨日は寂しかったから、こうして人と遊ぶのが楽しくて。
賑やかな時間を過ごした後、客室に入って、お風呂も入って、あとは寝るだけ。ふと、再び静けさに寂しさを感じた。
落ち着いた調度品の揃えられた客室だった。細々とした気遣いが感じられる。それでもここは人の家だ。いつの間にかあそこが自分の家に感じられていたらしい。
2階なのでテラスがある。テラスに出たら、もしかして別邸が見えるのかと思い、外に出てみた。
夜になっても風がそこまで冷たくはない。もう春も終わる時期らしい。
夜の王宮からの景色もなかなかなものだった。別邸は見えなかったが、庭園に灯された灯りが夜の薔薇を点々と照らしている。
時折り巡回の兵士の足跡が響くくらいで、外はとても静かだ。
――と、庭園の路に人影。
離れていてもわかる。ジュリアスだ。
こちらに歩いてきて、ふと見上げて――目があった。
目があった途端、弾かれたように踵を返され、去ろうとする。
「ジュリアス!」
咄嗟に叫んでいた。
ジュリアスはその場で止まって、恐る恐る振り返る。
2階なのでそこまで遠くはない。
「どうしたの?」
会いに来てくれた?
先程までの寂しさが嘘のようになくなってる。
ああ、俺、嬉しいんだ。
「その・・・すまない、見つからないように、灯りだけ見て帰ろうかと・・・困っていないかだけ、侍従に聞きたくて」
「ちょっとまって!そっちに行くから」
待てよ、廊下に出るとまたややこしいな。
「飛び降りたら、受け止めれる?」
たまに魔力で動かされることもあるから、いけるんじゃないかと思いつく。
ジュリアスは焦っているようだったけど、考える時間を与えるとまた逃げられそうな気がする。
ジュリアスは来てくれた。
来てくれた!
妙なテンションになって、テラスの手すりを飛び越えた。
「ア、アスラ――っ!」
ふわりと体が風に包まれ、すぐにジュリアスの腕の中に着いた。
「おお、さすが」
「なっ、何を・・・危なかった、アスラ!」
「会いたかった!」
「――――――っ」
鼻腔をジュリアスの香りが霞める。なんの香りかわからないけど、この香りを嗅ぐとジュリアスを思い出す。
横抱きにされ、胸に顔をうずめる形になり、すうっと大きく息を吸い込む。
ああ、落ち着く。こんなに会いたかったんだ、俺。
ジュリアスの鼓動がすごく早い。
「ごめん・・・びっくりしたよね」
ジュリアスの顔が驚愕からそのまま固まっているから、恐る恐る聞いてみる。
ジュリアスは眉間にしわを寄せている。
「大丈夫だ。どこにいても、受け止めるから」
「怒って・・・?」
難しい顔をしているから聞いてみたが、ジュリアスはすっと視線を逸らし表情の読めない顔になった。
「怒っていない。驚いただけ、だ――」
その先が続かず、ジュリアスはうつむいた。
顔がよく見えない。
ああ、じれったいな。いつもぐいぐい来るのに!
俺はジュリアスの顔をぐい、と両手でこっちに向かせた。
すごい驚かれた。
「なんで目をあわせてくれないの?やっぱり、この前俺が傷つけたから・・・」
「違う、アスラ。そんな顔をしないでくれ。あなたのせいだなんてことは絶対に、ない。これは私の問題で・・・。アスラがそうやって天真爛漫に可愛らしいから、私が勝手に勘違いをしてしまう――」
いやいや、天真爛漫って。どの部分だよ。
「その優しさで、会いたかったと・・・言ってくれるから」
ジュリアスは一瞬また悲しそうな顔になり、ぎゅっと目を閉じて、また真顔に戻る。
「すまない。今度はもう、絶対に間違いたくないんだ。取り返せるのなら、やり直させてほしい。絶対にアスラの嫌がることはしない。負担に思うようなことがないようにしたい。約束する。極力姿を見せないようにするし、不自由のないように――」
「会いたかったよ」
だからそんな不安そうな顔をしないでくれ。
「会いたかった。昨日から全然会ってくれないから、寂しかった」
「アスラ・・・」
俺はジュリアスの首に手をまわして、ぎゅっと抱き着いた。広い背中はがっしりとしていて俺を抱きかかえたくらいじゃびくともしなくて。そんな男らしいところも好きだ。
「ちゃんと面倒見てくれないと、困る。俺、何もわからなくて。ジュリアスが教えてくれるって言ってたのに」
「だが、私に会うのは負担かと・・・」
「そんなこと言ってない!俺が嫌なのは――」
嫌なのは。アレ、ではない。
「嫌なのは・・・ジュリアスがそうやって俺を避けることだよ」
「嫌じゃない・・・?アスラ、あなたは私が嫌ではないのですか?こんな魔力を持った、浄化しないといけないような、化け物の・・・」
だめだ、どんどん暗くなっていく。ジュリアスは今までずっと否定され続けていて。彼ほど愛に自信のない人はいなかったのに。
失敗したんだ、俺。この人の事ちゃんとわかってなかった。
「俺は、ジュリアスが、俺の事愛してるって言ったり、俺にあれこれ教えてる時の、緩み切った顔が好きなんだよ!」
慌てて、好きなところを言う羽目になった。こうなったら止められない。伝えないと。
「ああ、もう!だから、ジュリアスの幸せな顔がもっと見たくて、だから、一緒に生きていきたい、って言っただろ」
「・・・・・・」
「悪かったよ。あまりにも、ジュリアスからの愛が、なんていうか・・・俺の想像を超えて重たかったんだよ。それが嫌っていうわけじゃない。驚いてというか、気後れして・・・なんか乗り遅れた感じで。――まだわからないけど、今まで出会った人の中で一番好きなのはジュリアスだし、あんなこと、やってもいいと思えるのもジュリアスだけだし――それじゃダメかな」
「アスラ・・・いい。それでいい。それがいい。アスラ、ああ、愛しすぎる。たまらない」
「うん。そ、れでさ、その、気持ちはありがたいんだけど、俺たちキスするだけで、ハアハア言ってたら大変でしょ」
「そうか?」
そうだよ!猿よりひどいよ!そういうとこなんだよ言いたいのは。
「だから、キスする前に、一言言ってほしい」
するなとは言わないからさ。
ああ、恥ずかしい!
ジュリアスの顔がほころんでいく。
「わかった。――アスラ。あなたのその唇に、今、触れてもいいだろうか。まだその日ではないけれど・・・あなたが欲しくてたまらない」
「それ。それが聞きたかったんだよ」
俺は手を伸ばして、ジュリアスの頭を引き寄せた。少しだけ唇を開けて、軽いキスを交わす。舌を絡めるほどではなく、唇をそっと舐める程度の交わりで離れる。
ジュリアスの頬が赤い。ジュリアスが照れるところは前々からよくわからなかったが、こんなことで赤くなるなんて。
「ジュリアス。顔赤いよ」
俺まで赤くなってしまって、照れ隠しに言ってみた。
ジュリアスは本当に嬉しそうにぎゅっと俺を抱きしめた。はあ、と大きく深呼吸して、俺がさっきしたみたいに俺の匂いを嗅いでるみたいだった。なんか照れる。
「アスラからしてもらうのは貴重だから・・・しかも舐めるなんて。腰が抜けそう」
「え。大丈夫?そろそろ降ろしてもらっても」
「だめ。離さない」
出た、ジュリアスのべったり。再開した。
「ああ、こういうのもダメなのかな。うっとうしい?言ってくれ、わからないんだ。湧き上がるこの気持ちをどうしたらいいか。――尽くしたい。アスラのすべてをしてあげたい。本当は頭の中をのぞいて、これをしてほしいと思う前に全部かなえてあげたい」
「うわ・・・重症だね」
「ああ。どんどんひどくなると思う」
ジュリアスが天を仰いだ。
「本当に持て余す。私自身の感情なのに。――アスラ、お願いだ。許してほしい。今すぐあなたに、息もできないほどの愛を注ぎたい。舌も、首筋も耳も舐めたい、噛みたい。そして――」
「ちょっ、ストップ!」
キスする前に言えとは言ったが、やりたいことを申し出ろという意味ではない。
「言わないで。恥ずかしいから・・・いいよ、キスしようよ。ちゃんとしたやつ」
言ってにこりと笑うと、余裕のないジュリアスの顔が間近に迫り、深く、熱い口づけを落とされた。
抱かれたままだから逃げ場はなく、熱い舌が口内を確かめるようになぞり、舌を吸い、絡めあう。
アスラも必死で応えようとするが、動きがあまりに逃すまいと強く、息をするのも難しくなってからは、何が何だかわからなかった。
すぐに体中の体温が上がりどうしようもない熱情に侵される。
「アスラ・・・アスラ」
「ジュリ・・・ア、も――」
「抱きたい。今すぐ」
「うん。――帰ろう、俺たちの家に」
ジュリアスはアスラを抱えたまま瞬く間に別邸へと帰り、寝室へと走りこんだ。
あまりの速さに周囲の様子もわからなかったが、止められることもなく扉も開けられたので、なんというか使用人たちも心得たものである。
部屋につくと周囲を見渡す余裕が生まれていた。
帰ってきた。やっぱり安心する。
ふと、机の上に見慣れないブレスレットが目に留まった。
「あれ・・・」
「ああ、ヴィクトーから先刻届いた。魔力が流出するのを防ぐものだ」
ベッドに座らされ、髪を撫でられる。少し乱れていたところを整えてくれたらしい。
「要するに、体液を交換しても興奮しなくなる」
「ええー!そんな便利なものが!?」
「一応国宝だから、そう簡単には出せないが。下賜する、だそうだ」
「ええ・・・・・」
どうする、と目でジュリアスが尋ねる。
ただ、そのジュリアスの息はまだ荒い。俺も胸が太鼓のように鳴っているから、全然収まってない。
「ううん。今はいらない。明日からつける」
この熱に浮かされたまま、ジュリアスに抱かれたい。
手を伸ばせばすぐにジュリアスが近づいてきた。
繋いだ手、腕、肩、そして首筋とたくさんの口づけをもらう。
「アスラ。愛している」
そう言うジュリアスの幸せそうな顔に、俺もたまらなくなってその顔を掴み、噛みつきそうなキスをした。
俺はこの世界に来て初めて1人でご飯を食べた。給仕のメイドはそれこそ口を拭おうとするなど行き過ぎなくらい、それはよく世話を焼いてくれたが、やはり1人で食べるご飯はなんとも味気なかった。
夜になってもジュリアスの訪れはなく、熟睡してスッキリした朝を迎える。
怠さも何もない体調が妙な感覚だった。
別邸の執事という年配の男性が常に控えているので特に不自由はない。ジュリアスとすれ違うこともなくまた1日が過ぎていく。
昨日のやりとりを思い出すたび心にしこりのようなものが残っている。それを解消するのにどうしたらいいのかわからず、悶々として過ごした。
そうして次の日の昼過ぎ。執事が手紙をもって訪ねてきた。
蝋で封をされ、王家の印章が押されている手紙だった。開け方がよくわからない俺に、執事は気を利かせて開けましょうか、と来てくれた。
もちろん文字も読めないので読んでもらう。
「本日のディナーに招待したい。楽しい時間を共に過ごそう」
ということらしい。
「ジュリアスも行くかな」
「お伺いしてまいります」
久しぶりだ、とちょっと胸が高まるのを感じていたというのに。しばらくして戻ってきた執事の返事は、
「ご都合がつかないとのことでございます。お一人で行くのであれば、どうか楽しんでこられますように、と」
であった。
一昨日までとの接し方と差がありすぎるんじゃないか。
怒りやら、悲しいやら。
自分でもこの感情が何なのかわからない。
一緒にいればまたああいう雰囲気になっても困るから、これは俺の望んだ形なんだと思う。でも・・・。先日のやり取りを思い出すと、どうにも気持ちが落ち着かない。
「一緒にって言ってたのに」
一人呟いて、思わず首を振る。
一人で行くのはちょっと、結構緊張するけど。いつまでもここに一人でいるのも寂しいし。一人でご飯食べなくていいなら、あの優し気なヴィクトーと食べるのも悪くないかなと思える。
「行くよ。支度してもらってもいいかな。俺、よくわからないから。作法とか・・・」
「承知いたしました。陛下は、そのままでお越しくださいと仰せでございますので、お気になさることはないと思います。とはいえ、衣服は少し改めてもよろしいかと」
「うん。よろしく」
俺はお言葉に甘えて全部任せて、1時間後には出発した。
国王の居所は歩いて15分ほどのところにあった。意外と近い。騎士が3人ついてきてくれた。
10歩離れてる。律儀だ。
選んでくれた上品な服は白い上着に、なんかキラキラした金銀の装飾がついている。肩章とモール紐というものがついた上着だ。正装として見たことある気がするが、紐は青で瞳の色に合わせました、となぜか衣装担当さんが嬉しそうだった。
ごめんねいつもシャツで。
ジャケットが白?と思ったが、髪色が黒ですので、と言われそういうものなのかと思う。装飾も重くなくそこまで多くはないし、スラックスは黒で、どちらも肌触りがとてもいい。あまり格式ばったのは困るなと思ったけど、あくまで家族の食事という雰囲気と思うといわれ、安心して出かけられた。
前を先導する案内人について行けばチェックを受けることなくたどり着く。政治が行われている宮殿の方とはまた違った場所のようだ。以前レイブンのところに行った時には通らなかった道で、すれ違う人もメイドや従僕などの使用人ばかりだった。
別邸とは違い、豪華な調度品だらけの廊下だ。一つ一つがどんなものなのか俺にはわからないが、埃一つなく全部存在感がすごい。ここだけで美術館みたいだ。オープンで巨大な階段のあるホールを抜け、応接室に通される。
「お掛けになってお待ちくださいませ」
そう言われ、座ったソファは赤くてふかふかだった。
どれくらい待つのかな、と思い部屋を見渡すとすぐに扉がノックされた。
「アスラ!来てくれて嬉しいよ」
ヴィクトーだ。会うのは2回目だというのに非常に友好的に、笑顔いっぱいで入ってきてくれる。
少し緊張していた気持ちがほぐれて、俺は立ち上がってそっちを向いた。
ヴィクトーは両手を広げて歩いてくる。あ、これってあれかな。
戸惑いながら、ハグ。ぎゅっと力を込めて親愛を示されて、おお、と思う。力強い。慣れないなこれ。握手もそうだけど、みんな強めだ。日本にいたときにそういう習慣なかったから。
「ここに来るまで困らなかった?兄上が来ないって聞いてびっくりしたけど、今日はせっかくだから羽を伸ばすつもりで過ごしてくれ」
お互いソファに座ると、すぐにお茶が運ばれてきた。
「それにしても、よく兄上が送り出したよね。その恰好を見て、何も言われなかった?」
「この格好・・・変ですか?」
「いや、とても綺麗だよ」
さらりと言われると照れる間もない。
「ただでさえ美しいのに、正装するとその美貌が引き立つね。天から舞い降りた神の使いかと思ったよ。その青く澄んだ瞳で見つめられたらきっと呼吸をするのも忘れるよ。とはいえ、君の美貌の前では衣装の方が霞んでしまうね。縫い付けられたダイアモンドの細工が恥ずかしそうにしているよ」
「ヴィ、ヴィクトー様・・・お願い、もうやめて」
国王ともなるとここまですらすらとお世辞が言えないとだめなのか。
「アスラ?」
「いえ、その。褒めすぎです」
照れ隠しにコホンと咳払いして気を取り直す。
「あの、ご招待ありがとうございました。実は俺、手紙もらったの初めてで・・・嬉しかったです」
「はあっ」
ヴィクトーは頭を抱えた。
もう慣れてきたぞこの反応。
「初めてになれて光栄だよ。ふふふ・・・兄上に自慢しよう。悔しがるところが目に浮かぶなあ」
ジュリアスにこんな風に言えるのはヴィクトー様くらいなんだろうな。
「よくあっさりと送り出してもらえたね。正直びっくりしたんだ」
「ジュリアスには会ってないんですけど、楽しんでおいでって言われました。会わずに出たので、この格好は見せてないんで」
「え、見送りもなし?」
「はい」
「ふうん・・・何かあったの?」
「何かって、言うほどの事じゃ・・・」
ヴィクトーはふむ、と控えている人たちに合図を送った。音もなくみんな下がって、部屋には二人だけになる。
「ああ、気にしないでね。話したくなければ無理に聞こうと言うわけじゃないんだ。ただ、話したいことがあれば、話したらいいし、相談に乗ってよければ聞かせてほしい。一応君より長く生きているしね。大切な家族として、心配しているんだ」
「ヴィクトー様・・・」
家族。そういってもらえてちょっと感動した。
ジュリアスはもちろん身近な人だったけど、心細いこの世界で、家族と言ってくれて、実際こうして食事にも招いてくれて。国王って忙しいだろうに、全力で助けになろうとしてくれている。
今朝から冷めかけていた心にぽっと温かみが差した気がした。
「ありがとうございます。ただ・・・なんて言っていいか。何が悪かったのか、俺にもわからなくて」
「うん」
「俺、ジュリアスの力になれるのは嬉しいんです。浄化も、初めはびっくりしたけど・・・ジュリアスは力を国のために使ってて。それを手伝えると思ったら、俺も嬉しい。だから俺、覚悟を決めて。一緒に生きていきたい、って思った」
そう、それは本当だ。流されただけじゃなくて、俺なりに覚悟があって、役目を果たしたいと言う気持ちもある。
沈黙を、ヴィクトーはちゃんと待ってくれる。
「気になって、聞いてみたんです。浄化の頻度。そしたら、週に1回くらいって聞いて。なのに、その・・・ジュリアスは毎日――」
言っていて、とんでもなく恥ずかしいことを相談してるんじゃないか、って今更自覚した。
ちらりとヴィクトーを見ると、いや、めっちゃにやにやしてるじゃん!
何これ、俺、家族に夜の相談してるんじゃ。――しかも会って2度目の人に。
かーっと顔に熱が集中する。
「あ、あの・・・その・・えっと」
「かーわいい、真っ赤だよアスラ」
成人男性の揶揄うような低音ボイス、なんかすごい威力だな。
あえてそうやって茶化してくれて。いたたまれなさが半減する。本当にいい人だ。
「すみません。こんなことを言いたいんじゃなくって。その、ジュリアスを傷つけたかも知れなくて。俺・・・謝りたいんだけど、何を言っていいかわからなくて。でもジュリアスも俺を避けてるんじゃないかって」
「ふむ。要するに、やりすぎだって言ったら、兄上が傷ついた?そんなことで傷つく人かなあ。うーん」
俺より長い付き合いのこの人がそう言うのならそうなのか?でも、この世の終わりみたいな顔してた。
「何で傷つけたかわからなくて。でも、ひどい顔してたから。あんな顔させたいわけじゃなかったのに・・・」
あの時のジュリアスの言っていたことを思い出す。
俺は頻度を減らそうとか言ったと思う。ジュリアスは――。
「そういうの、好きじゃないのかって。その、浄化が。――好きか嫌いかで聞かれてびっくりして。答えられなかったんです。そしたら、自分は間違えたって・・・」
そうだ。間違えたと言っていた。
間違いってなんなんだろう。
「なるほど、わかった」
え、わかったの?
すごいな。さすが兄弟だな。
「うーん、アスラと兄上の間でものすごい温度差があるみたいだね」
温度差。それはかなりあると思う。ジュリアスはいつもアツい。
「まあ、時間をかけて話し合えば解決すると思うんだけど。見た感じ、アスラも兄上を大事にしてくれてるし。人の気持ちはどうこうできるものでもないしね」
時間って。
恥を偲んで相談した結果にしてはちょっと頼りないアドバイスだ。
不満が顔に出ていたとは思えないんだが、ヴィクトーは仕方ない、というように続けてくれた。
「アスラ。君もある程度は聞いていると思うんだけど・・・以前の兄上との関係のこと」
「はい」
「拒絶されていたけど、兄はずっと君を想っていたからね。それを渡すことができなくて、実は膨らんだ愛が破裂寸前だったんだよ」
確かに、愛しい、愛してる、そう言いながらジュリアスはそれを言うこと自体が本当に幸せでたまらないと言ったようだった。その顔が俺は好きだったんだ。
「まあ言わば初恋をさ、こじらせてここまで来てるから。本来あるべき手順を飛ばしてしまっていることに気づいてなかったんだよね。舞い上がって。――行為が先にあったから仕方ないところもあるよね。特殊な関係だから」
そう、初対面があれで。魔力の相性もあれで。
「今まで拒絶一択だったアスラが受け入れてくれたから、それ即ち愛も受け取ってくれている、となったんだろう。対して、アスラはあくまでお役目と思っていた、と」
そう言われると嫌々やってるみたいに聞こえるが、そうじゃないからな・・・ここは訂正がいるよな。
「あの、俺たち魔力の相性が良過ぎて・・・」
「ああ、そうだったね。それも厄介だよね。キスも迂闊に出来ない。キスすれば乗ってくるし、今まで冷たくされてたその美しい顔で優しく笑われたら、勘違いするのも無理はないかなあ」
ははは、と笑われても。
「魔力の相性がよくて乗ってしまうのは仕方ないからねえ。そこは、兄上が悪いな」
うーん、とヴィクトーはいつのまにか苦笑を漏らしながらアスラの横に座り直した。
「あのね。アスラには、本当に感謝してるんだ。混沌の闇の中にあった兄上を救ってくれた。それだけでもう、私は君に感謝してもしきれない」
「いえ、そんな」
「だから、本当に嫌なら必要最低限、でも、君が負い目を感じることは何もないんだよ。――兄が傷ついたとかは考えなくても大丈夫。行為への抵抗をなくすための体液交換だ」
必要最低限?それは、以前のアスラとジュリアスのように、ということか。澱みが溜まれば連絡が来て、ジュリアスが訪れ、訳がわからないように体液を交換して終わったら去っていく。
「急いで結論を出す必要はないよ。だから少し、アスラ自身の気持ちを考えて欲しいな。――兄上と、どんな関係を築きたいのか。なんなら本宮で暮らしてもいいんだからね」
ぽん、と肩を叩くと、時計を見てヴィクトーは立ち上がった。
「とにかく夕食にしよう。妻と子供たちが待っているし、お腹が空いたからね。よかったら泊まっていくといい」
ヴィクトーに促され、ディナーに向かった。
奥さんは朗らかな方で、俺と同じくらいの背の美人だった。視線から2人がとてもいい夫婦なのだとよく分かった。ジュリアスとヴィクトーのお母さんは早くに亡くなったから、その関係でジュリアスと共に幼馴染みのように育った関係らしい。
7歳と5歳の王子と、3歳の王女が可愛らしく挨拶をしてくれてた。俺よりよっぽど上手なテーブルマナーで、食事しながら、今何をして遊んでるとか、何を学んでいるとか教えてくれて、みんな可愛かった。
子供達と楽しく話してボードゲームに誘われて遊んで、遅くなったので泊まっていくよう勧められ。お言葉に甘えて泊まることにした。昨日は寂しかったから、こうして人と遊ぶのが楽しくて。
賑やかな時間を過ごした後、客室に入って、お風呂も入って、あとは寝るだけ。ふと、再び静けさに寂しさを感じた。
落ち着いた調度品の揃えられた客室だった。細々とした気遣いが感じられる。それでもここは人の家だ。いつの間にかあそこが自分の家に感じられていたらしい。
2階なのでテラスがある。テラスに出たら、もしかして別邸が見えるのかと思い、外に出てみた。
夜になっても風がそこまで冷たくはない。もう春も終わる時期らしい。
夜の王宮からの景色もなかなかなものだった。別邸は見えなかったが、庭園に灯された灯りが夜の薔薇を点々と照らしている。
時折り巡回の兵士の足跡が響くくらいで、外はとても静かだ。
――と、庭園の路に人影。
離れていてもわかる。ジュリアスだ。
こちらに歩いてきて、ふと見上げて――目があった。
目があった途端、弾かれたように踵を返され、去ろうとする。
「ジュリアス!」
咄嗟に叫んでいた。
ジュリアスはその場で止まって、恐る恐る振り返る。
2階なのでそこまで遠くはない。
「どうしたの?」
会いに来てくれた?
先程までの寂しさが嘘のようになくなってる。
ああ、俺、嬉しいんだ。
「その・・・すまない、見つからないように、灯りだけ見て帰ろうかと・・・困っていないかだけ、侍従に聞きたくて」
「ちょっとまって!そっちに行くから」
待てよ、廊下に出るとまたややこしいな。
「飛び降りたら、受け止めれる?」
たまに魔力で動かされることもあるから、いけるんじゃないかと思いつく。
ジュリアスは焦っているようだったけど、考える時間を与えるとまた逃げられそうな気がする。
ジュリアスは来てくれた。
来てくれた!
妙なテンションになって、テラスの手すりを飛び越えた。
「ア、アスラ――っ!」
ふわりと体が風に包まれ、すぐにジュリアスの腕の中に着いた。
「おお、さすが」
「なっ、何を・・・危なかった、アスラ!」
「会いたかった!」
「――――――っ」
鼻腔をジュリアスの香りが霞める。なんの香りかわからないけど、この香りを嗅ぐとジュリアスを思い出す。
横抱きにされ、胸に顔をうずめる形になり、すうっと大きく息を吸い込む。
ああ、落ち着く。こんなに会いたかったんだ、俺。
ジュリアスの鼓動がすごく早い。
「ごめん・・・びっくりしたよね」
ジュリアスの顔が驚愕からそのまま固まっているから、恐る恐る聞いてみる。
ジュリアスは眉間にしわを寄せている。
「大丈夫だ。どこにいても、受け止めるから」
「怒って・・・?」
難しい顔をしているから聞いてみたが、ジュリアスはすっと視線を逸らし表情の読めない顔になった。
「怒っていない。驚いただけ、だ――」
その先が続かず、ジュリアスはうつむいた。
顔がよく見えない。
ああ、じれったいな。いつもぐいぐい来るのに!
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すごい驚かれた。
「なんで目をあわせてくれないの?やっぱり、この前俺が傷つけたから・・・」
「違う、アスラ。そんな顔をしないでくれ。あなたのせいだなんてことは絶対に、ない。これは私の問題で・・・。アスラがそうやって天真爛漫に可愛らしいから、私が勝手に勘違いをしてしまう――」
いやいや、天真爛漫って。どの部分だよ。
「その優しさで、会いたかったと・・・言ってくれるから」
ジュリアスは一瞬また悲しそうな顔になり、ぎゅっと目を閉じて、また真顔に戻る。
「すまない。今度はもう、絶対に間違いたくないんだ。取り返せるのなら、やり直させてほしい。絶対にアスラの嫌がることはしない。負担に思うようなことがないようにしたい。約束する。極力姿を見せないようにするし、不自由のないように――」
「会いたかったよ」
だからそんな不安そうな顔をしないでくれ。
「会いたかった。昨日から全然会ってくれないから、寂しかった」
「アスラ・・・」
俺はジュリアスの首に手をまわして、ぎゅっと抱き着いた。広い背中はがっしりとしていて俺を抱きかかえたくらいじゃびくともしなくて。そんな男らしいところも好きだ。
「ちゃんと面倒見てくれないと、困る。俺、何もわからなくて。ジュリアスが教えてくれるって言ってたのに」
「だが、私に会うのは負担かと・・・」
「そんなこと言ってない!俺が嫌なのは――」
嫌なのは。アレ、ではない。
「嫌なのは・・・ジュリアスがそうやって俺を避けることだよ」
「嫌じゃない・・・?アスラ、あなたは私が嫌ではないのですか?こんな魔力を持った、浄化しないといけないような、化け物の・・・」
だめだ、どんどん暗くなっていく。ジュリアスは今までずっと否定され続けていて。彼ほど愛に自信のない人はいなかったのに。
失敗したんだ、俺。この人の事ちゃんとわかってなかった。
「俺は、ジュリアスが、俺の事愛してるって言ったり、俺にあれこれ教えてる時の、緩み切った顔が好きなんだよ!」
慌てて、好きなところを言う羽目になった。こうなったら止められない。伝えないと。
「ああ、もう!だから、ジュリアスの幸せな顔がもっと見たくて、だから、一緒に生きていきたい、って言っただろ」
「・・・・・・」
「悪かったよ。あまりにも、ジュリアスからの愛が、なんていうか・・・俺の想像を超えて重たかったんだよ。それが嫌っていうわけじゃない。驚いてというか、気後れして・・・なんか乗り遅れた感じで。――まだわからないけど、今まで出会った人の中で一番好きなのはジュリアスだし、あんなこと、やってもいいと思えるのもジュリアスだけだし――それじゃダメかな」
「アスラ・・・いい。それでいい。それがいい。アスラ、ああ、愛しすぎる。たまらない」
「うん。そ、れでさ、その、気持ちはありがたいんだけど、俺たちキスするだけで、ハアハア言ってたら大変でしょ」
「そうか?」
そうだよ!猿よりひどいよ!そういうとこなんだよ言いたいのは。
「だから、キスする前に、一言言ってほしい」
するなとは言わないからさ。
ああ、恥ずかしい!
ジュリアスの顔がほころんでいく。
「わかった。――アスラ。あなたのその唇に、今、触れてもいいだろうか。まだその日ではないけれど・・・あなたが欲しくてたまらない」
「それ。それが聞きたかったんだよ」
俺は手を伸ばして、ジュリアスの頭を引き寄せた。少しだけ唇を開けて、軽いキスを交わす。舌を絡めるほどではなく、唇をそっと舐める程度の交わりで離れる。
ジュリアスの頬が赤い。ジュリアスが照れるところは前々からよくわからなかったが、こんなことで赤くなるなんて。
「ジュリアス。顔赤いよ」
俺まで赤くなってしまって、照れ隠しに言ってみた。
ジュリアスは本当に嬉しそうにぎゅっと俺を抱きしめた。はあ、と大きく深呼吸して、俺がさっきしたみたいに俺の匂いを嗅いでるみたいだった。なんか照れる。
「アスラからしてもらうのは貴重だから・・・しかも舐めるなんて。腰が抜けそう」
「え。大丈夫?そろそろ降ろしてもらっても」
「だめ。離さない」
出た、ジュリアスのべったり。再開した。
「ああ、こういうのもダメなのかな。うっとうしい?言ってくれ、わからないんだ。湧き上がるこの気持ちをどうしたらいいか。――尽くしたい。アスラのすべてをしてあげたい。本当は頭の中をのぞいて、これをしてほしいと思う前に全部かなえてあげたい」
「うわ・・・重症だね」
「ああ。どんどんひどくなると思う」
ジュリアスが天を仰いだ。
「本当に持て余す。私自身の感情なのに。――アスラ、お願いだ。許してほしい。今すぐあなたに、息もできないほどの愛を注ぎたい。舌も、首筋も耳も舐めたい、噛みたい。そして――」
「ちょっ、ストップ!」
キスする前に言えとは言ったが、やりたいことを申し出ろという意味ではない。
「言わないで。恥ずかしいから・・・いいよ、キスしようよ。ちゃんとしたやつ」
言ってにこりと笑うと、余裕のないジュリアスの顔が間近に迫り、深く、熱い口づけを落とされた。
抱かれたままだから逃げ場はなく、熱い舌が口内を確かめるようになぞり、舌を吸い、絡めあう。
アスラも必死で応えようとするが、動きがあまりに逃すまいと強く、息をするのも難しくなってからは、何が何だかわからなかった。
すぐに体中の体温が上がりどうしようもない熱情に侵される。
「アスラ・・・アスラ」
「ジュリ・・・ア、も――」
「抱きたい。今すぐ」
「うん。――帰ろう、俺たちの家に」
ジュリアスはアスラを抱えたまま瞬く間に別邸へと帰り、寝室へと走りこんだ。
あまりの速さに周囲の様子もわからなかったが、止められることもなく扉も開けられたので、なんというか使用人たちも心得たものである。
部屋につくと周囲を見渡す余裕が生まれていた。
帰ってきた。やっぱり安心する。
ふと、机の上に見慣れないブレスレットが目に留まった。
「あれ・・・」
「ああ、ヴィクトーから先刻届いた。魔力が流出するのを防ぐものだ」
ベッドに座らされ、髪を撫でられる。少し乱れていたところを整えてくれたらしい。
「要するに、体液を交換しても興奮しなくなる」
「ええー!そんな便利なものが!?」
「一応国宝だから、そう簡単には出せないが。下賜する、だそうだ」
「ええ・・・・・」
どうする、と目でジュリアスが尋ねる。
ただ、そのジュリアスの息はまだ荒い。俺も胸が太鼓のように鳴っているから、全然収まってない。
「ううん。今はいらない。明日からつける」
この熱に浮かされたまま、ジュリアスに抱かれたい。
手を伸ばせばすぐにジュリアスが近づいてきた。
繋いだ手、腕、肩、そして首筋とたくさんの口づけをもらう。
「アスラ。愛している」
そう言うジュリアスの幸せそうな顔に、俺もたまらなくなってその顔を掴み、噛みつきそうなキスをした。
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