【完結】淋しいなら側に

サイ

文字の大きさ
上 下
14 / 29
3朱国へ

5

しおりを挟む
「千!」
「緋王……」
 大股で回廊から庭へ降り、ずかずかとやってくる。思わず後ずさってしまうが、そんな千を気にせず緋王はすぐ目の前で止まった。
「何をしている。馬鹿かお前は。こんな強い雨の中いつまでも突っ立って、なんだ?俺への当てつけか!」
「どうしたらいいのか、わからないのです……」
 捕まれた腕を、力なく握り返す。緋王の体温が、ひどく温かい。
「俺の体一つで緋王の気が収まるのならいくらでも差し出す。……でも、俺ならきっとそんなことでは収まらない」
「……何を言っているんだ」
 不機嫌な緋王の声。それに怯みながらも、千は続けた。重いまぶたを伏せると、緋王の力強い腕が自分を掴んでいるのが見えた。刀を持つ者の、武人の手。
「考えたんです。俺にも姉がいるから。———姉さまを奪われたら、きっと俺、気が狂う。……そいつを、八つ裂きにしても、足り、な……」
 歯の根が噛み合わなくて、うまく言葉が出せなかった。
 あまりの寒さに唇は真紫、がたがたと全身が震えている。体の芯まで冷えていた。
 緋王は頭に手をやった。
「まったく!何て奴だ!使者の自覚があるのか。お前の体に何かあれば、まんまと黒国に攻め入る口実を与えることになるのだぞ!」
「ご、ごめんな……さ」
「もうしゃべるな!」
 ふわりと、体が宙に浮いた。抱きかかえられたのだとわかり、あわてて降りようとするが、暴れるなとまた怒鳴られて身を縮める。
 大人しくはしたが、消えそうな声で言わずにはおれなかった。
「あの……歩けます」
「面倒な事を言うな。お前を歩かせてあっちだこっちだと案内するよりはこっちの方が早い。———くそ、本当に冷たいな」
 喋れば怒らせそうなので、千は黙っているしかなかった。王の力強い腕に抱かれていると、自分が更に小さくなったように思う。いつもは嫌だと思っていたのに、なぜか今はありがたく思った。すっぽりと収まるこの状態が、とても心地いい。
 緋王はどかどかと乱暴な足取りで廊下を歩くと、千を抱えたままで奥の間へ進んだ。
 何人もの侍女が、心得た風で襖を開けてゆく。しばらく歩いたその先は心地よい香りの漂う浴室だった。
 檜で出来た浴槽に、千は半ば投げ込まれるようにして入らされた。
 湯の温度は幸いぬるいくらいだったので、冷め切った千の体にも熱すぎると感じることはなかった。それでも、突然のことで言葉を失う。
 文句など言えるはずもないが、しばらく呆然と固まっていると、ばさりと隣で着物を落とす音がする。見ると緋王が上衣を脱ぎ、薄衣一つになっていた。緋王はそのまま何の躊躇いもなく湯に入ってくる。
「ひ、緋王……?」
「お前のせいで、また身体が冷めた。———いつまでそうしている?早く脱げ」
「で、でも……」
「早くしろ。今更恥ずかしがる事もないだろう。どうせ———」
 そこまで言って、緋王は自分の失言を悟った。千の硬い表情と、急に冷えていく目の色に。
 しばらく黙って、緋王はそっと千の胸へ手を伸ばした。
「———すまぬ。俺は失言が多い。昔からそうなのだ。だから、俺の言うことは、あまり気にするな」
 そう言って、緋王はゆっくりとした手つきで千の着物を脱がせた。千のかじかんだ手では帯をほどくことも出来なかったからだ。
 その手つきが優しくて、千は先ほどまで恐ろしかった緋王に妙に親しみを感じた。黒王とはまるで違う。なんて人間味のある王なのだろう。悩み、悔やみ、そして怒る。
 千の視線に気づき、緋王はちらりと目を合わせてから、また手元に視線を落とした。短く、嘆息のようなものを漏らした。
「おそれることはない。———初めが間違っていたな」
 緋王はそう言うと、千の上着をすべて脱がせてから、ゆっくり千の頭を撫でた。
 固くなっていた緊張が、少しほぐれるような気がした。頭を撫でられるなど何年ぶりだろうか。
「俺が緋王、朱国の王だ。これからよろしく頼む」
「緋王、陛下……」
 目頭が熱くなって、それを慌てて押さえ込むように、千は頭を下げた。
「俺の方こそ、よろしくお願いします。精一杯お仕えいたします」
「ああ」
 湯気の中で、ようやく千は挨拶をすませることができたのだった。
 何故緋王が急に態度を変えたのかは分からなかったが。とにかく緋王は自分に、恨みを飲んで話をしてくれた。
 この緋王に精一杯仕えよう。毅旺から送られた側室としてではなく、一人の人間として。
 千は心に固く誓った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

幼馴染は僕を選ばない。

佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。 僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。 僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。 好きだった。 好きだった。 好きだった。 離れることで断ち切った縁。 気付いた時に断ち切られていた縁。 辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...