【完結】淋しいなら側に

サイ

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2黒国の城で

2(※)

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「郭は元の姓を由井ゆいという」
「由井……?」
 何処かで聞いた名だが思い出せない。
 湯殿に入った王は、縁にもたれて千にされるままになっていた。
 湯殿に来ると王はすぐ湯につかってしまった。千は上衣を取るくらいしか暇がなく、帯を留めていた紐を襷代わりにして袖を縛ると千は王の髪を梳いた。どこまでも血に染まった体はどこから手を付けていいか分からなかったので、とにかく大根を洗う要領で湯に着けたまま洗い流すことにしたのである。王の髪は毎日香油が丹念に塗られているだけあって、指通りもよくなめらかである。
「姉に聞いておらぬか。不破家の家臣だ」
「では、父の……」
「中でも由井といえば、不破家一門の中でも名家。その名を知らぬとはな」
 家臣らの名は聞いているが、何しろ数が多すぎて覚えきれない。元々、不破家の事については姉が辛そうにするのであまり聞いていなかった。
 家臣と言うことは、父の死んだ戦にも参軍したのだろうか。郭は千らと同じ遺児ということになる。
「何故城の下働きとなっているのですか?」
「お前は本当に何も知らぬのだな」
 見上げられ、どきりとした。
 王のそんな無防備な表情は初めて見た。いつも仮面をかぶったような表情しか見たことはなかった。千を抱いているときでさえ、表情は動かなかったのだ。
 髪を梳き、程よい湯の温度が王の表情を和らげているのかも知れない。湯温はいつもより少し低めで、長く浸かっていてものぼせない適度な温度である。郭の配慮なのだろう。
「不破家一門の生き残りどもには、選択肢が二つ与えられた。お前らのように都を出るか、城の奴隷となるか」
「郭は奴隷を選んだのですね。何故……」
 奴隷となるということは、人でなくなるということだ。実際、多くの家臣たちが城を去ったと聞いていた。
 王は千の質問にまた笑った。
「箸より重いものを持ったことのない者に、自ら稼いで暮らすことなどよほどの覚悟がなくては出来まい。由井家には王家に額づくを拒む誇りもなければ、無力な跡取り一人を無償で支える忠実な家臣もいなかったようだ」
「死ぬ覚悟か、一生従うか、ですか……」
 王はそういった選択が好きだ。———そんな事を思ったが、さすがに口に出しては言えなかった。
 千は髪を梳き終わり、手近にあった米ぬかを包んだ布で王の体を洗い始めた。着物を着ていた所は大して血で汚れてはいない。ひどいのは、腕の先だった。血を溶かして落とす度に、鼻を突く血の香りが漂う。一体誰の血なのだろうか。
 今の王は機嫌がいいようだった。いつもは会話など皆無で過ごすのに、今日は饒舌である。聞いてみようか、と思った。
「———陛下、あの……」
「聞きたがりだな、おまえは」
 言葉を遮られたと思った瞬間。千はあっと思う間もなく、洗っていた王の手に両腕を捕まれて湯殿の中に引きずり込まれていた。
 大きな水音がしたが、何とか水は飲まなかった。王が器用に体を支えてくれたおかげだろう。しかし血の色に染まった湯殿の中に着物のまま浸かるのは非常に気持ちが悪い。
「陛、下……!」
 思わず責めるような口調を漏らし、千は王から離れようと体を起こす。しかし、王の腕は千を離しはしなかった。
「血に濡れているのは私一人ではないぞ」
 言われて、そういえば自分の顔にも王のせいで血が付いているのだと思い出す。慌てて手でぬぐおうとするが、王の手は未だ千の両腕を掴んだままだった。
「陛下、お離しください」
「血に濡れた顔の方が私は好きだが……忌まわしき者の血だ。落としてやろう」
「忌まわしき者……?」
 千が問うのへ答えず、王の濡れた手が千の顔を洗い流す。
「陛下、一体、何があったのですか」
 真っ直ぐな目だった。恐れはない、ただ、率直に何があったのかと尋ねる目。王はその目から視線は逸らさず感情のない顔で言った。
「黒国の都市が、昨日三つ減った」
「———は?」
「いずれも朱国しゅこくに隣接する都市だ。———千、この意味が分かるか」
 千は首をかしげた。
「また戦争になるぞ。十年ぶりのな。———望み通り、派手に始めてやろうではないか」
「戦争……?」
 朱国が攻めてきたということか。
 姉に聞いた話では、父が死んだ戦で朱国は気圧され、朱国の緋王ひおうも亡くなり軍を引いたという。それ以降、朱国と黒国の間に戦はなかった。
 それが、また戦になる。
 少し青ざめた千の顔を、王は面白そうに見ていた。やがて手が千の首筋から頭へ伸び、髪を無造作に掴む。少しのけぞった千の首筋に、王は柔らかい唇を落とした。
「———手始めに、我が側室となっていたあやつの妹を殺した。数日後にはその首が届くだろう。あの若造が、一体どんな顔をするやら……くくく」
 背筋がひやりとした。それは低くくぐもった王の声や吐息のせいばかりではない。王は、戦後停戦と親交の証として送られていた朱国の姫を殺してきたのだ。おそらくは、その周りの者も。朱国の出身の者も、全て。もしかすると自分の子さえも。
 戦争になる。
 淀んだ想像をかき消すように首筋をきつく噛まれ、思わず息が漏れる。
「へ、いか……」
「千。私の名は、毅旺きおう。これより名で呼ぶことを許す」
 それは、どんな気まぐれか。王が名で呼べなどと言うのは普通よほど気を許した証拠である。しかし、王は少しも気を許してなどいない。肌を合わせていると分かる。王の意識がどこにあるのかは。王は常に、傍らに置いて離さない剣に意識を向けている。もしここで千が不興を買うようなことをすれば、すぐにでも首を切ることは出来るのだろう。
 千はそんな恐ろしさを感じながら、そっと小さく呟いたのだった。
「毅旺さま……」
「座れ」
 王は短く命令した。目線で、湯船の縁に座るようにと命じたのだ。千は湯から上がり、縁に腰を落とした。足湯をするように、膝から下だけを湯につける。湯あたりしなくてちょうど良い。
 そんなことを思っていたのもつかの間、王は手慣れた仕草で千の着物の裾を捲り上げたのだった。慌てて千は逃げようとするが、王は千の帯を引いてそれを許さない。
「へい、か……」
「名で呼べ。誰が行っていいと行った?」
「何を……」
「動くな」
 命じられては、動くことができない。千は着物の前を開けられ、下半身をすべて王の目の前にさらすことになった。恥ずかしくて、全身に血が上る。
「今さら恥ずかしがることも無いだろう」
「そんな……」
 ひどい、と言おうとした千を置いて、王は少し離れたところでじっと千の下半身を見つめる。視線を感じて、ますます恥ずかしくなる。
「さあ、見せてもらおうか」
「———え?」
「自分でやって見せろ。うまく私を誘うことができれば、褒美をやろう」
「誘う、って……」
「手を使ってやってみろ。昨夜私がしたように」
 千は絶句した。
 まさか、自慰を見せろと言われるとは思っても見なかった。だが、王の目は本気だ。逆らえばまた勘気を起こすのか。
 千は恐る恐る、ゆっくりと手を自分の前へ持って行った。
 見られていると思うと、それだけで感じてしまう。逃げ出したい気持ちを必死で押さえて、千はゆっくりと自分の前を握った。
 根本から亀頭にかけて、ゆっくりこすり合わせる。ちらりと王を見れば、じっと千の手元を見ている。視線が、熱い。千の前の部分はあっという間に熱を持って反り返っていった。
「———ん、うっ……」
 息が荒くなっていく。早く終わらせようと千は焦って手を早く動かした。しかし、いつも王の巧みな手によって馴らされた身体は、千の拙い自慰によってはそう早く終焉を迎えてくれない。いくら王の目があるからといっても難しかった。
 やっと先端から先走りが出てくる。その滑りで、亀頭の周りのくぼみを刺激する。
「うっ、う……」
 なかなかいけなくて、恥ずかしくて、つらくて、泣きそうになる。しかし王は全く許してくれそうにない。
 涙目になって、千は王を見た。
「き、旺様……お願いです、もう」
「それで真剣にやっているつもりか」
「やって、ます———でも」
「言い訳はいい。———仕方ない。では、背中を倒せ」
 千は目を見張った。
「どうした。手が止まっている」
「毅旺さま」
「早くしろ」
 有無を言わせない王に、千は身体を固くしながらゆっくりと、背中を床に倒した。
 そんなことをすれば千の恥ずかしい部分はすべて見られていることになる。千には天井しか見えないのに、王にはすべてみられているのだ。
「千」
 王の声に、過剰に反応してしまう。身体が強張った。
「私は、私がしているように、と行っただろう?前と後ろを使って、ちゃんとやれ」
「そんな……」
「やらないならば、いつまでも終わらない」
 千はぐっと涙をのんだ。こんなところで、泣いていられない。
 どんなことでも、耐えるのだ。
 千は再び前を動かし、恐る恐る、後ろの蕾に指を入れてみた。自分で入れるのは、これで初めてである。
 すぐに指に、ひだが生き物のように絡みついて来る。その刺激が、さらに千の前を興奮させた。指を一本、奥までゆっくりと挿入する。体勢は厳しかったが、そんなこと構っていられない。
「指に絡みついてくるだろう?お前はいつも、ひくひくと貪欲に私のものをむさぼろうと締め付ける。私のものをすべて吸い尽くそうとする」
 王の声で、よけいに興奮してしまう。指は確かに絡みつき、熱く締め付けられているのだ。
指が、敏感な部分を探り当てる。
「ふっ……あ、んっ、う……」
 ゆっくりと刺激しながら、前を擦る。先ほどとは全然違う、電流のような快感の波がやってくる。律動的に、前と後ろを、交互に刺激する。王の視線も、気にならなくなってきた。後はもう、終焉は近い———。
 急に、動きを止められる。いつの間にか王が側まで来ていた。千の両手を、さっと頭の上に持って行った。
「あっ……」
 突然快感を取り上げられた、と思った瞬間。
「うっ、あ、ああ———っ!」
 王の屹立したものが千の中に一気に挿入された。まだ馴らされていないそこは、今まで感じたことの無いほどの痛みと、圧迫感で、最後には声も出なかった。
 一気に奥まで突き上げた王は、そのまま千を抱き起こした。抱き起こされると、さらに挿入は深くなる。
「ふっ、うう……」
 うめき声しか出ない千の唇に、王は強く口づけをした。千は呼吸を整えるのに必死である。口付けなどに構っていられない。王は構わず、ゆっくりと千の中で動き始めた。
「ま、って……毅旺、様。やぁ……っ」
 痛みは、次第に緩やかになる。それと同時に王は千の胸の突起を愛撫しながら、千の腰を揺すった。
「きついな……お前の中が、また私を熱く締め付けてくる」
「きゅう、に、する———から」
 千の非難に、王は笑ったように見えた。熱の上での錯覚かもしれない。王は千の手に、先ほどと同じように千のものを握らせ、自分でするよう促した。王は千の胸の突起をつまみ、愛撫を続ける。
「も、う……きお、様、も……お願」
 王が達しなければ、終わりにはならない。千はもう我慢できないと、王に懇願する。王は珍しく千の希望を聞き入れ、突き上げを激しくした。千の腰を持って、上下に揺らす。それと同時に己の腰も使って激しく突き上げた。
「はっ、ああ、あっ、あ、もっ、やああ」
 今まで感じたことの無いほどの突き上げと快感に、千は自慰どころではなかった。全身で、王のものを感じていた。知らず、自分も腰を動かしている。
「ああああぁぁぁ」
 深く、長い絶頂が訪れた。王もほぼ同時に、千の中に放つ。
 千は力をなくして王の身体にもたれかかった。
 その後のことは、ほとんど覚えていない。あまりの激しさに、千は半分意識を失ってしまった。
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