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三章
三章(3)
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母が隣の部屋に越してきてから、母とは少し距離を取り始めた。
一応は毎日挨拶に向かい簡単な話をしてはいるものの、長居はしない。
今までであれば声を掛ければ花が咲き誇るような笑顔で答えてくれ、優しく頭を撫でたり抱き締めてくれたりもした。子を顧みない父の代わりにと、母は愛情を全身で表現してくれていたのに。
今では寝込み始めた以前よりも増した暗い表情と薄い反応を向けられるのが怖くなったのである。
どんなに大切で心配であっても、まるで母までも父のようにフィンネルに無関心になっていく様が不安で仕方がなかったのだ。
それに比例して、フィンネルからシグルドへの手紙の頻度が増えた。
例え返信が未着だろうがお構いなしだ。
その日あった出来事や不安を白い便箋に綴っては、三日分の手紙が入った封筒に蝋を垂らして印を押す。シグルドへの想いは募るばかりで、締め括りには必ず「早く会いたい」と書いていた。
同時に寂しさを埋めるようにエンリケへの接触も増えた。
九歳にもなれば充分自立心が育ち、フィンネルも一人で可能なことは一人でこなしてきたのだが、このところはエンリケにベッタリで、入眠時も傍らに居なければ眠れない程だ。
フィンネル自身、言い知れぬ不安に悩まされ、寝よう寝ようとする程に目が冴えてしまう悪循環に落ちていた。近頃は寝不足で顔色が悪い日もあった。
「フィンネル様、今日も剣術訓練は中止にしましょう。目に隈が出来てますし、午後からは授業も休みにして午睡にした方がいいと思います」
そう言ってエンリケは膝を折り、フィンネルの両手を掴んだ。至って真剣な眼差しにフィンネルは視線を伏せた。
心配を掛けさせるつもりはないのだが、どうしてもエンリケには隠せないし、隠したくもない。
「ごめんね、エンリケ……最近なんだかよく眠れないせいで、皆に心配掛けちゃって…」
「いいえ。フィンネル様、私達使用人がフィンネル様が健康に笑顔で居られる環境を作れなかったせいなのです」
「皆のせいじゃないよ、なんだか元気出なくて……」
原因は思い当たるものの、それを口にするのは憚られる。もっともエンリケはフィンネルの不安の種に気付いているだろう。
フィンネルをそっと抱き寄せて赤子にするように背中をポンポンと軽く叩く。
「では、早急にシグルド様から元気を補充しなければなりませんね」
「うん。今朝お返事の手紙が届いたんだけど、来月の入学の準備で完成した制服の着付けをしたんだって。早く僕もシグルドの制服姿を見たいな」
四月に入学予定のイルバート国立学院の制服は純白の生地に紺で縁取りをされている。
少し青みがかったシグルドの髪に良く似合うに違いない。
フィンネルの制服も一週間前に届いていて、その時は母も笑顔を見せてくれて、使用人の皆も可愛い可愛いと誉めてくれた。
これからの成長もあるため、本の少しだけ手足の丈が長めに取ってある。
取り敢えず一年後にはこのサイズがぴったりになり、更に成長したら次のサイズを仕立て屋に頼むことになるだろう。
少し気持ちが前向きになり始めた頃、フィンネルの部屋の扉がノックされた。
エンリケと目を合わせて頷くと、エンリケが扉に向かって声を掛けた。
「どなたですか」
「エマです」
訪ねてきたのはは母の侍女の一人であるエマだった。
エンリケが扉を開けると、エマが素早く室内に入る。彼女は不審に視線をキョロキョロと見渡すと、そっと口を開いた。
「ジルド・エルバン伯爵様がお見えになられております」
一応は毎日挨拶に向かい簡単な話をしてはいるものの、長居はしない。
今までであれば声を掛ければ花が咲き誇るような笑顔で答えてくれ、優しく頭を撫でたり抱き締めてくれたりもした。子を顧みない父の代わりにと、母は愛情を全身で表現してくれていたのに。
今では寝込み始めた以前よりも増した暗い表情と薄い反応を向けられるのが怖くなったのである。
どんなに大切で心配であっても、まるで母までも父のようにフィンネルに無関心になっていく様が不安で仕方がなかったのだ。
それに比例して、フィンネルからシグルドへの手紙の頻度が増えた。
例え返信が未着だろうがお構いなしだ。
その日あった出来事や不安を白い便箋に綴っては、三日分の手紙が入った封筒に蝋を垂らして印を押す。シグルドへの想いは募るばかりで、締め括りには必ず「早く会いたい」と書いていた。
同時に寂しさを埋めるようにエンリケへの接触も増えた。
九歳にもなれば充分自立心が育ち、フィンネルも一人で可能なことは一人でこなしてきたのだが、このところはエンリケにベッタリで、入眠時も傍らに居なければ眠れない程だ。
フィンネル自身、言い知れぬ不安に悩まされ、寝よう寝ようとする程に目が冴えてしまう悪循環に落ちていた。近頃は寝不足で顔色が悪い日もあった。
「フィンネル様、今日も剣術訓練は中止にしましょう。目に隈が出来てますし、午後からは授業も休みにして午睡にした方がいいと思います」
そう言ってエンリケは膝を折り、フィンネルの両手を掴んだ。至って真剣な眼差しにフィンネルは視線を伏せた。
心配を掛けさせるつもりはないのだが、どうしてもエンリケには隠せないし、隠したくもない。
「ごめんね、エンリケ……最近なんだかよく眠れないせいで、皆に心配掛けちゃって…」
「いいえ。フィンネル様、私達使用人がフィンネル様が健康に笑顔で居られる環境を作れなかったせいなのです」
「皆のせいじゃないよ、なんだか元気出なくて……」
原因は思い当たるものの、それを口にするのは憚られる。もっともエンリケはフィンネルの不安の種に気付いているだろう。
フィンネルをそっと抱き寄せて赤子にするように背中をポンポンと軽く叩く。
「では、早急にシグルド様から元気を補充しなければなりませんね」
「うん。今朝お返事の手紙が届いたんだけど、来月の入学の準備で完成した制服の着付けをしたんだって。早く僕もシグルドの制服姿を見たいな」
四月に入学予定のイルバート国立学院の制服は純白の生地に紺で縁取りをされている。
少し青みがかったシグルドの髪に良く似合うに違いない。
フィンネルの制服も一週間前に届いていて、その時は母も笑顔を見せてくれて、使用人の皆も可愛い可愛いと誉めてくれた。
これからの成長もあるため、本の少しだけ手足の丈が長めに取ってある。
取り敢えず一年後にはこのサイズがぴったりになり、更に成長したら次のサイズを仕立て屋に頼むことになるだろう。
少し気持ちが前向きになり始めた頃、フィンネルの部屋の扉がノックされた。
エンリケと目を合わせて頷くと、エンリケが扉に向かって声を掛けた。
「どなたですか」
「エマです」
訪ねてきたのはは母の侍女の一人であるエマだった。
エンリケが扉を開けると、エマが素早く室内に入る。彼女は不審に視線をキョロキョロと見渡すと、そっと口を開いた。
「ジルド・エルバン伯爵様がお見えになられております」
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