15 / 22
三章
三章(3)
しおりを挟む
母が隣の部屋に越してきてから、母とは少し距離を取り始めた。
一応は毎日挨拶に向かい簡単な話をしてはいるものの、長居はしない。
今までであれば声を掛ければ花が咲き誇るような笑顔で答えてくれ、優しく頭を撫でたり抱き締めてくれたりもした。子を顧みない父の代わりにと、母は愛情を全身で表現してくれていたのに。
今では寝込み始めた以前よりも増した暗い表情と薄い反応を向けられるのが怖くなったのである。
どんなに大切で心配であっても、まるで母までも父のようにフィンネルに無関心になっていく様が不安で仕方がなかったのだ。
それに比例して、フィンネルからシグルドへの手紙の頻度が増えた。
例え返信が未着だろうがお構いなしだ。
その日あった出来事や不安を白い便箋に綴っては、三日分の手紙が入った封筒に蝋を垂らして印を押す。シグルドへの想いは募るばかりで、締め括りには必ず「早く会いたい」と書いていた。
同時に寂しさを埋めるようにエンリケへの接触も増えた。
九歳にもなれば充分自立心が育ち、フィンネルも一人で可能なことは一人でこなしてきたのだが、このところはエンリケにベッタリで、入眠時も傍らに居なければ眠れない程だ。
フィンネル自身、言い知れぬ不安に悩まされ、寝よう寝ようとする程に目が冴えてしまう悪循環に落ちていた。近頃は寝不足で顔色が悪い日もあった。
「フィンネル様、今日も剣術訓練は中止にしましょう。目に隈が出来てますし、午後からは授業も休みにして午睡にした方がいいと思います」
そう言ってエンリケは膝を折り、フィンネルの両手を掴んだ。至って真剣な眼差しにフィンネルは視線を伏せた。
心配を掛けさせるつもりはないのだが、どうしてもエンリケには隠せないし、隠したくもない。
「ごめんね、エンリケ……最近なんだかよく眠れないせいで、皆に心配掛けちゃって…」
「いいえ。フィンネル様、私達使用人がフィンネル様が健康に笑顔で居られる環境を作れなかったせいなのです」
「皆のせいじゃないよ、なんだか元気出なくて……」
原因は思い当たるものの、それを口にするのは憚られる。もっともエンリケはフィンネルの不安の種に気付いているだろう。
フィンネルをそっと抱き寄せて赤子にするように背中をポンポンと軽く叩く。
「では、早急にシグルド様から元気を補充しなければなりませんね」
「うん。今朝お返事の手紙が届いたんだけど、来月の入学の準備で完成した制服の着付けをしたんだって。早く僕もシグルドの制服姿を見たいな」
四月に入学予定のイルバート国立学院の制服は純白の生地に紺で縁取りをされている。
少し青みがかったシグルドの髪に良く似合うに違いない。
フィンネルの制服も一週間前に届いていて、その時は母も笑顔を見せてくれて、使用人の皆も可愛い可愛いと誉めてくれた。
これからの成長もあるため、本の少しだけ手足の丈が長めに取ってある。
取り敢えず一年後にはこのサイズがぴったりになり、更に成長したら次のサイズを仕立て屋に頼むことになるだろう。
少し気持ちが前向きになり始めた頃、フィンネルの部屋の扉がノックされた。
エンリケと目を合わせて頷くと、エンリケが扉に向かって声を掛けた。
「どなたですか」
「エマです」
訪ねてきたのはは母の侍女の一人であるエマだった。
エンリケが扉を開けると、エマが素早く室内に入る。彼女は不審に視線をキョロキョロと見渡すと、そっと口を開いた。
「ジルド・エルバン伯爵様がお見えになられております」
一応は毎日挨拶に向かい簡単な話をしてはいるものの、長居はしない。
今までであれば声を掛ければ花が咲き誇るような笑顔で答えてくれ、優しく頭を撫でたり抱き締めてくれたりもした。子を顧みない父の代わりにと、母は愛情を全身で表現してくれていたのに。
今では寝込み始めた以前よりも増した暗い表情と薄い反応を向けられるのが怖くなったのである。
どんなに大切で心配であっても、まるで母までも父のようにフィンネルに無関心になっていく様が不安で仕方がなかったのだ。
それに比例して、フィンネルからシグルドへの手紙の頻度が増えた。
例え返信が未着だろうがお構いなしだ。
その日あった出来事や不安を白い便箋に綴っては、三日分の手紙が入った封筒に蝋を垂らして印を押す。シグルドへの想いは募るばかりで、締め括りには必ず「早く会いたい」と書いていた。
同時に寂しさを埋めるようにエンリケへの接触も増えた。
九歳にもなれば充分自立心が育ち、フィンネルも一人で可能なことは一人でこなしてきたのだが、このところはエンリケにベッタリで、入眠時も傍らに居なければ眠れない程だ。
フィンネル自身、言い知れぬ不安に悩まされ、寝よう寝ようとする程に目が冴えてしまう悪循環に落ちていた。近頃は寝不足で顔色が悪い日もあった。
「フィンネル様、今日も剣術訓練は中止にしましょう。目に隈が出来てますし、午後からは授業も休みにして午睡にした方がいいと思います」
そう言ってエンリケは膝を折り、フィンネルの両手を掴んだ。至って真剣な眼差しにフィンネルは視線を伏せた。
心配を掛けさせるつもりはないのだが、どうしてもエンリケには隠せないし、隠したくもない。
「ごめんね、エンリケ……最近なんだかよく眠れないせいで、皆に心配掛けちゃって…」
「いいえ。フィンネル様、私達使用人がフィンネル様が健康に笑顔で居られる環境を作れなかったせいなのです」
「皆のせいじゃないよ、なんだか元気出なくて……」
原因は思い当たるものの、それを口にするのは憚られる。もっともエンリケはフィンネルの不安の種に気付いているだろう。
フィンネルをそっと抱き寄せて赤子にするように背中をポンポンと軽く叩く。
「では、早急にシグルド様から元気を補充しなければなりませんね」
「うん。今朝お返事の手紙が届いたんだけど、来月の入学の準備で完成した制服の着付けをしたんだって。早く僕もシグルドの制服姿を見たいな」
四月に入学予定のイルバート国立学院の制服は純白の生地に紺で縁取りをされている。
少し青みがかったシグルドの髪に良く似合うに違いない。
フィンネルの制服も一週間前に届いていて、その時は母も笑顔を見せてくれて、使用人の皆も可愛い可愛いと誉めてくれた。
これからの成長もあるため、本の少しだけ手足の丈が長めに取ってある。
取り敢えず一年後にはこのサイズがぴったりになり、更に成長したら次のサイズを仕立て屋に頼むことになるだろう。
少し気持ちが前向きになり始めた頃、フィンネルの部屋の扉がノックされた。
エンリケと目を合わせて頷くと、エンリケが扉に向かって声を掛けた。
「どなたですか」
「エマです」
訪ねてきたのはは母の侍女の一人であるエマだった。
エンリケが扉を開けると、エマが素早く室内に入る。彼女は不審に視線をキョロキョロと見渡すと、そっと口を開いた。
「ジルド・エルバン伯爵様がお見えになられております」
11
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

被虐趣味のオメガはドSなアルファ様にいじめられたい。
かとらり。
BL
セシリオ・ド・ジューンはこの国で一番尊いとされる公爵家の末っ子だ。
オメガなのもあり、蝶よ花よと育てられ、何不自由なく育ったセシリオには悩みがあった。
それは……重度の被虐趣味だ。
虐げられたい、手ひどく抱かれたい…そう思うのに、自分の身分が高いのといつのまにかついてしまった高潔なイメージのせいで、被虐心を満たすことができない。
だれか、だれか僕を虐げてくれるドSはいないの…?
そう悩んでいたある日、セシリオは学舎の隅で見つけてしまった。
ご主人様と呼ぶべき、最高のドSを…

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる