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二章
二章(8)
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ユラユラ揺れる兎の耳が可愛くて、無駄に頭を動かしてみる。本当に耳が生えたみたいだ。
「ねえ、エンリケもベイルも耳付けてみなよ、きっと可愛いよ」
フィンネルがそう言うと、二人は顔を見合わせる。
ベイルがプッと吹き出すとエンリケに指を指した。
「あんた、猫が似合いそう。いつも毛を逆立てて爪と牙剥いてんの」
「ならお前は躾のなっていない駄犬か?」
「エンリケ、ごめんね……ベイルは感情豊かで少し自制が苦手なんだ」
エンリケも負けじと鋭い笑みを見せるが、一触即発の空気にシグルドの弱った声が二人を冷静にさせた。
確かに長い時間を共にしているわけではないが、ベイルは悪い人物でもないし主のシグルドを大切にしているのもわかる。ちょっとした軽口は常のようで、シグルドも馴れているようだ。そんな彼に親しみを抱いているのだろう。
「ベイルも言い過ぎだよ。エンリケが好きだからって余り人を茶化すような事ばかりでは駄目だ。嫌われちゃうからね」
「ハッ!?」
「えっ」
「……ベイル、エンリケの事、好きなの?」
シグルドの発言で凍りついた当の二人と、真っ白な長い耳をフワリと揺らして首を傾げるフィンネル。
数秒の後、口火を切ったのは顔を赤くしたベイルだった。
「そんっなワケないじゃないですか坊っちゃん!この融通の聞かない石頭!」
「でもベイル、君は気に入った人にしか本音は出さないじゃないか」
「……ンン……そんなこと、ないですよ」
ベイルはひきつった笑顔を見せながらシグルドの頭のクマサン耳の形を変えていく。出来上がったのはツンと尖った二本の角だった。
「坊っちゃんは時に悪魔になりますもんね、お似合いですよ」
「行き過ぎた言動に注意してるだけだよ」
そう言って笑うものの、エンリケは腑に落ちない表情でベイルを睨んだままだった。
けれど、フィンネルは気付いている。
常に冷静に勤めている彼がこんな風に冗談を言いながら怒ったりするのはベイルの前だからだと。
その事を口にしたら恐らくエンリケはもっと動揺してしまうだろう。流石に可哀想だと思い、口許に手を当ててひっそり笑った。
その後も侍従の二人は文句を言いながら身体を綺麗に洗い流し、四人で浴槽に向かった。大きく広い湯船は大人二人、子供二人でも足を伸ばして寛ぐ程に充分な余裕がある。
暖かな湯にそろりと入り、肩まで浸かるとホッと息が漏れた。
剣の稽古をして緊張した筋肉が解れていくのを感じながら隣のシグルドに寄り添う。
それに気付いたシグルドは湯に浮かんだ紫の花を手に取って、そっとフィンネルの頭の上に乗せた。
飾られた花は丸い水滴を滑らせて淡い金色の髪を輝かせる。それを見て満足そうに微笑んだ。
「似合うね」
「そう、なの……?」
訪れる客人に愛らしいと言われるのは良くあることだが、頭に花を飾られた事はない。こういうのは主に女性や女児がする事だと思っていたため、少し気まずさを感じる。
しかしシグルドに誉められる事は嫌ではなく、むしろ恥ずかしくて視線を合わせられない。
湯とは違う熱源で顔が熱くなって視線を彷徨わせた。
「この花は坊っちゃんと同じ瞳の色ですねぇ」
そう言って湯に浮かぶ花を摘まんだのはベイルだ。
ニヤニヤと締まりのない顔をしている。
「子供に変なことを言うのはやめろ」
「だってねぇ……坊っちゃんだって、意味を知らないワケじゃないでしょ」
「深い意味はないよ」
問われたシグルドは目を反らして小さく答える。
意味とはなんだろう、花の色に理由があるのだろうか。
「意味って何?」
「まだ知らなかったですか?我が国では自分と同じ色を相手に贈るのは愛の証として取られるんですよ」
「だからそんなんじゃないって!」
両手を叩き付けてバシャバシャと湯が跳ねる。それをベイルが笑いながら避けるものだから、シグルドは追うように移動しては顔面に向かって湯を掛けて、ついには端の縁まで追い詰められていった。
「わっぷ!悪かったですって!……全くもう、目眩まししながら退路を断ちつつ追い詰めるなんて泥臭いこと、清廉潔白な騎士様の取る戦法じゃありませんよ~」
「ベイルにしかしないから安心して」
「うわっ、坊っちゃんまた悪魔になってますよ……って、ンンッ!」
再度バシャバシャと暴れだしたシグルドにたじたじのベイル、悪魔だ鬼だと騒ぎながら二人とも楽しそうに笑っている。きっと普段から二人はこうして仲良く戯れているのだろう。
仲良しは良いことだし、シグルドとベイルは主従関係にある。常に控えて支えたり助言をしたり世話を焼くのは当然で、性格的にあのように戯れたりはしないがフィンネルにもエンリケが同じ役目をしている。
だから、何もおかしくないのに。当たり前の事のひとつなのに。
理由として上げられた言葉は嬉しい筈なのに、ほんのりと胸の内が重くなるの感じていた。
「ねえ、エンリケ。愛の証って……」
「確かに、愛しい相手に自身の髪色や瞳の色の宝石や花贈ることで愛情を示したり周囲に牽制することはありますが……今日はたまたま紫の花が浮いていて、たまたま乗せたくなった、のではないでしょうか」
「たまたま、かな」
フィンネルは頭上の花をそっと掌に移して眺める。
正直なところ、エンリケとしては偶然であって欲しかった。
確かに男同士で恋愛に発展する者達も居るが、フィンネルは伯爵家を繋ぐために妻を娶る必要がある。フィンネルがシグルドに対して並々ならぬ感情を抱いているのをエンリケも感じているが、もしも両想いだった場合、その恋を諦める必要も出てくるだろう。平民ならまだしも、貴族はそうして家に縛られるものである。異性同性問わず、悲恋の話題は尽きない。
フィンネルがむやみに傷付くことがないように祈ることしか、エンリケには出来なかった。
「ねえ、エンリケもベイルも耳付けてみなよ、きっと可愛いよ」
フィンネルがそう言うと、二人は顔を見合わせる。
ベイルがプッと吹き出すとエンリケに指を指した。
「あんた、猫が似合いそう。いつも毛を逆立てて爪と牙剥いてんの」
「ならお前は躾のなっていない駄犬か?」
「エンリケ、ごめんね……ベイルは感情豊かで少し自制が苦手なんだ」
エンリケも負けじと鋭い笑みを見せるが、一触即発の空気にシグルドの弱った声が二人を冷静にさせた。
確かに長い時間を共にしているわけではないが、ベイルは悪い人物でもないし主のシグルドを大切にしているのもわかる。ちょっとした軽口は常のようで、シグルドも馴れているようだ。そんな彼に親しみを抱いているのだろう。
「ベイルも言い過ぎだよ。エンリケが好きだからって余り人を茶化すような事ばかりでは駄目だ。嫌われちゃうからね」
「ハッ!?」
「えっ」
「……ベイル、エンリケの事、好きなの?」
シグルドの発言で凍りついた当の二人と、真っ白な長い耳をフワリと揺らして首を傾げるフィンネル。
数秒の後、口火を切ったのは顔を赤くしたベイルだった。
「そんっなワケないじゃないですか坊っちゃん!この融通の聞かない石頭!」
「でもベイル、君は気に入った人にしか本音は出さないじゃないか」
「……ンン……そんなこと、ないですよ」
ベイルはひきつった笑顔を見せながらシグルドの頭のクマサン耳の形を変えていく。出来上がったのはツンと尖った二本の角だった。
「坊っちゃんは時に悪魔になりますもんね、お似合いですよ」
「行き過ぎた言動に注意してるだけだよ」
そう言って笑うものの、エンリケは腑に落ちない表情でベイルを睨んだままだった。
けれど、フィンネルは気付いている。
常に冷静に勤めている彼がこんな風に冗談を言いながら怒ったりするのはベイルの前だからだと。
その事を口にしたら恐らくエンリケはもっと動揺してしまうだろう。流石に可哀想だと思い、口許に手を当ててひっそり笑った。
その後も侍従の二人は文句を言いながら身体を綺麗に洗い流し、四人で浴槽に向かった。大きく広い湯船は大人二人、子供二人でも足を伸ばして寛ぐ程に充分な余裕がある。
暖かな湯にそろりと入り、肩まで浸かるとホッと息が漏れた。
剣の稽古をして緊張した筋肉が解れていくのを感じながら隣のシグルドに寄り添う。
それに気付いたシグルドは湯に浮かんだ紫の花を手に取って、そっとフィンネルの頭の上に乗せた。
飾られた花は丸い水滴を滑らせて淡い金色の髪を輝かせる。それを見て満足そうに微笑んだ。
「似合うね」
「そう、なの……?」
訪れる客人に愛らしいと言われるのは良くあることだが、頭に花を飾られた事はない。こういうのは主に女性や女児がする事だと思っていたため、少し気まずさを感じる。
しかしシグルドに誉められる事は嫌ではなく、むしろ恥ずかしくて視線を合わせられない。
湯とは違う熱源で顔が熱くなって視線を彷徨わせた。
「この花は坊っちゃんと同じ瞳の色ですねぇ」
そう言って湯に浮かぶ花を摘まんだのはベイルだ。
ニヤニヤと締まりのない顔をしている。
「子供に変なことを言うのはやめろ」
「だってねぇ……坊っちゃんだって、意味を知らないワケじゃないでしょ」
「深い意味はないよ」
問われたシグルドは目を反らして小さく答える。
意味とはなんだろう、花の色に理由があるのだろうか。
「意味って何?」
「まだ知らなかったですか?我が国では自分と同じ色を相手に贈るのは愛の証として取られるんですよ」
「だからそんなんじゃないって!」
両手を叩き付けてバシャバシャと湯が跳ねる。それをベイルが笑いながら避けるものだから、シグルドは追うように移動しては顔面に向かって湯を掛けて、ついには端の縁まで追い詰められていった。
「わっぷ!悪かったですって!……全くもう、目眩まししながら退路を断ちつつ追い詰めるなんて泥臭いこと、清廉潔白な騎士様の取る戦法じゃありませんよ~」
「ベイルにしかしないから安心して」
「うわっ、坊っちゃんまた悪魔になってますよ……って、ンンッ!」
再度バシャバシャと暴れだしたシグルドにたじたじのベイル、悪魔だ鬼だと騒ぎながら二人とも楽しそうに笑っている。きっと普段から二人はこうして仲良く戯れているのだろう。
仲良しは良いことだし、シグルドとベイルは主従関係にある。常に控えて支えたり助言をしたり世話を焼くのは当然で、性格的にあのように戯れたりはしないがフィンネルにもエンリケが同じ役目をしている。
だから、何もおかしくないのに。当たり前の事のひとつなのに。
理由として上げられた言葉は嬉しい筈なのに、ほんのりと胸の内が重くなるの感じていた。
「ねえ、エンリケ。愛の証って……」
「確かに、愛しい相手に自身の髪色や瞳の色の宝石や花贈ることで愛情を示したり周囲に牽制することはありますが……今日はたまたま紫の花が浮いていて、たまたま乗せたくなった、のではないでしょうか」
「たまたま、かな」
フィンネルは頭上の花をそっと掌に移して眺める。
正直なところ、エンリケとしては偶然であって欲しかった。
確かに男同士で恋愛に発展する者達も居るが、フィンネルは伯爵家を繋ぐために妻を娶る必要がある。フィンネルがシグルドに対して並々ならぬ感情を抱いているのをエンリケも感じているが、もしも両想いだった場合、その恋を諦める必要も出てくるだろう。平民ならまだしも、貴族はそうして家に縛られるものである。異性同性問わず、悲恋の話題は尽きない。
フィンネルがむやみに傷付くことがないように祈ることしか、エンリケには出来なかった。
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