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二章
二章(7)
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ハインツ邸を警備する守衛達は日勤夜勤を交代して請け負ってくれているのだ。そして彼らの為に裏庭の東の一角に訓練所を設けられている。フィンネルは週に三日をここで過ごし、体力作りとしてエンリケに簡単な稽古をつけて貰っていた。
今日はシグルドも居るのだから自身の成長を見せようとフィンネルは意気込み、訓練所の倉庫に置いてある剣を手に取った。
怪我をしないように刃を潰してあるそれは太陽光を反射して鈍く輝く。
まるで物語の英雄や王子、騎士の扱う伝説の剣のようだ。
「みてみてシグルド!これがぼくの剣!エンリケが選んでくれたんだ、格好いいでしょ!」
そう得意顔でポーズを決めていくと、シグルドは軽く笑いながら頷いてくれた。
「とても似合うよ」
「へへ!」
まずは医者になるとして、フィンネルの最終目標はシグルドと騎士になることである。
周囲の守衛達は幼いが故の無謀な夢を追い求めていると見守ってはいるが、エンリケとしては護身に繋がるだろうと踏んでいた。
大人達に見守られながら小さな二人は剣を合わせていく。シグルドも普段ベイルに軽い稽古をつけて貰ってはいるが、やはり身体が弱いせいか上手く体力が付かないようだ。今も剣を振るい、少しすれば息が上がってしまう。
そんなシグルドに気付いたフィンネルは剣を手放して慌てて駆け寄った。咳き込みながら必死に息をしている姿を見て、彼の体調は思っているより悪いと気付かされた。
「はっ……はぅ……」
「シグルド、大丈夫?」
「ん……ごめんね……僕、頑張ってるんだけど…」
そう言って俯く表情はとても苦しそうで、そっと背中を擦る。
ベイルも常々無理はしないように、と注意を促しているそうなのだが、夢に近付くために無茶をしがちなようだ。普段やり取りをしている手紙からもベイルに小言を言われていると書いてあった。
もっとも、シグルドが必死になっているのはフィンネルとの約束だけではなく、親類縁者からの圧力もあるに違いない。
身体の弱いシグルドに後ろ指を指す彼等を見返すためにも、強くあろうと前向きなのだろう。
そしてフィンネルはそんなシグルドを尊敬し、憧れていた。
だからこそシグルドには健康になって立派に大成して欲しい。そしてその隣には自分がいて、共に国を、市民を護るのだ。
そのためにももっと薬学医学を学ばなければ……!
決意を新たにしたフィンネルは咳き込むシグルドに紅茶を用意して甲斐甲斐しく看護する。しかしシグルドも守られてばかりでは夢に届かないと分かっているため、気遣うフィンネルに礼をして再度剣を手にした。
「フィンネル、もう、大丈夫。有難う」
「本当に?凄く苦しそうだったよ……」
「休憩もしたし、フィンネルの紅茶と飴玉も貰ったから、ね」
ニッと笑ったシグルドに釣られてムニュリと口許が緩む。そのまま手を引かれて、二人は再度剣を構えた。
発作に気を配って適度に休み休みなため、稽古、としては半端なものだろう。
けれども二人には大切な時間であることに変わりはなく、時に笑いながら、時に真剣に技術を学んでいった。
そして主の体調を考慮したベイルに声を掛けられ、一時間程の手合わせを終えた二人は額から汗を流していた。
このままでは不衛生なので汗を流すことになり、エンリケが控えていた侍女に湯の準備を指示する。彼女が支度を済ませて戻るまで、互いの感想や構えの癖、そこから派生して目の前で訓練をしている守衛達の中で誰が一番強そうか等を話して時間を潰した。
フィンネルは清潔に磨き上げられている艶々のタイルを踏み締めた素足の裏、ヒヤリとした感触にプルリと身震いをした。
侍従二人も互いに剣を交えていたため使用人専用の浴室へ向かおうとしていたが、フィンネルがそれを引き留めて四人で入ろうと提案していた。垢擦りなどの介助ならまだしも、使用人が貴族と湯を共にすることは言語道断である。
エンリケは首を振り辞意を示していたが、主であるフィンネル、そしてなんの躊躇いも示さないベイルが無理矢理引き摺る形で、揃って入ることになったのだった。
広い浴室の床は真っ白なタイルに覆われ、壁には季節の切り花や湿度に強い観葉植物が飾られている。湯船には壁に使われたのとは別の紫の花と細長い葉が浮かべられていた。
用意をした侍女の説明によれば、血行促進やお肌の艶に効果があるのだと言う。
侍従が椅子に座った各々の主の頭にとろみのある液体を乗せて泡立てていく。それを大きな鏡越しに見ていると、シグルドの頭の上に丸くて白い泡が二つ乗っかっていた。それは些細な揺れでフワフワと動く。
「フフン、見てください坊っちゃん、クマサンですよ」
ベイルは得意気に口角を上げると、シグルドは頭の上に出来上がったフワフワのクマサン耳に触れた。
「みてみてフィンネル、クマサンになっちゃったよ」
「可愛い!ベイル、ぼくにもやって!」
「へいへーい」
「触るな、お前の軽薄な精神が移ったら困る」
「った!あんたなぁ……人を黴菌かなんかと一緒にするなよな」
軽い返事でこちらの頭に触れようとしたベイルの手を、エンリケが叩き落とすと、叩かれた手の甲を擦りながらベイルは唇を尖らせる。
それを見たシグルドは声を上げて笑った。
「ハハハッ、ベイル、嫌われちゃってるね」
「別に構いやしませんけど~」
「確かに軽薄だし粗野な部分もあるけど僕はそんなベイルが好きだよ」
「……!坊っちゃん~!」
隣で繰り広げられる主従愛、シグルドの些細な「好き」と言う言葉が耳に入った瞬間、フィンネルは無意識に立ち上がっていた。
急な動きに三人はフィンネルに注視する。
しかし本人も何故立ち上がってしまったのか分からないため、少し間を置いてからゆっくりと座り直した。そして後ろを振り返って笑顔を見せた。
「エンリケ!ぼくにもクマサン耳作って!」
「ええ、勿論ですよ。ですが同じではつまらないでしょう」
「エンリケ、フィンネルには兎が似合うと思うんだ」
シグルドが提案すると、エンリケは「良いですね」と泡を盛り上げていった。
二本の長い耳が立ち上がるとフワリと揺れる。その姿が愛らしくてエンリケはもとより、シグルドもベイルも笑顔になった。
今日はシグルドも居るのだから自身の成長を見せようとフィンネルは意気込み、訓練所の倉庫に置いてある剣を手に取った。
怪我をしないように刃を潰してあるそれは太陽光を反射して鈍く輝く。
まるで物語の英雄や王子、騎士の扱う伝説の剣のようだ。
「みてみてシグルド!これがぼくの剣!エンリケが選んでくれたんだ、格好いいでしょ!」
そう得意顔でポーズを決めていくと、シグルドは軽く笑いながら頷いてくれた。
「とても似合うよ」
「へへ!」
まずは医者になるとして、フィンネルの最終目標はシグルドと騎士になることである。
周囲の守衛達は幼いが故の無謀な夢を追い求めていると見守ってはいるが、エンリケとしては護身に繋がるだろうと踏んでいた。
大人達に見守られながら小さな二人は剣を合わせていく。シグルドも普段ベイルに軽い稽古をつけて貰ってはいるが、やはり身体が弱いせいか上手く体力が付かないようだ。今も剣を振るい、少しすれば息が上がってしまう。
そんなシグルドに気付いたフィンネルは剣を手放して慌てて駆け寄った。咳き込みながら必死に息をしている姿を見て、彼の体調は思っているより悪いと気付かされた。
「はっ……はぅ……」
「シグルド、大丈夫?」
「ん……ごめんね……僕、頑張ってるんだけど…」
そう言って俯く表情はとても苦しそうで、そっと背中を擦る。
ベイルも常々無理はしないように、と注意を促しているそうなのだが、夢に近付くために無茶をしがちなようだ。普段やり取りをしている手紙からもベイルに小言を言われていると書いてあった。
もっとも、シグルドが必死になっているのはフィンネルとの約束だけではなく、親類縁者からの圧力もあるに違いない。
身体の弱いシグルドに後ろ指を指す彼等を見返すためにも、強くあろうと前向きなのだろう。
そしてフィンネルはそんなシグルドを尊敬し、憧れていた。
だからこそシグルドには健康になって立派に大成して欲しい。そしてその隣には自分がいて、共に国を、市民を護るのだ。
そのためにももっと薬学医学を学ばなければ……!
決意を新たにしたフィンネルは咳き込むシグルドに紅茶を用意して甲斐甲斐しく看護する。しかしシグルドも守られてばかりでは夢に届かないと分かっているため、気遣うフィンネルに礼をして再度剣を手にした。
「フィンネル、もう、大丈夫。有難う」
「本当に?凄く苦しそうだったよ……」
「休憩もしたし、フィンネルの紅茶と飴玉も貰ったから、ね」
ニッと笑ったシグルドに釣られてムニュリと口許が緩む。そのまま手を引かれて、二人は再度剣を構えた。
発作に気を配って適度に休み休みなため、稽古、としては半端なものだろう。
けれども二人には大切な時間であることに変わりはなく、時に笑いながら、時に真剣に技術を学んでいった。
そして主の体調を考慮したベイルに声を掛けられ、一時間程の手合わせを終えた二人は額から汗を流していた。
このままでは不衛生なので汗を流すことになり、エンリケが控えていた侍女に湯の準備を指示する。彼女が支度を済ませて戻るまで、互いの感想や構えの癖、そこから派生して目の前で訓練をしている守衛達の中で誰が一番強そうか等を話して時間を潰した。
フィンネルは清潔に磨き上げられている艶々のタイルを踏み締めた素足の裏、ヒヤリとした感触にプルリと身震いをした。
侍従二人も互いに剣を交えていたため使用人専用の浴室へ向かおうとしていたが、フィンネルがそれを引き留めて四人で入ろうと提案していた。垢擦りなどの介助ならまだしも、使用人が貴族と湯を共にすることは言語道断である。
エンリケは首を振り辞意を示していたが、主であるフィンネル、そしてなんの躊躇いも示さないベイルが無理矢理引き摺る形で、揃って入ることになったのだった。
広い浴室の床は真っ白なタイルに覆われ、壁には季節の切り花や湿度に強い観葉植物が飾られている。湯船には壁に使われたのとは別の紫の花と細長い葉が浮かべられていた。
用意をした侍女の説明によれば、血行促進やお肌の艶に効果があるのだと言う。
侍従が椅子に座った各々の主の頭にとろみのある液体を乗せて泡立てていく。それを大きな鏡越しに見ていると、シグルドの頭の上に丸くて白い泡が二つ乗っかっていた。それは些細な揺れでフワフワと動く。
「フフン、見てください坊っちゃん、クマサンですよ」
ベイルは得意気に口角を上げると、シグルドは頭の上に出来上がったフワフワのクマサン耳に触れた。
「みてみてフィンネル、クマサンになっちゃったよ」
「可愛い!ベイル、ぼくにもやって!」
「へいへーい」
「触るな、お前の軽薄な精神が移ったら困る」
「った!あんたなぁ……人を黴菌かなんかと一緒にするなよな」
軽い返事でこちらの頭に触れようとしたベイルの手を、エンリケが叩き落とすと、叩かれた手の甲を擦りながらベイルは唇を尖らせる。
それを見たシグルドは声を上げて笑った。
「ハハハッ、ベイル、嫌われちゃってるね」
「別に構いやしませんけど~」
「確かに軽薄だし粗野な部分もあるけど僕はそんなベイルが好きだよ」
「……!坊っちゃん~!」
隣で繰り広げられる主従愛、シグルドの些細な「好き」と言う言葉が耳に入った瞬間、フィンネルは無意識に立ち上がっていた。
急な動きに三人はフィンネルに注視する。
しかし本人も何故立ち上がってしまったのか分からないため、少し間を置いてからゆっくりと座り直した。そして後ろを振り返って笑顔を見せた。
「エンリケ!ぼくにもクマサン耳作って!」
「ええ、勿論ですよ。ですが同じではつまらないでしょう」
「エンリケ、フィンネルには兎が似合うと思うんだ」
シグルドが提案すると、エンリケは「良いですね」と泡を盛り上げていった。
二本の長い耳が立ち上がるとフワリと揺れる。その姿が愛らしくてエンリケはもとより、シグルドもベイルも笑顔になった。
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