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二章
二章(5)
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フィンネルとシグルドの文通が始まってから早三年が経つ。その間も季節や天候を考えて、フィンネルは母とリアーライト邸へシグルドに会いに向かっていた。
しかし、およそ半年前から母の体調が悪くなったのだ。
初めは軽い咳からだった。他に症状がなく、ただの風邪だろうとやってきた医者が言うので、フィンネルはその医師の側で使われる薬草と工程をメモしながら学ばせてもらっていた。
医師が帰った後、薬が切れて再発してもフィンネルが薬を調合出来たらと思ったのだが、やはり子供に任せきるのは不安だと言うことで、医師に止められてしまう。その変わりに薬草を使った喉飴を教わった。
これなら薬草は庭で採取出来るし、砂糖等の他の材料も調理場へ行けば分けて貰えるだろうと医師が助言をくれたのだ。
他には応用で喉や咳に効くハーブティも教わっている。
そしてその喉飴やハーブティは勿論、シグルドにも振る舞われるのであった。
「マグノリア様は元気にしてる?」
「今日はまだ良さそうかな。この間お医者様が来てくれて診ていったんだ」
美しい薔薇の意匠が施されたカップに注がれたハーブティを飲みながら、ホゥと溜め息を吐く。
この日はタチアナとシグルドが二泊三日の予定でハウスト邸に泊まりに来ていた。
シグルドの父でありサグレア領主であるロナウドは仕事の話をする為に一緒にハウスト邸に入り、フィンネルの父アロイスと共に別の客室で話をしている。因みにエリックは10歳からこの国の首都であるイルバートに建つイルフェルト学院に寄宿しており、今日は不在だ。学院にはフィンネル達も三ヶ月後の春頃から通うことになっている為、以前よりも会いやすくなるだろう。
「シグルド、このハーブティどう?美味しい?」
「とても美味しいよ」
フィンネルが尋ねれば彼は笑みを浮かべて頷いてくれた。嬉しい気持ちが広がって思わず口許がにやけてしまうのを抑えきれそうにない。
「本当?嬉しいな、実はこのハーブティ、ぼくが調合したんだ」
「フィンネルが?」
「うん、この間来た薬剤師の先生に習ったんだけど、母様だけじゃなくてシグルドにも効くんじゃないかって思ったんだ。呼吸が楽になったり咳に効くんだって。裏庭でぼくが育てた薬草を使ったんだ」
「確かに喉が潤うような、スッキリとした気分になるね。僕にも分けてくれるなんて嬉しいよ」
シグルドがそう言って笑顔を向けてくれる。そんな些細なことがフィンネルの心を暖めてくれた。
このところ、寝込んでいる母のことや、互いに避け続けている父のことで思い悩む日々が続いているせいで、心が安らぐ時間が少ない。
そんな折に現れた大切な友人に感謝して、早朝から丁寧に葉を摘んできていた。
「母様ね、強がってるけど本当は父様に会いたいと思ってると思うんだ。でも、セバスにお見舞いに来て貰えないか聞いて貰ったんだけど……まだ来なくて」
「アロイス様はまだラマンに……?」
「定期的に通ってるみたい……今日はシグルドのお父様が来てるから居たみたいだけど、お帰りになったらどうするか……」
ハハ、と乾いた笑いを上げるとシグルドは憐憫の眼差しで見つめてくる。
悲しみが溢れてしまったフィンネルは、長年の文通の間に父と母の確執を打ち明けていた。時に泣き言を書いたり、怒って愚痴を書いたりもしたものの、シグルドはそれにアドバイスや慰めの言葉をくれていた。
そんな親友が今ここに居てくれることが、心の底から有難い。
「ねえフィンネル、もうすぐ入学だけどマグノリア様は何て?」
「母様は僕がイルバートに行くのは心配だって言ってたけど、応援してくれてるんだ。エンリケは学院まで着いてこられないから、僕の変わりに母様の侍従に移って貰う話しになってる。ね、エンリケ」
「はい。フィンネル様が戻っていらっしゃるまで、マグノリア様の補佐と看護はお任せください」
「頼りになるね。ベイルもエンリケくらいしっかりしてくれればいいけど」
そう言われたベイルは隣に立つエンリケと顔を見やったあと、ハァと溜め息を吐く。
「俺は真面目にやってるつもりなんですけどね」
「私から見たら不真面目な態度に見えますが」
そう言われてフィンネルが改めてベイルの人と成りを考えてみた。
ベイルとは直接会うことはシグルドと同じタイミングでしかないものの、従者であるし自身が会いたいのも好きなのもシグルドであるから意識をしたことはない。この辺は他の使用人と同じ感覚で捉えている。
では彼自身の立ち振舞いはどうかと言われたら、身嗜みは整えられているが、今もそうだが姿勢を崩すことが多いように感じる。
エンリケが根の張った真っ直ぐな樹木なら、ベイルは茎の柔軟な雑草……は流石に失礼だっただろうか。主人であるシグルドにも礼を欠いた態度や言葉遣いをすることもあるので、常に控えている真面目一辺倒のエンリケとの差にどうも慣れそうもない。
かといって主人を雑に扱うわけでもないし、シグルドもそんなベイルを慕っているようであるから、関係は良好なのだろう。
しかし、およそ半年前から母の体調が悪くなったのだ。
初めは軽い咳からだった。他に症状がなく、ただの風邪だろうとやってきた医者が言うので、フィンネルはその医師の側で使われる薬草と工程をメモしながら学ばせてもらっていた。
医師が帰った後、薬が切れて再発してもフィンネルが薬を調合出来たらと思ったのだが、やはり子供に任せきるのは不安だと言うことで、医師に止められてしまう。その変わりに薬草を使った喉飴を教わった。
これなら薬草は庭で採取出来るし、砂糖等の他の材料も調理場へ行けば分けて貰えるだろうと医師が助言をくれたのだ。
他には応用で喉や咳に効くハーブティも教わっている。
そしてその喉飴やハーブティは勿論、シグルドにも振る舞われるのであった。
「マグノリア様は元気にしてる?」
「今日はまだ良さそうかな。この間お医者様が来てくれて診ていったんだ」
美しい薔薇の意匠が施されたカップに注がれたハーブティを飲みながら、ホゥと溜め息を吐く。
この日はタチアナとシグルドが二泊三日の予定でハウスト邸に泊まりに来ていた。
シグルドの父でありサグレア領主であるロナウドは仕事の話をする為に一緒にハウスト邸に入り、フィンネルの父アロイスと共に別の客室で話をしている。因みにエリックは10歳からこの国の首都であるイルバートに建つイルフェルト学院に寄宿しており、今日は不在だ。学院にはフィンネル達も三ヶ月後の春頃から通うことになっている為、以前よりも会いやすくなるだろう。
「シグルド、このハーブティどう?美味しい?」
「とても美味しいよ」
フィンネルが尋ねれば彼は笑みを浮かべて頷いてくれた。嬉しい気持ちが広がって思わず口許がにやけてしまうのを抑えきれそうにない。
「本当?嬉しいな、実はこのハーブティ、ぼくが調合したんだ」
「フィンネルが?」
「うん、この間来た薬剤師の先生に習ったんだけど、母様だけじゃなくてシグルドにも効くんじゃないかって思ったんだ。呼吸が楽になったり咳に効くんだって。裏庭でぼくが育てた薬草を使ったんだ」
「確かに喉が潤うような、スッキリとした気分になるね。僕にも分けてくれるなんて嬉しいよ」
シグルドがそう言って笑顔を向けてくれる。そんな些細なことがフィンネルの心を暖めてくれた。
このところ、寝込んでいる母のことや、互いに避け続けている父のことで思い悩む日々が続いているせいで、心が安らぐ時間が少ない。
そんな折に現れた大切な友人に感謝して、早朝から丁寧に葉を摘んできていた。
「母様ね、強がってるけど本当は父様に会いたいと思ってると思うんだ。でも、セバスにお見舞いに来て貰えないか聞いて貰ったんだけど……まだ来なくて」
「アロイス様はまだラマンに……?」
「定期的に通ってるみたい……今日はシグルドのお父様が来てるから居たみたいだけど、お帰りになったらどうするか……」
ハハ、と乾いた笑いを上げるとシグルドは憐憫の眼差しで見つめてくる。
悲しみが溢れてしまったフィンネルは、長年の文通の間に父と母の確執を打ち明けていた。時に泣き言を書いたり、怒って愚痴を書いたりもしたものの、シグルドはそれにアドバイスや慰めの言葉をくれていた。
そんな親友が今ここに居てくれることが、心の底から有難い。
「ねえフィンネル、もうすぐ入学だけどマグノリア様は何て?」
「母様は僕がイルバートに行くのは心配だって言ってたけど、応援してくれてるんだ。エンリケは学院まで着いてこられないから、僕の変わりに母様の侍従に移って貰う話しになってる。ね、エンリケ」
「はい。フィンネル様が戻っていらっしゃるまで、マグノリア様の補佐と看護はお任せください」
「頼りになるね。ベイルもエンリケくらいしっかりしてくれればいいけど」
そう言われたベイルは隣に立つエンリケと顔を見やったあと、ハァと溜め息を吐く。
「俺は真面目にやってるつもりなんですけどね」
「私から見たら不真面目な態度に見えますが」
そう言われてフィンネルが改めてベイルの人と成りを考えてみた。
ベイルとは直接会うことはシグルドと同じタイミングでしかないものの、従者であるし自身が会いたいのも好きなのもシグルドであるから意識をしたことはない。この辺は他の使用人と同じ感覚で捉えている。
では彼自身の立ち振舞いはどうかと言われたら、身嗜みは整えられているが、今もそうだが姿勢を崩すことが多いように感じる。
エンリケが根の張った真っ直ぐな樹木なら、ベイルは茎の柔軟な雑草……は流石に失礼だっただろうか。主人であるシグルドにも礼を欠いた態度や言葉遣いをすることもあるので、常に控えている真面目一辺倒のエンリケとの差にどうも慣れそうもない。
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