意地悪令息は絶交された幼馴染みに救われる

るべ

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二章

二章(4)

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「ごめんなさい、かあさま。おどろかそうとおもったんだ」
そう言ってエヘヘと笑顔で言えば、エンリケは安心したように微笑みながら為息をついた。
一方で顔を強ばらせているのは母とライカだ。
「フィンネル、貴方ずっとそこにいたの?」
「うん、でも、なにもきこえなかったよ!」
鋭い声に一瞬顔がひきつったのが分かったものの、意識して先程よりも明るい声を出した。
しかし敢えて口にした言葉に反応した母が怒ったように眉を寄せて目を反らしてしまった。
先程の話しは聞いてはいけない、聞かなかった方がよかったに違いない。何も知らなければ素直に笑って書いた手紙と送られてきた手紙を見せることが出来たのに……。
そう思ったとたんに胸がキュウっと絞られた感覚がして驚いて手で押さえた。すると今度は知らない人間と手を繋いでいるという父の姿が薄ボンヤリと浮かんできて、目が熱くなっていく。
次第に笑顔が崩れて視界が歪んでいくのが分かったフィンネルは、それがバレないように俯いた。
仕える主の悩みを知っているエマはうっすらと何があったのかを察したが、二人して重苦しいく沈黙する理由が分からないエンリケは今にも泣き出しそうなフィンネルに困惑する。一向に話しを切り出さない様子に気恥ずかしくなったのかと、エンリケは代わりに説明をすることにした。
「……実はフィンネル様宛にリアーライト侯爵家のシグルド様からお手紙が届きまして、フィンネル様がそれに対しての返事を書いたのですが」
「シグルドから手紙が届いたのは知っているわ。一緒にタチアナからも手紙を受け取っていたの。……フィンネル、お返事を書いたのね」
「うん」
優しい声音で問われたものの、先程までの話しが気にかかり上手く返事が出来ない。
ポケットにしまいこんだままの手紙を見せる元気も出ずに、エンリケの足元まで走っていってコートの裾を掴んだ。そのまま母の視線から隠れるように顔を隠す。
「……エンリケ、待っている間にフィンネルは疲れてしまったのかもしれないわ。休ませてあげてちょうだい」
「畏まりました」
エンリケが裾を掴む手をそっと外させると、そのまま手を繋いで退出を促した。


フィンネルは母の心配そうな視線を目にすることなく、俯いたまま自室へと向かって歩いた。
その間フィンネルは何度も何度も涙が浮かんでは目を擦っていた。
あんなに嬉しそうだった小さな主が一転して項垂れてしまった姿を見たエンリケは、何があったのかと思案する。
折角持ってきた手紙を披露することもなく意気消沈し、純粋で嘘が苦手なフィンネルが敢えて『聞こえなかった』と主張したのであれば、『聞いてしまった』と言うことなのだろう。
そしてそれは泣いてしまう程悲しい話しで、かつ母のマグノリアが掛ける言葉を失うこと……。
もし、フィンネルが隠れていることを知らずにアロイス伯爵の行動に対する不満や愚痴を言っていたのだとしたら、気まずいなんてものではないのではないだろうか。
そうエンリケが思い至ると、雇い主であるアロイスに対しての不信感が更に募っていく。
可愛い盛りである息子を放り出して、他所に女を……しかも平民に入れ込んでいるという噂だ。
エンリケはフィンネルが四歳の折りに雇われた護衛兼従者ではあるが、夫婦仲が良くないのはすぐに分かった。小さなフィンネルに興味を示さない父親に懸命に甘えようとする姿を見ては何度憐れに思ったことだろうか。
小さな手でエンリケを離さないように握り締めているフィンネルは泣くことを我慢しながら歩き続けている。
アロイスとマグノリアの関係性について詳しいことは知らないが、今後改善することはないのだろうとエンリケは思った。
「フィンネル様、セバスは先程執務室に居ました。今から行けばまだいるかもしれません。手紙を預けに行きませんか?」
そう問われればフィンネルは擦りすぎて目元が真っ赤になった顔を上げる。まだ涙が滲む大きなまなこに痛々しさが滲んでいて、エンリケは少しだけ眉を寄せた。
我慢をしすぎて無理をなさらなければ良いが。
そんな想いも知らないフィンネルは歪んだ笑顔を見せて首をかしげた。
「おてがみ、シグルドはよろこんでくれるかな」
「勿論ですよ」
へへと力なく笑うフィンネルにエンリケも微笑むと、大切な手紙を届けに向かった。
引き渡す際に、はにかんだ笑顔でシグルドへの想いをセバスに話していたが、それが終わってしまえばまた表情は曇ってしまった。
その後寝室で午睡するフィンネルを見守った後にエンリケはライカの姿を探す。ライカなら室内で何があったか知っているだろうと踏んでのことだった。
内容が本当に伯爵の不倫であれば自分に出る幕はないが、それでも出来る限りフィンネルの心のケアをしたかった。
はたしてライカとの接触に成功したエンリケの想像は当たってしまい、それ以来フィンネルへの奉仕は過保護の一途を辿ることになるのである。
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