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二章

二章(2)

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ハウスト邸に戻ってからは予定通り図書室から母が選んできた薬草図鑑を眺めて過ごしていた。
シグルドと読みあいっこをするまでは絵本の挿し絵をさらさら眺めたり、母や侍従、侍女に読み聞かせて貰っていたが、しっかりとした理念を元に文字から意味を読み取ろうとしたのは初めてかもしれない。
しかし如何せん、幼い子供にはまだ早い言葉や専門用語が並ぶなかで通じない言葉が出てくる。そこはやはり大人達に言葉の意味合いを子供にも解るように砕いて貰うより他なかった。
時には図鑑を両腕に抱えて裏庭にある薬草園へと足を運び、エンリケに手伝って貰いながら図鑑の薬草と照らし合わせて探したりもした。
よく似た葉から『コレだ』と思っても、質感や葉先の形状、根元の茎の色等、小さな差異があり間違いも多発した。間違えたそれも育てている薬草に代わりはないものの、効果が変わってくるのだと言うそれらを見ては全部同じじゃないかと心の中で溜め息を吐く。
しかし弱音は吐いていられない。母や抱えの薬師が用意してくれた薬草の名前を当てたり、特徴を書き記す問題集も待ち構えている。
大切な友人の為にも覚えることは沢山なのだ。

そうした勉強の日々を過ごしているうちに、ある日手紙が届いた。
エンリケが笑顔で手渡してくれたそれを手にして表裏を確かめる。差出人は────
「……シグルドだ!」
嬉しさの余り両手で頭上に掲げてその場でくるくると回った。頬が熱くなるのを感じながら封を開くと丁寧に書かれた文字が並んでいる。
間違えないようにゆっくり読んでみると、エリックと馬の世話をしてみたことや新しい絵本を手に入れたこと、その感想等。些細なことから始まり、エリックに習って体力作りを始めてみたがやはりすぐに息苦しくて倒れてしまう、足が縺れて怪我をしてしまうとも綴られていた。
シグルドは少しでも現状を打開すべく手を打ち出したようだ。努力家だと感心する。
「エンリケ、ぼくもおてがみだしたい」
「ええ、そうなさると喜びますでしょう。只今用紙をご用意しますのでお待ちください」
エンリケはそう言うと書棚の引き出しから幾つか色の付いた紙を取り出して机に並べた。それを追うようにしてフィンネルも椅子に座り、色紙を見つめる。
何色にしようか、この薄い紫色はシグルドの目の色に似ているから、どうだろう。
「むらさきいろで、かこうかな」
「いいと思います。ですが、そうですね。一つ提案を許されるなら、この薄い若葉色の紙はフィンネル様の瞳を思わせる色として、手紙を開いた際にシグルド様の心に留まるかもしれませんよ」
「こころにとどまる?」
「思い惹かれる、記憶に残ると言ったところでしょうか」
「そっか……じゃあぼく、わかばいろにする!」
その場に行けなくても、シグルドがフィンネル自身を気に掛けてくれるかもしれないのならとても嬉しい。フィンネルも今こうして、シグルドに思い惹かれているのだから。
ペンを手に取り、インクに先を着けてそっとシグルドの名前を書く。
果たして手紙の内容は、話したいことが多すぎて脈絡のないものになってしまっていた。
だが必ず伝えたかった薬草の話は最後に書くことが出来た。シグルド程上手に書くことは出来なかったかもしれないが、これでフィンネルが頑張っていることが伝わってくれる筈。
用紙を畳んでそっと封筒にしまうと、エンリケが封蝋を準備していた。
「蝋を溶かしておきました。これを垂らしてから、こちらの印章で判を押してください」
今まで熱々に溶かされていた蝋を溢さないように慎重に垂らし、受け取った印章を押し付ける。手を退かせば蝋はハウスト家の蔓草と鳥の紋様が浮かび上がっていた。
わっ、と声を上げて初めての手紙に感動する。その様子をエンリケと入り口の扉の前で控えていた侍女が微笑ましく見詰めていた。
「ねぇ、おてがみどうしたらいいの?ぼくがシグルドのおやしきにとどけにいってもいい?」
ついでにそのまま泊まれたら、なんて淡い期待もそこそこに尋ねれば、エンリケは笑顔で首を降った。
「いいえ、手紙はセバスに頼めば業者に依頼を出しますので。セバスに渡しましょう」
自分の手で渡すことが出来ないのが分かってしまえば消沈してしまうが、それでも自分の気持ちがこもった手紙が届けられるのは胸がドキドキと弾む。
早速執事のセバスを探しに行こうと椅子から飛び降りると、エンリケから声が掛かった。
「一度マグノリア様にも手紙をお書きになったことをお知らせしてみては如何ですか?」
「そうだね、かあさまにも見せてくる」
ついでにシグルドの手紙も自慢しようと、自分の手紙と一緒にジャケットのポケットへしまいこんだ。
足取り軽く母の元へ向かうフィンネルの背を、エンリケもついて歩くのであった。
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