意地悪令息は絶交された幼馴染みに救われる

るべ

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二章

二章(1)

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最後の朝、リアーライト家の面々に見送られて馬車に乗り込む前に、フィンネルとシグルドは手を繋いで別れを惜しんでいた。
しっかりと握り締められたシグルドの指先は血流が滞り始めているのか白くなってきている。シグルドが何も言わないのをいいことに、フィンネルが力一杯繋いでいるせいだ。
けして痛くない訳ではないが、シグルド自身も離れがたく、力強いその手に気持ちが込められていると思えば言い出せなかったのだろう。
フィンネルはそんなことも露知らず、空いている右手で溢れる涙を何度も何度も拭っては鼻を啜って泣いていた。
「シグルドさま……ぜったいまたあそびにくるからね」
「フィンネル、まってるよ」
二人して涙を流しながらさようならの抱擁をしてそっと離れた。腕に残された温もりが春風ですぐに消えてしまうことに悲哀を感じる。
フィンネルもシグルドも泣きすぎて目元を赤くして微笑んでいた。
「ねぇ、『さま』づけはやめて、つぎからは『シグルド』ってなまえだけでよんで」
「うん…シグルドさ……ふふっ」
癖で敬称を付けそうになったフィンネルは慌てて口許を押さえて笑った。それに釣られてシグルドとエリックも笑う。
「フィンネル、私のことも『エリック』って呼んで欲しいな」
「うん、エリック……」
「今回の滞在中、私は一緒に遊ぶことは叶わなかったけど、次に来る時は三人で遊ぼう。ね、シグルド」
「はい、にいさま」
「シグルドと、エリックと、いっしょ……みんなで、あそぼうね!」
フィンネルは満面の笑みで二人に手を振りながら母と手を繋ぎ馬車に乗り込む。窓を開いて顔を外に出せば、シグルドとエリックが馬車に寄ってきた。
名残惜しさに再度涙が溢れ出て拭いながら笑った。
「またね!ぜったいくるから、ぼくのことわすれないでね!」
「ぜったいわすれないよ!まってるから!」
「フィンネル、窓から落ちないようにね。気を付けて」
声掛けが終わると御者が馬に合図を出して車輪が回り出す。三人で手を振り合い姿が遠くなってエリックが手を下ろしても、フィンネルとシグルドはいつまでも別れを惜しむように手を振り続けていた。
「フィンネル、お友達が出来て良かったわね」
母がそう言って嬉しそうに微笑んでいるのを見て、フィンネルも心の底から笑顔を見せた。
馬車の外から馬に乗って付いてくる護衛の二人……その内の一人、エンリケも一週間の滞在で小さな主人が心の底から楽しそうに笑っているのを見て安堵していた。ハウスト邸での今までの暮らしで笑うことがなかった、とまではいかないが、フィンネルはどこか作り笑いをしているのではないかと思う節があったからだ。彼の父である公爵は不在がちで、かつ……。
エンリケが物思いに耽っている間、フィンネルは母に昨晩シグルドにも医者になると話したことを打ち明けていた。
「かあさま、きのうはおこっちゃってごめんなさい……でもね、シグルドにおはなししたらね、とてもよろこんでいたの!だからぼく、おいしゃさまになる!」
「そうなのね。じゃあ頑張ってお勉強出来るのかしら?」
「うん!あのね、おやしきのおにわに、シグルドのおくすりになるやくそうがあるかさがしてみる!」
「じゃあまずは簡単な傷薬から作ったらどうかしら?図書室に薬草の本も揃っている筈だわ」
走って転んでいたシグルドの姿を思い出したフィンネルは意気揚々と頷いて、ハウスト邸の裏庭にある薬草園の姿を思い浮かべる。庭師達が丁寧に雑草を取り除いて育った薬草は、屋敷の使用人の誰かが摘み取って煎じ、風邪薬や傷薬、腹痛等の痛み止にして常備薬にしているのだと母が言う。
フィンネルは図書室の本を読んで、使用人の誰かに薬草を分けて貰おうと考えると高揚する気持ちが押さえられなくなっていた。
次に会える日までに、きっとシグルドのお薬が出来ているに違いない。そうしたらもっともっと仲良くなれると、馬車に揺られながら夢を膨らませていた。
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