意地悪令息は絶交された幼馴染みに救われる

るべ

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意地悪令息は絶交された幼馴染みに救われる

プロローグ

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─────ィン……ル。
遠くから響く幼い声がぼくを呼んでいる。
白く霞む世界では、相手の姿どころか自分の姿さえ認識が出来ず、不安からか我知らず身体が震えた。
何故だろうか、酷く胸を締め付けるその声が愛おしくて切なくて、同時に恨めしい。
そっと右足を踏み出すと、まるで沼に浸かったかのように、ズブリと沈んだ。その足を引き抜こうと踏ん張ると、反対に左足までも捕らわれたように沈んでゆく。
待って。
ぼくも。
そっちへ行きたい。
腕を伸ばし、そう唇を動かしたつもりだったが、果たして相手に届いていただろうか───。




「あぁ、マグノリア……」
しわがれた声に夢現だった意識が引き戻されて薄く瞼を開くと、ランプの灯りが白髪交じりの茶色い髪に琥珀色の瞳をした小太りな男の姿を照らしていた。
その人物はジルド.エルバン伯爵。43歳にしてまだまだ活力に溢れるその男の下で眠りから覚めたのは、彼に己の過去と心を棄てるよう調教された細い肢体の青年だった。
ジルド伯爵の眼球は赤らみ、呼気はアルコールを含んでいる。正直、吸い込みたくもないがこれだけ近ければ仕方がないだろう。
小さく息を吐き出すと卑猥に蠢く掌が夜着の合わせ目から滑り込み、薄く脂肪の乗った胸を揉みしだかれた。太い指先が辿り着いたのは、まだ柔らかに眠っている桃色の花弁だった。
花弁の中から芯を立たせようと強く捻り、意地悪く微笑みかけられて息が詰まりながら微かに眉を寄せる。痛みの中に混じる快楽の兆しを感じたからだ。
「起きたかい?駄目じゃないか、私をおいて先に眠ってしまうだなんて」
「申し訳ありません旦那様……わたくし……」
本当はわかっている。この男が食事に眠り薬を混ぜたことを。わかっていながら飲むしかない、この戯れに付き合わなければ生きていけない。そんな境遇に今夜も頭が酷く傷んだ。
「言い訳はよくないぞマグノリア。さあ起きなさい。お薬の時間だよ」
「……はい」
そっと身を起こして緩やかな動きで腰紐をほどき、夜着を肩から滑り落として不健康な程真っ白な肌を晒して見せれば、ジルド伯爵は目尻をだらしなく下げながらベッドのサイドテーブルに置かれた掌程の白い包みを手にした。
条件反射で、ゴクリと喉が上下するのがわかる。
それが危険なものであることも、同時に極楽へ導くことも、全て痩せ細ったその身に刻まれてしまっていた。心臓の鼓動が速くなり、肌からジワリと汗が滲み出す。
「愛しのマグノリア、今夜も私を愛しておくれ」
「もちろんですわ、旦那様……」
ジルド伯爵が包みを開くと、いつもの白い粒子が現れた。それにそっと鼻を寄せて吸い込むと頭痛が嘘のように消えた。まるで酒でも飲んだのかのように意識がふわりとして、残された粉を赤い舌先で舐めとる。
ぺろり、ぺろりとまるで猫がミルクを舐めるように舌をちらつかせながら主である男を挑発するように見上げた。艶かしいその姿にジルド伯爵は我慢できずに素早く唇を寄せて、その赤く熟れた舌に勢いよく吸い付いた。
「ん……旦那様……んむ、ぁ……」
「マグノリア……マグノリア……」
舌に絡み付く口付けの合間に『愛しのマグノリア』の名を呼び続ける。
その名は、本当の名ではない。しかしそれを、自身に宛がわれた新たな名だと確かに認識している。

『マグノリア』は、母の名だ。
じゃあ、自身の本当の名前は何だっただろうか…。

毎晩与えられる薬によって記憶が薄れていくのは感じていた。前日覚えていたであろう事を翌日には忘れていることを侍女達に指摘され、それが繰り返されるうちに自分の事が分からなくなってきている。
一昨日は何をしていた?去年の今頃は何をしていた?子供の頃は何をしていた……?
しかしそんなことはもう関係ない。過去なんていらなかった。何故ならジルド伯爵は毎日教えてくれる。君は独りぼっちだった。私がいなかったら死んでしまう。私達は愛し合っていたのだ、と。

『わたくし』ぼくには旦那様が居てくれる。『マグノリア』ぼくの、大切な愛しの愛しの大切な…。

昨日も今日も明日も変わらない。
そう、永遠にこの鳥籠から逃れられないのだろう。
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