じれったい夜の残像

第3章: 運命の夜

星明かりの下で

その夜、涼介と再会してから数日が過ぎたが、美咲の心は未だに落ち着かないままだった。
仕事に集中しようとすればするほど、彼の存在が頭の片隅に居座り、過去の記憶が鮮やかに蘇ってくる。

「私は何をしているんだろう…」

美咲はそう自分に問いかけながら、オフィスを後にした。

仕事は順調に進んでいるのに、心はどこか空虚だった。
涼介との再会が、彼女の心の奥底にしまい込んでいた感情を再び呼び覚ましたのだ。

東京の夜は明るく賑やかで、街はまるで眠ることを知らないかのように活気に満ちている。
美咲はその喧騒から逃れるように、隅田川沿いへと足を向けた。

そこは、彼女にとって特別な場所であり、かつて涼介と過ごした思い出が染み付いている場所だった。

川沿いに辿り着くと、心地よい夜風が美咲の髪を揺らした。
川面に映る街の明かりが、波に揺られてキラキラと輝いている。
美咲はその光景を見つめながら、思い出のベンチに腰掛けた。

「やっぱり、ここに来てしまった…」

自分でもなぜこの場所に足を運んだのか、はっきりとは分からなかった。
ただ、心が自然とこの場所を求めていたのだろう。
あの夜、涼介と交わした約束がここで生まれ、そしてここで終わりを告げた。
その記憶が、この場所に彼女を引き寄せたのかもしれない。

美咲がぼんやりと川面を見つめていると、ふと後ろから声が聞こえた。

「美咲…？」

その声を聞いた瞬間、心臓が大きく跳ねた。振り返ると、そこには涼介が立っていた。
彼もまた、かつての記憶に導かれるように、この場所に足を運んだのだろう。

「涼介…」

美咲は驚きを隠せなかった。

彼がこの場所にいるとは思いもしなかったが、どこかで再会を期待していた自分に気付く。
そして、その再会が現実となった今、何を話すべきか分からなかった。

「どうして、ここに…？」  
美咲はようやく声を絞り出した。

涼介は少し微笑んで、美咲の隣に座った。

彼の顔には、どこか懐かしさと切なさが混ざっているように見えた。

「ここは…僕たちにとって特別な場所だからね。考え事をしていたら、自然と足がここに向かっていたんだ。」

涼介の声には、かつての温もりが感じられた。

その声を聞くと、美咲の心に再び過去の感情が流れ込んでくる。

「涼介、私たち…どうしてこんな風になってしまったんだろう。」

美咲は思わず口に出してしまった。

彼女自身も、その問いに対する答えを求めていたのかもしれない。

「美咲…」  
涼介はしばらく黙ったまま、美咲の手をそっと握った。

「僕たちはそれぞれの夢を追いかける中で、お互いを見失ってしまったのかもしれない。でも…僕は君のことをずっと忘れたことはなかった。」

涼介の言葉に、美咲は目頭が熱くなるのを感じた。
彼の気持ちは確かに感じられたが、同時に過去の痛みが蘇り、彼の手を握り返すことができなかった。

「私は…涼介を支えたかった。でも、結局私がいたことであなたの夢を邪魔してしまったんじゃないかって、ずっと思ってた。」

その言葉に、涼介は首を横に振った。

「そんなことはない。美咲がいたからこそ、僕は夢を追い続けることができたんだ。でも、僕は君を幸せにすることができなかった。それが一番悔しい…」

二人はしばらくの間、静かに夜の景色を見つめていた。
言葉を交わすことができなかったが、その沈黙が二人の間に流れる過去の時間を癒していくかのようだった。

「涼介、私たち…これからどうすればいいの？」  
美咲はようやく絞り出した言葉で、彼に問いかけた。

涼介は、美咲の問いに答える前に、深く息を吸い込んだ。

「僕にも分からない。でも、一つだけ言えるのは、今夜ここで君と再び会えたことが、何かの始まりなんじゃないかって思うんだ。」

その言葉に、美咲は再び涙が溢れそうになるのを感じた。彼の言葉は、彼女の心の奥底に響き、過去の傷を少しずつ癒していくようだった。

「ありがとう、涼介…」

美咲は小さな声でそう呟いた。
二人はその後、言葉を交わすことなく、ただ静かに夜の空気を共有した。
星明かりの下で、二人の心は少しずつ再び交わり始めていた。