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第2章

11 戦争の前触れ 前編

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 幼い頃によく見た夢。
 王子様がこの森にやってくるという夢。そしてここから出してくれる。私は魔女なんてやめて王子様と一緒に生きていく──……。


「なんてことはないわよね」
 目の前にいるのはこの国の第三王子。なぜエレンの前にいるのかと言うと……。




──数時間前。

 小屋の回りに自生しているハーブを摘み取っていると、白い馬に乗った如何いかにも高貴なお方と分かる人がエレンを見下ろしていた。
「ここは魔女エレンの住みかか」
 見下ろして少し威圧感のある声で言った人物、その人物こそがこの国の第三王子、デューク。現国王の弟。
 エレンはただただデュークを見上げるだけだった。


 本来なら静かに森で暮らしていたいエレン。だけどなぜかそうはさせてくれないらしく、エレンの元に国の王子がやってきていたのだ。
(ほんと、王家の人々は軽くここに来るわ)

「私がエレンですが」
 顔色も変えずにそう告げたエレンは、デュークを見上げたままだった。
「その者!王子を見上げるなぞ、失礼ぞ!」
 お付きの者がエレンにそう言うが、王子は馬に乗ってる。
 見上げるのが失礼なら顔を見なければ良いのか。考えるエレンはそれも失礼に値するのではと思った。
「待て」
 お付きの者をデュークは諌めた。
「私が馬に乗っておる。見上げるのは必然的だろ」
「はっ」
「エレン。私はそなたに頼みがあって参った」
 お付きの者から目線をエレンに移したデュークは馬を降りる。そしてエレンに近寄り跪づいた。
「民を……、貧しき民を救う手助けをして欲しい。そなたの力で貧しき民を……」
 先程の威圧感はどこへやら。本来は優しい王子なのだ。
「どういうことなのです?」
 ハーブ畑で立ち話していると、エレンは何かを感じ取った。
「デューク様。こちらではなんですので小屋の方へ」
 と、小屋へと案内する。小屋の隣には牛舎がある。エレンが必要とするだけのミルクを取るだけなので、雄雌が1頭ずつ。なので馬の居場所はない。だが、小屋の周りには一応柵があり、その柵に馬の手綱を縛り付けた。


「狭苦しい場所で申し訳ございません。本来私ひとりで暮らしていたのでこの広さで十分なのです。今は居候がふたりおりますが……」
 小屋の中には大鍋やらエレンが作ったであろう薬品などがそこらじゅうに置いてあった。
「先程まで薬の試作をしておりましたので、少々散らかっておりますが」
 と、木材で出来たソファーに座るように促した。
 奥にある炊事場で、そこで湯を沸かしティーポットに乾燥させたハーブを入れた。
 湯が沸くとティーポットに注ぎ、蒸らす。頃合いを見てカップに茶を注いだ。
「こんなものしかございませんが」
 と、デュークの前に差し出した。
「すまぬ」
「王子。毒が仕込まれてるやもしれませぬ」
「そなたの頭は空っぽか。兄上たちがこの者のお茶を飲んでおるのだぞ!」
 デュークはお付きの者にそう言うと「失礼した」と頭を下げる。
「いえ」
 エレンはそれに答える。

「それで、民を助けて欲しいとは?」
 エレンは尋ねる。
「私が今、任されていることは貧しき民を生かすことだ。これが何よりも難しい。南部地方のフィリスの町では雨が降らず作物が育たぬ。それにより餓死する民が増えておる。雨が降らぬということは作物もなく、飲み水もなく餓えて死ぬを待つだけだ。これは戦争の影響もあるのやもしれん」
 目の前のカップに手を出すと、ハーブティーを一口飲んだ。
「そこでそなたの話を聞いたのだ」
「話?」
「この森の奥に住まう魔女エレン。そなたならその持っている魔力で作物が育つよう何かしら出きるのでないかと」
 エレンになら何か出来ると信じてここまで来たと言うのだ。

「ふぅ……」
 と、大きくため息を吐くと立ち上がった。
「あるにはあるのですが……。その前にひとつ。片付けなければいけない問題がありまして……」
 そう言うとデュークの周りに魔力を張り巡らせた。お付きの者も一緒に。
 それに驚いたのはお付きの者。すぐ様騒ぎだした。
「おのれ、やはり王子に危害を加える気かっ!」
「少し黙っていてくれるかな」
 エレンはイライラしながらお付きの者を見た。
「デューク様には分かっておいでですよね」
「すまぬ」
 実はデュークがこの森に入ったのを目撃した者がいた。そしてデュークの後を追ってきた。
 この森は必要だと思う人間しかエレンの元に辿り着けない。だが、例外がある。必要だと思う人間の後を気付かれずに、追ってこれた者も辿り着ける。
 デュークは後を付けられていたのだ。
「小屋の周りには結界が張り巡らせておるが……」
 まず追ってきたのが何者か確かめる必要がある。
 こちらの敵となる者ならば、排除せねばならない。だからといって闇雲に仕掛けるわけにもいかない。

「ホエール」
 奥にいたホエールに声をかけると、その姿を見せた。
「ユリアーナは?」
「今はまだ戻っておらん」
 ユリアーナは学校へと行き始めていた。その為、今はまだ学校の時間だった。
「ならいいわ。ちょっと外の様子を伺って来て?」
「なんで俺様が……」
「いいから」
 ホエールは海の主だった筈だが、エレンにはどうにも頭が上がらない。二度も勝負に負けてるし、何よりエレンに惚れているからだった。

 ホエールは小屋から外へ出ると、そいつはそこにた。
 ホエールは黙って見下ろし、そいつに威嚇する。
 黒いフードを被ったそいつは男なのか女なのかも分からない。いや、それよりも人間なのか魔法使いなのか、それとも他の何かなのかも分からない。

「お前は……、誰だ」
 低く威圧感のある声を出したホエールは、そいつに問いかけた。そいつはゆっくりと顔を上げた。
「む……っ」
 そいつが顔を上げた瞬間、大きくなっていく。



     ◇◇◇◇◇



「エレンっ!逃げろっ!」
 外からそうホエールの切羽詰まった声が響く。
 その声と共にこの小屋とシェリーの小屋、そしてユリアーナの小屋を消し去った。
 ここにあってここにない。そんな状況を作り上げた。その中に王子を閉じ込めたのだ。
 王子は取り乱すことなくエレンを見ていた。窓から光が入っていた筈が、暗くなりエレンの顔を見ることも出来ない。

「お、お、王子っ!」
 取り乱していたのは王子のお付きの者。王子の無事を確認しようと必死だった。
「静かに」
 エレンはお付きの者をキッと睨む。
 この者は王子とは違って度胸などない。さっきから騒いでいるのを見て感じた。

(ホエール、無事だといいが……)
 早くなんとかしないと、ユリアーナも帰ってくる。その前にカタをつけないといけない。
 だがどんな状況かはこの空間からは分からないのだ。

 この空間の中、ホエールの様子が分からない。何が起こっているのか、何がいるのか分からない。


「ルピア」
 エレンはそう唱えるとポッと小さな灯りがついた。
「さて……、どうしたものか」
 エレンは部屋の中を歩き出す。
(力の強さからいって、この空間までは来れないとは思うが……)
 ホエールが逃げろというくらいだった。一体、どこの誰なのか。エレンは考えてあぐねていた。

「王子」
 エレンは王子の方を見た。
「隣国、ナトゥール公国との状況はどんな感じですか」
 ナトゥール公国は、この王国と長年戦い続けている。今は休戦状態の筈だが、どうも気になる。
「あまりいいとは言えないと思う。何やら不穏な動きがあると聞いた」
(不穏な動き……)
 それがもしかしたら今回のことなのかもしれない。
 国王ではなく、王子を狙ったことは【警告】なのかもしれない。

 コトッ。
 テーブルに水晶を置いた。滅多に水晶を使わないエレンは、その水晶を持ってくるのは珍しい。
 水晶を覗いたエレンは外の様子を伺う。水晶に映し出されたのはホエールの傷ついた姿だった。
 フードを被ったものは、ホエールより大きくそしてホエールよりも魔力が強かった。
 そもそもホエールの力は海の傍で発揮出来る。だが、ここは森だ。ホエールの力が半減するのは当然だろう。


(しかし、あのフード。どこかで……)
 エレンは記憶の中にあるデータを探し出した。これまでいろんな人々の記憶を複製コピーしてきた。その中にあのフードが映っているのだ。
 記憶の小瓶の中からひとつ取り出した。
 その小瓶に入っている記憶の複製を水鏡に一滴落とした。
 そこに映し出された記憶にフードが映っていた。



     ◇◇◇◇◇



『ガガガ……ッ』


 フードから声……というより音が漏れる。
 これは誰の記憶だったろう。それはもう覚えていない。
 遠い昔に複製した記憶。
 フードがこちらを(というより記憶の持ち主に)向かってくる。不気味な音と共に。


『……ガッ……ガガガ……ッ』


 なんの音かは分からない。このものが何なのかさえも分からない。ただ言えるのは、不気味な何かを纏っているということ。
 記憶の持ち主はそのフードから逃げていた。逃げて逃げて、逃げたところで記憶がプツリと切れた。




(そう。こんな記憶だった。記憶の持ち主はこの記憶により不安定な状態だったんだ。だから私はこの記憶を採ったんだった)
 そう。この記憶は複製ではなく、本物だった。
「だったらあのフードは……」
 呟くと水晶を覗く。水晶に映し出されたフード。フードはこちらの様子を伺ってるかのように見ていた。
 実際には隠された空間にいるのだから、こちらの様子など分かりかねることなのだが、こっちを見てるような気がしたのだ。
(ホエールは?)
 ホエールが映し出されると、腕から血を流していた。

「不味い……」
 棚からひとつの紋章がついた、剣を取り出した。
「その紋章は……」
 この国の王家の紋章。なぜこれを持っているのかと言うと、先々代の国王が預けたものだった。強い魔力を秘めた長剣だった。
「先々代の国王、ジェラトーニ国王が私に依頼してきた時の報酬のひとつ」
 ワドロフスキーの件の時、魔法の本と共にこれをエレンに持って来ていた。
いずれ必要になるだろう』と言って。
 あれからどのくらいの時か経ったのだろう。一度も使うことなく、一度も鞘から抜くことなく今日まで来た。
 だが、魔力が強いので鞘から刀身を抜いてもキレイなままだった。

「王子。これを」
 王子に渡すとブワァと光と熱が王子を包み込んだ。
「な、な、な……っ!」
 お付きの者は大慌てで部屋を駆け回る。暫くして光と熱が落ち着き、その剣は王子の心とリンクしたようだった。
「やはり、デューク王子の元へ渡るようになっていましたか」
 ジェラトーニはこのことを知っていたのかは分からない。だが、ここにこの剣を置いてくれたおかげで、なんとかなりそうだった。
 王子は状況を飲み込んだのか、ただ頷いた。
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