赤い薔薇 蒼い瞳

星河琉嘩

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第2章

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 バシャン……ッ!




 遠くで水音が聞こえた気がした。
 その瞬間、理菜の身体を持ち上げた力強い腕。



 ザバ……ッ!



「ぷはぁ……っ!」


 海から顔を出して酸素が身体の中に入ってくる。


 ──この腕の力。
 ──覚えがある。



(でも誰だった……?)



 理菜は思い出すことが出来なくて、そのまま意識が飛んだ。



     ◆◆◆◆◆



 気付いたらそこは、倉庫の2階にあるベッドの上だった。





 ガチャッ。
 ドアが開き、そこには怖い顔をした良樹が立ってる。黙って理菜に近付き、何も言わずにパシッと頬を叩いた。
 その痛みから、理菜の頭が漸く覚醒する。



「何、した」
 その声は低く、とても怒ってるのが分かる。
「お前ぇ……、何しやがった!」
 その大声で隣の部屋にいたんだろう、駿壱が部屋の中に入ってくる。
 理菜と良樹の様子を見ていた。


「自分がしたことの意味が分かってんのかっ!」
 理菜が黙ったまま何も言わないから、更に良樹が怒る。
「自分が何したのか、分かってんだろうなっ!」
 怖いのと、どうしたらいいのと、訳が分からない感情が涙となって溢れる。膝を抱えて涙を見られないようにする。
 でも、そんなことをさせてくれる筈がなくて、理菜の顔を自分の方に向ける。
 そして良樹は理菜を抱きしめた。





「マジで心臓、潰れるかと思った……」





 耳元で聞こえる声は涙声になっていた。この人が、こんな風に泣くなんて思わなかった。
 ギュッとされて、これでもかってくらい力強く抱きしめられて、理菜は涙が出た。



「……ごめんなさい……」



 理菜の頭に手を置いて、撫でる良樹。その仕草に、理菜は全てを預けるように抱かれていた。



「ヨシキ。いい加減、リナから離れろ」
 ボソッと言う駿壱の声に振り返る。理菜を抱きしめたままの状態で。
「なんでだ」
 その言葉に駿壱の眉が吊り上る。


「俺の妹に障るな」
「俺の女だ」
 ふたりのそのやり取りに、理菜少し安心してしまった。



「リナ」
 ドアに寄りかかっていた駿壱が、こっちをじっと見ていた。その顔は怒ってるって分かる顔で、でも良樹が怒ったから自分は怒れないってのが分かる顔つきで、でも何か言わなきゃって顔をしていた。


「お前……、何しようとしたんだ」
「……ごめんなさい」
「リナ」
「…………」
 理菜は黙ったまま、何も言わない。言ったって理解は出来ないから、言わない。
 駿壱になんか言えない。


「はぁ……」
 大きくため息を吐いて、理菜を見る。
「二度とんなことすんな」
 そう言って部屋を出て行く。駿壱の後ろ姿を見て良樹は言った。
「心配、してたんだよ。アイツ」
 理菜の顔を覗き込み、頬に流れ落ちていた涙を拭った。
「マジで、怖かったんだからな」
 理菜の身体をしっかりと抱いたまま、良樹が言う。
「二度とこんなことすんなよ……」
 涙を堪えながら理菜は頷いた。



 多分、理由なんか言っても分かってもらえない。理菜自身も、よく分からないことだった。なんであんなこと、しちゃったのかって。



「リナ」
 理菜を抱いたまま、良樹の声が降りてくる。
「何かあったんだろ」
 優しい声で話してくる。
「なんかあったからあんなこと……」
「……んない」
「ん?」
「分からない……」
「なんだよ、それ」
 苦笑いする良樹。理菜はその顔を見れなかった。


 散々、良樹の胸の中で泣いていた。
 混乱する理菜を宥める良樹。
 なんであんなことをしたのか、分からない。


 だけど、苦しかった。
 本当に苦しかった。


 誰かに迷惑かけてる。
 過去のことでいろいろ考えてしまう自分にも、疲れちゃっていたのかもしれない。



「リナ。俺ん家行こう」
 急にそう言われてキョトンとする。
「お前をひとりにはしたくねぇ」
「でも……」
「どうせ明日は休みだろ。学校」
「うん……」
「じゃ、いいじゃねーか」
 そう言うと、理菜の頬にちゅっとキスをして部屋を出て行く。


 多分、隣の部屋にいる駿壱に話をしに行ったんだと思う。ボソボソと聞こえる声。
 何を言ってるのかはっきりとは聞こえない。でも良樹は、駿壱を説得しているんだって分かった。


「リナ」
 部屋に戻って来た良樹は、理菜の顔を覗き込んで笑った。
「行こう」
 手を差し出して、理菜を部屋から出す。
 隣の部屋では、駿壱が百合と一緒に話していた。


「リナ」
 駿壱がこっちを見ないから、百合が理菜に笑っていた。
「大丈夫?」
「ごめんなさい……」
 そう言う理菜に笑う百合。理菜はそんな百合の笑顔に、安心してしまった。



 駿壱を説得したのは、百合なんだって分かった。百合が駿壱になんか言ったんだろう。
 そう思った。


 良樹はもう既に1階へ降りていて、自分のバイクのところにいた。それを見て、慌てて階段を降りて良樹のところへ行く。


「メシ、食うか?」
「いらない……」
 俯いて言う理菜の頭に手を置いて「じゃ帰るか」と言った。
 ヘルメットを理菜の頭に被せて、後ろに乗せる。
「あー……。お前のメット、買わなきゃな」
 理菜を後ろに乗せる時、良樹はヘルメットを被らない。
 理菜に被せてしまうから。
「今度、買いにいこうな」
 その言葉に理菜は頷くしかなくて、それを見た良樹は「行くぞ」と言ってバイクに跨った。



 理菜を後ろに乗せてバイクを走らせ、夜道を行く。パトカーに見つからないことを祈りながら、理菜は良樹の背中に抱きついていた。



     ◆◆◆◆◆



「おいで」
 林家姉兄弟の家に着いた理菜は、良樹に促され中へ入って行く。
 ここに来るのはあの日、真美の所為で理菜が輪姦された時以来だった。


 この一軒家で林姉兄弟3人が暮らしているらしい。
 それも全て父親のお金で暮らしているって。
 なんでまだ高校生の3人がそうやって暮らしているのかは謎だけど、気が楽だって話していた。


 良樹に連れられて2階に上がる。そこには2つの部屋があった。
「1階は姉貴の部屋があんだ。上は俺ら」
 と言って、右側の部屋のドアを開けた。
「今日はカズキも姉貴も帰って来ねぇよ」
 部屋にある黒いソファ。
 そこには黒龍の旗がかけられていた。
 そのソファの上にヘルメットを置いて、良樹は理菜に「座れ」と言った。
 壁には高校の制服がかけられていた。


「ちょっと待ってな」
 そう言った良樹は部屋を出て、1階へ降りて行く。その後ろ姿を見て理菜はソワソワしていた。



 ──ヨシキさんの部屋。
 ──なんで来ちゃったんだろう。



 不安で仕方なかった。またこの前みたいなことになったら……って。
 そう思ったら不安で仕方なかった。





「リナ」
 部屋に戻って来た良樹は、理菜に紅茶のペットボトルを渡した。それを「ありがとう」と言って受け取る。
 良樹の手には缶ビールがあった。それを開けると喉の流し込む。
 良樹は決して理菜に、お酒を飲ませようとはしない。煙草も吸わせない。
 それは駿壱もなんだけど、理菜にはそういうことを一切させようとはしない。
 理菜のことを思ってしている行動なんだろうけど、自分たちもまだ未成年なのにと思う。



 理菜は膝を抱えていた。
 なんの為に理菜はここにいるんだろうかって。



「リナ」
 理菜の隣に座った良樹が肩を抱く。
「リナ」
 呼ばれても返事が出来ない。
 そんな理菜の顎を持ち上げて、自分の方へ向かせる。
「んな顔すんな」
 そして理菜と良樹の唇が重なった。



「なんもしねぇから」
 唇を離した良樹はそう言った。
「……したじゃん」
「ん?」
「……キス」
「キスくらい、いいじゃねぇか」
 理菜は俯いていた。どうしたらいいのか分からない。
 理菜はどうしたらいいのか分からない。



 ほんとは怖くて怖くて仕方ない。
 不安で不安で仕方ない。



 ふっと笑った良樹は、理菜の頭に手を置くと理菜の顔を覗き込んできた。
「今日俺ん家に呼んだのは、話をする為だ」
 不意にそう言われた。
 理菜はまた不安になって、良樹の顔を見た。
 その顔はとても優しくて。
 でも切なくて。
「でもま、その前に風呂入れ。海に飛び込んだから潮でベタベタだろ。さっき、姉貴が着替えさせたとはいえ……」
 あの騒ぎの後、百合が気を利かせて新しい洋服や下着を買ってきて着替えさせてくれていたのだ。
「ちょっと、待ってな」
 そう言うと部屋から出て行く。
 暫くして戻った良樹は、部屋にあるチェストからスエットを取り出した。
「とりあえずそれ着ろ」
 どうやら本当に、理菜を帰すつもりはないらしいことが分かる。
 バスルームに案内され、バスタオルを渡された。バスルームから遠ざかる足音を聞いて、理菜は着ていた服を脱ぎ始めた。



     ◆◆◆◆◆



 バスルームから戻った理菜を見て、ふっと笑いを溢す。良樹のスエットは理菜には大きくて、その姿が可愛いと良樹は感じていたのだ。
「お前ぇ……」
「ん」
「髪、乾かせよ」
 そう言った良樹は、ドライヤーを取りにバスルームへと行く。
 ドタドタと足音を鳴らしながら戻って来た良樹の手には、ドライヤーが握られていた。良樹は理菜に座るように促し、理菜の長い髪を乾かしていく。
「いいよ、ヨシキさん」
「いいから」
 暫くそうやって良樹は理菜の髪に触れる。
 乾かしてる時に見える理菜の首筋に、ドキッとさせられる良樹だったが、それに気付かないフリをした。
「はい、おしまい」
 そう言ってドライヤーのスイッチを消した。


「で、何があった?」
 理菜の隣に座ると、悲しそうな寂しそうな顔を向けてくる。
 それが何を言ってるのか分かった。



 ──なんで海に飛び込んだのか……。




 それが聞きたいんだと思う。
 だからに、理菜をここに連れて来た。その為に百合も一樹も、にいない方がいいって考えたのかもしれない。
「ちゃんと聞いてやっから。ゆっくりでいいから」
 その言葉に理菜は、自分の中にあるモヤモヤとしたものを吐き出すかのように、ゆっくりと話し出した。



「あのね……」
 涙が止まらない理菜を、自分の方へ抱き寄せる。
「……あたし、汚い」
「何が」
「……自分の父親に……」
 良樹は理菜が何を言いたいのか、分かってると思う。
 何処から話せばいいのか、どう話せばいいのか。
 分からなくなってる理菜のことも、ちゃんと理解してる。




「もう……、忘れたって思った……。でも……ほんとは、心のずっと奥にあった……」


 涙を抑えることが出来ない理菜は、良樹に抱きかかえられたままの状態で話していた。


「……っ……!……あたし……っ、助けて……て……ママにも……お兄ちゃ……にも……、でも……っ……!」


 聞き取りづらいと思う。
 嗚咽を繰り返しながらだったから。


「あたし……っ、パパに……許し……て……、パパが……怖くて……ぅっ……!でも……パパ、ヤメてくれなくて……っ」


 良樹は黙って話を聞いてくれていた。理菜の頭を撫でながら、ちゃんと聞いてくれていた。


「……ヒッ……クッ……!……パパが……っ……」


 ──パパが怖い。
 ──何よりもパパが怖い。



「ヒック……ッ!」
 優しい手は理菜が話し終えるまで、撫でてくれていた。
 しっかりと理菜を抱きかかえてくれていた。
 理菜はその力強い腕に安心しきっていた。



「……自分の父親に……そんなこと、される……なんて……誰にも……知られたくなか……っ……アキにも……ヨシキさんにも……でも……っ」


 自分で何を言ってるのか、分からなかった。ずっとぶつける場所がなかった。それを良樹にぶつけてる状態だった。


「誰も……ッ……ヒックッ……助けて……くれなくて……、ずっと……助けて……欲しく……ッ……!」


 そこまで話したら、後はもう言葉が続かなかった。それを分かったのか、良樹はギュッと抱きしめてくれた。
「辛かったな。よく耐えたな」
 そう言葉を発した良樹。その言葉は、ずっと誰かに言って欲しかった。



  って。




 腕の中にいる理菜の顔を、覗き込む。そして涙と鼻水でグチャグチャな理菜の顔を見て、ふっと笑いを零した。
 優しい手で理菜の顔を拭うと、キスをくれた。
「リナ」
 抱き寄せる良樹の強い腕。
 温かい腕。
「俺はお前を失いたくねぇんだよ。だから辛かったら、真っ先に俺に言え」
 その言葉。
 理菜も同じ。
 良樹を失いたくない……。
「また泣いてやがる」
 涙を流した理菜に、良樹は優しい目で見つめていた。




 その日。
 理菜は良樹の腕の中で、悪夢を見る事無く眠りについた。


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