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第2章
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「どういうことだ」
理菜の手を離さないで、じっと理菜を見ているこの男に良樹は聞いた。
今はもう夜中の3時。
こんな時間まで駿壱は百合と一緒にいたんだろう。だけどそれを良樹がそれを邪魔をした。
それでも理菜の為に飛んで戻って来た。
「帰る」という電話から20分足らずで、理菜の傍にいる。そのくらい大事な存在なのだろう。
さっき理菜が言った言葉が、気になっている。
「ごめんなさい」と言ったあの後、落ち着くまで抱きしめて、良樹の腕の中で眠っていくまで背中を擦った。
どんなに宥めても理菜は「ごめんなさい」しか言わない。
理菜が眠った後、傷つけてしまった自分に傷付いていた。
眠ってる間。
理菜がずっと口にしていた譫言。
ごめんなさいと許して
それがどんな意味を指すのか、良樹には分からないでいた。
隣にいる駿壱に睨みながら、聞き出そうとしている。駿壱はそんな良樹に気付いていながらも、理菜から目を離そうとしないし、一瞬でも良樹を見ようとはしなかった。
「おい」
「煩ぇよ。リナが起きる」
そう言うと、慈しむように理菜を見る。そして握っていた手を布団の中へ入れると、理菜の頬に触れた。
「まだ……、苦しんでたんだな」
そう呟くと良樹を見た。そして立ち上がり、部屋を出るように促す。
「シュン」
「俺の部屋行こう。リナの前じゃ話せねー」
そう言うと理菜の部屋の前のドアを開けた。
そこが駿壱の部屋だってのは、さっき理菜が灰皿を取りに行ったことで分かる。
良樹はテーブルの上に乗ってる灰皿を持ち、駿壱の部屋に向かった。
駿壱は部屋のソファーにドカッと座り、煙草を出していた。良樹が灰皿をテーブルに置くのを見て、不機嫌な顔をしている。
「お前ぇ。リナに何した?」
低く静かな声で言った駿壱。その声はかなり怒ってると分かる。
「何って話すことじゃねー」
「話すことだろうが」
睨まれても別に怖くはなかった。駿壱のこんな顔はしょっちゅう見ていて、見慣れている。
「アイツは……、リナは昔のことで過換気症候群を持ってる。さっき、お前が見たのはそれだ」
過換気症候群。
精神的なもんからくる過呼吸。
だから紙袋って言ったんだと、良樹は思った。
思えば理菜の部屋には、異様に紙袋が置いてあった。それがその為なんだ。
「で、妹に何した」
「何って……」
言おうかどうか迷う。
理菜が知られたくないのではと思うと、話すべきじゃない。
でも理菜がああなった原因を知りたいとも思う。
それが駿壱を怒らせることだとしても、理菜が悲しむことだとしてもだった。
(じゃなきゃこれから先、リナに手ぇ出す事なんか出来ねぇ)
少し考えて、良樹は口を開いた。
「…………ヤってた」
その言葉に眉を吊り上げてこっちを睨む。
「忘れさせてくれって言われたんだよ」
いい訳のように言う。それがカッコ悪いと、自分でも感じていた。
(情けねぇ……)
駿壱の顔はなぜか、見れなかった。
「でも、最後までヤってねぇ」
黙って聞く駿壱が、怖さ倍増しているようだった。
「どういうことだ」
「挿れようとして、リナが怖がった」
また眉を吊り上げて俺を睨む。
「リナになんてことしやがった」
そういう顔をしてた。
「おいおい。んな顔で睨むな。お前だって、俺の姉貴とヤってんだろうがよ」
だからそう言った。
でも、怒りは収まらないらしく、その苛々を煙草を吸うことで誤魔化していた。
「その時に言ってたんだよ。ごめんなさいって。なんとか宥めて寝かせて、譫言をずっと言ってた」
良樹の話を最後まで聞いて、大きくため息を吐く。それがどんな意味を持つのか分からなかった。
「ごめんなさいと許して」
「あ?」
「その意味はなんだ」
良樹は駿壱に聞いた。
駿壱は黙ったまま良樹を見ていて、何も言わなかった。
「おい」
話してくんねーと困ると、良樹は追い討ちをかけるように駿壱を見ていた。何も答えないからか、必要以上に駿壱に睨みながらもう一度言う。
「シュン。お前、その言葉の意味、分かってんだろ」
「……てる。分かってる」
「なんだよ、それは」
「それは……。アイツが傷付くから言えねー」
肝心なところは言わないなんてズルいと、駿壱を睨む目が強くなる。
「話してくんないと、どう接していいのか分からねーんだよ」
それでも駿壱は黙ったまま考え込んでる。
「シュン。俺はアイツを傷付けたくねぇんだよ」
「ヨシキ。お前はリナのこと、本気なのか」
「あ?」
「だから、本気なのかって聞いてんだ」
「本気じゃなかったら、聞かねーよ」
「そうか……」
そう言うと煙草の煙を吐き出し、そしてその煙草を揉み消してこっちを見た。
「俺ん家、両親離婚してんだろ」
いきなり話し出した秋月家のこと。
それがこんなにも重いものだとは思わなかった。
◆◆◆◆◆
「リナが小学校1年の時だ」
駿壱がこの土地に来たのは5年の秋だった。
良樹のクラスに転入して来た駿壱とは、随分と長い付き合いになった。
1年に妹がいたことは勿論、知っていた。まさか、その理菜と良樹が付き合うことになるとは思ってもいない。
「両親が離婚した原因は、オヤジの虐待だ」
感情もなく話す駿壱に驚いた。父親に対してなんの感情も持っていないようだった。
「オヤジは昔っから俺とリナに、暴力振るっててな。元プロボクサーだから力はハンパねぇしな」
初めて聞いた話だった。
駿壱が、理菜が、父親に虐待されてたってことは、全く知らなかった。
「俺はいいんだよ。やり返すから。でもアイツはまだガキで力ねーし。女だし」
話す駿壱は理菜のことになると、周りが見えなくなる。
話す駿壱は、拳に力を入れて何かに耐えているようだった。
「守るのが……俺の役目だった」
呟くように言う駿壱の目には、色がなかった。
何があったのか、良樹には想像も出来なかった。
ただ、そんな駿壱を見てるしかない。
「ある日を境に、オヤジはリナを玩具にしやがった」
その言葉の意味が理解出来なかった。
「どういうことだ?」
良樹はそう聞いた。
駿壱は良樹を見ようともしないで、ひとことだけ言った。
「性的虐待だ」
思考が止まった気がした。
それでも良樹は聞かなきゃいけないという思いで、聞いていた。
「リナはあのバカオヤジにヤられる度に言ってた。ごめんなさいと許して」
言葉の意味。
譫言の意味が分かった。
あれは父親に対する言葉だったんだ。
「お袋は、それに気付いた時からどうにか俺たちを守ろうと、奮闘していたんだ。でも疲れちゃったんだな。自分の離婚調停を自分の事務所でやった。それが6年前の秋だ」
駿壱の目は空を見ていた。
良樹がを見る事もしない。
誰を見る事もしない。
そんな目だった。
だから、駿壱は理菜を守る為にあんなになっていたのか。
転入して早々、駿壱は6年のガキ大将をやっつけてしまったのは理菜の為。
理菜が言ってたあの言葉。
パパがいなくなったのも、あたしの所為
それはこういうことを意味していたんだ。
「シュン。辛い話、させて悪かったな」
そう言うと良樹は、理菜の部屋へ戻って行った。
理菜の手を離さないで、じっと理菜を見ているこの男に良樹は聞いた。
今はもう夜中の3時。
こんな時間まで駿壱は百合と一緒にいたんだろう。だけどそれを良樹がそれを邪魔をした。
それでも理菜の為に飛んで戻って来た。
「帰る」という電話から20分足らずで、理菜の傍にいる。そのくらい大事な存在なのだろう。
さっき理菜が言った言葉が、気になっている。
「ごめんなさい」と言ったあの後、落ち着くまで抱きしめて、良樹の腕の中で眠っていくまで背中を擦った。
どんなに宥めても理菜は「ごめんなさい」しか言わない。
理菜が眠った後、傷つけてしまった自分に傷付いていた。
眠ってる間。
理菜がずっと口にしていた譫言。
ごめんなさいと許して
それがどんな意味を指すのか、良樹には分からないでいた。
隣にいる駿壱に睨みながら、聞き出そうとしている。駿壱はそんな良樹に気付いていながらも、理菜から目を離そうとしないし、一瞬でも良樹を見ようとはしなかった。
「おい」
「煩ぇよ。リナが起きる」
そう言うと、慈しむように理菜を見る。そして握っていた手を布団の中へ入れると、理菜の頬に触れた。
「まだ……、苦しんでたんだな」
そう呟くと良樹を見た。そして立ち上がり、部屋を出るように促す。
「シュン」
「俺の部屋行こう。リナの前じゃ話せねー」
そう言うと理菜の部屋の前のドアを開けた。
そこが駿壱の部屋だってのは、さっき理菜が灰皿を取りに行ったことで分かる。
良樹はテーブルの上に乗ってる灰皿を持ち、駿壱の部屋に向かった。
駿壱は部屋のソファーにドカッと座り、煙草を出していた。良樹が灰皿をテーブルに置くのを見て、不機嫌な顔をしている。
「お前ぇ。リナに何した?」
低く静かな声で言った駿壱。その声はかなり怒ってると分かる。
「何って話すことじゃねー」
「話すことだろうが」
睨まれても別に怖くはなかった。駿壱のこんな顔はしょっちゅう見ていて、見慣れている。
「アイツは……、リナは昔のことで過換気症候群を持ってる。さっき、お前が見たのはそれだ」
過換気症候群。
精神的なもんからくる過呼吸。
だから紙袋って言ったんだと、良樹は思った。
思えば理菜の部屋には、異様に紙袋が置いてあった。それがその為なんだ。
「で、妹に何した」
「何って……」
言おうかどうか迷う。
理菜が知られたくないのではと思うと、話すべきじゃない。
でも理菜がああなった原因を知りたいとも思う。
それが駿壱を怒らせることだとしても、理菜が悲しむことだとしてもだった。
(じゃなきゃこれから先、リナに手ぇ出す事なんか出来ねぇ)
少し考えて、良樹は口を開いた。
「…………ヤってた」
その言葉に眉を吊り上げてこっちを睨む。
「忘れさせてくれって言われたんだよ」
いい訳のように言う。それがカッコ悪いと、自分でも感じていた。
(情けねぇ……)
駿壱の顔はなぜか、見れなかった。
「でも、最後までヤってねぇ」
黙って聞く駿壱が、怖さ倍増しているようだった。
「どういうことだ」
「挿れようとして、リナが怖がった」
また眉を吊り上げて俺を睨む。
「リナになんてことしやがった」
そういう顔をしてた。
「おいおい。んな顔で睨むな。お前だって、俺の姉貴とヤってんだろうがよ」
だからそう言った。
でも、怒りは収まらないらしく、その苛々を煙草を吸うことで誤魔化していた。
「その時に言ってたんだよ。ごめんなさいって。なんとか宥めて寝かせて、譫言をずっと言ってた」
良樹の話を最後まで聞いて、大きくため息を吐く。それがどんな意味を持つのか分からなかった。
「ごめんなさいと許して」
「あ?」
「その意味はなんだ」
良樹は駿壱に聞いた。
駿壱は黙ったまま良樹を見ていて、何も言わなかった。
「おい」
話してくんねーと困ると、良樹は追い討ちをかけるように駿壱を見ていた。何も答えないからか、必要以上に駿壱に睨みながらもう一度言う。
「シュン。お前、その言葉の意味、分かってんだろ」
「……てる。分かってる」
「なんだよ、それは」
「それは……。アイツが傷付くから言えねー」
肝心なところは言わないなんてズルいと、駿壱を睨む目が強くなる。
「話してくんないと、どう接していいのか分からねーんだよ」
それでも駿壱は黙ったまま考え込んでる。
「シュン。俺はアイツを傷付けたくねぇんだよ」
「ヨシキ。お前はリナのこと、本気なのか」
「あ?」
「だから、本気なのかって聞いてんだ」
「本気じゃなかったら、聞かねーよ」
「そうか……」
そう言うと煙草の煙を吐き出し、そしてその煙草を揉み消してこっちを見た。
「俺ん家、両親離婚してんだろ」
いきなり話し出した秋月家のこと。
それがこんなにも重いものだとは思わなかった。
◆◆◆◆◆
「リナが小学校1年の時だ」
駿壱がこの土地に来たのは5年の秋だった。
良樹のクラスに転入して来た駿壱とは、随分と長い付き合いになった。
1年に妹がいたことは勿論、知っていた。まさか、その理菜と良樹が付き合うことになるとは思ってもいない。
「両親が離婚した原因は、オヤジの虐待だ」
感情もなく話す駿壱に驚いた。父親に対してなんの感情も持っていないようだった。
「オヤジは昔っから俺とリナに、暴力振るっててな。元プロボクサーだから力はハンパねぇしな」
初めて聞いた話だった。
駿壱が、理菜が、父親に虐待されてたってことは、全く知らなかった。
「俺はいいんだよ。やり返すから。でもアイツはまだガキで力ねーし。女だし」
話す駿壱は理菜のことになると、周りが見えなくなる。
話す駿壱は、拳に力を入れて何かに耐えているようだった。
「守るのが……俺の役目だった」
呟くように言う駿壱の目には、色がなかった。
何があったのか、良樹には想像も出来なかった。
ただ、そんな駿壱を見てるしかない。
「ある日を境に、オヤジはリナを玩具にしやがった」
その言葉の意味が理解出来なかった。
「どういうことだ?」
良樹はそう聞いた。
駿壱は良樹を見ようともしないで、ひとことだけ言った。
「性的虐待だ」
思考が止まった気がした。
それでも良樹は聞かなきゃいけないという思いで、聞いていた。
「リナはあのバカオヤジにヤられる度に言ってた。ごめんなさいと許して」
言葉の意味。
譫言の意味が分かった。
あれは父親に対する言葉だったんだ。
「お袋は、それに気付いた時からどうにか俺たちを守ろうと、奮闘していたんだ。でも疲れちゃったんだな。自分の離婚調停を自分の事務所でやった。それが6年前の秋だ」
駿壱の目は空を見ていた。
良樹がを見る事もしない。
誰を見る事もしない。
そんな目だった。
だから、駿壱は理菜を守る為にあんなになっていたのか。
転入して早々、駿壱は6年のガキ大将をやっつけてしまったのは理菜の為。
理菜が言ってたあの言葉。
パパがいなくなったのも、あたしの所為
それはこういうことを意味していたんだ。
「シュン。辛い話、させて悪かったな」
そう言うと良樹は、理菜の部屋へ戻って行った。
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