赤い薔薇 蒼い瞳

星河琉嘩

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第1章

35

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 浩介を追いかけて、駿壱と亜紀が倉庫を出て行って、ヒデも「オヤジのとこに殴りこむ」と言って倉庫を出て行った。
 今、この倉庫の中にいるのは理菜と良樹だけだった。



「リナ」
 泣かないようにしていても、泣いてしまう理菜。
 良樹は冷蔵庫の中から紅茶を出してくれた。
 いつの間にかこの冷蔵庫の中には、理菜が好きなメーカーの紅茶が入ってる。
 いつもビールとかしか置いてなかったのに、理菜が来るようになってから紅茶やミネラルウォーターも入るようになった。


 良樹から受け取った紅茶を一口飲むと、また涙が溢れてきてしまっていた。
 止めようとしても次から次へと出てきてしまう。
 理菜の隣にドカッと足を投げ出して座り、理菜の肩に腕を回す。
 そしてそのまま、理菜の頭を撫でてくれていた。


「ほんと、泣き虫だな」
 そう言ってくすっと笑う。
 でも理菜はそんな良樹に何か言う余裕もなかった。
 それくらい、今の理菜は心が痛かった。



「リナ。もう大丈夫だ」
 そう言ってくれてもまだ泣いている。どうやったら涙が止まるのか分からないくらいだった。


「リナ」
 良樹は理菜を自分の方へ抱き寄せた。泣き止まない理菜を、抱き寄せていた。
 いつ駿壱が帰ってくるか分からないのに。


「……ヨシキさん」
「もう、泣くなよ」
 耳元で聞こえるその声。
 その声がとてもせつなくて、また泣けてきた。


「ほんと、泣き虫」
 またそう言われた。

 ──なんでなんだろう。
 ──なんでこんなに泣けてくるのかな。

 亜紀のことが苦しくて泣いていた筈なのに、それとは別の感情で泣いているみたいだった。



    
「アキは……たぶん、平気だろ」
「え」
 顔を上げて良樹を見た。
「分かってる筈だ。自分が何をすべきなのか」
 何も答えられない。
 亜紀はあんな辛い思いをして来て、それを抱えて来たんだよ。
 なのに駿壱はそれを話させて、しかもヒデの前で話させた。
 それがいいことだったのかなんて分からない。
 理菜の中は、複雑な感情が渦巻いていた。

「シュンはな、アキを解放させたかったんだよ」
「解放?」
「ああ。自分の中に閉じ込めておいて、また苦しい思いをするんなら話して少しでも楽にさせたかったんじゃねーの」
(少しでも楽に……。)
 それが理菜には出来なかった。


「リナは、ずっとアキの傍にいたんだろ」
 コクンと頷いた理菜に、ふっと笑みを見せた。
「なら、アキが大丈夫だってことくらい分かるよな」
 さっき、部屋を出て行った時の亜紀の顔は、思いつめていた時の顔じゃなかった。
 なんか吹っ切れたようなそんな顔をしていた。


「取りあえず、これからどうするかはアキ次第」
「……そっか」
 理菜はそれしか言えなかった。
「大丈夫だって。アキのこと、信じてやれよ」
「うん」
 涙は自然と止まっていた。気持ちが落ち着いていった所為かもしれない。




 ♪~♪~♪~!!


 部屋の中に響く良樹のスマホの着信音。
 煩そうにスマホを耳に当てる。
「俺」
 そう言って出る良樹。
 それがなんだかエラソーだったから笑えた。


「あ?ああ。……分かった」
 短いその電話を切って良樹はあたしを見た。
「シュンイチから。アキとコウは連れて帰るからって。俺にお前のお守りしろって命令しやがった」
「命令って」
 呆れた声を出す理菜をまた強く抱き寄せた。
 良樹の体温が伝わってくる。温かい体温が伝わってくる。


「もう晩いから寝ようぜ」
 抱きしめたまま理菜にそう言うと、抱き上げて隣の部屋へ行く。
 隣に部屋があるのは知っていた。
 だけど、そこに入るのは初めてだった。



 隣の部屋にはベットとソファーが置かれていた。
 ソファーの上には無造作に置かれた服。


「悪ぃな」
 そのソソファーを見て困った顔をした。
「俺家に帰らねー時、大抵ここにいっから。メチャメチャなんだよ」
 笑う良樹は理菜をベットに降ろした。
 理菜はどうしたらいいのか分からなくて俯いていた。ふっと笑いが聞こえ、良樹は理菜の頭に触れる。


「なんもしねぇよ」
 そう言ってベッドの中に潜り込むと、理菜を抱きかかえた。


「あ……」
 理菜は良樹の胸の中にいた。
 良樹の心臓の音が嫌ってくらい聞こえてきて、自分の心臓の音も聞こえるんじゃないかって思った。


「ほら。もう寝ろ」
 そう言って理菜の背中を擦る。
 その仕草があまりにも落ち着くからそのまま瞼を閉じた。




    
 眠くなかったわけじゃない。
 でもなんだか眠れなかった。


 隣では良樹がスースーと寝息を立ててるのが聞こえる。
 この倉庫で寝たのは初めてじゃない。
 いつもは部屋のソファーで寝てたから、こんな状況はなんだか恥ずかしくて寝れない。


 そっと良樹の腕を解き、ベッドを出る。
 階段を降りてトイレに行った。
 トイレにある鏡を見ると、顔が真っ赤になっていた。





「恥ずかしい……」





 不眠症が完全に治ったわけでもない。
 それに加えてこうして良樹と眠ることが、とても恥ずかしくて余計に眠れない。


 トイレから出て部屋に戻る。
 寝ている筈の良樹が起き上がっていた。




「何処、行ってた?」
 暗くて理菜を見る表情が分からない。
 でもなんだか声が低くて少し怖かった。


「あ……。トイレ」
「そっか」
 声が和らいだから安心した。


「おいで」
 その声に導かれるようにベッドまで行くと、理菜は真っ赤になった顔を更に赤くさせた。
「顔、赤ぇ……」
 そう言われると、余計に赤くなるような気がした。




 あたしをじっと見つめていた良樹は腕を掴み、ベットへあたしを引っ張り込んだ。
「勝手にどっか行くな」
 抱きしめて理菜の髪に顔を埋める。
 その行為が恥ずかしい。


「ヨ、ヨシキさん……」
 声を出した理菜に「ん?」と答えた。
 でも何を言ったらいいのか分からなかった。
 代わりに良樹が理菜に言う。


「眠れないのか?」
 ヨシキさんの言葉に頷いた。
「なんで?」
「……恥ずかしい」
「なんで?」
「だって……、こんな風に誰かと一緒にってないもん」
 だんだんと声が小声になっていくのを見て、また良樹がふっと笑った。
「リナ。俺と一緒に寝るのがイヤか?」
 その問いに理菜は首を横に振る。


 イヤなわけないじゃない。
 イヤなわけないよ。
 でも、とても恥ずかしいんだ。


「俺はお前とこうしてるだけで嬉しいぞ」
 そう言って自分の方に理菜を向かせた。



 時が止まった気がした。
 良樹がくれたは、とても温かくて安心した。




「……んッ……」
 思わず声を漏らした理菜は、息を止めていたらしい。




「息、止めんなよ。んで、目ぇ閉じろ」
 理菜から離れた良樹はそう言った。
「だ、だって……」
 初めてしたキス。
 軽く触れるようなそのキス。
 理菜にとってそれは初めてのキス。
 だからキスの仕方なんて知らない。




「リナ」
 再び良樹の顔が近付いてくる。


 さっきはイキナリで目を閉じることもしなかった理菜。
 言われた通り目は閉じたけど、息はまた止めていた。そしてさっきとは違う深いキスをしてきた。


 口内に入って来た異物。
 それが良樹の舌だと分からないくらい、理菜は夢中になっていた。
 どうしたらいいのか分からないその行為を、理菜は受けていた。


 何度かそうやってキスをしていたふたり。そのキスだけで身体の力が抜けていた。


 そんな理菜を見てまた笑うと、理菜を抱きしめてベッドに横になった。
 薄い掛け布団を理菜にかけると、そのままの状態で瞼を閉じた。
 それだけのことなのに、理菜は急に眠気が襲って来て気付いたらもう朝になっていた。




 目が覚めたら隣には、良樹が理菜を抱きしめたままで眠っていた。良樹の寝顔を見れたことがなんだか嬉しかった。
 だから理菜は良樹の胸に顔を埋めていた。



「……ん?」
 寝ぼけた状態で良樹は理菜を見ると、また抱きしめてきた。
 そして次の瞬間、ガバッと起き上がった。



「リナっ!起きろ。シュンイチが来るぞ」
 そう言って理菜を起すとベッドから出る。
 もう少しこうしていたいのにと思っても、駿壱にこれがバレたらヤバイと理菜も起き出した。


 時刻は午前9時。
 本当ならもっと寝ていたい夏休みだけど、そうも言ってられない。




「シャワー使え」
 と、バスタオルを渡す。
「え」
「昨日、風呂入ってねーだろ」
 そう言うとバタバタと理菜をシャワールームに押し込めた。入れられたから理菜は仕方なくシャワーを使った。
 理菜がシャワーから出ると、駿壱がいつもの部屋にいた。



「あれ。お兄ちゃん」
「お前、今シャワー入ってたんか」
 と呆れながら理菜に近付くと、タオルで理菜の頭をグシャグシャと拭いた。

「昨夜、この部屋で寝てたんか?」
 と、お兄ちゃんが座っていたソファーを指した。
「うん」
 理菜はそう嘘を吐いた。
 それに気付いたかどうかは分からないけど「身体、痛てぇだろ」と笑った。
 そんなやり取りをしている時に、良樹がシャワールームに入っていくのが見えた。


「なんだ、アイツも昨日入らねーで寝たんか」
 呆れた声を出す駿壱に「そうみたい」と笑った。



 良樹がシャワーから出てくるまで、駿壱は亜紀のと浩介のことを話してくれた。
「コウはただ拗ねてただけだ。話してくれてないのが寂しかったんじゃねーの」
 浩介と亜紀は、幼稚園からの幼馴染みだから。
 話して欲しかったのかもしれない。
 そう思うと、申し訳ないような気がした。


「リナ」
「ん」
「ヨシキになんかされなかったか?」
「え」
「いや、お前置いて来てしまっただろ。気になって」
 そう言う駿壱はの顔だった。久々に向けられたその顔に嬉しくて「さぁ?」とからかった。


「なんだよ、されたんか!?」
 大声を出した時、良樹が入って来た。
 その良樹に向かって「なんかしたんかっ!」と喚く。
 そんな駿壱に向かって、今度は良樹がからかう。


「お前のフラれた武勇伝、語ってやった」
 と、不適な笑いを見せた。
 それに駿壱は顔を真っ赤にして「お前なー!」とまた喚いた。



 こんなやり取りが出来るこの時間が好きだったりする。
 こんな幸せがいつまでも続いて欲しいと、理菜は願った──……。







 第2章へ続く



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