紅い薔薇 蒼い瞳

星河琉嘩

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第1章

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 あの暴走の日があってから、良樹たちは忙しく動き回ってる。パクられた人たちのことで動いていたらしい。
 だから理菜は、駿壱とも良樹とも会うことがなく、夏休みを過ごしていた。



 ある夜。
 理菜は亜紀と繁華街へ向かった。
 駅の周辺には着飾ったお水の女が立ち並び、仕事帰りの男を掴まえようと必死になって声をかけていた。
 ギャルはナンパ待ちしていた。
 路地に入ると薬をやってる人がいた。
 一般の人に混じってヤバイ感じの人がたくさんいた。

 その中に理菜と亜紀は歩いていた。何をするわけじゃないけど、ただ歩いていた。



「しかし、ほんとにここは凄いな」
 理菜はそう呟いていた。
 ここは本当にいろんな人がいる。顔見知りがたくさんいる中、知らないヤツもいた。

「あ。タカシがいた」
 タカシは女をナンパしていた。
「アイツ、なんなの?」
 亜紀は明らかに不機嫌になっていた。
「別にアイツのことなんか知ったことじゃねぇけどさ」
 ついこの前まで亜紀に言い寄っていた男。その男が、ギャル相手に言い寄ってはフラれていた。
「バッカじゃねーの」
 そんなタカシを見て理菜たちは笑っていた。



 タカシが何度目かのナンパに失敗した後、理菜と亜紀はタカシに近寄っていた。
 そして亜紀がタカシの背中を蹴っていた。


 ドンっ!
 という鈍い音がして、タカシは背中を押さえこっちを見た。
「……んだよ」
 顔を顰めてこっちを睨むタカシは、亜紀を見ると「あはは」と笑った。
「お前、ナンパ出来ねぇでやんの」
 亜紀は呆れて言っていた。
「だからお前が俺と付き合ってくれれば、俺はこんなことしなくてもいいんだって」
「なんでよ」
「いいじゃん、俺の女になれよ」
「無理」
「いいじゃん。アキ。どうせ男はいねーんだろ」
「無理」
 タカシは懲りる事無く、亜紀に言っていた。

 亜紀が男と付き合うってことに、興味がない理由は分かっていた。
 男を信用していない。
 ……というよりも、あの人の存在の所為だと思う。



「……きゃははっ。もうっ、ダメよ~」



 そんな甘い声が理菜の耳に入って来た。
 その声は聞き覚えのある声だった。それに亜紀も気付いたらしく、声がする方を見た。
 見たというより睨んでいた。
 そこに立っていたのはまさしく夜の蝶。キラキラとしたスーツとアクセサリーに身を包んだ、夜の蝶。


「凄ぇ……女」
 その人を見たタカシは見惚れるようにその人を見ていた。
 濃い化粧とロレックスの時計。
 ダイヤがついたリングとピアス。
 高いヒールを履いて自分の胸を男に押し当てるように、男の腕を組んで歩いていた。

 キレイな人だと思う。
 でもそれはとてもいやらしく感じてしまうのは、隣で睨んでいるアキの所為。
 甘い香水をプンプンとさせて歩くその人の後ろ姿をじっと睨んでいた。



「リナ。行くよ」
 亜紀はそう言って、理菜を連れて行こうとする。そんな亜紀にタカシは驚いていたが、歩き出した理菜たちの後を追ってきた。

「なぁ。お前もああいう女にならねー?」
 何も知らないタカシがそう言ってきた。


「はぁ……!?」
 タカシの発言は亜紀にとって禁句だった。
 亜紀は歩く足を止めて、タカシを睨んだ。顔を見なくてもかなり怒ってるのは確かだった。

「だってよ、似合いそう。てか、俺ああいう女好きかも。だからお前がああいう女になってくれればいいなって」


 ガツン!


 と鈍い音が聞こえた。
 その場に蹲るタカシは鼻を押さえていた。ポタポタと血が出ている。タカシは鼻血を出したらしい。



「あたしはあんな女には絶対にならない!」
 そう言って亜紀は走って行った。



「バカだな、タカシ」
 タカシにティッシュを渡して、缶ジュースを渡す。
「何がだよ」
「地雷、踏んだ」
「は?」
「アキの地雷、踏んだ」
 紅茶の缶を開けて理菜は一口飲んだ。
「さっきの、アキの母親」
 亜紀の母親はこの繁華街の一角、お水の街で夜の蝶をしている。亜紀の母親は16の時に、亜紀を産んでいる。だからまだ母親は若い。
 亜紀の母親は、この繁華街のピンク街で、男たちにチヤホヤされて生きていくのをやめられない。それしか生き方を知らない。いろんな男と付き合っては別れてを繰り返していた。
 そんな風にまともに生きていない母親を、昔から嫌ってる。

 いつも亜紀の家には、いろんな男が出入りしている。亜紀の身に危険が襲ったのは6年の夏休みだった。
 亜紀は理菜よりも身長が高くて、発育も理菜より早熟だった。傍からみれば小学生には見えなかった。


「なぁ。どういうことだよ」
 まだ鼻を押さえてるタカシが聞いてきた。理菜はタカシに話していいのか迷った。
 
 ──あたしが言っていいことじゃない。
 


「無理。あたしからは言えない。でも、夜の蝶と自分の母親はアキにとって地雷だから。言っちゃダメだ」
 タカシは納得していなかった。でも納得させるしかなかった。
「言ったら、あんたにこの街から出て行ってもらうから」
 紅茶を飲み干した理菜は、タカシから離れて行く。後ろで何かを言ってるようだったけど、それを無視していく。


 亜紀が行きそうな場所はすぐに分かる。繁華街から離れて地元へと戻ってきた。小学校の時から何かあるとここへ来ていたのだ。


 あの日もそうだった。
 は理菜にだけにあったんじゃない。
 亜紀にもあった。
 でも理菜と亜紀はお互いが一緒にいたから、なんとか乗り越えたんだ。


 あの日。
 亜紀が学校で母親のことを言われた後、学校を飛び出してここに来た。
 学校から離れた場所に山のような場所があって、小学校の子はみんなそこに秘密基地なんてものを作って遊んでいた。
 亜紀も理菜もそのひとりだった。

 だけど、亜紀と理菜はみんなが遊びに使っていた場所とは少し離れていて、その場所からは地元を見渡すことの出来た。
 大きな木を横切って、昔、使われていたらしい石畳の何かの跡。
 そこに亜紀はいる。
 あの日と同じように今日もきっといる。



 その場所で亜紀は、膝を抱えて泣いていた。普段あまり人に泣き顔を見せない彼女は、ひとりになりたい時ここに来る。
 そんな時、理菜は亜紀の姿を確認してその場を去ることにしている。

 亜紀がいることを確認した理菜は一、歩後ろに下がった。亜紀がひとりで考える時間を与える為に……。



 実際、理菜は亜紀になんて声をかければいいのか分からないだけだった。ああいう時、どんな風に亜紀の顔を見ればいいのか分からない。
 だから理菜は亜紀に声をかけないで、顔を見ないであの場を去ることにしている。



 家までの道をひとりで歩いている。
 自分は亜紀に会ったらどう言えばいいんだろう。
 なんて言えばいいんだろう。
 そんなことばかり考えて歩いていた。



 ♪~♪~♪~!!


 やかましい着信音が夜中の地元に響いた。ポケットからスマホを取り出して画面を見る。
 と記されたその画面を見ると、自然と頬が緩む。

「もしもし」
 理菜は画面をスライドさせて、耳に当てる。
『俺』
「うん」
『お前、どこにいる?』
「え。地元だよ」
『来ねぇの?』
「あ。さっきまでいたんだけどね……」
『なんかあったのか……?』
「あー……、うん」
 理菜は口篭った。どう言ったらいいのか分からなくて、それ以上言えなくなった。


 亜紀のことを誰にも言っちゃいけないような気がした。
 亜紀が知られたくないって思ってるから、理菜は言えない。
 それが誰であっても……。




『リナ?』
 黙り込んだ理菜を心配して良樹が声をかけてくる。理菜は余計な心配はさせちゃいけないって思い、明るく答えた。
「大丈夫!」
『ほんとか?』
「うん」
『ならいいけど』
 納得はいってないだろう良樹の声。
 でもそれ以上は聞いては来なかったことが、ありがたいと思った。


『あー……』
 電話を切ろうとした時、良樹がどうしようかと迷った声で呟く。
「なに」
『明日、倉庫に来いよ』
「え」
『……ここ最近、会ってねーから』
「うん……」
 良樹の躊躇いがちに言った時の顔が、見たいと感じた。
 今、目の前にいないのが寂しいと感じた。




 こんな風に思える人ってこれから出会えるんだろうか。
 こんな風に傍にいたいって思える人に出会えるんだろうか。




 理菜はこれ以上ないってくらいに、良樹に傍にいて欲しいと感じている。良樹もそうだといいなって思ってる。



 家に戻り、亜紀が帰って来るのを待ってる。
 バスルームにいても、リビングでTVを観ていても、亜紀のことが気にかかる。
 もしかしたら、今日は帰って来ないのかもしれないと思った。ギリギリまで起きていて、亜紀が戻ってくるのを待っていた。
 待ってる間、再びかかってきた良樹と電話をしていた。
 でも睡魔には勝てなくて眠くなってくる。普段、寝付けない理菜は、安心する良樹の声が、睡眠へと誘っているようだった。
 話をしていたが、いつの間に眠ってしまっていた。だからリビングのソファーでそのまま眠った理菜に、薄い布団をかけられていたことにも気付かないくらいだった。



     ◆◆◆◆◆



「……んっ」
 ドンッ!
 寝返りを打つと理菜はソファーから落ちてしまった。
「……あれ???」
 寝ぼけた状態で周りを見渡す。そして昨夜のことを思い出していた。
 家に戻りシャワーを浴びてまだ帰って来ない亜紀を待つ間、このソファーで良樹と電話をしながら横になっていたんだ。
 ソファーの下に落ちていたスマホを拾うと、通話中だった。スマホを耳に当てると、向こうからスースーと寝息が聞こえてきていた。
 お互い、電話をしながら寝てしまったらしい。


「おはよう、リナ」
 その声に振り返ると亜紀が立っていた。
「なんでそんなとこで寝てんのよ」
「あ、これアキがかけてくれたの?」
「うん。そう。帰って来たらリナがここで寝てんだもんな。びっくりだよ」
 笑いながら亜紀は理菜の傍まで来る。
 そして昨日のことは何もなかったかのようにする。
 それはいつものことだ。
 亜紀にとってあの夜の蝶はそれくらい禁句なんだ。




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