赤い薔薇 蒼い瞳

星河琉嘩

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第1章

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 夏休みの繁華街。
 そこはいろんなことが起きる場所。


 昼間の顔と夜の顔は違う。
 普段はあまりいないような人もいたりする。黒龍と青薔薇意外のチームも出入りしていた。だから街の至るところで喧嘩が絶えない。
 夜中は女の子が、繁華街に来ていた男の集団に連れ去られることもあった。
 街角では売人もいた。ラリってるやつもそこら中にいた。


「夏休みって恐ろしいな」
 そんな街並みを見てポツリと呟いた。
 今、目の前では今まではごく普通の女の子だっただろう子が、ギャルメイクをして街を歩いている。街をキョロキョロして歩いているから、ここには初めて来たんだろうと分かる。
 ギャルメイクも短いスカートも初めてなんじゃないかっていうくらい、慣れていないって分かる子。
 その子が多分、初めてナンパされているんだと思う。目の前で繰り広げられる光景が、理菜をあの日の恐怖を思い出させる。


「なぁ。いいだろ?」
 男のひとりがそう言っては女の子に肩を抱いていた。女の子は怯えながら首を横に振っていた。
 イヤならこんなところに来なきゃいいのにと、うんざりしながら理菜は見ていた。
「そんなカタイこと言わないでさ」
 男たちは彼女の身体中触りまくっていた。
 ひとりは腕を掴んで、ひとりは首筋に唇を這わせて、ひとりは太腿に触れていた。
 動けなくなった彼女は、男たちに連れさられた。
 その後のことは安易に想像出来る。彼女はこの後、男たちよって輪姦される。
 それがイヤなら何故ここに来たのか。
 なんであんな格好をしてこの時間、この街を歩いていたのか。

 この街にいる人間は、いい人間ばかりじゃない。
 見ていても見ないフリをするやつらばかりだ。


「ちくしょう……」
 理菜はそう言って、電話をかけ出した。
「ヨシキさん!」
 電話の向こうに向かって叫んでいた。あの女の子が、攫われたことを話していた。

 助けるつもりはなかった。
 自業自得。
 この場所に来た自分の所為。

 でも、理菜は黙ってはいられなかったんだ。あんな思いをするのはもう自分だけで充分。
 だから、あの子を助けてあげなきゃって思ったのかもしれない。
 だから、電話を入れた。


「リナ!お前は動くなっ!」
 そう言われたけど、そのまま電話を切って理菜は走り出していた。
 彼女が連れ去られた場所へ走っていた。


「待ちな!」
 彼女はラブホテル街の方へ連れ去れてるところだった。男たちはどこかのホテルに入ろうとしていたのだろうか。
「彼女を放しなよ」
 理菜は男たちにそう言っていた。


 ──怖くない……と言えば嘘になる。
 ──でも、もうイヤだった。


 あの日のことに怯えることも、男たちに怯えることも。
 だから理菜は放っとけなかったのだ。


「なんだお前?」
 男のひとりがそう言った。
 その顔があの時のあの男たちとリンクする。
「その子を放しなよ」
 理菜は震える手を握り締めてそう言った。
 男たちは理菜を見定めるかのようにジロジロと見てくる。
「お前……、凄ぇ色してんな」
 最初、何を言ってるのか分からなかった。
 でも男の目が理菜の目を見ているのが分かったから、何を言ってるのかすぐに分かった。
「今時、カラコンなんて流行らなねーよ」
 言い捨てるかのようにそう言うと、ひとりの男が動いた。
「この女、お前の知り合いか?」
「違う」
「だったらほっとけよ。俺たち、これからいいことするんだからよ」
「それともお前も混じるか?」
 ニヤニヤとした顔が、あの日とフラッシュバックさせる。
 あの日のことを思い出す。あの日もこんな顔をした男たちに怯えていた。
 目の前にいる男は理菜に近付き、その薄汚い笑顔をこっちに向けてくる。理菜はその笑顔から目を離さずに、じっと見ていた。目を離したら、恐怖で手が震えてるのがバレてしまいそうだった。


「なぁ。よく見たらお前かわいいじゃん」
 理菜の顔を覗き込むように見た男は、そう言って後ろを振り返った。女の子を掴んだままの男ふたりが、理菜に向けてきた顔。
 このふたりも薄汚い笑顔をしていた。


「じゃ、お前も一緒に来いよ」
「この女と一緒に遊んでやるよ」
 ニヤニヤとした顔が、理菜の脳裏に焼きつく。

 ──コイツらはあたしのことを知らない?


 理菜に手を出したら、危険ってことを知らない。バックに控えてるヤツらがいるってことを知らない。


 ──じゃこいつらは、余所者よそもの……?



 後で起こることを知らないコイツらが可哀相に思えたけど、自業自得だ。今は自分のことよりもあの子を助けなきゃいけない。
 そういう思いが理菜を動かした。


 理菜は目の前にいる男に近寄っていた。その男の手を取り、にっこりと笑った。
 その笑顔が「一緒に行く」と判断したのか、男はまたニヤニヤとした。
 理菜の腕を掴み、2人の男の元へと歩いて行く。
 そんな理菜を黙って見ていた女の子の身体は震えていた。



 ──どうにかこの子だけでも帰さなきゃ。



 そう思ってみてもそんな簡単にいくわけなく、理菜は男に掴まれていて、そのままあるラブホテルに引き摺られていった。
 ホテル街に入ってすぐのところのホテル。
 その中に理菜とその女の子は、ズルズルと引き摺られて行った。女の子の顔は蒼白で、もう怯えるっていうんじゃなく、恐怖と悲しみとかそういうもんが入り混じったような顔をしていた。



 自分もこんな顔をしていたんだろうかと、感じた。



 自分の顔なんか思い出せはしない。
 何がなんだか分からない状態だったんだから。
 きっとこの子もそうなんだって思う。
 今、現実に起こってることが嘘であって欲しい。
 夢であって欲しいと願うばかりだった。



 でも、自業自得なのは否めなくて。
 だからこそ、この子には教えておかなきゃいけないんだ。



 この街はそういうところなんだよって。




 ラブホテル内の一室に無理矢理入れられると、理菜と女の子はベットに叩きつけられるように倒された。
 その拍子に女の子の短いスカートは捲れ、理菜は着ていたシャツが肌蹴た。



「さぁ。始めようか」
 男の不敵な笑い。
 ニタニタとしたその笑いが不気味で仕方なかった。
 どうにかこの子を守らなきゃと、理菜は隣で泣いている子を見た。顔はもうグチャグチャで、折角のメイクが台無しだった。
 女の子とは反対に、理菜は何故か冷静だった。
 あんな怖い思いを体験した筈なのに、もう二度とあんな思いはしたくない筈なのに、どうしてだろう。
 こんなにも冷静でいられるのは。


「ねぇ」
 理菜は男たちを見た。男たちは理菜を見てはずっとニヤニヤしていて、女の子の捲れたスカートを見ていた。
「この子よりあたしと遊ぼうよ」
 理菜はそう言っていた。
 この子を帰すにはこうするしかないって思った。
 でも、そう簡単にはそうさせては貰えない。それは分かってはいる。
 時間を稼げればいいって思ってた。だからなんでも思いつくことを言っていた。



 それが理菜にとってどんなことになるかも考えずに……。



「それは出来ないって分かってるんじゃねーのか」
 ひとりの男はそう言って、着ていたTシャツを脱ぎだした。そして理菜に近寄って来て、ベットの上に乗ってくる。
 隣にいた女の子も他の男に腕を掴まれて、ベットからソファーへと移動させられていた。
 女の子は声を殺して泣いていた。


「お前、どうにかして逃げようとしているのかもしんねーけど、それは無理だからな」
 男の汚い手が理菜の肩を触り、そのまま男に押し倒された。服の下に手を入れてきて、素肌を触る。
 背中に手を回しブラのホックを外してその手を胸の方へと持ってくる。片方の手は太腿を触り、なぞる様に理菜の中へと手を滑らしてきた。
 その度に吐き気がする思いだ。気持ち悪いっていう思いが込み上げてくる。


 ソファーの方では女の子が悲鳴を上げていた。その声を聞きたくなくて、どうにかしたくてずっと考えていた。でも考えても答えが出て来る事はなく、そのまま男たちにヤられるしかなかった。


 部屋の中には女の子の叫び声が響いた。それと同じように男たちの荒い息遣い。
 そんな状況の中、理菜は妙に冷静だった。ここからどうやって逃げようかと考えていた。
 でも考えていても答えは出ないのは分かってる。



     ◆◆◆◆◆



 ヴォ~ヴォ~……!


 理菜のバックからスマホのバイブ音が響いた。その相手が誰かすぐに分かった。理菜がいない事に慌てた良樹だろう。


「ん?|スマホ?」
 その音に気付いた男は理菜の顔を見た。
「お前、誰かに連絡したのか?」
 低い声でそう言う男。理菜は男の手を払いのけて、転がっているバックに手を伸ばした。
「誰かに連絡するヒマなんかなかっただろ」
 ボソッとそう言うと、理菜はスマホを取り出した。その時視界に入ってくるのは、ソファーの上で女の子がふたりの男に身体中を触られてるところ。
 その男たちにムカつきながら、理菜はスマホの画面を見る。


「やっぱり」
 呟いた理菜に睨みながら、男はスマホを取り上げる。そのスマホの画面を見て顔色ひとつ変えない。
 やっぱりこの男は余所者。
 良樹の名前を知らない余所者。


「ヨシキ……?」
 スマホを持ったまま男はその名前を口に出す。
 この街の有名人。
 黒龍のリーダーの名前を。


「お前の男か?」
「さぁ。どうだろうね」
 理菜はそう言ってスマホを取り上げる。
「でも教えてあげる。その男は最高の男だよ」
 男に冷たい目を向けて睨み付けた。



「おい」
 女の子を襲っていた男のひとりがこっちを見た。
「お前は余裕だな」
 理菜に対して言っているのか、理菜の目の前にいるこの男に言ってるのか分からなかった。目の前にいる男は、ソファーの方に目を向けて笑みを零す。
「そっちは楽しそうだな」
「楽しいぜ」
 イヤな笑いが耳にこびり付く。
 理菜はその笑いを聞こえないフリして、スマホを取り返した。
 そして気付かれないようにスライドさせ、バックの中へ入れた。



 ──良樹が気付いてくれるように。
 ──会話が聞こえるように。




 後で絶対、怒られるって分かってる。でも、放っとけなかっんだ。





 ──これは自業自得。
 ──あたしがしたことの罪。



 女の子が目の前で犯されるのを黙って見てるしかないのか、それとも他の方法でこの子を守るのか必死になって考えていた。
 理菜は立ち上がり、ソファーの方へ近付いた。
 絶対、殴られるって分かってる。
 でも理菜は、男たちを女の子から引き剥がした。その理菜に驚いて男たちは目を見開いた。そしてひとりの男の顔面を殴りつけた。
 こんな事をするバカな男たちにムカついた。
 腸が煮えくり返りそうだった。
 理菜の拳が男の顔面に鈍い男を立てて当たり、その拍子に男は顔を手で覆う。
 その手の隙間から血がボタボタと垂れていた。
 男が鼻血を出したらしい。
 その行動が、女の子から理菜に向けられてることになった。
 男たちは女の子から離れ、理菜に向かってくる。理菜は男たちに腕を掴まれていた。
 その力は流石に男で、理菜ひとりじゃ敵うわけないって実感した。でも、この場をどうにかしなきゃ、また女の子が危ないって思っていた。
 もう自分のような思いをして欲しくないと強く願った。
 理菜は男たちに蹴りを入れながら、また殴った。その隙に女の子と自分のバッグを手にバスルームへ行く。そして鍵をかけるように言って、ドアを閉める。
 ドアを閉める直前、理菜はホテルの名前と番号を言っていた。




 通話中のスマホに届くように。



     ◆◆◆◆◆



 その時が来たのは男たちから逃げるようにかわしながら、殴ったりしていた頃だった。
 ドアがドンドンと叩く音が聞こえ、そして蹴るような音が響いた。
 理菜はその音を聞いて、ドアの方へ走って行く。
 鍵を開け、また男たちの方を向いた。


 ドカドカと部屋の中に入って来た人を見上げると、顔を顰めこっちを見ている良樹がいた。
 その顔は明らかに怒っていて、そして理菜の身体を見る。腕やら足は痣だらけになっていて、男の血だか自分の血だか分からないけど血が腕や足についていた。
 それを見た良樹の顔が、ますます怒っていくのが分かった。


「だ、誰だっ!」
 良樹を見た男たちはそう次々と言い、その声に反応して良樹は黙って男たちに振り返った。
 その途端、男たちは言葉を失った。
 言葉が出ない程、良樹の表情が怖かったのだろう。
 そのまま黙ったまま固まった。
 そんな男たちをじっと見て、ゆっくりと近寄っていく。
 後ずさりする男たちを横目に、理菜はバスルームへと向かった。男たちは良樹に任せればいい。あの女の子をどうにかしなきゃとそう思った。




 ドンドンっ!


 理菜はドアを叩いて鍵を開けるように言った。
 部屋の向こう側では、良樹の低い声と男たちの悲鳴に似た叫び声が響いていた。
「開けて」
 理菜はドアの向こう側に向かってもう一度言った。何度かドアを叩いてその場に立っていた。ゆっくりとそのドアを開いた途端、バスルームに飛び込んだ。


 女の子は震えていた。
 怯えて泣いていた。


 理菜はその子を抱きしめていた。
 この子は理菜よりは年上だと思う。
 幼い顔をしてはいるが、理菜よりは上だと思った。
「大丈夫?」
 理菜は女の子の顔を覗いて聞いた。涙を溜めて頷く女の子に理菜は言う。
「なんでこんな場所に来たの?ここは何されても文句は言えない場所なんだ」
 でも女の子は何も答えなかった。ドアの向こう側で聞こえる音に怯えていた。



「リナ」
 ドアの向こうから声が聞こえた。その声はかなり機嫌が悪いと伺える。理菜は女の子から離れ、そのドアを開けた。
 腕を組んでご立腹な良樹を見て、理菜は覚悟をした。でも、何も言わずに理菜の後ろにいた女の子に視線を移した。
「その子か」
「うん」
 そう答えると理菜を退けて、バスルームに入り込んで来る。
「立て。送る」
 それだけ言うと、女の子の腕を掴んだ。
 女の子は一瞬ビクッと身体が反応し、そして怖々と良樹を見た。
「ヨシキさん。怯えてる」
 その言葉に理菜に振り返り、バスルームを出る。理菜は荷物を持って、彼女の手を握りしめてバスルームを出て行く。


 部屋の中は散々だった。
 ゴチャゴチャとしていたし、物が壊れていたし。
 そして男たちが床にノビていた。
「もう平気だ」
 理菜と女の子に振り返った良樹は、そう言うと部屋を出て行く。
 理菜も慌てて女の子を連れて、部屋を出て行く。ホテルを出ても良樹は何も言わない。
 話そうとしなかった。


 ホテル街の外には車が横付けされていた。それは黒龍の車だって分かった。一度だけ乗ったことがあるその車がそこにあった。ガタイのいい兄ちゃんが車のドアを開けて待っていた。
「乗れ」
 理菜と女の子を後部座席に乗せると、自分は助手席に乗った。
 その車の中で良樹は、ゆっくりと話し出した。


「お前、どういうつもりだ」
 その言葉は理菜に向かって言い放ったもので、その言葉に答えることが出来なかった。
 低い声と明らかに怒ってるって分かるそのオーラに隣に座る女の子が怯えている。
「リナ」
「……ごめんなさい」
 それしか言えなかった。
「はぁ……」
 ため息を吐いて、煙草を吸う。そんな良樹の行動が怖くて仕方なかった。


「おい」
 良樹はバックミラーで後ろを見ると、女の子に言った。
「お前、こんな思いしたくなかったら夜は繁華街に来るな。ここは何やられても文句は言えない場所だ」
 その言葉に女の子は泣くだけで、なんでここに来たのかは話さなかった。



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